「もう今日は終わり?」
そしてオレはそれを実感したと同時に、透子の気持ちがまた戻らないかと不安がよぎって、透子にさりげなく話しかける。
「はい。今から帰ろうかと」
「今から二人でメシ行こうって話してて、これからのことじっくり語り合ってきます」
すると透子がそう答えたと同時に、隣のこの人が意味深な言葉でオレを煽って来る。
何それ?どういう意味?
口には出さないけれど、ただ単純にまた昔の嫉妬やモヤモヤが心を覆い尽くし始める。
今はオレがとやかく言える立場じゃないのもわかってる。
この人がオレの代わりに入ってくれたことも理解している。
きっと、これがこの人じゃなくまたまったく違う男だったのなら、オレもこんなに心を乱すこともなくて。
他の男なら、もう今はオレが透子の気持ちをちゃんと掴まえているのだと自信を持てているし、相手にもしないかもしれない。
だけど、やっぱり。
どうしてもずっと適わなかったこの人には、オレはきっとずっと意識し続けてしまうのもわかっていて。
あんなにも透子が好きだったこの男を、やっぱり恋愛でも仕事でも超えたいと思ってるのも事実で。
だけど、自分の中で、そんな感情をグッと抑えて、気持ちを落ち着かせる。
「そうですか。オレはまだ仕事残ってるんでこの辺で」
というか、正直もうこれ以上いるとオレが動揺しているのがバレそうで、話を切り上げる。
この人にも、透子にも、今のオレが頼りないと思われたくない。
こんなことで動揺して、ちっぽけな嫉妬で惑わされる小さい男だなんて知られたくない。
だから、オレは二人にそう告げて、気持ちがバレないうちにその場を後にする。
だけど、背中を向けたこの瞬間でさえ、もう二人の様子がホントは気になって。
この後二人でどこに行くの?
二人で何を話すの?
久々に二人で過ごす時間が、もしかしたら取り返しのつかないことになるかもしれないのに。
この時間で、透子は本当にあの人にまた惹かれてしまうかもしれないのに。
だけど、今のオレはそれを止めることも出来なくて。
今はただオレはこの会社を守ることが最優先で、それを選んだことは、少なからずこういうことになることも受け入れなければならない。
だからオレには何も言えないとわかっているのに。
だけど心の奥の方では、どうしようもない不安と心配でどんどん覆われていく。
オレはまだそんなことも跳ね除けるくらいの自信さえもまだ持ててなかったのかと、自分でガッカリするほどに。
「樹・・・。大丈夫か?」
ロビーを歩いて社長室へと戻っている途中で、隣にいる神崎さんが声をかけてくる。
「・・・え?」
「お前すげー顔してるぞ」
「・・・だろうね。自分でもそんな気がして、バレる前にあの場所立ち去った」
神崎さんと二人になれば、気を遣うこともなく、オレは素の感情が出てしまう。
きっと今のオレは余裕もない表情で、だけど嫉妬と自分にイラついて、しかめっ面なんだと思う。
「まだまだだよなーオレ。頭ではわかってんだけどさ。今は透子への気持ち我慢してこっち集中しなきゃいけないって」
「そういえば今回のプロジェクトをきっかけに大阪支社からなかなかのエリートを本社に戻らせたって耳にしてたけど、さっきの人だったんだな」
「あの人さ。透子の前の男・・・」
「えっ?あの? ・・・なるほど。だからお前そんな余裕ない顔してるわけね」
神崎さんにも、オレがまだ透子に片想いしてる時、忘れられない男がいたということを相談してたこともあって。
オレがずっと超したくても超せない相手だということを、神崎さんは知っている。
「皮肉だよな。オレがプロジェクト離れたと同時に、一番恐れていた昔の男がまさか戻って来るなんてさ・・・」
なんなんだよ、このオレのマヌケさは。
結局またあの男が全部いいとこ持って行くって?
仕事も透子の気持ちも全部またかっさらっていくつもり?
修さんの店であの男に会った時。
あの瞬間オレが透子の彼氏のフリしたのは。
間違いなくあの男が透子にまだ未練があるって感じたから。
だからオレはようやくあの時あの男から奪えたと思えたのに。
さっきのオレに対しての言葉も、間違いなく、仕事に対しても透子に対しても、牽制していた。
「何? 樹、自信ないの?」
「どう・・かな・・。自分ではここまで時間かけてその自信つけたつもりでいたんだけどね」
自分の気持ちは変わることない自信はあるけれど、透子が変わらない自信は、正直まだなくて。
きっと透子はまだオレが透子を好きな気持ちほど、きっとオレを想う気持ちは大きくないから。
オレが透子を好きすぎて、透子にも同じ気持ちを求めてしまいたくなる。
だけど、きっとそれは無謀だってわかっているはずなのに。
二人の前ではカッコつけてなんでもないフリして、その場を立ち去ったくせに。
実際のオレはこんな時でも嫉妬してしまうほどの小さい男で。
ずっと適わない相手だからこそ、プライドが邪魔してしまう。
今の二人は、昔の二人とは違うということもわかってる。
透子があの男じゃなく、きっとオレを選んでくれるって信じてるけど。
だけど。
わかってるのに、いざ二人並んだ姿を見ると、あの時の透子を、あの時の二人を思い出してしまう。
お互い嫌いになって別れたわけじゃないのなら、もしかしたら・・なんて。
あまりにもやっぱり二人は似合いすぎてたから。
認めるのが悔しくなるほど。
若すぎるオレには、あの頃は、まだどうやったって透子の隣には立てなかったから。
透子を夢中にさせるほどの自信もつけてなかったし、到底そんな自分になんて程遠かったから。
だから、ようやく自信をつけて、透子に気持ちを伝えて、それでもう大丈夫だと思ってたのに。
だけど、いざその時が来て初めて気付く。
まだまだオレにはそんな自信もついてなくて、透子が離れていきそうで不安になるだけなんだと。
今も昔もまだ結局何も変わっていないということを。
だけど、それと同じように、その頃から変化したことにも気づく。
今は、その頃よりも、もっと透子が好きだということに。
今は、誰でもなくオレが透子を幸せにしたいということに。
それだけはあの男にも誰にも負けない想い。
「大丈夫なんじゃない?もう。樹そんな心配しなくても」
「え、なんで?」
すると、そんなオレの気持ちとは反対の言葉を神崎さんが口にする。
「オレが見た感じだと、望月さんは多分前の彼氏には気持ち戻ってないような、そんな気がしたけど」
「なんで神崎さんがそんなこと言えんの」
「いや、望月さんも切なそうにずっとお前だけ見つめて気にかけて不安そうにしてたから」
「・・・ホントに?」
オレはあの瞬間、実際は余裕もなくて、あの男に甘く見られないようにただ必死に振るまっていて。
そんな透子の様子には気付かなかった。
「あの様子じゃ彼女も樹と同じように不安になってるんじゃない?」
本当に透子もそう感じてくれてるのだろうか?
あぁ・・今すぐ本当は後を追って引き止めたい。
二人で行くな、ってオレが連れて帰りたい。
だけど・・・。
「ねぇ、神崎さん。今日中に仕上げなきゃいけない仕事、あとどれくらいで終わる?」
「う~ん。そうだな。樹の頑張り次第なら2時間もかからないくらいかな?」
「了解。絶対2時間で仕上げる!」
「おぅ。頑張れ」
今これを投げ出せば、ただ中途半端なだけ。
それだとまた何も変わらない自分だから。
今はただこれを仕上げて、ちゃんとしたオレの役目を果たして、それから会いに行く。
透子もきっとオレと同じ想いなのだと、そう信じて。
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