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キュイ視点
あの日を境にフィオちゃんは厨房に食材を届けてくれた後は必ずそこに残って僕の料理をしている姿を見ていた。ヴァルターもそれが当たり前のようにフィオを残して去っていく。
その度に僕はフィオちゃんに話しかけてみるけど、何を話してもあんまり響いていないのか会話が続かず、じっと僕の手元を見ているフィオちゃんに僕はなんとなく緊張するというか、気恥ずかしさみたいなものを感じてしまう。
料理に集中していれば気にする余裕もないけどそうじゃない時は気にしないようにしてても、すごく気になる。
「おー、なんか難しそうな顔してんな。なんかあったのか?」
ハッと顔を上げるとそこにはクーヘン兄さんが顔を覗かせていた。
今日も無事に夕刻を迎え、厨房の清掃に取り掛かろうとしてモップを持ったままうなだれる僕を心配してくれているんだろう。
クーヘン兄さんは僕たち3兄弟の長男でショコラティエをしている。ちょっと自信家で女性との関係が拗れることが多いけど、チョコレート作りはコンテストの賞を総なめにするほどの圧倒的センスを持ち合わせている。
ギルドに併設されたレストラン舞踏会は兄さんの作るスイーツを楽しみにしている人も多い。
「なにかって程でもないんだけどね。フィオちゃんのことでちょっと。」
「あいつなんかやったのか?」
「そういうんじゃないんだ。ただぼくの問題っていうか。」
そう。これは僕の問題だ。
仕事中は完成されたレシピの料理をオーダー通りに作る。それは当たり前のことでどうということはない。どこに出しても恥ずかしくない物を作っていると思ってやっているから。
しかし試作品作りの様子をじっくり人に見られるということは、他人にはわからない試行錯誤な努力も未完成の物を見せてしまう恥も晒してしまっているようでなんだか落ち着かない。
(…とは、言えないよね。)
「なんだよ。はっきりしねーな。」
「あはは…」
クーヘン兄さんとの会話に一区切りつけようかと思って話題を逸らそうとしたタイミングで、フィオちゃんの「こんにちは。お邪魔します。」という声が聞こえた。
声のした方向をみると、大きな袋を両手に抱えてフィオちゃんが立っていた。
「大丈夫?フィオちゃん。」
モップを置いてフィオちゃんのもとに駆け寄る。
「大丈夫です。あ、こちらに置かせてもらってもいいですか?」
「うん。大丈夫だよ。あれ?今日はヴァルターは一緒じゃないんだ。」
「はい。今日からはわたしが行って説明するようにと。」
「そうだったんだね。」
その様子をみて、クーヘン兄さんが雰囲気を変えたような気がした。
「お前一人でやれんのかよ?」
「に、兄さん、もう少し優しく。」
クーヘン兄さんの棘のある言葉に焦る。
僕が兄さんとの会話でフィオちゃんの名前を出したのに、自分が情けなくなってきて会話を途中でうやむやにしてしまったせいで、兄さんの口調がいつもよりきつい。
「できる限りで頑張りたいと思っています。」
フィオちゃんの方は特に気にしていない様子で兄さんの方を見ながらそうはっきり答えた。
「へー、じゃあやってみろよ。」
「わかりました。キュイ様、クーヘン様、厨房をお借りします。」
「うん。よろしくね。」
そう言って淡々と準備に取り掛かるフィオちゃんをみて、ほっと胸を撫で下ろした。