コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
グランベル公爵のお屋敷から戻ると、夕方も遅い時間になってしまっていた。
そのまま夕食を取って、そのあと――つまり今は、エミリアさんとジェラードと三人で、客室で話をしているところだ。
「……はぁ」
「アイナさん、ため息……。
また出てますよ~……」
「珍しいね、そんなに疲れているの」
「あ、すいません。つい……。
……はぁ」
二人には、ヴィオラさんとシェリルさんの話をしたあと、追加でキャスリーンさんの話もしていた。
グランベル公爵に対する私の嫌な感情を、エミリアさんとジェラードに共有したのだ。
「……立派な人に見えましたけどね、グランベル公爵……」
「貴族なんていうのは、内と外でずいぶん表情が違うものだからね。
日頃のストレスを弱者に向けるなんて、まぁよくある話さ」
「そうでしょうね……。
でも、『よくある話』だけで片付けたくないですよ……」
「気持ちは分かるけど……まぁ、それは一晩くらい置いておこう。
嫌な気分のときに難しいことを考えても、ロクなことは無いよ」
「そうですね……。でも、どうにかしたいです……。
せめて、ヴィオラさんたちを自由にしてあげたい――」
「はいはい、元に戻っちゃってるよ?
僕たちも協力するからさ。今日は一旦、忘れよう?」
「そうです、そうです!
アイナさん、他にもあったことを共有しておきましょうよ!」
「ん……。そうですね、すいませんでした。
えーっと、それじゃ……ああ、そうそう。最後の連携は助かりました、ありがとうございます」
最後の連携というのは、エミリアさんの仮病による騒動のことだ。
「たくさん仕込まれたのに、結局は何もしないままかなーって思っていたんですが、最後の最後にきたので驚きました!」
「あはは、エミリアちゃんも迫真の演技だったよね。
……それで、あのときはどうしたの?」
「客室から出たあとにですね、公爵の使用人にずっと監視をされていたんですよ。
それを引っぺがすために、一芝居打ってもらったんです」
「なるほど」
「それで、騒動の合間にファーディナンドさんから、連絡手段をもらうことができました」
そう言いながら、アイテムボックスからメモのような紙を出して二人に見せる。
「おおー。ところでファーディナンドさんって、グランベル公爵のお兄さんですよね。
……信用、出来るんですか?」
「ヴィオラさんの話によれば、酷い目に遭わないように助けてくれていたらしいんです。
それに、話した感じでは……私は、信用できると思います。……まぁ、どこまでかは不明ですけど、とりあえずは」
「ふーむ……。そういえば家督争いに負けた兄がいる……とは聞いていたかな。
酷い手を使って追い落としたそうだけど」
「酷い手って?」
「ほら、ファーディナンドさんは脚が不自由だったでしょ?
魔法実験のときに、事故をわざと起こして怪我をさせたそうだよ」
「えぇ……?」
「本人に直接したのは、それくらいだったと思うけどね。
順当にいけば、ファーディナンドさんが家督を継ぐはずだったんだけど……」
「権力争いって、恐ろしいですね……」
「そうだね。でもその家に生まれたのなら、家督には何よりも大きな価値があるからね。
僕みたいな生まれの人間には、関係が無いけど♪」
「私の生まれも、家督なんて関係がありませんでしたからね……」
「え? アイナさん、実はどこかのお姫様だったっていうお話は無いんですか?」
「いやいや!? 私は普通の家の、普通の生まれですよ?」
「「えー?」」
「何でそこ、ハモるんですか!」
何回振り返っても、私は普通の家に生まれていたような気がする。
お金持ちでも無かったし、高貴な身分でも無かったし……!
「――おっと。ちょっと話を戻すね?
ファーディナンドさんとの連絡手段をもらったからには、やっぱり連絡を取るの?」
「はい、もちろんです。聞きたいこともたくさんあるので」
主なところでは、ヴィオラさんたちのことや、キャスリーンさんがグランベル公爵の屋敷にいたときのことだ。
彼女たちを苦しめる忌まわしい鎖……過去から続く鎖を断ち切ってあげたい。
だから、私でも何かが出来るというのであれば、それを探したいのだ。
「それじゃ、連絡の調整は僕に任せてもらおうかな」
「え? 良いんですか?」
「あはは♪ こういうのは僕の仕事だからね。
アイナちゃんは僕たちの司令塔だし、何かをするならクリエイティブなことをやっていてもらいたいんだよ♪」
「は、はぁ……。それじゃ、よろしくお願いします。
できるだけ早く調整して頂けると助かります」
そう言いながら、ファーディナンドさんからもらった紙をジェラードに渡す。
「ふむ? ふむふむ。
……早ければ明後日に街に来るみたいだけど、どうする?」
「うわ? 思ったより早いですね……。
でも早めにお話をしたいですし、それでお願いできますか?」
「了解~♪ それじゃ明日……ちょっとファーディナンドさんのお仲間さんに連絡を取ってくるよ。
明後日の何時頃になるかは分からないから、ずっと空けておいてね♪」
「分かりました」
思いがけず、ファーディナンドさんと話をする場は簡単に設けられそうだ。
そうとなれば、先ほどまでの憂鬱な気分は一旦置いておこう。
それまでにしっかりとリフレッシュして、会った時にはがっつりと話をさせて頂くのだ。
「アイナさんの方は、それくらいでしたか?」
エミリアさんが、他の話題をと振ってきた。
「えーっと、他、他……。あ、そうそう。ヴィオラさんから魔石をもらったんですよ。
……そういえば、何の魔石だったんだろう?」
アイテムボックスから、ヴィオラさんにもらった赤黒い魔石を取り出す。
そして鑑定をしてみると――
──────────────────
【封刻の魔石(暴食の炎・発動補助)】
複合魔法『暴食の炎』発動補助の魔法陣を展開する
──────────────────
「……ん?」
何、これ……?
理解ができないまま顔を上げると、ジェラードの驚いた顔が見えた。
「おぉ……。僕、封刻の魔石なんて初めて見たよ……」
「何か凄いんですか?」
「うーん? わたしも初めて見ましたけど、どうなんでしょう……」
「あ、二人は知らないのかな……?
魔石っていうのはさ、基本的には魔物の体内や、魔力が集まる場所で自然に結晶化するものなんだけど……。
封刻の魔石だけは例外で、人為的に作るものなんだ」
「確かに、ヴィオラさんがシェリルさんと一緒に作った、って言っていましたね」
「だよね!? まずはそこ、人為的に作るのが凄いんだよ。
高位の魔法使いでも難しいのに、その子たちって何者なんだろうね……」
「あー……。ここだけの話ですが、シェリルさんがユニークスキルを持っているそうです。
創造才覚の、魔法版を」
「へぇ、凄いな……。でも、それなら納得か……」
「それで、ジェラードさん。
人為的に作れるっていうことは、効果も自分で決められるってことですか?」
「うん、そうだね。でも、何でも作れるわけじゃなくて、本人の理解の及ぶ範囲のものしか作れないっていう制限があるんだ。
『暴食の炎』なんていう魔法は初めて聞いたけど……。きっとこれも、シェリルさんが作った魔法なんだよね?」
「そうだと思いますけど……そういえばどんな効果なんでしょうね?
えい、かんてーっ」
──────────────────
【暴食の炎】
光、闇、火属性魔法。
周囲の魔力を奪い、その量に応じた炎を生み出す
──────────────────
……こ、これはまた……?
凄いのか凄くないのか、私にはちょっと判断が付かないかな。いや、凄いんだろうけど。
「ジェラード先生、いかがでしょう」
「……うん、分からない♪」
「エミリア先生、いかがでしょう」
「……分かりません♪
でもこれ、珍しいですね。3属性の複合魔法だなんて、かなり珍しいですよ」
「ふむふむ……。
それで、この魔石って……『魔法陣を展開する』だけ?」
「……ちょっと使ってみる?」
ジェラードが思い付きのように、悪戯っぽく言った。
「危なくないですかね……?」
「大丈夫だと思いますよ。
いざというときは、アイナさんのバニッシュ・フェイトで魔法を打ち消せば良いですし」
「おお、なるほど……。
それじゃ私が『いざというときに打ち消す役』をするので、エミリアさんかジェラードさんが魔法陣を出してみてください」
「魔法っていうことなら、エミリアちゃんだよね♪」
「えぇっ!?」
驚くエミリアさんに、ジェラードは彼のナイフを手渡した。
そのナイフには、魔石スロットが1つだけ付いているらしい。
「それではエミリアさん、よろしくお願いします!」
「うぅ、怖いです……。
えっと、魔石をはめて――……えいっ!!」
エミリアさんがナイフを手にして力を込めると、彼女の前の宙に、大きな光の魔法陣が1つ現れた。
「おお、綺麗――
……だけど、何ですか、これ……」
「めちゃくちゃ複雑な魔法陣だね……」
その魔法陣には、細かい文字や細かい図形がところ狭しと、びっしり描き連ねられていた。
理解をする以前に、読み解くだけでも大変そうだ。
「……エミリアさん、このまま『暴食の炎』は発動できそうですか?」
「えぇーっ!? さ、さっぱり分かりませんよ!?」
……ふーむ?
あくまでも魔石の効果は『魔法陣を展開する』だけなんだね……。
誰にでも扱えるものじゃない、託すべくして託せる人にしか扱えない――っていう感じか。
でも、これを使いこなせる魔法使いには、いつか出会うことが出来るのかな?
それはとても興味深いことだけど、とりあえず今は一旦忘れておくことにしよう。
いつになるか、まったく見当が付かないことだし……ね。