「フフッ、気付いたね」
ドヤッと胸を張る日本史BL検定対策講座担当講師。
「鳥獣戯画は、擬人化された動物たちの日常風景を可笑しみある絵で描いたものとして有名だけれど、そっちは近年発見されたものなんだよ」
有名な鳥獣戯画と一見そっくりに見えるが、よくみると一部ポーズに「?」と思う箇所がある。
調べてみると、某コミックマーケットで販売されている同人誌でよく見られる特殊なポーズに似ていると判明した。
発見された場所にちなんで『中崎古舗寺伝動物姿態画』と登録されているのだが、研究者のあいだでは次第にこのような名で呼ばれるようになったのだとか。
「その名、鳥獣*腐*戯画!」
「はぁ……」
蓮のドヤ顔に、梗一郎は微妙に口元を歪ませてシャーペンに視線を転じた。
「たしかに。本家でも相撲を取ったりしてますもんね」
「ほ、本家って言っちゃいけないよ! こっちだって立派な本家なんだから」
「すみません」
気に入ったならあげるよと言われ、梗一郎は明らかに戸惑ったようだ。
「べ、別に気に入ったわけじゃ……」
「でも、まじまじと見てただろう」
「見てません!」
しかし、否定の声など蓮の耳には届いてはいない。
「シャーペンの絵だけじゃよく分からないだろ。本物は6メートルからなる絵巻なんだから」
──コレが6メートルも……。
呆然と呟く梗一郎。
「隣りの県で特別展をやってるよ。発見されたばかりの絵巻をじっくり見られる機会なんてそうそうないからね」
本物のもつ輝きを体感してくるといいよと言われ、梗一郎の頬がひくひくと引きつった。
「今日の講義でやった弁慶・義経あたりの時代に描かれたものじゃないかって言われてるんだ。本家もそのくらいの年代だし」
「先生、本家って言っちゃってます……」
「い、いやだな。言ってないよ!」
「言ってます」
蓮は困ったようにキョロキョロと汚部屋を見渡して、それからしたり顔で続けた。
「この絵巻の作者は動物の姿を通じて何を表現したかったのだろう。確立されたばかりのBL史学に大きな影響を与える世紀の大発見なのではナイダロウカ」
誤魔化したなと、梗一郎が苦笑する。
「君も日本史BL検定合格を目指すなら勉強しておいて損はないよ。あの検定、出題傾向がまったく読めないから。もしかしたら次回は鳥獣腐戯画をテーマに小論文を書けっていう試験かもしれないし」
「いや、僕は検定試験は……」
「エッ? 受けないのかい?」
今日イチの大きな声に、梗一郎は申し訳なさそうに肩をすくめてみせる。
「その……実は、BL学にはあまり興味が……」
「じゃあ、何でこの講義受けてるんだい?」
「そう言われれば、そのとおりなんですけど……」
至極もっともな問いである。
梗一郎は言い訳を探すように、鳥獣腐戯画シャーペンに視線を落とした。
「先生の授業が面白いから、じゃダメですか?」
「ダメだよっ!」
バッサリである。蓮は言い切った。
「小野くん、君とっても優秀なんだから日本史BL検定受験しようよ。日本史BL学を追求しようよ!」
あまりの熱量に、反射的にだろう。
梗一郎が良い笑顔を浮かべた。
授業では緊張してガチガチだった先生が、今はすっかりリラックスしてくれたんだと良いほうへ考えたのか。
「BL学は今は学界でも亜種、イロモノ扱いされてるけど。でもね、歴史上の人物に寄り添って心情を紐解いていくことで、事件や政治決定の裏にある深い思いを読み解くことができるんだよ」
これまで学問として切りこんでこなかった新ジャンルなんだよとの叫びに、本棚の上で絶妙なバランスを保っていた書類がバサバサと落ちてくる。
蓮の言葉よりも、散らかるゴミが気になる様子の梗一郎。
新米講師は、そんな生徒の前にすっくと立ち尽くした。
「よし、君を俺に夢中にさせるように頑張るよ。あっ、違った。俺の講義に夢中にさせてみせるから! そして日本史BL学のトリコにしてやるんだ!」
そう宣言した蓮の前で、梗一郎の肩がプルプル震える。
「小野くん?」
「は、はい……?」
感動して泣いているのかと思ったら笑っていた。
覗きこんだ顔は、ほんのすこし赤い。
「何がおかしいんだい? ホッペが赤いよ? 小野くん、大丈夫か?」
コクコク頷く梗一郎。
「……それなら、とっくに夢中ですよ」
「えっ、何か言ったかい?」
さりげない告白は、残念ながら連の耳には届いていなかったようだ。
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