人混みに揉まれるのは、2週間ぶりだろう。
土と泥と獣の臭いばかり嗅いでいたから、露店や新鮮なハーブ、香水の匂いで頭がクラクラしてくる。
「はい6匹ね」
「なんだ、ほとんど不出来だな」
「うちのボンボンも言ってたよ。コイツらをヤるのは楽で良いけど、死体食わせたジジイだのババアだの兄弟だのがくっついて面倒なんだぜぇ?」
「ハハッ、俺らは警察でも宣教師でもねえからなあ。心中お察しってヤツだ。9等6匹で…っと、はい、こんだけ」
「オッ。色付けてくれてんじゃぁん?」
「ヤベェ事態になったとき、お前らが居ねえとどうしようもねえからな。草刈り仕事でもありがてえ事に変わりは無いさ」
ここは、比較的大きな街だ。
人口が多ければ多いほど、成熟した人狼に狙われる可能性が高い。
その為、狼が飛び越えることのできない分厚く高い塀で囲まれ、長い狼避けの回廊が設けられている。全ては狩猟師を取りまとめる狩猟協会あってこその安全だ。
協会では人狼の死体焼却、及び等級と頭数に応じた報酬の支払いが行われている。
「おーい、ボンボン。お小遣いだぞ。菓子でも買ったらどうだ」
「それも良いですが、まずは宿屋に行きましょう。我々は獣臭くてパティスリーにも酒屋にも入れませんよ…。ガンショップのお弟子さんも、鍛冶屋の老人にも顔を顰められていたでしょう」
「アイツらは街入ってすぐんとこに店構えてんだからしょうがねえだろ!そこらへんの川で体洗ってる最中にイヌッコロに襲われでもしたらたまったもんじゃねぇし。それにオマエは……いや、とっとと探すか」
人狼に死体を食わせたヤツらはこぞって「せめて遺体だけは返してくれ」と宣うが、過去に人狼を崇拝し人狼の骸を喰らうカルトが現れ、大国ですら転覆寸前にまで傾いたことがあった。
狩猟会は国からの命令が下るまで何もすることが出来ず、手練だった狩猟師が矢面に立ち結果、名誉の死を遂げることで特例の“殺人”が許可された。
遺体を狼に食わせる貧困文化も、この一件で根付いた側面がある。
なので狩猟師は焼ける銀の弾丸を使い、できるだけ血を流すことなく、人狼の死体を協会まで持ち帰り火葬することとなった。
等級制度なども、この頃から導入されたと聞く。
「オメェのために浮浪者だらけの裏路地から行ってやるよ。顔隠しとけ」
「はい。パストの顔に寄ってくる物乞いはいませんからね」
「イヤミかぁ?」
「そういえば、10年以上前は協会の支払いが年俸制だったと聞きますが、どんな感じだったのですか?」
「あー、最悪だったな。俺は今の方が性に合ってる。田舎者の弱え狩猟師ばっかで、腕に自信があるヤツほど命張ったり巻き添え食らって損だったからな。まあその分、今は協会の事務方が給料減らされて、若い姉ちゃんはみーんな酒屋に流れちまったけどよ!」
「さすが、“おじさん”ですね」
「事実なんだからしょうがねぇだろ」
「それにしても……前の街より、物乞いが少ないですね」
賑やかな表通りから1本裏の道に進むだけで、同じ街中とは思えないほど喧騒は遠ざかり、抜け殻のようになった人間がころがっている。
この規模の街ならば、警官に押し込められた物乞いが溢れていても違和感は無い。
「ああ。人狼は1歩も入れねえけど、人間なら誰でも入れるからな。生きてんだか死んでんだか分かんねえ浮浪者以外は飯のタネだろうよ。オマエの考えてる事は分かるぜ。こんな動かねえ人間がゴロゴロ転がってたら、人狼が紛れ込んでも分かんねえって思ってんだろ」
「まあ……」
「ひひひ、まあ風呂に入った後は、ここいらを通る理由はねえって事だ。絶対なんてもんを信仰するより、自分の腕が鈍らねえよう祈った方がお利口だ」
一度上がった煙は、本当に火の元まで消すことが出来たのか、土を掘り返したところで確証は得られない。
撒き散らした土から、また火種が燻るかもしれない。
人狼の手が伸びていない確証など、どこにもない。
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