「チッ….」
部屋のベットに横たわり、額に腕に起きながら舌打ちをする。いつも見慣れた部屋の明かりが、今はとても眩しくて鬱陶しい。
風邪を引くのは何年ぶりか。
兄の背中を見て、その背中を超えるために今現在体調管理は抜かりなくしてきた。だが、何処かで抜けがあったのだろう。
今日が休日で良かったと心から思う。もし今日が練習日ならばきっとイライラで破裂してしまうところだっただろう。
「ケホッゴホ….」
朝熱を測ったら熱は普通。微熱と熱の中間程だったが先程から咳が止まらない。
するとピコンピコンとスマホから通知が鳴る。
スマホを取り、通知の内容を確認すると、それはどうやらメッセージアプリの通知だった。
(おかっぱ頭に…..チッ、クソ潔かよ。)
_______
✉:クソ潔
『おい凛!風邪って本当か?』
『もし辛かったら言えよ。なんか持ってくからよ。』
んでこいつ風邪のこと知ってんだよ気色悪ぃ。無駄に広い情報網しやがってマジでなんなんだよ。
取り敢えず無視しておく。今は指を動かすのすら面倒くさい。
_______
✉:おかっぱ頭
『やっほー凛ちゃん!🐬』
『風邪ひいたってほんとー?』
『ガムいる?』
お前もかよクソが。
丁度そのおかっぱから送られた文を読み終わった頃、また続けておかっぱから一つの画像が送られてくる。どうやら例のガムの画像だ。
こ れ 賞 味 期 限 き れ て ん じ ゃ ね ぇ か!
『あっ既読だ!凛ちゃん見てる〜?✌️』(既読)
うるせぇよ、こいつなんで賞味期限切れのガム持ってんだ。
正直無視したいがこいつは無視したらクソ潔とは違い延々とメッセージを送ってきやがる。
『黙れクソおかっぱが賞味期限切れてんだよアホ』(既読)
『あっほんとだ!凛ちゃん教えてくれてありがとね!お礼に新品のガム持ってくるね!🍫』
そのチョコレートなんだよマジで。
『要らねぇ来んな』(既読)
『えーそっかー治ったらサッカーしようね!』
無駄に長引いたがこれでいいだろう。
スマホの電源を落とし深く毛布を被る、頭痛と咳のせいで寝れる訳もないが、眩しく部屋の電気と外の明かりを遮断できるなら意味はある。
やっと一息つけると思ったそんな時インターホンからチャイムが鳴る。寝させろよ。神はどうやら俺を寝させたくないらしい。
重い腰を上げ頭を抑えるように触れながらインターホンの所まで向かい、インターホンに移された来客を確認する。
(あんたもかよクソ兄貴!!!)
そこにいたのは正直なんで来たのか分からない糸師冴の姿があった。
ただこのタイミングだと嫌な予感しかしないが、一応他の重要な要件かもしれないので話は聞いておこう。
「兄ちゃ…クソ兄貴…なんで来た。」
「お前が風邪だって聞いたからだ。早く開けろ」
「….チッ、ケホッ….横暴すぎんだろ。」
やはり風邪の件かよ。何度も言うが潔やおかっぱ頭も何処でその情報収集してんだよ。
つか、態々こっちまで来たのかよ。おかしいだろ諸々、特に時間。未来予知でもしてんのか?
「いいからさっさと開けろ。」
「や、そんな酷くねえからいいよ。帰れ。」
「大丈夫なわけねぇだろ。いつもより声低いし声も篭ってる。ゴタゴタ言ってないで開けろ。」
botかよしつけぇな。それになんでわかんだよ。実際喉が痛くて声は低いがないが、分かんのか?分かるわけねぇだろ。(自己解決)
とは言いつつ、このままうだうだ言っても平行線。正直負けた気がするが、しょうがないだろう。このまま突っ立られても周りに迷惑だ。
オートロックを開け、玄関の鍵を開けてベットに座って待っておく。
にしても、先程に比べて頭痛が酷いような気がする。熱が上がったのだろうか、痛み止めを飲むのを考えておこう。
「入るぞ、凛」
はっえぇな。1分も経ってねぇだろ。なんでお前あのフランス特急ボウズ野郎(ロキ)超えてんだよ。
「…無視すんな凛。朝飯は食べたのか?」
「コホッ、ケホッ…まだだ。」
「そうか、キッチン借りるぞ。」
そうして兄ちゃんは持って来た恐らく食材の入った鞄を持って、キッチンに行ってしまった。
「待っ、おい!わざわざ作って貰わなくたって!熱だって高くねぇし!」
「病人が大声出すなボケ。それに何のために来たと思ってんだ。熱だってそれどうせ起きた時のもんだろ今測れ」
キッチンからそう兄ちゃんの声が響いて聞こえてくる。
「……クソ」
言い方には腹が立って仕方がないが言い返せない、机に置いてある体温計を手に取って熱を再度測る。
38.6…..あ”‘?!
んでこんなに上がって….朝は37.5くらいだったはずだ。いや、落ち着け。きっと兄ち…兄貴がくるまで毛布に居たからだ。
もう一度….
38.9
さっきよりも上がってんじゃねぇか!!!
「凛、出来たぞ。って….よくその体温で高くねぇとか言えたな。」
顔を上げると、呆れた表情で暖かそうに湯気を出したお粥を持った兄ちゃんが立っていた。
「朝測った時は微熱だったんだよ!ケホッ、、クソ….」
「ゴチャゴチャ言うな。ほら、さっさと食え。」
目の前に出されたお粥と、木で出来たスプーン。
お粥には細かく刻まれた玉ねぎ、ほうれん草、ナス、溶き卵が入っていて具材の真ん中にはネギが振り掛けられている。まぁ極々普通のお粥だ。
木のスプーンを取ってお粥をひとすくいすると口に運ぶ。
「どうだ、美味いか?」
「普通…普通に美味い。」
「……….そうか」
なんでぶすくれえんだ….ぇ知らん。
ぶすくれたような雰囲気を醸し出しながら、兄貴は何故かこちらの食事をじっと見つめてくる。
「あんま見んなよ…食事中だぞ。」
「いいだろ。別に減るもんじゃねぇ」
「ケホッんなジジイみてぇな…..」
やっぱ普通って言ったこと怒ってんのか?謝ったほうが….嫌なんで俺が謝んなくちゃいけねぇんだクソ!
あくまでも俺は悪くないと言うスタンスを貫いておく、だって勝手に押し入られたのはこちらだ。
こうしてずるずると、決して言いくるめられてはいないが、俺は兄貴に見られながら…観察か?まぁそれはどうでもいい。見られながら俺は食事を終えた。
なんかどっと疲れた。兄貴の圧のせいだろうか。
「凛、薬は持ってるか?」
「…..持ってねぇ」
「はぁ、やっぱりか。どうせ、今まで風邪ひかないからって油断してたんだろ。お前」
「はぁ!?んでお前がそれ知ってんだ!スペイン行ってただろ!お前」
兄貴は声を荒らげる俺に表情一つ変えず、荷物から買ってきてくれたであろう風邪薬を取り出し差し出してきた。
「そりゃぁ、今までのお前の様子を知ってんの大体2人しか居ねぇだろ。」
母さん達かよ….!!クソが!
「ほらさっさと薬のめ。んで寝ろ」
「 …..」
言われるまま薬を飲み、ベットに潜ると案外眠くなるものでこの咳と頭痛を除けば心地がいい。
「おやすみ、凛。」
凛がベットに潜り、小さく寝息をたてている。その寝顔は何年前のだろうか、あの時の幼い凛の顔を思い出す。
思えばその時から俺は兄弟である凛を好きになったんだろう。
「….料理、練習しねぇとな。」
スマホを取っていくつか料理本を購入する。次は美味いと言わせてやろう。
「にい …ちゃ」
「凛…?」
凛の眠るベットに視線を移すと、相変わらず心地よさそうな顔をして眠っている。
「ただの寝息か…..」
「兄ちゃん….寒い。」
そう寝言を言いながら、毛布の端をくるりと寄せ、小さな抱き枕のようにして腕で包み込んでいる。
「_…..はぁ」
もう毛布は無い、包み込んでいない方の毛布を少し捲りその中に入る。
俺の体温でベットの中が暖かくなり、包み込んだ毛布を離した凛を、トントンと寝かしつける様に手で叩く。力加減が少し難しい。
「….警戒心くらい持ったらどうだ。愚弟が。」
そう嘆く俺の横で、凛は相も変わらず心地よさそうに寝ていた。