テラーノベル
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幽霊の彼、トラゾーはホントに何をするわけもなく俺から離れたところでふわふわしていたりと、自由に動いていた。
決して邪魔にならないように、気を散らさないようにと。
「ねぇ幽霊ってお腹空いたり眠くなったりしないの?」
朝ご飯を食べている時、視線が気になって質問してみた。
純粋な疑問だ。
『うーん、…そういう概念さえないので大丈夫ですかね。…あっ、ごめんなさい無意識に見てましたか?すみません、気ぃ散りますよね』
どこかに行こうとするトラゾーを呼び止める。
「いやそういうつもりじゃなくて…疑問に思っただけだよ。どこにも行かなくていいからここにいなよ」
『っ、…はい』
「?」
一瞬、顔を歪めた(ようにみえた)トラゾーに首を傾げる。
「トラゾー?」
『…何でもないですよ。というか、あなた俺のこと怖くないんです?普通幽霊がいたら怖いし嫌でしょう』
「いや幽霊自体信じてないのもあるけど…まぁ、目の前にそういう存在がいたら信じざるを得ないというか……。トラゾー自体に対して怖いとか嫌だとかそういうの感じないから」
これはホント。
初めて視た時からそう思ってた。
『変な人ですね』
ふふ、とトラゾーが小さく笑った。
「、…?、…」
『俺も自分がこういう存在になるまで幽霊なんてフィクションの中だけの存在って思ってましたけど、自身がこんなんになったら、ね?』
自分の足元を見つめて言う。
『クロノアさんには迷惑かけないようにひっそり消えるんで……てか、お祓いとかしないんですか』
「悪いことするつもりないんだろ?じゃあ別にいいよ。祓う人が本物かどうか分からないし、赤の他人をこの部屋に入れたくない」
『…潔癖なんですね』
「いや潔癖というか…なんか、嫌だ」
ぺいんとたちや知ってる人なら全然いい。
それ以外の人間がこの部屋の中に入って物に触ったりするのに対して嫌悪感がある。
広い部屋に他人がいることが気持ち悪い。
『それなのに俺のことはいいんですね』
「悪さするつもりないんでしょ。じゃあいいじゃん」
『まぁ俺人間じゃないですし。物にも触れませんし』
「トラゾーはいいよ」
『え?』
「触れなくても、ここの物に触るの」
『えぇ?それ触ってないと同義でしょ?ふふ、やっぱり変な人ですね』
くすくす笑うトラゾーに、ぎゅっと胸が締め付けられるようなふわりと温かくなるような。
そんな不思議な感情が湧いた。
『ほらクロノアさん今日用事があるんでしょ?早く行かなきゃ遅れますよ』
時計を指差すトラゾー。
その光景に既視感があった。
誰かに、同じことされた気がする。
ズキリと痛む頭を目を閉じて押さえる。
『⁇クロノアさん?大丈夫ですか…?』
心配そうにかけられる声に目を開けると思ったより近くにトラゾーがいてギョッとした。
「ち、かっ…」
『ぁ、ごめんなさい。なんか距離感掴めなくて…感触なくても男の幽霊となんかキスしたくないですしね』
嫌だとかそうじゃない。
寧ろ、
「…え?」
したかった、なんて口が裂けても目の前の浮遊してる幽霊になんて言えない。
できなかったことが残念だなんて。
『クロノアさん?今日、いつにも増して変ですよ』
「っ!!ごめん!行ってくる!!」
食器は帰ってからでいい。
今はとにかく、赤くなった顔を見られないようにしなきゃ。
『?、行ってらっしゃい。…そうだ、車には気をつけてくださいね』
子供を諭す親のような、ただ本気で心配してる言い方に言いようのない違和感を感じたけど、時間が差し迫っていた俺は軽く返事をして部屋を出た。
トラゾーがどんな表情をしてたのか知らず。
──────────────────
「クロノアさんおはようございます」
「おはよう、ギリギリセーフ?」
「しにがみが絶賛遅刻中なんで大丈夫っすよ」
久々にぺいんとの顔を見た気もする。
こうやって集まって話をすることを最近してなかったから。
「なんか、久しぶり?だね」
「……そうですね。クロノアさん変わりないですか?」
「うん、体調とかも大丈夫。入院もなんでしてたのかよく分かんないし」
「だから、俺らの目の前でぶっ倒れたんですってば」
ぺいんとにもしにがみくんにもそう説明されるけど、そのぶっ倒れたという記憶がない。
というか、それより前の記憶が全くない。
「…ホントに、忘れちゃったんですね」
「え?あー、うん…迷惑かけたみたいで悪いけど全然、…いや、ごめんね」
ぺいんとの意図が分からない言い方にとりあえず謝る。
実際、迷惑かけてるし。
「………俺らは気にしてないですよ。クロノアさんが倒れたことも迷惑だとか思ってねぇし」
なんとなく含みのある言い方に首を傾げた。
「ぺいんとたち以外に迷惑かけた人がいたってこと?」
「…クロノアさん、この話はもうしないって約束したでしょ」
ぺいんともしにがみくんも冠さんもスタッフもリスナーのみんなも、俺が倒れたという出来事のあとから妙に何かを隠してるように思える。
何を隠しているのか分からないし、さり気なく探ってみてもリスナーたちもボロを出さないから分からない。
「…あぁそっか、そうだったね」
悲痛な顔をするぺいんとにきゅっと胸が痛む。
別の誰かを見てるような表情に。
「すみません!遅くなりました!!」
ドアを大きな音を立てて開けたしにがみくんが肩で息をしている。
「…あれ?なんか空気重くないですか?」
「そんなことねぇよ。つーか、遅刻すんなよしにがみてめぇ。クロノアさん待たせてんじゃねぇぞ」
「え⁈ご、ごめんなさい!」
話題も表情も切り替えたぺいんとはしにがみくんにいつものように絡み始めた。
「いや、いうて俺も少し前に来たばっかだし…」
「おいこらぺいんとてめぇ」
「あ?遅刻したのは変わんねぇだろ」
といういつもの掛け合いも始まった。
「まぁまぁ、しにがみくんもそこまで遅くなってな…」
そう嗜めようとして言葉が止まった。
『まぁまぁ、しにがみさんもそんな遅れてきたわけじゃないですし』
ふと誰かの声が頭で響いた気がした。
どこかで聞いたことのあるような、落ち着いた声に少しだけ舌足らずな喋り方。
「…?」
「クロノアさん?」
首を傾げたしにがみくんに、首を振って笑い返す。
「いや、なんでもないよ。気にしないで」
「……なら、いいですけど」
「みんな揃ったし、ネタ会議始めましょう」
ひとつ、ひとり、空いた椅子が妙に気になりつつ”2人”と話を始めた。
───────────────
幽霊がいる、というのにも慣れてきた頃。
トラゾーが浮遊しながら俺に声をかけてきた。
『クロノアさん』
「ん?」
『俺に慣れてきたところで申し訳ないんですけど、ひとつ言っておかなきゃいけないことがあって』
浮遊しながらも姿勢を正したトラゾーがじっと俺を見る。
『クロノアさん…』
真顔のトラゾーにどきりとして俺も姿勢を正す。
「…っ…?」
すっと俺の左肩に肩パンする仕草をしたトラゾーがふぅと息を吐いた。
『あなた今日変なとこ通って帰ってきましたか』
「え?ん?変なとこ…?……あぁ、そう言えばいつもの近道、事故があったとかって…そこ通ったよ」
難しい顔をしたトラゾーが顎に手を当てた。
『なるほどだからか……クロノアさんが優しい人だから憑いてきてましたよ。悪いようなモノじゃなかったですけど』
「………え」
『でもちゃんと逝けたみたいだから大丈夫ですよ』
平気な顔で怖いことを言うトラゾーはきょとんと首を傾げた。
『だから俺に慣れたところでごめんなさいって……大丈夫ですか?』
「ァ、ウン、ヘイキダヨ」
『なんですかその喋り方』
信じざるを得ない存在に、そういうモノがいたと言われたら怖いは怖いに決まってる。
『大抵のモノは憑いてこれないと思います。あなたの傍にすごい陽みたいな人がいるでしょう?』
ぺいんとのことだろうか。
『あいつのおかげでクロノアさんには並大抵のモノは憑けない。さっきのは、多分新しいから』
「…そ、そっか」
ぺいんとに感謝しなきゃな。
「………うん?あいつ?トラゾー、あいつのこと知ってるの?」
『知りません』
「でも普通そいつ、って言わない?知らない人間なら。…あいつ、って知ってる奴の言い方だよ」
『言葉の綾です。それに昨日彼が尋ねてきたでしょ。それを視て思ったんです』
確かに来たけど。
『……そんな訝しんでもダメです。この話はおしまいです。あとしばらくその道は通らない方がいい。近道だとしても、色んな意味で安全な遠回りした方がいいですよ、クロノアさん』
「う、うん…」
強制的に話を終わらされる。
近道で早く家に帰れるからよかったんだけど、仕方ないか。
「…?」
早く帰れるに越したことはないけど、なんで俺はこの家に早く帰らなきゃって思ったんだろう。
ふわふわ浮くトラゾーを見ると、俺の視線に気付いてないのか遠くを見ていた。
「トラゾー」
『んぇ?はい、どうかしましたか?』
「俺と会ったことある?」
いきなりそんなこと言われれば困惑するに決まってる。
現にトラゾーはすごく困った顔をしている。
『……』
でも、こんなに俺の生活に溶け込めるくらいにいることが当たり前のような感じに、もしかして知ってる人だから嫌悪感もないのかと思って質問する。
「初めましてになるって言ってただろ。てことは会ったことが『ありません。俺とあなたは初対面です。俺がたまたまこの部屋から離れられないだけで、あなたとはなんの因果もない』……そ、っか…」
硬い声にそれ以上は何も言えなかった。
トラゾーが踏み込んでくるなと、あからさまな拒絶をしたから。
『…こんな特徴のあるようなないような人間がいれば覚えてるもんでしょう?』
「ま、まぁ…」
服装もそうだし、何より頭に被る袋。
今は外されてるけどあんなもの被ってる人がいれば忘れるはずがない。
『誰でも日本語の間違いはあるでしょ。俺のはそれだと思ってください』
「でもトラゾー文系得意でしょ」
『……え?』
目を見開く緑を見て首を傾げる。
「え?」
勝手に、自然と口から発せられた言葉に。
『…いや、得意と言われれば得意ですけど』
こんな会話をどこかでした気がする。
誰かと。
「ごめん、誰かと勘違いしてるのかも…」
『変なクロノアさん。俺、ちょっと外見てきます』
ふっと姿を消して、ベランダの方でふわりと浮く後ろ姿。
「…、?」
ずきりと痛む頭。
ここ最近、偏頭痛に悩まされる日が増えた。
決まってトラゾーといて、断片的に何か違和感を感じた時に。
「…霊障ってやつ?」
悪いものじゃない。
そう彼は言っていた。
俺もそう思う。
でも、生きてる者と死んでる者。
その違う存在が接することで生じる少しの影響なのだろうか。
しばらくすれば治るから薬は必要ない。
さほど気になるものでもないから。
「いつか、トラゾーもいなくなっちゃう…」
トラゾーがいなくなると、この部屋を”また”広く感じることになる。
いなくならなくてもいいのに、そう思いながらベランダに浮く表情の見えない幽霊の後ろ姿を見つめていた。
コメント
2件
何か違和感を感じているクロノアさん……!ミステリアスな感じがあってどことなく恋愛要素を感じさせる表現がうますぎる!!見てて面白かったです(≧∀≦)