テラーノベル
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橙×水
ふわりと舞うカーテンの隙間から、午後二時の日差しが差し込んでいる。いれいすの控え室。いつものように賑やかで、笑い声が絶えない空間。その中心で、ほとけは、大好きなみんなに囲まれて幸せそうに笑っていた。
🐤「いむ! 次の配信、ここどうしようか?」
💎「えー、りうちゃんがそこやるなら、僕、こうしたいな!」
そのやり取りは、何一つ不自然なことなんてない。けれど、ほとけの胸の奥では、常に警報機が鳴り響いていた。
――見捨てられたくない。
――一人にしないで。
――「大丈夫」って、ずっと言い続けて。
彼を支配しているのは、『依存性パーソナリティー障害』という名前の、目に見えない重石だ。
一人になるのが怖くて、誰かの同意がないと何も決められなくて。本当は今すぐ誰かにしがみついて、「ずっと一緒にいて」と泣き叫びたい。でも、それを悟られたら、大好きなみんなは引いてしまうかもしれない。
(……大丈夫。今日も、完璧に隠せてる)
そう自分に言い聞かせ、ほとけはいつもの愛らしい笑顔を作る。
その時だった。スマホの通知音が鳴り、ほとけが席を外した隙に、机の上に置き忘れたタブレットの画面が光った。
グループの共有スケジュールを確認しようとしたリーダーのないこが、何気なくその画面に触れた。
そこには、ほとけがひっそりと書き溜めていたメモアプリが開いたままになっていた。
🍣「……え」
ないこの声に、全員の視線が吸い寄せられる。
画面に並んでいたのは、日記というにはあまりに切実で、痛々しい言葉の数々だった。
『また、ないちゃんが僕を見てくれなかった。どうしよう、嫌われたのかな。もう僕終わりだ』
『あにきが他のメンバーと楽しそうにしてた。帰ってほしくない。僕の代わりなんていくらでもいるんだ』
『怖い、怖い、怖い。誰でもいいから僕だけを見てて。離れないで。お願いだから』
🤪「これ……ほとけの……?」
いふが小さく息を呑む。
いつもは冗談を言い合うメンバーたちの顔から、一瞬で色が消えた。
楽しげな空気が、凍りついたように静まり返る。
ドアのノブが、カチャリと回った。
💎「あ、ごめん! 待たせちゃった?……え?」
戻ってきたほとけの笑顔が、部屋の空気を察して引きつる。
みんなの視線が、机の上のタブレットと、自分の顔を交互に往復していることに気づいてしまった。
💎「……あ」
ほとけの喉から、掠れた声が漏れる。
隠していたはずの、ドロドロとした黒い感情の核。それが、光の下にさらけ出された瞬間だった。
💎「……見ちゃった?」
ほとけの手が震える。
見捨てられる。
気持ち悪いって言われる。
もう、誰も僕を愛してくれない。
恐怖で視界が揺らぐほとけの前で、ないこがゆっくりと歩み寄ってくる。ほとけは反射的に身をすくめ、逃げ出そうとした。
けれど、彼を抱きしめたのは、冷たい拒絶ではなく、強くて温かい温度だった。
🍣「……今まで、ずっと一人で耐えてたんかよ」
ないこの声が、耳元で震えている。
突き放されると思っていたほとけの目から、堰を切ったように涙が溢れ出した。
💎「ご、ごめんなさい……うっ、きもちわるいよね、ごめん……」
🦁「気持ち悪いなんて思うわけないやろ」
ゆうすけの重たい手が、ほとけの頭を優しく撫でる。
りうらも、しょうも、みんな駆け寄って、ほとけの服の裾を掴んだり、背中をさすったりして、彼の周りを囲い込んだ。
🐰「いむくんはさ、どんだけ不安やったん。言ってくれへんと、わかるわけないやん」
しょうの言葉に、ほとけはさらに泣きじゃくる。
依存性という名の呪縛は、すぐには消えないかもしれない。でも、この瞬間、ほとけを包み込む五人の熱量は、その呪いを溶かすには十分すぎるほど、痛いほどに優しかった。
――ああ、この人たちは、僕を捨てないんだ。
その確信が、張り詰めていたほとけの心を、少しだけほどいていく。
💎「っ……っあ、いやだ、見ないで、来ないで……っ!」
思考がショートした。パニックの発作は、津波のようにほとけの理性を飲み込んでいく。
過呼吸で酸素が回らない。恐怖と羞恥心、そして「捨てられる」という絶望が混ざり合い、ほとけの胃の中を激しく逆流させた。
💎「っぐ……ぅ、うえっ……!」
ほとけがその場に崩れ落ち、堪えきれずに胃の中身を吐き出した。
あまりのことに、しょうが「いむくん!?」と驚いて声を上げる。
そんな中、誰よりも早く動いたのはいふだった。
吐瀉物が床に広がるよりも早く、いふはためらいもなくその場に膝をついた。ほとけの顔色を見て、咄嗟に両手を差し出す。ほとけの口から零れ落ちたものを、いふは素手でしっかりと受け止めた。
💎「いふ、くん……っ、ごめ、なさっ……」
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汚れることも、自分の手が濡れることも、今のいふにはどうでもよかった。目の前で壊れそうなほど震えるほとけを支えることだけが、頭の中を占めていた。
🤪「っく、いいから! 謝んな、そんなことより……っ!」
いふは受け止めたものをこぼさないように注意しながら、ほとけの背中を片手で力強くさする。
すぐにないこが状況を察して、足元に置いてあったゴミ箱をすかさずほとけの胸元まで引き寄せた。
🍣「いむ、ここ! こっちに出して!」
ないこがゴミ箱を固定し、りうらが
🐤「大丈夫だよ、背中さするね」
と寄り添う。
ほとけはゴミ箱に顔を預け、何度も何度も繰り返される吐き気と闘いながら、嗚咽を漏らした。
(汚い、嫌われる、終わりだ、終わってしまう……)
そんな思考が頭を支配するたび、背中に添えられた温もりがそれを打ち消す。
🤪「大丈夫やからな、全部出してまい。……お前が何隠しとっても、俺らがここにおる事実は変わらんから」
いふの声は低く、けれど不思議なほど落ち着いていた。
汚れた手を気にする素振りすら見せないその姿に、ほとけは胃の中身を吐き出しながらも、少しずつ呼吸を整えようと必死に涙を拭った。
吐き気と恐怖で顔を真っ赤にし、ボロボロと涙をこぼすほとけを、メンバー五人がただ静かに、そしてしっかりと支え続けている。
💎「……っうぅ、うぅ……っ……」
ようやく吐き気が収まり、ほとけが力なくゴミ箱の縁に頭を預けた。
いふはそのままの姿勢で、そっと汚れた手を服の裾で拭い、濡れたままのその手で、今度はほとけの背中を優しく、ゆっくりと撫でた。
🤪「……落ち着いたか?」
いふが小さく尋ねる。
その問いに、ほとけは言葉にならない嗚咽を漏らしながら、小さく頷くことしかできなかった。
張り詰めていた糸が切れ、隠し通してきた秘密が暴かれた先には、想像していた「孤独」ではなく、泥だらけになってもなお、自分を放さない五人の姿があった。
吐き気が去った後には、重たい倦怠感と、言いようのない気まずさが残った。
部屋には、ほとけの乱れた呼吸音と、時折すする鼻をすする音だけが響いている。
いふは、手についたものをティッシュで丁寧に拭き取ると、ほとけの背中を支えたまま、ゴミ箱を少し遠ざけた。
🤪「……落ち着いたな」
いふが静かにそう言うと、メンバー全員が囲むようにして座り込んだ。
ほとけは、ゴミ箱に顔を突っ伏したまま、じっと動けずにいた。今さら顔を上げるのが、怖くてたまらなかったからだ。
💎「……ごめんなさい……気持ち悪かったよね、ごめん……」
ほとけの震える声に、しょうが「そんなことないで」と優しく声をかけた。
🍣「いむ、俺らに隠しとったこと、教えてくれる?」
ないこの穏やかだけど、どこか芯の通った問いかけに、ほとけは小さく肩を震わせた。
背中を預けているいふの体温が、少しだけ彼を現実に繋ぎ止めていた。
💎「……僕、ずっと……怖いんだ」
ほとけは、掠れた声で話し始めた。
💎「みんなが他の人と楽しそうにしてたり、僕がいなくても笑ってたりするのを見るのが、死ぬほど怖くて。そうやって、僕が見捨てられるんじゃないかって……自分でもおかしいって分かってるのに、どうしようもなくて」
吐き出す言葉は、どれも自分を卑下するものばかりだった。
💎「みんなに嫌われたくなくて、必死に『元気なほとけ』を演じてた。でも、そうすればするほど、本当の自分が誰にもわかってもらえない気がして……ずっと、胸が苦しかったんだ」
ほとけは、ギュッと拳を握りしめる。
💎「今日、見られちゃったとき、もうダメだと思った。……やっと、捨てられるって」
その言葉を聞いた瞬間、隣にいたしょうが、ほとけを力強く抱き寄せた。
🐰「……アホやな。そんなんで捨てるわけないやん」
しょうの言葉に、ゆうすけも静かに続く。
🦁「不安なら、不安やって言ってくれればよかったやん。俺らが、お前の全部を受け止める器になれへんかった、俺らの責任でもあるんよ」
🐤「そうだよ、いむ」
りうらが、ほとけの涙に濡れた頬をそっと拭った。
🍣「俺らは、いむの『全部』を知りたいし。楽しいことも、辛いことも、不安なことも……全部ひっくるめて、いむやから」
ないこは、優しく、でも真っ直ぐにほとけの目を見つめた。
「俺らは、いむを絶対に見捨てない。……何かあったら、隠さんと言ってほしい。一人で抱え込まなくていいんやで」
みんなの言葉を聞きながら、ほとけの目から、またぽろぽろと涙がこぼれ落ちる。
さっきまでの、あの張り裂けそうな恐怖とは違う。温かくて、胸の奥がキュウっと締め付けられるような、安心感。
(本当に、この人たちは、僕を離さないんだ)
ほとけはゆっくりと顔を上げ、涙で滲む視界の中で、五人の表情を確認した。
誰一人、軽蔑などしていない。ただ、真剣に、彼を大切に思ってくれている、その事実だけがあった。
💎「……うん。……ごめんね、ありがとう」
やっと紡げたその言葉は、今日一番の、ほとけの心からの声だった。
メンバーは何も言わず、ただ優しく微笑んだ。窓の外では、さっきまでのどんよりとした空が嘘のように、柔らかな光が差し込み始めていた。
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