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どのくらい月日が立っただろうか。春が近いある夜、城の庭に咲き始めた梅の香りが、風に乗って窓から差し込んでいた。
「……君がこの時間に来るなんて、珍しいな」
「偶然ですよ。王子たちがよくやってくれて、私の手が空いたもので」
そう言って微笑むハイネの手には、例の白ワイン。
そして、今日はふたり分のグラスも持っていた。
「……もう、夢じゃなくなったようだな」
ヴィクトールはそう呟いて、グラスをひとつ受け取った。
「あの夜から、随分と時が経ちました」
「君は教師として、私は王として、互いに言葉を飲み込んだままだ」
グラスを交わし、ワインの音が小さく響く。
「……でも、私はあれからずっと、君を忘れた日はないよ、ハイネ」
「私もです。…ただ、その記憶に名前をつけることはしませんでした」
「それでも、今ここにいる」
「ええ。今夜は、教師も王も、少しだけ休んでもいいでしょうか」
――また始まる、夢のような時間。
けれど今回は、もう少し現実に近づいていた。
互いの立場を知った上で、それでもなお傍にいる。
「……今の私は、あの頃よりも深く、陛下を…ヴィクトールを……」
「それでも、まだ“夢”にしておくつもりか?」
「はい。それでも、夢のままがいい。永遠に続くから」
ヴィクトールは笑った。ほんの少し、寂しげに。
「……それなら、夢の中で君を抱きしめよう。目が覚めても、この腕の記憶が消えないように」
ハイネは黙って頷き、そっと目を閉じた。
互いの温もりが胸に沁みていく。
もう、言葉は要らなかった。
――それは、触れられる夢
壊さない愛の、最も美しいかたちだった。