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「ヴィンセント様はいい大人です。ご成婚前に、つまみ食いのようなことをすることはないと思いますよ」
「つっ、つまっ──!? 婚前に通じるのは神の教えに反するわよ!」
「今時それを守っているのも、珍しいですけどね」
さらりと怖いことを言ったダリアは、てきぱきと荷物を片付ける。
「でも、よかったではありませんか」
「よかった? 何のこと?」
「アーリック族が味方になることです。ヴィンセント様との関係も良好のようですし」
「それは、そうね」
亡きクレア夫人はアーリックの禁を侵してヴィンセント様を産んだのだから、普通に考えたら、もっと険悪な間柄でもおかしくない。さらに、私はロックハート侯爵家とは対立する家門の娘。普通に考えて、歓迎されるなんて思わないわよね。
ヴィンセント様が一泊するといっても、私は追い返されるんじゃないかって心配すらしてたわ。
でも、そんなことはなかった。
振る舞われた晩餐は、森の豊かさが分かる豪華なものだった。この部屋を見たって歓迎されていることがよく分かる。
ここまで友好的に迎えられるなんて……。
トランクを閉じたダリアが、小さく「だけど」と呟いた。
「魔女の話は驚きでした」
「……そうね」
「申し訳ありません! ヴェルヘルミーナ様を不安にさせるようなことをいってしまいました」
私が言葉をつまらせたことを心配したのか、ダリアは頭を下げた。別に、彼女を責めるつもりは微塵もない。
「不安じゃないとは言いきれないけど……知ることができて良かったと思っているわ。その、私に魔力があるとは今でも信じられないけど……」
両手を見つめ、そこに火を呼び出せないかと念じてみる。でも、やっぱり米粒ほどの明かりも点らない。
これで魔力があると言われても、何を信じたらいいのかしら。
「もしも、幻惑の魔女が現れたら……力がない私はどうしたらいいのかしら」
「ヴェルヘルミーナ様、大丈夫ですよ。ヴィンセント様も守ると言ってくださってましたし」
「でも、私には守られる価値なんて……」
ベッドの端に腰かけて、膝の上で両手を握りしめていると、ダリアは私の前に腰を下ろした。そうして、そっと手を重ねる。
「私は、ヴェルヘルミーナ様が結婚に前向きなことにも、ホッとしております」
「ダリア?」
「覚えてますか? 幼いときに、秘密よっておっしゃって、私に初恋を打ち明けてくださったことを」
「……初恋?」
脳裏に幼い日のことが浮かんだ。
ダリアと二人で絵本を抱え、お姫様の挿し絵を指差してはドレスで舞踏会へいく夢を見たものだ。
晩餐会にはどんなお料理が並ぶのかしら。本当はニンジンも玉ねぎも嫌いだから心配だわ。大きくなるために我慢して食べてるけど、毎食ケーキならいいのに。──思い出すと笑っちゃう、幼いお喋りが次々に浮かぶ。
好き嫌いしないよう頑張ったのに、どうしてダリアみたいに背が伸びなかったのかしら。今でも謎だわ。
懐かしい思い出は、少しだけ心を和らげてくれる気がした。
「私は、亡き旦那様に連れられてヴェルヘルミーナ様と砦へ行ったことを、昨日のことのように思い出せます」
懐かしむように話すダリアに頷きながら、脳裏に、心をときめかせたヴィンス様の姿を思い浮かべた。
「ヴェルヘルミーナ様は、お父様よりもっと素敵な王子様に出会ったわと、嬉しそうに仰られたんですよ」
「ああ……そんなこともあったわね」
私を気にかけてくれるヴィンス様のようになりたい。彼のように素敵な魔法が使いたい。そう思って、砦に行くたびに彼を追いかけていたわ。
「大好きな彼のために素敵な魔女になりたい。魔法が使えないと泣いておられたヴェルヘルミーナ様が、キラキラとした目を輝かせて夢を語って下さったこと、本当に嬉しかったです」
ダリアの言葉に頬が熱くなった。
二人で読んだ絵本にあった王子様の挿し絵が、どんな姿だったかは思い出せない。でも、ヴィンス様との出会いは鮮やかによみがえる。
まだ恋という言葉すら知らなかった幼い頃、ヴィンス様が、ヴィンス様がって無邪気にダリアへ話してたんだった。そのたびに、ダリアは嬉しそうに笑って聞いてくれていた。
どうして忘れていたのかしら。
昔を思い出しながら頬を熱くしているのが、ダリアにも伝わったようだ。彼女は「本当にようございました」と呟いた。
そうか。ダリアは幼い頃から一緒だったから、全部知っていたのね。私は忘れちゃっていたのに、ずっと私を見守ってくれていたんだわ。
嬉しさに、鼻の奥がツンッと熱くなった。
恥ずかしさに頬を熱くしていると、ダリアが私の手を少し強く握りしめた。
「他にも、ヴェルヘルミーナ様が誰よりも、魔法について学ばれてきたこと、お家を守るために必死だったこと……お側でずっと見てまいりました」
「ダリア……貴女がいてくれたから、私も頑張れたのよ。一人じゃ、とっくにいじけてたわ」
「もったいなきお言葉です。これからは、私だけじゃありません。ロックハート家の皆様とアーリック族が、お力添えくださるのです。魔法が使えないことがなんですか。そんなのは些細なことです」
握られる手を見つめ、目頭が熱くなった。
寂しい夜に、いつも側で笑ってくれた。こうして手を握り、お側にいますと何度も言ってくれた。彼女にどれだけ救われ、守られてきたことか。
「お家のことも、無事に婚礼が済むまでご心配なく。我が父をはじめ、古くから仕える者たちが守っております」
「ダリア……」
「何もご心配なさらず。私たちが、お守りいたします。だから……胸の内を隠さずに、どうかまた、昔のようにご相談ください」
「ありがとう。信じるわ」
優しい手を握り返せば、微笑んだ彼女は「飲み物を頂いてまいります」と言いながら立ち上がった。
コメント
1件
は…読み終わって、胸がじんわりあったかくなったわ。 幼い頃にダリアに打ち明けた初恋の話が、今のタイミングでよみがえるのがすごく良かった。ダリアはずっと見守ってくれていたんだなって思うと、私まで嬉しくなっちゃった。 魔法が使えなくても、大事な人がそばにいてくれる。それだけで十分だよね。ヴェルヘルミーナの成長と、ダリアとの絆にほっこりしたよ。ニヤニヤしちゃう回だった🔥