「甘い人に、甘いと言うのは当然でしょう。あの人も、私のように精力的にでも活動をしていれば、もっと上へ行ける地盤はいくらでもあったものを」
「……あなたには、それが全てだったんですか?」
目を瞑りひと息をついて、母親であるなら届いてほしいとばかりに投げかけた問いに、
「全てです、それが」
即答で声が返って、
「……父の愛よりも、そんなものの方が全てだと……」
せめてもの思いさえもあっさりと断ち切られて、彼が苦しげに顔を歪ませた。
「愛などと、そんな形も残らないものに、何の意味があると言うんです。
形も残せなければ、意味もないでしょうに……あの人は、たいした業績も残せずに亡くなって……」
「父を侮辱するなと言ったはずだッ!」
母親を遮り、彼が再び拳をテーブルに叩きつけた。
「……あなたは、何にもわかっていない……父が、あなたをどんなに愛そうとしていたかも……!」
叫んだ彼の瞳から堪えていた涙が滑り落ちて、頬をつたった。
「あなたには、わからない……あなたが、講演などで出かけた夜も、疲れているだろうからと父は食事を用意して帰りを待っていて……なのにあなたは、父の作った料理には見向きもしないで……」
「そんな無駄なことをしたところで、何の意味があると言うんです」
冷ややかに言う母親を見つめ、
「どうして、それが無駄なことなんですか……?」
と、彼は悲しげに訊いた。
「必要もない食事を用意していつまでも待っていることなど、無駄でしかありません」
そう断言する母親を、冷めた目で一べつをして、
「疲れて帰るあなたを待って、せめて食事でも共にしたいと思った父の、何が、どこが無駄だと……!」
彼が、声を、悲痛に荒げた。
「何もかもです。食事をわざわざ作ることも、ただ無意味に待っていることも、全てが時間の無駄です」
母親の言葉に、握り締めたままの拳を震わせて、
「……どう話しても、やはりあなたにはわかってはもらえないのですね…」
悔しげに呟くと、彼は半ば諦めたかのように、ふっ…とため息をこぼした。
コメント
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人として残念な人ですね。 人の優しさや労りの気持ちを知らないで生きているなんて心が枯れているんですね。 残念でならない。 自分のしてきた事が間違いだったとわかった時には、誰も近くにいないんでしょうね。