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グランベル公爵のお屋敷を訪れた次の日は、身心を休めるために、一日休むことにした。
だらだらと毎日休み続けるのはつらいものだけど、緊張の連続だった日の翌日となれば、話は別だ。
昨日は精神的に、かなり疲れてしまっていたからね。
自分の部屋でまったり過ごしたあとは、お屋敷の中や外をうろちょろしてみることに。
これといった趣味がないので、ふとしたタイミングで手持無沙汰になってしまうのが困り物だ。
でもまぁ、そこはそこ。
こういうときにこそ、お屋敷の使用人たちと交流を深めてみることにしよう。
ふらっと裏庭に出てみれば、いつもの通り、庭木職人のハーマンさんが作業をしていた。
その傍らでは、ダリル君とララちゃんがお手伝いをしている。……うん、今日も微笑ましい光景だ。
そして少し離れた休憩所では、ルーシーさんが静かに読書をしていた。
休憩所のテーブルセットはルーシーさんの要望で用意したものだったけど、読書姿を見るのは初めてだったかな?
彼女の物静かな雰囲気とテーブルセットの雰囲気が見事に調和している……とりあえず、そんな印象を受けた。
「――あ、アイナ様。どうかされましたか?」
「うん? ああ、ちょっと散歩中なの。偶然通り掛かって」
「そうでしたか。
しばらくいらっしゃるようでしたら、お茶をご用意しますが――」
「いやいや、ルーシーさんは休憩中でしょ? 気にしない、気にしない」
読書の邪魔をしちゃったかな?
そんなことを思っていると、ルーシーさんは向かいの席を促してくれた。
せっかくの機会だし、ここはお邪魔することにしよう。
ちょうど、交流を求めて彷徨っていたところだったしね。
「あまりアイナ様とお話する機会がありませんので。
偶然とは言え、嬉しく思います」
「そう? うーん……確かにそうかも」
このお屋敷にはメイドさんが5人いるけど、話す人は実際のところ偏りがあるんだよね。
クラリスさんは使用人の統括を行っている関係で、毎日それなりに話をする。
キャスリーンさんはよく話し掛けてくれるし、ふとしたときに近くにいることが多い。
ミュリエルさんは調理を禁止されているせいか、食事の給仕やお屋敷の掃除中に会うことが多い。
それとは反対に、ルーシーさんとマーガレットさんは話す機会が比較的少ないメイドさんだ。
ちょこちょことは会うんだけど、話まではあまりしない……そんな感じかな?
「アイナ様がこのお屋敷にいらっしゃってしばらく経ちましたが、何か不便なことはございませんか?」
「うん、いつもありがとうね。
……って、これは仕事の話なのかな……?」
「いえ、ただの雑談です。ええ、雑談です」
「まぁ良いけど……。
うーん、特に不便は無いかな。逆に、ルーシーさんから見て何か問題はある?」
「そうですね……。クラリスさんを筆頭に、運営は上手くまわっていると思います」
「うん」
「話は少し変わりますが、クラリスさんがもっと夕食会のようなものを開きたいと言っていました」
「え? それは初耳かも」
「先日の夕食会の準備が楽しかったそうです。
アイナ様にはどんどん開催してもらわないと……と、息を巻いていましたよ」
「へー……。
クラリスさんも、そんな話をするんだね」
「はい、私とは結構するんです。
クラリスさんはしっかり者に見えてもまだ若いですし、その割に責任のある仕事をされていますし」
「うん、そうだね。
それならそこら辺も、叶えてあげないといけないかな……」
要望があるというのなら、何かと理由をつけて、企画してみようかな?
上流階級の人とは顔繋ぎが大切だから、特に理由が無くても開催するのは問題ないだろう。
「……アイナ様は、使用人の意見をよく聞いてくださるんですね」
「え?」
「私もいくつかのお屋敷に仕えて参りましたが、ここほど風通しの良いところは初めてです」
「んー。私は上流階級の人間ってわけでもないからねぇ」
今が上流階級かと言えばそんなことも無く、微妙な位置だと私は思っている。
中流よりは明確に上だけど、上流ほど上流っぽい生活もしていないし、そんな地盤も無い。
錬金術師なんて、言ってしまえばただの職人だからね。
富豪やら貴族やらとは根本的なところで違うから、いまいち上流の層にいるイメージが無いのだ。
「もしかしたら……ここの居心地が良いのは、そこら辺が理由なのかもしれません」
「なるほど、確かに。
まだまだ発展途上の家主だけど、これからもよろしくお願いします」
「いえ、こちらこそ末永くよろしくお願いします」
何となく改まった感じの空気を感じながら、私たちはもうしばらく話を続けた。
ルーシーさんからは使用人目線の話をいくつも聞けて、ためになったと同時に、結構面白かった。
やっぱりコミュニケーションって大切だよね。
コミュニケーションとは言っても、雑談っぽく話していただけなんだけど。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
休憩時間が終わると、ルーシーさんはお屋敷に戻っていった。
それを目で追い掛けたあと、何となく座りながらぼーっとしていると、今度はマーガレットさんがお屋敷から出てくるのが見えた。
入れ代わりで休憩時間になったのかな?
視線が合ったので手を振ってみると、マーガレットさんはこちらにやってきた。
「アイナ様、休憩中ですか?」
「うん、さっきまでルーシーさんとお話をしていたの。
マーガレットさんも、もし良かったらどうかな?」
「おぉ、それは是非――と言いたいところなのですが、申し訳ありません。
実は先約がありまして……」
「先約?」
約束じゃ仕方ないか……と思っていると、不意に遠くから声が聞こえてきた。
「マーガレット! 来たぞ!
……あれ? アイナ様じゃないですか!」
声の方を振り向いてみると、警備メンバーのカーティスさんが歩いてきていた。
カーティスさんともあまり話したことは無いんだけど、彼は世界一の冒険者を目指していた熱血野郎だ。
「こんにちは、ちょっとここで休憩をしていたの」
「そうでしたか。
それでは私が退屈しのぎに、アリムタイト王国での冒険譚を語らせて頂きましょう!」
「いやいや。マーガレットさんと約束をしてたんじゃないの?」
「はい、そうですけど……。
……あれ? 奴隷たる身としては、主を最優先にするべきでは……?」
そう言えば忘れがちになるけど、警備メンバーは全員が『奴隷』なんだよね。
どうにも『奴隷感』が無いんだけど……。
「よそは知らないけど、それくらいなら約束優先じゃないとダメだよ。
休憩時間中の約束なんでしょ?」
「アイナ様、ありがとうございます。
それではカーティスさん。早速、ご指導のほどお願いします!」
……ん? ご指導?
「よし、それじゃこれを持って!」
「はい!」
……ん? 木刀?
カーティスさんから木刀を受け取ったマーガレットさんは、少し離れた場所に立ち、そしてカーティスさんと向かい合った。
「それでは師匠! よろしくお願いします!」
「よし、来い!」
……んん?
私が疑問に思っている目の前で、突然、木刀での打ち合いが始まった。
これは……マーガレットさんが、剣の修行をしている……?
10分ほどすると木刀の打ち合いも終了して、休憩をする……かと思いきや、次は徒手での組手が始まった。
それも10分ほどすると終了し、そのあとは鞭の使い方講座のようなことをやっていた。
それが終わると、ようやく二人は休憩に入った。
「これは、マーガレットさんの……修行?」
「はい! 接客に活かせるようにと思いまして!」
「え? ……接客に?」
「カーティスさんが、精神力を鍛える重要性を教えてくれたんです。
それで、それにはこういう修行が望ましいということで……!」
「えーっと……? 戦うためではないのね……?」
「いや、もちろん戦う力も付けてもらうつもりです!
外は俺たちが警備しますが、屋敷の中まで見るには人手が足りませんからね!」
「で、でも主な目的は接客のためですから!」
カーティスさんの言葉を受けて、マーガレットさんはあくまでも、接客技術の向上が目的だと主張した。
「いや、どっちにしても努力が伝わってきたよ。
こんなに頑張っているなら――」
……お給金も上げないとね。
ついそんな言葉が出て来そうになったが、それについては慎重にいこう。
こういうのは一度出したら最後、なかなか引っ込みがつけられなくなるからね。