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治癒魔法が無事に発動し、レジーナはホッと一息ついた。
同時に、少しだけ、落ち着かない。
(静か過ぎる……)
治癒魔法は「手当て」が基本。
相手に触れて、怪我を――高位の治癒者なら病も――見つけて魔力を注ぐ。怪我や病といった「異常」を感知するのに、かなりの集中力が求められるのだ。
レジーナは治癒魔法が苦手だった。
レジーナの場合、怪我の感知に集中すると、読心のスキル制御が甘くなる。そこからビジョンが流れ込んできて、集中を乱される。結果、治癒魔法は失敗。
だから、レジーナは――自分以外の人間の――治癒が本当に苦手だった。
なのに、今は――
(……怖いくらい、上手くいっているわ)
読心のスキル制御かなりおざなり。だけど、クロードからは何も聞こえてこない。
次第に、レジーナは怖くなった。
自分で命じておきながら、彼の中に感じる「虚無」が恐ろしい。
コアに繋がれた彼の内側が、まさにこんな感じ――
気づいたレジーナは、クロードに話しかける。
「クロード、あなたが感知した『人の反応』だけれど……」
彼の意識が覚醒するのを感じる。
彼が、「他に五人」と考えるのが伝わった。
「私の他に五人、ね。……多分、知り合いだわ。心当たりがあるの」
レジーナの言葉に、クロードの胸の内に様々な思いが去来する。
ダンジョンを支え切れなかった自責の念、彼らの無事を案じる思い、今すぐに救助に向かいたいという焦燥。
クロードは、何の疑問もなく、それを自身の責任だと認識している。
レジーナの心はまたささくれ立った。
「……あなたが責任を感じる必要ないわ」
「いや……」
――崩落に巻き込んだ。俺の力が及ばなかった。
「あなたが巻き込んだんじゃない。私たちが勝手に突っ込んできたのよ」
――だが……
どうあろうと自責をやめないクロード。
レジーナはため息をつく。
「私たち、王都の魔法学園に居たの。多分、転移陣が暴発して、何だか分からない内にここに跳ばされて……。でも、それっておかしいでしょう?」
通常、ダンジョンには固有の魔法結界が存在する。転移での出入りは不可能。例え枯れかけのダンジョンであろうと、それは変わらない。
そんな場所――しかも、最下層――まで、レジーナが跳んできたのは異常だった。
クロードもそれは認めており、異常の原因について考察し始める。
レジーナは「とにかく」と語気を強めた。
「今回のこれは事故よ。ここに跳ばされたのは本当に偶然で、少なくとも、あなたが防げるものではなかった」
だから、あなたが責任を感じる必要はない。
クロードは素直に首肯する。けれど、触れた手から彼の抵抗が流れてきた。納得していない。
レジーナは呆れて首を横に振った。
「あのね、クロード。もし、あなたが今日この日までこの場所に踏み留まってくれなかったら、私たちはどうなっていたかしら?」
良くて即死。最悪は生き埋めになっていただろう。
クロードはレジーナをじっと見つめる。
レジーナは彼の手を取り、その意識に集中した。
「ありがとう、クロード。今日まで、この地を守ってくれて」
クロードの感情が微かに揺れた。
安堵だろうか、誇らしさだろうか。レジーナにも分からぬほどの僅かな揺らぎ。
けれど、彼の胸の内に灯った小さな明かり。仄かな温もり。
レジーナは無性に気恥ずかしくなり、慌てて話を逸らした。
「他の五人を助けに行くのよね?」
クロードは躊躇なく頷く。
助けに行くのが当然。
それが、何となくおもしろくない。
レジーナは形ばかりの反対を口にする。
「放っておいていいんじゃない? 王国魔導師にプライセルの跡取りがいるんですもの。自力で脱出できるわ」
プライセルは建国以来、騎士団の長を数多く輩出している。
その跡取りであるリオネル。彼は、剣の成績において、常に学年首位だった。
その影で、彼がどれだけの努力をしてきたか。
レジーナは誰よりも知っていた。
だって、ずっと側で見てきたから――
物思いに沈みそうになるが、感傷を振り払う。
「……多分、他に王族が一人、第二王子のフリッツ殿下がいるはずよ」
本来なら、何をおいても救助に向かわねばならない対象。
クロードは静かに頷く。
「殿下と、クラッセン辺境伯子息のアロイス。彼らもそれなりに剣が使えるわ」
彼らだけなら、或いは、自力でのダンジョン脱出もあり得た。
実際、学園で行われる魔物討伐演習で、彼らは他の生徒とは隔絶した力を見せつけていた。
ただ、問題があるとすると――
レジーナは躊躇う。
その先を口にするのが、なぜだかとても嫌だった。彼女の存在を明かすのが。
「……一人、女生徒がいるはずよ」
聖女の再来と言われる彼女だが、戦闘には向かない。演習でも、救護テントに籠もりきりだった。
だから、きっと、クロードは彼女を守る。
レジーナは、彼に触れていた手を離した。
怪我は全て治っている。
クロードが「分かった」と返した。
「……行こう、レジーナ」
伸ばされた手を、レジーナは取れない。
(……聞きたくない)
今、彼の手を取れば、きっと聞こえる。
レジーナに誓ったように、エリカを守ると誓うクロードの声が。
レジーナは一人、歩き出した。