コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
***
(ランエボが下って行ってから、他の車が下りた音を聞いていない。そうなると必然的に、インプの前を走ってるはずだ。だけど上ってきた車が何らかの事情でUターンして、ランエボと並んでいたりしたら、雅輝でも追い越すは一苦労するだろう)
最初のコーナーを難なくクリアした宮本の手元を見ながら、これからのことを考える。
「おい、雅輝」
「はい?」
シートベルトの反発力に負けないように躰を寄せて、素早く頬にキスしてやった。対向車がなく、ちょっとくらいブレがあっても大丈夫なところでの行為だった。宮本は泡食って、ハンドルを両手で握りしめる。
「よよっ、陽さん、こんなところでいきなりキスするなんて、危ないじゃないですか!」
「危ないのはおまえのほうだ。いつもより、ハンドルを握りつぶしてるだろ」
「あ、ほんとだ……」
「なにかあったときにその状態じゃ、間違いなく急ハンドルになるぞ」
「うん、そうだね」
橋本は、ガードレールの下から見える景色をチェックしながら、対向車がやって来るタイミングを計った。日が沈んだのもあり、ほとんどの車がヘッドライトを点けているので、木々の隙間からでも、その存在を確認することができた。
「雅輝、ハンドルを握りつぶす怒りを、集中力に変えろ。このコーナーを過ぎたら、次のS字はインベタグリップで突っ走れ。その先のコーナーで、対向車が来るはずだ」
「S字コーナー、インベタグリップ」
橋本はアシストグリップを左手で握って、ドリフトの重力に耐える。宮本の運転にかなり慣れてきたこともあり、目まぐるしく変わる景色やタイヤのスキール音も、怖さを感じなくなっていた。
「あの馬鹿野郎どもが、どれくらいのスピードで下ってるかわからない以上、俺らはそれなりの速度で、追いかけなきゃいけないだろ」
「うん!」
S字コーナーの出口の瞬間に、対向車とすれ違った。突然現れたインプのドリフト走行に、対向車は驚いたのか急ブレーキをかける。
橋本の予想よりも早い対向車のお出ましに、速度調整をしなければと考えさせられた。理由は宮本の走りがノっているため、いつも以上に速いスピードでコーナーを攻めていたからだった。
「やれやれ。俺の読みは、やっぱりまだまだだな」
「大丈夫だよ。むしろ助かってる」
宮本は唇に微笑みを湛えたまま、大きなコーナーをトップスピードで下って行く。
(不思議な感じだな。自分の姿でこんな走りをするなんて――)
さらに加速を続けるインプの前に、ヘアピンカーブが待ち構えていた。
「いつもより注意しながら、無駄を省く走りをしなきゃいけない。わかるな?」
「わかるよ、陽さん!」
「そうなると、タイヤに負荷をかけることになる」
「タイヤがおかしくなったら、なった用の走りをすればいいだけだよ」
宮本らしい返答を聞いて、笑わずにはいられない。たとえブレーキが逝ったとしても、同じような返事をするのが容易に想像ついた。
「やっぱり雅輝はクレイジーだな。そこは任せる」
「任せて!」
「対向車なし。そのままの速度でコーナーに突っ込め! コントロールできるか?」
「できる。このインプなら、どんなコーナーもタイトにクリアしてくれる」
曲がりくねった狭い峠道を、インプのボンネットがガードレールの横をなぞるようにすれすれで走って行く。宣言通りにセンターラインを超えずにやってのける宮本に、橋本は羨望の眼差しを送った。
ずっと眺めていたかったが、すぐさま車窓に視線を飛ばす。
「その先のコーナーで、対向車2台とすれ違うぞ」
「了解! 驚かせないように走り抜ける」
さっきすれ違った対向車のことを考えたのか、事故を誘発させないように対処した宮本を褒めるべく、肩を叩いてやった。
「陽さん、俺を宥めているの?」
「まさか。鼓舞させてるだけだ。だって見えてきたろ、厳ついランエボのボディが」
ふたりの視線の先に目標としていた、黒いランエボの赤いテールランプが飛び込んできた。