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#アラスター
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「こ、これ……」
震える指で、GPSを持ち上げた。小さい。こんなもので、人の行動がわかるの?
「こちらは位置情報発信機です。そしてこちらがICレコーダー」
オーナーが細長い機械を指先で示す。黒くて薄い。USBみたいな見た目だ。それに小さい。
「証拠は多いに越したことはありません。たくさんの材料を手に入れましょう」
真琴さんが静かに言った。
「クズ男って、女と一緒にいる時ほど調子乗るからねぇ」
リリコさんがストローをくるくる回した。
「特に俺モテてるって思ってる時ね」
「旦那クン、かなりそのタイプっぽいよね~」
「だからまずは行動把握。どこで、誰と、どんな時間を過ごしてるか。そこからレシピを組み立てていくのが大切よね」
オーナーが頷いた。「みなさんのおっしゃる通りです」
私はテーブルの上のGPSを見つめた。こんなの、ドラマの中の話だと思ってた。
「でも……どうやって仕掛ければ……」
「焦らなくて大丈夫です。料理も復讐も、下準備がすべてですから」
下準備――そうか。私は今まで、全部いきなり完璧にやろうとしていた。
料理も。
結婚も。
いい妻も。
だから失敗すると、私がダメなんだって思ってしまう。
真っ白なキャンバスに、いきなり完成した絵を描こうとしたって、だめなんだ。
まずはじっくり構図を考えて、鉛筆で下書きして、間違ったら何度も消して修正して……そして、作り上げるもの。
「まずは、小さな成功を積み重ねましょう。GPSはご主人の鞄へ。ICレコーダーは、できればご主人のスーツへ忍ばせてください」
「スーツ……」
そんなところに仕掛けられるのかな。
「簡単です。スーツの内側に縫い付けてしまえばいいのです」
――!!
そんな方法があったんだ。
「わかりました。やってみます!」
「小型なので、ネクタイの裏側に縫い付けるのもお勧めです。それだと交互に交換できますから」
「なるほど……」
さすが復讐サロン。いろんなアイディアを教えてもらえるわ。
「アイディアが固まったところで、デザートにしませんか?」
オーナーがそう言って、紅茶とマカロンを置いてくれた。
甘いスイーツとセットの飲み物は、復讐しなきゃいけないという私の心を癒してくれた。
※
それから、家に帰ってきた慎一を手厚く迎え、彼がお風呂に入っている隙に、GPSを彼のビジネスバッグへ仕掛けることに成功した。
心臓が止まりそうだった。
でも慎一は、まるで気づかない。
「最近スーツの綻びが気になるから、直しておくね」
「美輪にしたら気が利くな」
「うん。私、もっと慎一に尽くさなきゃって反省したの。料理ももっと頑張るから、うまくなるまで待っていてね」
「いい心がけだ」
まるで高笑いでもしそうな状態で、彼は満足げに頷いた。
ばかね。これはあなたを油断させるための演技だから。
そして翌日から早速GPSのチェックした。さらにその翌日には、ネクタイに仕込んだICレコーダーの感度の良さに驚きながら、会話をチェック。レコーダーは2個持たせてもらったので、交互にネクタイに潜ませている。
いつも通り会社に到着。なんの変哲もない日常会話。特に問題のある会話はなかった。会社の方や愛人に特別な動きはなかったけれど、夫は、らぶ美に頻繁にメッセージを送って来るようになった。
恐らく、らぶ美の見た目が気に入ったのだろう。面倒なので時々放置しても、彼はめげずに「会いたい」「デートしよう」と誘ってくる。
(とりあえず……)
スマホのGPS画面を見る。夫は大体、
会社
営業先
義理実家
自宅
このどれかにいる。
でも、監視を始めて数日後、昼休みに妙な動きをしていた。場所を調べると、30分ほど会社裏の倉庫に留まっていた。
(これはなにかありそう)
目を付けた日の夜、ネクタイから取り出した音声が気になったが、我慢して翌日まで待った。
夫を見送ってから、早速音声データに飛びついた。早送りで正午付近にカーソルを合わせるとピンポイントだったようで、ヘッドフォン越しに女性の声が飛び込んできた。
『あんっ♡ 慎一さんったらこんなところでぇ』
『いいだろ。堪ってんだよ』
『そんなこと言いながら、奥さんの誕生日に私とホテル行っていっぱいシたのに~♡』
これ、愛人との会話だっ……!!
しかもヤってるときのっ……。腰を振る音、衣擦れと怪しげな水音がまで聞こえる。
あまりの生々しさに「うっ」と吐き気がこみ上げる。
唇を噛み締めてそれを堪える。
ぎりぎりと拳を握りしめた。悔しい。なんでこいつらに……。
愛人のデータを思い出す。そうだ。彼女は向井笑里(むかいえみり)。
家族構成:独身、一人暮らし
外見:色白、愛嬌のあるあざと可愛い系。ファッションは清楚×華やかを演出。常に自分ウケする見た目を意識している、人のものを欲しがる女――
『でもこんなに頻繁にすると、奥さんにバレない?』
『あいつ、俺のこと疑ってすらないから(笑) 大丈夫』
『ちゃんと飼い慣らしてるんだ♡』
『料理もできないし、俺がいないと生きてけない女だから』
『あんっ♡』
『もっと声押さえて』
『~~~~♡』
なんなのっ。
なんで私、こんな音声を聞かされて……。
「うっ……ああ……!!」
堪らずヘッドフォンを外した。
もう、聞けなかった。
胃の奥がぐちゃぐちゃに掻き回される。
息が苦しい。
涙が止まらない。
私の誕生日に、人の予定をキャンセルさせておいて、実家に行くって嘘ついておきながら、愛人とホテルに行ったなんて――
これ以上音声を聞くことができなかった。溢れ出た涙が私の頬を伝い、流れ落ちる。
握りしめたこぶしの上に、ポタポタと落ちた。
不倫調査するってことは、こういう場面を見聞きしなきゃいけないってこと。
ぜんぜん想定できていなかった。覚悟が足りなかった。
こんなに辛いこと……もうできないよ。
慎一がこんな酷い男だったなんて。
でも、ここで諦めるの?
一生、慎一の飼い殺しにされるの?
一生、生活費2万円で生活させられるの?
一生、好きな絵も描けずに、あいつらの好きにされて、笑いものにされなきゃならないの?
――そんなの嫌っ!!