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人を喰らった狼は
人に化(な)る。
人に化けた狼は、その血に混ざる禁断の果実により知恵を授かる。
そしてより狡猾に、より情動的に、人を欲するようになるだろう。
「おい。匿っても無駄だ」
「どうか、どうかお助けを、この子は、この子は人狼などでは……」
神は平等に現れなければ意味をなさない。天使の加護がホコリのチラつきでは誰も救えない。
貧しい村では、医師でも宣教師でもなく狼を飼い、死んだ家族の遺体を喰わせることを良しとすることが多かった。
「ウアアアアッ!!!!」
完璧な人狼になる為には、命あるうちに心臓までを喰らうことが重要であるらしい。
私の足にしがみつく老夫婦は、それが出来なかったのだろう。
目の前で私に爪と牙を剥き出し、首輪に繋がれ少女の形(なり)をしているバケモノは、とても幸せそうには見えない。
「今月に入って6匹目かよ」
「しょうがないでしょう。麦が穫れても流行病は治らないのですから」
「なんだかねえ。どうせなら、人間じゃなくて犬の方が身代わりになりゃ良いのに」
人狼の歴史は、はるか昔の神の世代に遡る。
ある悪魔は、神を欺き生命の実を食った。
神はその罪と罰を償い改心することを願い、知恵の実を摘み取ることができないよう手足を奪った。
それでも心は入れ替わらず、人をそそのかし人の身体に知恵の実を移したのち、生き血をすすることで完全に近い存在にならんとする。
神は再度の裏切りを許す訳もなく、根絶やしにするため神獣を放った。
全ての獣の頂点に立つ、神の獣の名こそが、
狼である。
「人の子は、狼よりもずっと弱いですから」
「違ぇねえ。次に行くぞ」
瞬く間に神獣は悪魔を退けた。そして、人々は悪魔から解放され、大地で光を浴びることを許された。
だが人々は神獣の力に怯え、悪魔の血肉を貪った獣は神の世界にも人の世界にも居てはならぬと天に訴える。
神は悪魔に騙されるも、健気に生の苦しみに堪える人々をたいそう気に入っていた。
そうして訴えは届き、人の言葉を知らぬ神獣は森の中に閉じ込められ、神の力を奪われる。
何も知らぬ堕ちた獣は空腹に耐え兼ね、気付けば悪魔以外の肉を貪るようになったと言う。
「しかし、ほとんどが不出来ですね。意味の無い言葉くらいは発するものですが」
「そりゃあそうだ。テメェのガキやら恋人が、飼い犬に生きたまんまピーピー喚いて喰われるとこなんざ見たくも聞きたくもねえだろうよ」
「なら、手足を切って喉を潰せば良い」
「人狼よりおっかねぇ頭してんな」
「そうでなければ、あんなバケモノ殺せませんよ」
獣の飢餓の怨念は、森の近くを通りかかった人に届く。
知恵の実がドクドクと流れる人の味を知ったとき、人を恨んだのか、それとも羨んだのか。知る由もないが、今ではその魔性が愚かな民衆を犯し惑わし狂わす劇毒であることに違いは無い。
「最近はデカい事件も聞かねえ。だからこそ、気ぃ引き締めてかねぇとな」
「はい。我々がバケモノに食われたのでは、たまったものじゃないですから」
「あっ、デケぇ事件は聞かねえけど、ここいらで生け捕りにした知恵モノが居るらしいな。ついでに見てくか?」
「ほお、面白そうですね。行きましょう」
神の澱が残るこの土地で、私は狩猟師としての生を選んだ。
心が腐らないよう、人として終わることができるよう、神と己の腕に祈る毎日だ。