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窓の外、空がかすかに青みを帯び始めていた。もうすぐ、朝が来る。
教師と王がそれぞれの仮面を被らねばならない時間が、また始まる。
ベッドに並ぶように座っていたふたりは、言葉少なに、ただ時の流れを感じていた。
「……夜が終わるのは、こんなにも早かったか」
ヴィクトールが呟くと、ハイネは微かに笑った。
「王様にとっては、誰よりも長い夜のはずでしょう?」
「……君がいると、すべてが一瞬だ。私の記憶も、時間も、感情さえも──君に飲まれてしまう」
ハイネはゆっくりと視線を上げた。
その瞳には、もはや揺らぎはなかった。
「貴方が夢に閉じ込めたいと思っていること、分かっています」
「……」
「でも私は……もう夢ではいられない。
ヴィクトール、私は、貴方を……」
そこまで言って、ハイネは言葉を止める。
唇を噛んで、ほんの少し震えたあと、穏やかな微笑みに変えた。
「……いいえ、やはり何も言いません。言ってしまえば、戻れなくなってしまいますから」
それは強がりでも、諦めでもなく、ただ深すぎる愛の選択だった。
伝えるよりも、貫く方を選んだ愛。
抱きしめるより、遠ざけることで守ろうとする愛。
ヴィクトールはその言葉を、ただ静かに受け止めるしかなかった。
腕を伸ばしかけて、やめる。
触れてしまえば、また夢が続いてしまうから。
「……さようなら、今夜の君」
「ええ。また、お会いしましょう。教師として」
微笑んで、ハイネは立ち上がる。
ゆっくりとドアへ向かう背中に、ヴィクトールはそっと目を伏せた。
閉じられた扉の向こうに、まだ“愛している”が残っていたとしても。
それはきっと、もう二度と口にされない。
──これは、永遠に覚めない“夢の記憶”として。
ふたりの胸に、そっと閉じ込められたままだった。