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藤白りいな…お転婆で学校のマドンナ。天然で、先輩や後輩など学校のほぼすべての人が名前を知ってる。
はるきと付き合ってる。海と仲が良いが、最近結構意識してる
天童はるき…ツンデレの神。りいなのことが大好きだが、軽く、好きなど言えない。嫉妬深い。
男子と仲のいいりいなが誰かにとられないかと心配してる。海に嫉妬中!
佐藤海(かい)…りいなのことが昔から好き。りいなと好きなど軽く言い合える仲。
結構チャラめ(?)デートなどはゲームだと思ってる
月下すず…美人だがなぜかモテない。はるきと海の幼馴染。りいなのことは好きだが、嫉妬中(?)
はるきと海のことが気になってるが、どちらかというとはるきのほうが好きらしい(?)
りいな目線
朝8時。校庭に日差しが差し込む。 ジャージ姿の生徒たちが、クラスごとに指定位置へ集まっていく。 紅組、白組。それぞれの色が広がって、空気は少しだけざわついている。
りいなは白組。 髪をひとつに結んで、ジャージの襟を直した。 隣にいたすずが、柔らかく笑いかけてくれる。
すず「緊張してる?」 りいな「ちょっとだけ……でも、楽しみかも」
ふと視線を向けると、紅組の集合ゾーンに「海(かい)」がいた。 髪をくしゃっとして、仲間と軽く笑い合っている。
りいな(……かい、ジャージ似合うな) (走る姿、まだ見たことないけど……今日、見れるんだよね)
校長先生の挨拶が始まり、空気が一瞬、静まる。 でも、りいなの胸は小さく波打っていた。
海目線
紅組応援団副団長のかいは、校庭中央に立つ。 マイクを持ち、号令をかけるタイミングを待っている。 遠く、白組の集合列にりいなが見えた。
かい(今日は……“紅組が勝ちます!”って叫ぶ役目だけど、 本当は、“りいな、見ててくれ”って言いたい)
「紅組、気合入れていこう!」 マイクの音が広がる。歓声が返ってくる。 でもその声の隙間に、かいの心の声は埋もれたまま。
すずの姿も、ちらりと視界に入る。
かい(最近……すずの言葉、気になるんだよな) (でも、今日だけは──応援団として、好きなんて言わない)
りいな目線
個人走、女子第2組。白線の上に並んだ6人。 りいなはスタート位置に立つ。息を吸って、吐いて、もう一度吸って。
りいな(走るのは好き。でも今日だけは、順位とかじゃない)
遠く、観客ゾーンに「海(かい)」の姿を見つけた。 ジャージの袖を折って、膝に手をついてこっちを見ている。 でも、そのすぐそばに──はるきのカメラのレンズが光っていた。
りいな(見ててほしい。どっちに──?かいの目線?はるきのレンズ?)
ピストルの音。スタート。
砂が跳ねて、足が前に出る。風が耳を掠める。 視界の端に、すずの声が届いた気がした。
すず「がんばれ、りいな!」
声援の中、りいなはふと考えた。
(すずの声、あったかい。けど、誰の声が一番響いた?) (走ってるのは、自分なのに……心は、“誰かの記憶に残りたい”って叫んでる)
ラスト10メートル。 周囲の歓声、マイクの号令──でも、聞こえてくるのは自分の鼓動だけ。
フィニッシュ。 順位は2着。でもそれよりも、りいなはすぐに顔を上げて、客席を探した。
りいな(目が合ったのは……誰?)
遠く、かいとすずが何かを話している。 はるきは、ファインダー越しに“迷ってる顔”を撮っていた。
借り物競争が始まった。
りいなが引いたお題は──**「目がきれいな人」**だった。 本人は軽く笑って、すぐに頭に浮かんだかいのところへ向かう。
りいな(かいの目、めっちゃ綺麗。青空みたいに澄んでるときある) (こういうお題なら、堂々と連れていける──)
でも、周囲には見えてしまう。
彼女が紙を見て、かいをまっすぐ見つめて、紅組へ走っていった── まるで「好きな人を選んだ」ように。
かい(今、俺見たよな……え?えっ?) (まさか……そういう意味?)
心臓が一瞬止まって、応援団のリズムが狂う。 仲間が「おい、どうした」と声をかけるけれど、耳に入らない。
かい(好きな人……俺?いや違うかも、でも来たのは事実で──)
(あいつ、俺の目を見た。走りながらずっと見てた)
(もし……俺のことを、ほんの少しでもそう思ってるなら)
その日から、かいの視線はりいなを追うようになる。 りいなが少し遠くで笑っているたびに、自分に向けてだったのかと考えてしまう。
りいな(今日の体育祭、楽しかった!かいと一緒に走れたの、ちょっとラッキーだったかも)
(“目がきれいな人”のお題、意外とよかったな。選べてよかった)
(……え?すずがなんか睨んでた気がしたけど、気のせい?)
海とはるき
中盤の競技。紅白合同で借り物競争が始まる。 お題は、くじの中にランダムで入っていて、誰が何を引くかは運任せ。
白組:かい。紅組:はるき。並んでしゃがみ込み、くじを引く。
かい(頼む、変なやつ来んな──) はるき(名前系はやめてくれ、マジで)
……二人とも、紙を広げる。
「好きな人」
沈黙。 一秒後、お互いが「は?」って顔をする。
かい(なんでこれ今引くんだよ!よりによって──) はるき(やばい……俺、このタイミングで──)
目が交差する。気まずい空気。 それぞれ、自分の“好きな人”へと視線を投げる。
同じ方向──白組女子、りいなのほうへ。
りいなは待機ゾーンで、手にポンポンを持って応援していた。 二人がこちらへ走ってくるのが見えた。
りいな(……え?二人ともこっち?)
かいと目が合う。はるきも見ている。 焦り、驚き、でも少しだけ笑ってる。
りいな(なんで二人が……あれ?これって──)
彼らの紙に書かれた文字は、彼女にはまだ見えていない。
かいが最初に手を伸ばした。「借り物、来てくれ!」 はるきも一歩遅れて「お願い、一緒に走って」
りいな(……え、私?二人同時に?どういうこと?)
競技係が「ルール外だけど、今は特別に3人で行ってください!」と判断。 場内がざわつく。応援ゾーンもザワッと熱を帯びる。
観客A「え、あれって三角関係!?」 観客B「どっちが好きなの!?」 観客C「かいとはるきのどっちもりいな?やばっ!」
りいなと海とはるき
かい
(俺、選ばれたわけじゃない。でも……今、並んで走ってる) (りいなの笑顔、ちょっとは俺に向いてる?)
はるき
(遅れた。悔しい。でも彼女は、ちゃんと並んでくれた) (この時間、少しだけでも共有したい)
りいな
(わかんない。何が正しいかなんて) (でも、こうして3人で走ってることが──たぶん、今日の答え)
りいな目線
息を切らしながら、3人は足を止めた。りいながポンと両手を膝に置いて、顔を上げる。
りいな「ありがと、二人とも!まさか3人で走るなんてね、超おもしろかった」
笑顔。純粋な、混じり気のない反応。
でもその横で──
海目線
ちょっと呼吸が浅くなる。
かい「……俺が最初に声かけたんだと思ったけど」 (いや、冗談めかして言ったのに。なんか、悔しい)
「でも楽しかったっしょ。オレ、“好きな人”って出てさ──」
りいなの表情が、ぱっと止まる。
りいな「あ……えっと、そうだったんだ」
彼女のくじは「目がきれいな人」だった。かいの“好き”という言葉が、急に重く感じる。
かい(あれ……もしかして、りいなのは違うお題だった?)
(ってことは──)
はるき目線
彼は静かに笑っていた。でも、その笑みは少し揺れていた。
はるき「……俺も、『好きな人』って書かれててさ」 「りいな、迷わず来てくれたから、ほんと嬉しかった」
その言葉に、りいなの返事がちょっと遅れる。
りいな「う、うん、走れてよかった……!」
(……え、好きな人って、両方の紙に?)
彼女の目が左右のどちらにも合わなくなってしまう。
すず目線
応援席の陰。すずは風の音を聞きながら、その光景を見ていた。
すず(りいな……3人で走って笑ってる) (“好きな人”ってお題、私だったらどうしてたんだろ)
(あいつら、同じ紙を引いて、同じ子を選んで、同じ時間を走った)
胸がチクッとする。 自分もりいなに対して、あの日「邪魔しないで」と言ったくせに──
今は、邪魔されているような気がしてた。
すず(私は……選ばれてない。 でも、それを見て悔しいって思うのも、ズルいのかもしれない)
(ただ、少しだけ……羨ましかった)
髪が風に揺れる。すずの目はゴールにいる3人を見て、でもすぐに目を伏せる。
りいなと早川とはるき
パレードの準備中、りいながチューナーを見ながらリードを整えていると── サッカー部の早川先輩が近づいてきた。 タオルを首にかけて、額には汗。ユニフォームの袖が風でふわりと揺れる。
早川「ねえ、ひとつ聞いていい?」 「君、俺がゴールした瞬間、ちょっとだけ笑ったよね」
りいなが驚いて視線を上げる。 早川は、静かに、でも確信のある瞳で続けた。
早川「その顔、たぶん俺、一生忘れない」 「試合よりも、音よりも──君の表情が一番、俺の胸に響いた」
風が吹く。金管の反響と歓声が混ざるなかで、彼はそっと言った。
早川「……好きです、りいな」 「“はるきの彼女”ってわかってる。でも、俺のなかで、君はずっと“特別な音”だった」 「聞いてくれるだけでいい。俺の好きって気持ち、今日の一番の勝利だから」
その瞬間、りいなの指が震えた。音の余韻のなかで、彼の“好き”はまるで楽章のクレッシェンド。
はるきは遠くで、グラウンドの整備を手伝っていた。 でも早川とりいなの距離を見てしまい、何かが崩れた。
はるき(“忘れない顔”とか、俺も言いたかったのに) (あいつ、タイミングも言葉も……なんで完璧なんだよ)
そのあと、部誌の編集中に、はるきがぽつりと言う。
はるき「りいな、……今日の演奏、すっごくよかった」 「でも、“誰かの鼓動”になるのは、俺じゃダメなの?」
その言葉には、強がりと焦りと、愛しさが入り混じっていた。
告白の直後、早川はほんの少し笑って、ポケットに手を入れた。 取り出したのは、小さな写真。制服姿のりいなが、クラリネットを構えている。
早川「……覚えてないよね。去年の文化祭、吹奏楽部のステージ」 「俺、スタッフで照明係やってたんだけど、ステージ裏からずっと見てて」
「君、曲に入り込む瞬間の顔……めちゃくちゃ綺麗だった」 「それがずっと離れなくて──でも、知らなかったんだ。名前も、学年も、はるきと話す君も」
りいなの目が大きくなる。 言葉に詰まっていると、早川は静かに続けた。
早川「今年の体育祭で、君を見つけたとき、心臓がまた鳴った」 「“あの子だ”って。……今しかないって思った」 「俺の中では、一年前から好きだった。ずっと“始まらない恋”だった」
グループLINEに、早川がりいなに渡した写真の一枚が流れた。 部員の誰かが拾って投稿してしまったらしい。
はるきは、それを見て、ただ一言。
はるき「……一年前から好きって、俺より長く君を見てたってこと?」 「ずるいな、それ。……ちょっと悔しい」
嫉妬というより、想いの長さに負けたような気持ちが、はるきの胸を押しつぶしていた。
はるきと海と早川とりいな
炎天下。応援席から吹奏楽の音が鳴る中、騎馬戦が始まる。
はるきは自ら上に乗る騎手役。土台は海、そしてもう一人の仲間。 早川先輩も騎手。対峙する二人──それは好きな子をめぐる騎馬の決戦だった。
海「はるき、勝つって言ったよな。俺が支える」 はるき「……あいつには、りいな、渡さねぇよ」
そのとき、りいなは吹奏楽の演奏待機中。騎馬戦に視線を向け、心臓が騒いでいる。
騎馬戦中、早川が低くつぶやいた。 はるきだけに届く声で。
早川「りいなに、“勝った姿”見せたいって言ってたな」 「俺は、“守らないでいい強さ”を見せたいだけだよ」
はるきは言葉でぐらついた。でも、すぐに返した。
はるき「……俺は、強いとこより、隣にいるとこ見せたいんだ」
吹奏楽の音が響く。りいなは、そのやりとりを聞いていないはずなのに、どこかでふと胸が痛んだ。
騎馬の体勢が崩れそうになる瞬間──海が支えていたはるきをぐっと持ち上げた。
海「勝ってこい、はるき」 「……誰かを本気で守るなら、負けんな」
その一言が刺さる。はるきは最後の一手で早川の鉢巻をつかむ。
勝利の瞬間──観客が沸く。りいなも、クラリネットを抱えたまま、微笑む。
はるきとりいなと海とすずと早川
校舎裏、木陰に敷いたレジャーシート。風が通るたび、シャボン玉みたいに午後が揺れる。 そこに集まったのは、りいな、はるき、海、すず。そして、少し遅れてやってくる早川先輩。
りいなはサンドイッチを食べながら、手元の写真をちらりと見つめる。 はるきは自作のおにぎりを海と交換して「梅干し多くない?」と笑う。 すずは水筒の蓋を閉めながら、りいなをチラチラ気にしてる。
早川「……ここ、空いてる?」 海「いいっすよ。先輩、なんか疲れてません?」 早川「うん、たぶん“勝ちたかったもの”取り損ねたから」
ふっと、場が静かになる。
りいなはそれを打ち消すように、サンドイッチを持ち上げて笑顔。
りいな「このたまご、めっちゃおいしい。誰か食べる?」
すずが手を伸ばしかけた瞬間──はるきがさっと取る。
はるき「俺、先に見てた」 すず「……そっか」
校舎裏の木陰。風が少し冷たくて、陽射しは穏やか。 レジャーシートの上には、お弁当と一緒に、小さなスイーツボックスが並んでいた。 その中に、りいなが朝から冷蔵庫に隠しておいた自家製の抹茶チーズケーキがある。
りいな「これ、ちょっとだけ切ってきた。みんなで分ける?」
海がすぐに手を伸ばし、ひと切れ取った。すずは目で「食べたい」って言ってるけど、言葉にはしない。 はるきは、遠慮しつつもカップの下を持ち上げたところで──
ふと、りいなの手と指先が、はるきの手に重なった。
沈黙。あまりに自然で、だからこそ一瞬、止まった。
りいな「あっ、ごめ──」 はるき「……ううん、俺のほうこそ。なんか、びっくりした」
でも、手はほんの一秒、離れないまま。 すずはスプーンを持ったまま、ちらっとその手元に視線を落とす。 海は空を見ながら、鼻歌を歌ってるふりをして、ちらっとだけりいなの表情を盗み見た。
──誰も声を出さないのに、その“重なり”だけが、場の温度を変えていた。
そして、はるきが言った。
はるき「……このケーキ、めっちゃおいしいね。りいなの味だ」
その言葉は、“味”のことなのに、“手の温度”まで含んでいるようだった。 すずは、ひと呼吸置いてから、口を動かした。
すず「……うん、やっぱ甘さちょうどいいよね。りいなって、こういうとこある」
だけど声の調子は、なぜか、少しだけ平坦だった。
りいなが飲みかけのレモンティーをベンチに置いた、その瞬間。 早川が、何のためらいもなく手に取って、口をつけた。わざとらしいくらい、じっくりと。
早川「この甘さ、りいなに似てる」
はるきは、スマホをいじるふりをしてたけど、画面の指は止まってた。 海は、目を細めながら水筒を振ってたけど、もう中身は空なのは知ってた。
その空気に気づいたりいなは、一瞬、声を出しかけて──やめた。 でも、頬が少し赤くなってる。笑顔なのか、戸惑いなのか、曖昧なまま。
はるき(あれ、わざとだよな。俺だったら──いや、しない…でも…) 海(なんでそんなことする? いや、なんで俺が…こんなことで…)
沈黙。だけど、内側はざわついてた。
はるきはそのあと、ふと立ち上がって「体育倉庫、鍵取ってくる」と言って歩き出す。 その背中を見て、海が軽く舌打ちしながら、りいなに言う。
海「さっきの、冗談でもやりすぎ。…俺はそういうの、嫌い」
その“嫌い”には、明らかに別の感情が混ざってた。 りいなは答えず、ただ早川のペットボトルを、自分の荷物にそっとしまった。
りいなと海とはるき
──午後の応援席。太陽がじりじり照りつけるなか、騎馬戦の合間に少しだけ息をつく時間。 空気は体育祭特有の高揚と熱気、そして──さっきの“間接キス事件”の余韻が残っていた。
りいなは、わざとらしくレモンティーを手に取り、海の隣に腰を下ろす。 笑顔は、あくまでさりげなく。でも目は、ちゃんと見ている。
りいな「さっきの、ちょっと…びっくりしてた?」 海「……別に。あいつ、変なことするなって思っただけ」 りいな「ふーん。でも、海くんも少し睨んでたよ?あれって──嫉妬?」
海の指がペットボトルのラベルを無意味にこする。 その無言が、何より雄弁だった。
りいなはすぐには言葉を重ねず、ぐっと一口飲んでから──ゆっくり海に差し出した。
りいな「……じゃあ、今度は海くんがすればいいよ。間接キス」
その言葉には、挑発じゃなく、“確かめたい”気持ちがにじんでた。
海はそれを受け取るけど、すぐには飲まず、りいなを見つめて言う。
海「……本気で言ってる?」
りいなは、目をそらさずにうなずく。その瞬間、どちらともなく小さく笑った。
──そして、すぐそばでは、はるきが応援旗を持ったまま、立ち尽くしていた。
彼の視線は、りいなのペットボトルじゃない。彼女の表情に注がれていた。 それは、「俺も同じこと、されたい」って言いたげで──でも、言えなくて。
りいなとはるきと海
──体育祭午後、綱引き開始直前。 グラウンドの真ん中には、太くてざらついた縄が一本。 白線の上に並ぶ生徒たちは、それぞれの想いを胸に秘めながら、手袋をきつく握りしめる。
「位置について──よーい!」
ホイッスルと同時に、地響きのような掛け声が上がった。 両側から一気に引かれた縄は、一瞬ピクリとも動かず、汗と声と土煙だけが空気を揺らす。
──りいなも、チームの一番前。体育館脇での出来事が頭をよぎるたび、縄の手応えに力を込めた。
りいな(負けたくない。…でも、それだけじゃない。見てて、って誰かに思ってる)
海は真ん中あたり。無言で踏み込む足に力が入っている。 はるきは最後尾で、腰を低く、ひたすら仲間の呼吸を合わせようとしていた。 すずは最前列の隣で「引け!引いて!」と叫びながら、声を枯らしている。
縄が少しずつこちら側に引き寄せられるたび、観客席の歓声がうねる。 でも、りいなの耳には、海の息づかいと、はるきの低い掛け声しか届いていなかった。
海「あと……少しだ、いける!」
その言葉に導かれるように、チーム全体の力が一つになった。 縄が大きく動き、白線を越えた瞬間──
「勝利ー!!」
砂まみれの手袋を外したりいなは、息を切らしながら海と目を合わせる。 海は、何も言わずに、片手を差し出した。その手には、ペットボトルのフタが握られていた。
──綱引きは勝った。でも、本当に掴みたい“気持ち”は、まだ引き寄せの途中。
はるきと海とりいな
──午後の綱引き後。砂埃の残るグラウンド脇で、りいながタオルを広げて座っていた。 ペットボトルは、もう半分以上空になっている。
はるきは、その残りを見つめながら、少しだけ躊躇して近づいた。 けれど、声をかける前に──りいなはすっと、ボトルを海に差し出していた。
りいな「けっこう暑かったね。海くんも飲む?」
海は受け取って、黙ったままキャップをひねり、ゆっくりと飲んだ。 それを見て、はるきは笑顔を作ったが──どこかぎこちない。
はるき「……俺も、もらっていい?」
言葉は自然なはずだったのに、タイミングはわずかに遅かった。 海がボトルを口から離した瞬間、はるきの手が伸びる。 だけど──海はキャップをしめた。そして、ぽつりと言った。
海「……俺、誰にも渡す気ないよ」
一瞬の沈黙。 その言葉には、所有の意味だけじゃなくて──感情の輪郭が、はっきりと刻まれていた。
りいなは海の手元を見つめながら、小さく笑う。 でもその笑みは、「困ってる」わけでも「嬉しい」だけでもない。 ただ、自分が“誰かの中の特別”になってしまったことの実感を、そっと受け止めているようだった。
はるき(……海、気づいてんだな。俺も、あいつのこと…)
はるきは言葉にできないその思いを抱えたまま、手をポケットに戻した。 そして、ボソッと──自分にしか聞こえない声でつぶやく。
はるき「……もうちょっと、うまくやりたいな」
──体育祭の熱とは別に、3人の空気だけが、少しずつ熱を帯びていく。
はるきと海
──体育祭が終盤に差し掛かり、夕方の金色の光がグラウンドを静かに照らしていた。 喧騒が遠のき、ほんの一瞬だけ、空気に余白ができた時間。
海はベンチに腰掛けて、空になったペットボトルを指で転がしていた。 ラベルは少し剥がれていて、キャップには小さなキズがある。
はるきが隣に来て、タオルで汗を拭きながら黙って座る。
海「……さっきの、飲んだやつ。間接キスとか、そんなことより」 海「りいなって、どんな気持ちだったと思う?」
はるきは、その問いにすぐ答えられず、ペットボトルをちらっと見ただけ。 けれど、海はその視線の揺れも見逃さなかった。
はるき「……さびしかったんじゃないかな。誰にも選ばれないのって、案外苦しいし」 海「それは……りいなが、誰かに“選んでほしい”って思ってたってこと?」
沈黙。だけど、答えはきっとふたりの心の中に、既に生まれていた。
はるき「……でも、選ばれるってことは、誰かを傷つけることかもしれない」 海「それでも、誰か一人には渡さないって決めたくなる時、あるよ」
キャップを指先で押しながら、海はふっと口を閉じた。 その動きが、妙に丁寧で、感情をこらえているように見える。
はるきは、静かに立ち上がりかけて──でも止まった。
はるき「……俺、あの子のこと、もっと知りたいかも」
その言葉は、“恋”と断言するには弱く、“好き”と認めるには繊細だった。 でも、海はそれを否定せず、ただ「うん」と答えた。
──夕方の風が、ボトルのラベルをふわりとめくった。 その音だけが、ふたりの間に余韻を残した。
りいなとはるきと海
生徒全員参加のフォークダンスが始まる。円になってペアを替えながら踊る形式。 りいなの隣にはすず。次は早川、そして──海。そして、最後に、はるき。
海と踊る時、りいなは軽く笑ったけれど、指先には微かな緊張が走る。 海はそれに気づいて、少しだけ手を強く握った。
海「…俺、たぶん今、間接キスより緊張してる」 りいな「…それは、ちょっと嬉しいかも」
はるきとペアになった時、二人は最初ぎこちなかった。でも一瞬だけ目が合って、同時に小さく笑った。
はるき「俺、りいなにとって、どう見えてるんだろうって…ずっと考えてた」 りいな「……わたしも、ずっと考えてた。はるきくんのこと」
その言葉が、ペア交代の鐘とともに切り替わる──でも、その余韻はふたりの手の中に残った。
男子混合チームの最終リレー。海、早川、はるき、そしてアンカーはすず。 スタートから早川が全力で走り、バトンを海に渡す。その瞬間、観客からざわつきが起こる── 「海、はるきと並んでる!どっちが先に渡す!?」と。
海とはるきはほぼ同時に第3走者へ。海の方がわずかに先だが、はるきの追い上げが激しい。 ふたりとも顔には汗と気持ちがにじんでいた。
はるき(この一瞬だけで、全部伝えられるなら──) 海(“誰にも渡す気ない”って言った俺が、今こそ信じられるか)
すずがアンカーとして受け取ったとき、ふたりのバトンがほぼ同時。 そして──僅差でゴールしたのは、海チーム。
歓声と夕陽の中で、りいなはその瞬間を見ていた。
そして、すずが戻ってきて、りいなに言った。
すず「…どっちが勝ったかより、“誰のこと見てた?”って聞きたいんじゃない?」
りいなは答えなかった。ただ、空になったペットボトルのキャップを、指先でなぞった。
りいなとはるきと海
──体育祭も終盤、ダンスが終わり、リレーも走りきった直後。 汗と興奮が残る中、生徒たちは少しだけゆるんだ空気の中にいた。
そんな中、はるきがりいなに声をかける。
はるき「ねえ、りいな。その鉢巻、交換しない?」
りいなは、少し驚いた顔をしてから笑った。
りいな「え、どうして?」 はるき「今日、りいなと過ごした全部、覚えておきたいから」
りいなはそれに何も言わず、自分の赤い鉢巻きを外してはるきに渡す。 はるきはその布を大事そうに受け取りながら、白い自分の鉢巻きを差し出す。
ふたりは無言のまま、それぞれの額に交換された鉢巻きを巻いた。
──その場面を、少し離れた位置から海が見ていた。
海は誰にも声をかけず、ポケットから自分の青い鉢巻きを取り出して、ぎゅっと握りしめる。 そして、りいなの元へゆっくりと歩く。
海「俺も…交換、したい。できる?」
りいなは一瞬戸惑う。でも、静かにうなずき、はるきから受け取った白い鉢巻きをそっと外す。
はるきは何も言わないけど、少しだけ眉を下げて、視線をそらした。
海は、青い鉢巻きをりいなに渡す。その手は、午後のペットボトルのときよりも、確かだった。
海「この一日、ずっと……俺、気づいてたよ」
鉢巻きが手元を離れても、その重さは、ふたりの間に残った。
すずが遠くから声をかける。
すず「鉢巻き交換って、つまりさ──心の色まで交換してるってことだよね」
りいなは、海と視線を交わしながら、自分の髪の上に“海の青”を巻いた。
そして、そっとつぶやいた。
りいな「今日って、なんか全部…やさしくて、苦しくて、嬉しい」
早川とはるきと海
体育祭が終わった夜、クラスの男子数人が体育倉庫前で反省会。 空には残り香の花火。ペットボトルのお茶、汗の残るジャージ──その中に、はるき、海、そして早川の姿。
海「まぁ、騎馬戦勝ったし文句ないけどな」 はるき「……勝ったけど、なんか引っかかってる」 海「引っかかる?」 はるき「りいな、誰の姿見てたと思う?」
沈黙。海がふっと息を吐く。
海「さあな……ただ、今日一番支えたのは俺だけどな」 「でも一番響いたのが、誰かって言われたら──俺もわかんねぇ」
そのとき、近くにいた早川が、少し間を置いてつぶやいた。
早川「俺な、鉢巻取られたの、そこまで悔しくなかったんだよ」 「でも、君(はるき)の勝利のあとに、りいなが笑ってたのを見た時──あれは、正直、きつかった」 「……鉢巻より、君の笑顔を“取られた”ことの方が、何倍も悔しかった」
空気が変わる。はるきが返す言葉を探して、しばらく何も言えなかった。
はるき(“好き”って、試合より重いんだな……)
海はふたりの間を見つめていた。何も言わず、ただ軽く笑って。
海「……全員、りいなに本気だってことでいいよな?」
海とすず
体育祭後、誰もいない屋上。風が強くて、すずの髪が揺れる。
海は、昨日のペットボトルのキャップをポケットから取り出して、ただ見ていた。
すず「……りいな、あなたに“渡した”よね。でも、はるきもあの瞬間、何か渡されたんじゃない?」 海「……どっちが“正解”かとか、そんな話じゃない。でも、俺はもう渡したくない」 すず「じゃあ、ちゃんと言いなよ。りいなに。“好き”って。中途半端がいちばん優しくないから」
海は言葉に詰まりながら、それでも目をそらさなかった。
海「……すずは、優しいね。怒ってるのに、そう言えるって」 すず「怒ってるよ。でも、りいなが泣くところ、見たくないだけ」
──それは、海の弱さも、すずの優しさも、全部さらした会話だった。