テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
藤白りいな…お転婆で学校のマドンナ。天然で、先輩や後輩など学校のほぼすべての人が名前を知ってる。
はるきと付き合ってる。海と仲が良いが、最近結構意識してる
天童はるき…ツンデレの神。りいなのことが大好きだが、軽く、好きなど言えない。嫉妬深い。
男子と仲のいいりいなが誰かにとられないかと心配してる。海に嫉妬中!
佐藤海(かい)…りいなのことが昔から好き。りいなと好きなど軽く言い合える仲。
結構チャラめ(?)デートなどはゲームだと思ってる
月下すず…美人だがなぜかモテない。はるきと海の幼馴染。りいなのことは好きだが、嫉妬中(?)
はるきと海のことが気になってるが、どちらかというとはるきのほうが好きらしい(?)
りいなとはるきと海とすず
昇降口の前。空が淡く沈み始める頃、制服の裾を揺らす風が少しだけ冷たくなった。 藤白りいなは、お転婆で天然、だけどどこか“触れてはいけない”ような輝きがある。 学校では先輩も後輩も名前を知っている。けれど、本当の自分を知っている人なんて、案外少ないのかもしれない。
秋の風が頬を撫で、心が少し揺れる。
りいなには彼氏がいる。 天童はるき──ツンデレの神。感情の起伏を言葉にするのが苦手で、好きって言わない。でもその沈黙の中に、確かな熱を感じていた。 ぶっきらぼうな態度、気づかれないように差し伸べられた手、誰にも見せない柔らかさ。 それがりいなを包んでいた。
けれど最近、その包み方が、少しだけずれていた。
──その原因は、佐藤海。
りいなと海は昔から仲が良かった。 お互い遠慮なく好きって言い合える関係。じゃれ合うような言葉の応酬の中に、どこか本気が混ざってるのは、りいなだけが知っていた。
ある夏の日。校舎裏で、海が静かに言った。
「ずっと好きだった。……嘘。今も、ちゃんと好き。」
それまで“好き”なんて言葉を何十回も聞いてきた。冗談みたいに、軽く、笑いながら。 でも、そのときだけは違った。
その“ちゃんと”が、心に残ってしまって、今も手放せずにいる。
はるきにそのことは話していない。 いや、誰にも話していない。 だって、それは、関係を壊してしまうほど真っ直ぐで、あたたかくて、でもどこか怖かった。
誰にも知られないはずだったその気持ち。 けれど、美術部の窓から誰かが見ていたらしく、校内に噂が広まり始めていた。
「海くんが、りいなに告白したってさ」 「しかも、断られてないらしい」 「でも、りいなってはるきの彼女だよね?」
昼休み、昇降口の前でひそひそと交わされる声に、りいなは苦笑するしかなかった。 そうやって、誰もが“知らないこと”について話したがる。 ほんとうは誰も何も知らないくせに。
放課後。教室で、はるきがぽつりと呟いた。
「……海と、最近よく話すよな。あいつ、お前にちょっかい出してる?」
その言葉に、りいなは笑ってごまかそうとした。 「違うよ。ただ、話しやすいだけ」
でもはるきの表情は曇っていた。 視線の先にあるのは、りいなじゃない。 “誰かにとられるかもしれない”という不安だった。
その夜、りいなは部屋で手紙の箱を開けた。 中には、過去にもらったメモや手紙が詰まっている。 その中に、海からもらった小さな折り紙があった。
──“頑張れよ、マドンナ”──
何気ない言葉。でも、あの頃の海の笑顔が一瞬だけ蘇って、胸がきゅっとなる。
次の日。渡り廊下で、りいながペットボトルを落としそうになったとき、海がさっと拾って手渡してくれた。
「どんくさ。……ほら、ポンポンしてやる」
彼は何も考えずに、自然にりいなの頭をぽんぽんと叩いた。 そんなこと、何度もあった。友達同士の仕草。でも、今はそれが――どこか、特別すぎて。
離れた角で、その場面を月下すずが見ていた。
すずは美人で、頭もいい。でもなぜかモテない。 誰にも本音を見せない。だけど、りいなを見つめる瞳にだけ、わずかに嫉妬が混じっている。
帰り道、すずはそっとノートを開いて、指先で言葉を書く。
「りいなに、あの子を取られたくない。」
誰にも渡すつもりのない言葉。誰にも聞かれないように閉じ込めた想い。
その日、校舎は静かだった。 夕焼けが窓に差し込んで、机の影が伸びていく。
誰も言葉にしない。 けれど、みんなそれぞれの“好き”を持っている。
その“好き”が、まだ形にならないからこそ、世界はこんなにも美しく、苦しい。
りいなは窓の外を眺めながら思う。
「選ぶって、怖い。でも、選ばなきゃ進めないのかもしれない」
りいな目線
「好きって言葉に弱いわけじゃない。だけど、言われると、自分が何を感じてるか分からなくなる。」
校舎裏の夕暮れの匂いが、まだ胸に残ってる。 海の言葉は、冗談みたいで、本気みたいで──その境界を一瞬だけ超えてきた。 「今も、ちゃんと好き」って。 その“ちゃんと”が、なんだかずるかった。 はるきと過ごす時間は、心地いい。彼のぶっきらぼうな優しさは、誰にも真似できない。 でも、はるきは「好き」って言ってくれない。言えない人だって、分かってるのに。 だからこそ、海の言葉が、まるでカラフルな風みたいに心を揺らす。 すずの一言も気になってる。 「選ばれてるのに、選ばないよね」って。 選ぶって、怖い。誰かを選ぶってことは、誰かを“選ばない”ってことだから。 それでも──もう逃げてちゃ、ダメなのかもしれない。
はるき目線
「言わなくても伝わるだろ、なんて思ってた。でも言わなきゃ、誰かに取られる。」
りいなが男子と笑ってるだけで、喉の奥がざわつく。 特に、海。あいつは軽いフリして、本気になれる。 “好き”って言うことで近づけるなら、俺だって言いたい。でも、怖いんだ。 言ったら、全部変わっちゃいそうで。 俺はツンデレとか言われるけど、ほんとは怖がりだ。 誰かにりいなを奪われるのが怖い。 でも、それを言葉にするのは難しすぎる。 すずには、なんでか話しかけにくい。 小さい頃、あんなに自然に一緒に笑ってたのに。 最近のすずは、何考えてるのかわかんなくて──でもたまに、りいなを見る目が俺に似てる気がする。 それがちょっと、怖くもあり、切なくもある。
海目線
「俺の“好き”はふざけてるって思われてる。でも、本気でふざけてるんだよ。」
幼い頃からりいなのこと、好きだった。 でも、本気になるって、なんか照れくさくて。 りいなは天然で、あっけらかんとしてて、そのくせすごく繊細。 そんな彼女に、真面目すぎる言葉を投げると、きっと戸惑わせる。 だから、冗談みたいに言う。ゲームみたいに振る舞う。 それでも、校舎裏で言った“今も、ちゃんと好き”は、俺の中でずっと震えてる。 はるきには敵わないかもしれない。でも、俺は俺のやり方でしか想いを伝えられない。 すずは昔から俺のこと分かってくれてると思ってた。 でも、最近のすずは、俺じゃなくて、はるきを見てる気がして。 それって、なんか……複雑すぎて言葉にならない。
すず目線
「私だけ、誰にも選ばれない。きれいって言われても、誰の心にも触れてない。」
はるきも、海も、昔は隣にいた。 遊びも喧嘩も、全部分かち合ってた。 でも、いつの間にか、二人ともりいなに惹かれていった。 りいなは光みたいな人。誰もが目を引かれる。 私はそれを妬んでしまう。 でも、りいなが嫌いなわけじゃない。むしろ好き。すごく好き。 だけど、その好きをうまく伝えられない。 言葉にすると、壊れそうで。 ノートの隅に書いた一言が、自分の気持ちを全部言い当てていた。
「りいなに、あの子を取られたくない。」
その“あの子”が誰かなんて、はっきりしてない。 たぶん──はるき。だけど海も、きっと少し。 私は誰にも選ばれないことに、もう慣れてしまったのかもしれない。 でも、もしも誰かが私を見てくれたら。 その時だけは、全力で笑える気がする。
りいなと海
窓辺の机に腰掛けて、りいなが少し頬をふくらませた。
「ねえ海、私の似顔絵描くって言ってたじゃん。まだ?」
海は筆をくるくる回して、わざと焦らすように言う。
「まだ見てない“顔”があるからな」
「は?」
「怒ってる顔、照れてる顔、喜んでる顔。……好きって顔も。」
りいなの頬がほんのり赤くなった。だけど、すぐにむくれて見せる。
「そんな顔、あんたに見せたくないし」
「嘘だね。今、照れてんじゃん」
机の下でりいなの足がじたばた動く。その様子を海がニヤニヤ見てる。
「やーめて! そういうとこ、ほんとウザい!」
「ほら、今の顔いいわ。描こう、”ウザいって言いながら嬉しそうな顔”」
「嬉しくないし!」
りいなは筆を取り上げようとして手を伸ばしたけれど、その瞬間、海が指先でりいなの髪を少しだけ整えた。
「ほら、寝癖。……マドンナならちゃんとしてないと」
「うわ、さりげなく触んな! ってか、マドンナじゃないし」
「俺の中では、ずっとそうだけど?」
その言葉に、りいなは言葉を失った。 息がふっと止まって、目が合う。
そして――海はふざけるように、りいなの鼻先を指でつついた。
「動けなくなった顔、いただきました。最高」
「くっそ……! そういうの、ずるいってば!」
そのあと二人は小さな笑い声を交わしながら、水彩の紙を広げていった。 ページの隅には、くすんだ赤で描かれた「マドンナ」の横顔。 まるで秘密を知ってるような、優しい顔だった。
スケッチブックの上で色が滲んでいく。 けれど、海の手は止まっていた。 りいなの言葉に、何かがほどけてしまったから。
沈黙。だけどそれは、居心地の悪いものじゃなくて――心の隙間にふたりがすっと入り込む前の“余白”だった。
「……水、取ってくる」 りいなが立ち上がろうとしてバランスを崩した。 わずかな段差に足が引っかかり、つんのめる。
「わっ、ごめ――」
その瞬間、海が咄嗟に抱きとめた。 りいなの身体がぐらつき、ふたりはもつれるように転がり――
ドン。
床。薄く軋む音。 りいなは仰向けに倒れて、海がその上に覆いかぶさるような体勢。
夕焼けの残り香が、髪の先まで照らす。 手のひらが、りいなの肩に触れていた。 ふたりの呼吸が重なる。
「……え、ちょ、近い……」
「だって、倒れたんじゃん」
海は息を整えながら、ふいに小さく笑った。
「マドンナ、顔赤すぎ」
「うるさい……海こそ、離れてよっ」
だけど海は動かない。 目をそらさず、りいなを見つめていた。 ほんの少し、顔が近づいて――
「……この顔、ちゃんと覚えたいな。悩んでるときも、迷ってるときも、好きでいてくれてるのって、伝わってくるし」
「言ってること、ずるい……」
「全部ずるいよ。でも、りいなが笑えるなら、俺はそれでいい」
沈黙がもう一度落ちる。 でも今度は、ふたりの間に柔らかく満ちていた。
りいなの手がそっと、海の腕に触れた。 拒まない。――でも、選んでもいない。
ふたりはその体勢のまま、しばらく動かなかった。 窓の外では、星がひとつ、またひとつ灯り始めていた。
コンビニ袋をぶら下げて、りいなと海は夜道を並んで歩いていた。 星がぽつぽつと輝き、風は少し肌寒い。
「今日、ちょっと変な日だったよね」 「ふたりで準備室で絵描いてた時点で、変だろ」
軽く笑い合う空気。でも、胸の奥にはさっきの“手のひらのハート”がまだ残っていた。
と、その時――
視界の先で、人影がぶつかるように動いた。 校門のあたり。街灯の下、見慣れた後ろ姿。天童はるき。
そのはるきに、誰かが抱きついていた。 肩に顔をうずめるように。 りいなは息を呑む。
月下すず。
すずは、りいなが“ああ、綺麗だな”って思ってしまうような子。 その彼女が、はるきに抱きついてる。 しかも、はるきは――拒んでいない。
りいなの喉がつまった。
「……なんで」
一歩、足が止まる。 コンビニ袋が手から落ちそうになる。
海はりいなの顔を見て、すぐにその視線の先を追った。 そして――すべてを悟った。
「……っ!」
りいなは笑おうとした。だけどできなかった。 手が震え、唇も震えた。
「ねえ、あれ、どういうことなの……っ?」
涙がこぼれる。静かに、でも止められない。
海はその手を掴んだ。 立ち止まったまま、真っ直ぐな目で言い放つ。
「なあ、りいな。今でも、はるきが好きなのか?」
その声には、いつもみたいな冗談の色はない。 怒りでもなく、悲しみでもなく――決意。
「……っ、それは……私……」
「ちゃんと答えて。だって俺、ほんとに好きだから。ずっと。冗談じゃなくて、ふざけてない。本気だ」
りいなは、震える声を搾り出す。
「……はるきのこと好きだって思ってた。でも、今日みたいなの見ちゃったら……何が本当かわかんない……」
その言葉に、海の目が鋭く光る。
「じゃあ言わせて。お前のこと、本気じゃないなら……俺がもらう。今ここで。」
その瞬間、風が止まったみたいだった。 街灯の下、ふたりきりの空間にしか存在しない“選択肢”が浮かぶ。
海の手が、りいなを引き寄せる。 鼓動が重なる距離。 だけど、抱きしめはしない。 すべて、りいなの選択に委ねるように。
りいなは、海の胸の前で立ち尽くす。 涙をぬぐいながら、静かに呟く。
「……その手、離さないで。今だけじゃなく、ちゃんと未来も見たいから」
街灯の光が柔らかく包み込む。 そして、遠くではすずがはるきから離れ、ひとりきりで夜に溶けていった。
校舎裏の階段。夕方近く、空には薄雲が広がっている。 りいなは小さなペンギン柄の折りたたみ傘を握りしめていた。 はるきにLINEしたのはたった一言だけ。
「少し、話せる?」
やってきたはるきは、相変わらず制服の襟が少し曲がっていて、だけどどこか疲れた顔をしていた。
「海のこと……見たよ」 その言葉は、重くて、でも静かだった。
りいなはうなずいて、息を整える。 視線を下げたまま、言葉を探していた。
「……ごめん。きっと、ちゃんと好きだった。はるきのこと」 「きっと、って何」
「好きだった。でも……今は、わからなくなっちゃったの。気づいたら、海の言葉に安心してて、笑顔に救われてて――」
はるきは言葉を止めず、遮らず、ただ立っていた。 でも、その目の奥が揺れていた。
「すずが抱きついてた時、何も言わなかったよね?あれ、見てて苦しかったよ」 りいなの声は、雨粒みたいにぽつぽつと落ちる。
「すずのことは、そんなふうに見てない。あいつ、俺に好意あるのはわかってる。でも……なんて言えばいいかわかんなくて」
はるきの不器用さが、りいなにはずっと愛しかった。 でも――その不器用さが、今は届かなくなっていた。
「はるきが好きだった“マドンナ”って、たぶん、もういないの。……ちゃんと悩んで、迷って、泣いたりする私も、好きになってくれる人がいるなら、その人を選びたいって思った」
風がひゅうっと抜ける。傘が小さく震える。
はるきはしばらく黙っていたけれど、最後に言った。
「……そっか。じゃあ、次は俺じゃなくても泣き顔、守ってくれるやつがいんだな」
りいなは静かにうなずいた。
「ありがとう。ずっと大切な人だよ。今でも、ずっと」
はるきは少しだけ笑った。 その笑顔には、苦さも温かさもあって――りいなは涙をこらえながら背中を見送った。
その夜、海から「大丈夫?」とだけ届いた。
りいなはそのLINEを見ながら、傘を乾かす音を聞いていた。
雨上がりの夜。部屋の窓がじんわり曇っている。 天童はるきは、制服のままベッドに転がっていた。 机の上には、りいなからもらった手紙や、小さなキーホルダーが並んでいる。
あの日の言葉が、頭の中で何度もリピートする。
「私、はるきのこと……きっと、好きだった。でも、今は……」
その“でも”の先にあるものが、はるきを静かに抉っていた。
感情をうまく言えない自分。 照れ隠しが多すぎて、大事な一言が伝えられなかったこと。
スマホを手に取り、何度もLINEの画面を開いては閉じる。 「今でも好きだよ」なんて言葉が浮かぶ。でも、それを送ってしまったら、りいなをまた迷わせるだけな気がして。
「もう“守る側”には戻れないなら、せめて……前を向く」
はるきは、机の引き出しを開けて、スケッチブックを取り出した。 実は、美術部には入っていなかったけど、りいなが絵を描いているのを見て、真似して買ったものだった。 中はほとんど白紙。けれど、最後のページには、小さく描かれた似顔絵がある。
――りいなが笑ってる絵。 ちょっとムカつく顔で、でも、こっちを見てる。
はるきはそれを見て、ゆっくりペンを取り出した。 その隣に、もうひとつ絵を描く。
“涙をこらえたりいな”
すずが抱きついてきた時、はるきは何も言えなかった。 すずにも向き合ってこなかった。 でも今、ちゃんと向き合いたいと思った。
その夜、すずにLINEを送る。 短い文面だけど、ちゃんと気持ちがこもってた。
「あの時のこと、話したい。ちゃんと俺の気持ちも言う。逃げてた。ごめんな」
送信を押して、窓を開ける。 夜の風がひんやりと頬を撫でる。
はるきはスケッチブックを閉じ、心の中で静かに呟いた。
「これからは、ちゃんと言葉で伝える。俺なりに、俺のペースで」
そして、スマホを手に取り、海との未読メッセージを開く。 ただ一言だけ、そこに返信する。
「お前が笑わせてくれてるなら、それが一番だ」
昇降口に差し込む夕方の光。 その端で、りいながぼんやり靴箱を見つめていた。 別れを告げたばかりのはるきの笑顔が、頭の奥で何度も浮かんでは消える。
そこへ、すずが静かに近づいてきた。 一歩ずつ、細い足音が響く。 傘も鞄も持たず、まるで“その場に溶け込みたい”ように。
「……りいな。天童くんと、別れたの?」
問いは唐突で、でもすずらしく遠慮がなかった。
「うん。ちゃんと話して、決めた」
そう返すと、すずの表情がわずかに揺れた。
「よかった。……私、少しだけ、期待してたから。自分が選ばれる日が、あるかもって」
りいなは目を見開く。
「すず……はるきのこと、好きだったの?」
すずは答えない。代わりに、昇降口の外の空を見上げた。
「好きって言っても、選ばれなきゃ意味がない。でもね、私、あの人を好きになったのは……ずっとりいなが彼女だったからなのかも」
言葉の重さが、どこか悲しかった。 自分の好きも誰かの影の中にある。 それは、りいなにもよくわかる感覚だった。
「ねえすず、それでも…言葉にしたのは、すずの強さだと思う。私、あの時の海にも…やっと答え出せたから」
すずは小さく笑った。
「なんかずるいね。みんな少しずつ、ちゃんと前に進んでる。私だけ、まだ立ち止まってるみたい」
りいなはすずの手をそっと取った。
「だったら、一歩だけ進もう。誰かじゃなくて、“自分を選ぶ”って、一番最初の一歩かも」
その言葉に、すずは少しだけ肩を震わせながらうなずいた。 言葉にしない涙が、一筋だけ落ちた。
――そして夜、海とのLINE。
📱《今日、すずと話したよ。ちゃんと自分を選ぶって言ってた。私も、やっと答え出せた気がする》
📱《じゃあ、俺からも言う。 はるきが背負ってたお前の笑顔、今度は俺が引き受ける。言葉でぶつかっても、想いで負けないようにする》
📱《言葉でぶつかるなら、私も手加減しないよ。今度は、ちゃんと正面から恋するつもりだから》
昼休み。購買横のベンチ。すずが、チョコパンを口に運びながら言った。
「ねぇ、はるきくんがもうりいなのこと好きじゃないって……ほんとだと思う?」
りいなは、口にしていた紙パックを止めた。 その言葉には、静かな衝撃が詰まっていた。
「……何それ。誰から聞いたの?」
「本人の口からじゃない。でも、最近の目線とか、態度とか。……違うと思わない?」
りいなが言葉に詰まっていると、すずはパンの袋をきゅっと握りしめて言った。
「だったら、確かめてみればいいじゃん。4人で遊びに行こうよ。海も呼んで、はるきも誘って――ダブルデート」
「え……?」
「付き合ってなくても、そういう空気って出るもんだよ。何気ない仕草とか、呼び方とか。見てればわかる。はるきが、まだりいなに“恋してるか”って」
まるで実験みたいな言葉。 でも、りいなの胸の奥では何かが動き出していた。
その夜、海とのLINE。
📱《すずがさ、ダブルデートしようって言ってきた。はるきの気持ち、確かめるって》
📱《なにそれ。試されてんの?でも面白い。俺はいいよ。どうせ隣、譲らないし》
📱《譲らなくていい。むしろ、そういうの……心強い》
📱《じゃあ、覚悟しといて。手、繋ぐくらいじゃ済まないかもよ》
そして、その週末。 遊園地で、4人は“本気の揺らぎ”に飛び込むことになる。
―作戦盤と沈黙の揺らぎ―
遊園地に行く前日、海はベッドの上にチケットとペンを並べていた。 ノートの余白に、ぐるぐると矢印を描いて、こう書いた。
「りいな→右隣キープ」 「ジェットコースター=手つなぎ必須」 「昼食=向かい合う席で目線交錯」
その横にはメモが続く。
「すずとはるきを会話させる」 「はるきの視線を誘導して、“自分は選ばれなかった”という不安を刺激」 「俺はりいなに安心とときめきをダブルで与える」
──海は本気だった。 青春の勝負は、“言葉にできない想い”をいかに伝えるかにかかっていた。
「はるきが不器用なら、俺は器用に真剣勝負で行く。だって、りいなはそういう揺れに弱いから」
笑いながら呟いていたけど、その目は鋭かった。
一方その頃。はるきは勉強机に腕を預けて、スマホを見ていた。
すずから送られてきたLINE。
📱《明日楽しみだね。私、はるきくんの好きな乗り物選んでおくね》
その言葉に、はるきの指は止まった。
りいなとのやりとりは、最近ほとんどなかった。 別れは言葉だけじゃ終わってない気がして、ずっと胸の中がもやもやしてた。
「ほんとに、もう好きじゃないって……俺、思ってんのか?」
ベッド脇にあった、折りたたんだ紙を開く。 そこには、りいなが書いてくれたメッセージ。
「はるきは言葉にするのが下手だけど、それでもわかるときがある。ちゃんと、届いてたよ」
その言葉を読み返すたび、何かが揺れる。 たぶん、まだ好きなんだ。 ただ、海が隣にいるりいなを見るたびに、その気持ちが口にできなくなる。
「…あいつ、絶対仕掛けてくるな」
焦るはるきの指が拳になる。 遊園地の地図を見ながら、心で呟く。
「だったら俺も、簡単には譲らない」
そして翌朝。 制服ではなく私服に身を包んだ4人が、集合場所にそろった。
海は迷いなくりいなの隣へ。 すずははるきの袖に手を添えて。 はるきは、りいなの横顔を一瞬だけ見る――けれど、言葉は出なかった。
りいなの心は、その瞬間だけ、くるりと小さく回っていた。
―恋の照準は、君の仕草に向けて―
遊園地の入り口。暑くも寒くもない春先の空気。 青空の下で4人が並んだ瞬間、海は即座にりいなの隣へ滑り込むように立った。
「最初はシューティングライドだって。りいなとペア決定ね」 「え?早くない?てか勝手に決めないでよ」 りいなが笑いながら口をとがらせると、すずがくすっと笑う。
「じゃあ、私とはるきくんが組むしかないね」 「……まあ、いいよ。別に」
はるきは淡々と返したけれど、目はほんの一瞬だけ海とりいなのペアに向けられていた。
ライドに乗り込む直前、海の作戦はすでに稼働していた。
わざと荷物を全部持ってあげる「紳士モード」
ライドの後部席ではなく、前列を選んで“視線を独占”
りいなの銃の持ち方にそっと手を添える“擬似ボディタッチ”
「このライド、的の数え方が特殊なんだよね。ちょっと手貸すよ」 「えっ、えっ!?指近い!ていうか腕まで…」 「的の方見て~。照れてる顔はあとで描写する」
りいなの頬が赤くなったまま、ライドは暗いトンネルへ突入。 左右に現れるゾンビやロボット型の標的に、レーザー銃で撃ち込む。
ピピッ!ピピピッ!
シューティングの音と、ふたりの笑い声が重なって鳴る。
海は片手でりいなのスコアを見ながら、小さくささやく。
「右側に出る敵って、りいなが見落とすクセあるじゃん。そこ俺がカバーするから、左は任せた」
「ちょっと…いつからそんな分析してたの?」
「いつだって見てるし。好きだから、クセくらい全部覚えてる」
言われた瞬間、りいなの銃が止まり、照準がぶれる。
「ちょ、そういうの…反則でしょ…」
後部席では、すずがはるきの腕に寄り添って笑っていた。
「撃ち方うまいじゃん。意外~」 「ゲームだけは得意なんだよ」
「りいなちゃんの笑い声、聞こえるね。楽しそう」
はるきは黙った。 銃を構える手が、ほんの少しだけ震える。
「すず……俺、まだ好きなんだと思う。りいなのこと」 「……うん、知ってる」
「でも、俺じゃ笑わせきれなかったのかな」 「それはね、誰かが“最初に隣にいた”っていう、ただそれだけかもよ」
すずの声は優しい。でも、どこか諦めたようでもあった。
ライドが暗闇から抜けて、光のトンネルへ出た瞬間、海が銃を置きながら呟いた。
「スコア、俺らの方が上。ってことは……笑顔の数も勝ってるってことだね」
りいなはふざけて海の腕を軽く叩く。
「むしろ照れさせた分だけ減点かもよ?」
笑いながら振り返ると――はるきが目線を逸らしていた。 すずが隣にいるのに、その視線はりいなに触れそうで、でも触れなかった。