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倒れたギースの様子を見に行くようハンクに言われ向かったゾルダーク領でカイランが聞いたドイルとギースの密約。過度な要求ではなく、効力が弱く感じる密約だがゾルダークに損は無し。相手には頭の隅に引っ掛かる内容。ゾルダークに一目置くには十分。機会があれば交わしておけとカイランはギースから助言を受けていた。


アンダルのおかげでこんなに早く交わせるとは思わなかった。王太子が興奮している今なら冷静な判断はできないだろう。僕が感じた好機だった。


用意していた封筒に仕舞い、印なしで封蝋し王太子に渡す。


「このことは二度と口にするな」


封筒を見つめながら僕に命じる。


「アンダルには悪いことをしたと思っている。俺が発端で男爵まで落ち、子まで残せない体になった。憎んでいたわけじゃない」


「子を残せない体?」


「ああ、王族の血を外にばら蒔くような真似はできないだろ。黙せよ、アンダルに伝えるかはお前が決めていい」


嫌な話を聞いたな、アンダルは子を作れない体?リリアンは身籠っているかもしれないと、月の物がきていないとアンダルに伝えていた。あの女、あの場を乗り切るために嘘をついたか?まさか他の男と通じたのか…さすがにそれはないだろう。そこまで馬鹿ではないはずだ。


「アンダルは私が助けます」


「女に鎖でも付けておけ」


鎖か…いい考えだな。


「アンダルを頼む」


王太子は僕に頭を下げ、立ち上がり部屋から出ていく。


「カイラン様」


ハロルドの声に手を振りソファに座るよう促す。


「読んでいい」


密約を渡す。


「面白いですね」


「うん」


「なぜ私に?」


「陛下が譲位する話など聞こえてこない。僕とレオンが当主になる時期はジェイドが国王だ。お前はレオンを導けと言われたんだろ。知っておいていい」


これがあるからと慢心してはならない。あくまでも非常事態に発動する密約だ。


「アンダルはどうしてる?」


「騎士に見張らせていますが、夫人の元へ行こうと部屋から…」


やはりな。真実を伝えるか…もし子を孕んでいたらどうなる。本気でアンダルは狂うか、だが僕なら真実を知りたい。


「アンダルに話さなければならない」


二人で男爵領に戻れることは嬉しい報せだろうが、王太子が告げた酷い真実はアンダルを傷付けるだろう。耐えられるか、もし、リリアンが身籠っているのが真実なら生まれた子を見たアンダルは…正気を保てない。

アンダルの待つ客間に着き扉を開けると、金髪を抱え項垂れていた顔を上げ僕に走りよってくる。


「カイラン!リリは?」


アンダルの怒りは持続しないからリリアンと暮らせるのかもしれない。もう彼女の奇行を忘れたのか。


「落ち着け」


以前より痩せた肩を掴み、冷静に話せるよう手に力を込める。


「ああ、すまない。兄上は来たのか?」


「男爵領に戻る許可を得た」


「そうかっよかった。もう二度と出さない。やっと子ができたんだ…」


婚姻して三年近く懐妊してないことに不安だったのか。全て忘れて嬉しそうな顔をするアンダルに告げなくてはならないのか。


「話がある、座ろう」


腕を掴みソファに座らせる。その隣に腰を落とした。


「カイラン、ありがとう。だがリリも落ち着くだろ」


「アンダル…アンダル…」


蟀谷が熱くなり涙が溢れる。王家は酷いことをするな…隣国に盛られた後か、それより前なのかわからないがアンダルには子ができないのか。


「どうした?何かあったのか」


「王太子に聞いた…お前には子ができない」


アンダルの手を掴み離れていかないように捕まえておく。


「何を言う…リリは…ジェイドは嘘つきだ。それも嘘だ」


「ただの嫉妬心から始まってしまったと悔やんでいた」


アンダルから言葉が出なくなる。歪む視界でアンダルの顔を見つめる。碧眼は僕も見ずにただ空を見つめていた。


「アンダル…すまない。知りたくなかったか?」


「事実なんだな」


アンダルの瞳は戻ってこない。絶望に浸ったように肩からは力が抜け、口は半開きのまま壁を見つめるだけだ。

長い時が流れたろう。燭台の蝋燭も短くなってる。僕はそれでもアンダルが事実を受け入れるのを待った。


「カイラン…リリは何をしたんだろうな…僕の留守に逃げ出すだけじゃなく、他の男と通じていたのか…」


「アンダル、彼女は月の物がこないと言っただけだ。身籠っていると思わせればお前の怒りが消えることを知って言ったんだ」


そうでないとアンダルがかわいそうだ。他の男の子を宿していれば、アンダルはどうにかなってしまう。


「カイラン…もし身籠っていたらリリを殺す」


アンダルの美しい瞳が決意を持ち僕を捉える。


「わかった」


僕は迷いもなく手伝うよ。リリアンのために全てを捨てたお前を裏切ったのなら許さなくていい。


真夜中に近くなった時、アンダルと共に門番の詰所に来ていた。見張りの騎士に扉を開けさせ中へと入り燭台の蝋燭で部屋の中を照らす。寝台には縛られ猿轡をされたままのリリアンが横たわっていた。

僕らに気づいた彼女は何かを喚いている。トニーも騎士も部屋には入れていない。僕はリリアンに近づき猿轡を外す。


「アンダル!縄をほどいて!痛いのよ、お願い」


蝋燭一つの明かりではアンダルの様子がわからないのかリリアンは甘えた声で話す。


「リリ…本当のことを教えてくれ。身籠っているのか?」


アンダルの落ち着いた声に安心したのか嬉しそうに話し出す。


「月の物がきてないのよ。いるかもしれないわ」


笑顔のリリアンが近くの僕には見える。


「僕の子?」


「アンダル?」


「僕に子はできないそうだよ。どうやってリリに子ができる…」


リリアンから笑顔が消える。黙り込んでしまった。


「どうなんだ?リリ」


「子ができない?カイランの嘘よ。私が嫌いなのよ。アンダル…王様の孫よ。助けてくれるわ」


アンダルは静かにリリアンに近づいていく。上から見下ろされ、漸くいつもと様子の違うアンダルに気づいたようだ。


「リリ…他の男と通じたか」


「…アンダル、嘘でしょ?子ができない?どうするのよ。誰も助けてくれないじゃない」


「答えるんだ」


「他の男なんて知らないわよ!ただ月の物が遅れてるだけよ!」


やはりな。身籠っていると言えばアンダルの怒りは鎮まり、王家も子がいると言えば何かしてくれるだろうと思ったか。なんてくだらない女なんだ。


「そうか、もし腹が膨れ始めたらリリを殺していいな?」


「なに言ってるのよ…怖いわアンダル!」


「カイラン、もういい」


喚くリリアンに猿轡を噛ませてアンダルと部屋から出る。


「大きな音がしても開けるな」


今は恐慌状態だろう。唯一味方のアンダルに冷たくされて、なんとしても逃げたいはずだ。寝台から落ちて喚くくらいやりそうだからな。


「明日の朝には処置をする」


「頼む」


邸への道は松明で照らされている。


「カイラン…何をもらった?」


「大したものじゃない。紙切れだよ」


「そうか、僕はジェイドを許せない。何もできないけどな。不幸は願うよ」


願っていい。王太子は幸せではないだろう。なってはいけないとさえ思う。

僕もアンダルも望んだ今じゃない。幸せになれなくてもいい。キャスリンの側にいたいんだ。




ライアンがゾルダークからの早馬で呼ばれ訪れてみれば、脚から血を流し気を失っている女性の手当てを命じられた。

訳を聞くと髪色は違うがスノー男爵夫人だという。カイラン様の隣にはアンダル様がいるのだから本当なんだろう。血を止め傷口を縫っていく。薬でも飲まされたか夫人は目を覚まさない。


「本来なら王家に殺されていたのをこれで許してもらったんです」


男爵領から出たら消される命令が出されていたのか。それを聞くとこれは温情だな。なんて阿呆で運がいい。


「痛み止めの薬草です。傷が塞がるまでは動かないように。その後は歩く練習をしてください」


アンダル様はただ頭を下げただけで、その顔からは感情を読むことはできなかった。

あまり動かさない方がいいがカイラン様は馬車を呼びアンダル様と眠る夫人を乗せゾルダークから男爵領へ帰らせた。


「閣下はご存知なんですか?」


「いや、僕だけゾルダーク領から戻ったばかりで」


そうか、老公爵様が亡くなったと聞いた。あの心臓で数ヵ月もよくもったな。カイラン様だけ?閣下とキャスリン様は二人でゾルダーク領を満喫か。


「父が戻ったら僕から話しますよ」


スノー男爵夫人は姿を変えてまで逃げ出したのか…怖いなぁ。閣下には手紙を送っておくか。











貴方の想いなど知りません

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