「それって、面識ない奴が行ったら変ですかね」
俺の言葉に高野さんは怪訝そうにする。
「クロの飲み会?」
俺は頷く。
「なんか先輩方からよく話聞くし、天才だって評判だから同じ作詞作曲するギタボとして会ってみたいというか……」
純粋に興味があるのは嘘ではない。だからこれは半分本音、半分建前。もう半分はおそらく藤澤さんと過去に何かあったであろうこのクロダシュンという男をみてみたい、というもの。俺の言葉を信じたらしい高野さんはなるほどね、と頷く。
「別にいいんじゃないの。道下に聞いといてやるよ。それに飲み会は人が多いほうが楽しいし」
最後の言葉には同意しかねるが、俺はありがとうございます、といって頭を下げた。しかし会ってみてどうしようというのか。ただ見てみたいという野次馬根性だけではないのは確かなのに、自分が今どうしたいのかが自分ではわからなくて、複雑な気分だった。
―――
「決めた」
恒例となりつつある喫茶店で、綾華はクリームソーダのアイスをスプーンで器用に崩しながら言った。
「私はあのメンバーならやる。1人でも揃わないならやらない」
つまり、と彼女は手を止めずに続ける。
「もっくんがちゃんと涼くんを引き込めるか次第ってこと」
俺は頭を抱えた。
「あ~なんでそういう条件つけるかなぁー!もういいでしょ、素直にやるっていってよ、変に圧力かけないで!プレッシャー弱いの俺!」
「嫌。だってこっちだって人生かけるんだからそれくらいの意気みせてもらわなきゃ。それにさっきの話聞いちゃったら余計にね」
さっきの話、というのは黒田さんと藤澤さんの話だ。この間藤澤さんが俺と「シュン」を間違えた話は隠したままで、二人がどんな関係性だったかとか黒田さんがどんな人なのかを聞き出そうとしたのだが。
「えー、あくまで勘だけど、何もないってことはないよね」
「と、いうのはつまり……?」
綾華は少し声を潜めてこちらに顔を寄せる。
「付き合ってたんじゃないかと思うの。少なくとも涼くんは黒田さんのこと好きだったと思う……黒田さんはメンバー以外と全然関わらないので有名だったから、特に女子とは。だから全然面識なくてわかんないけど」
やっぱりか……と俺は思わず呻く。
「バイト終わりに黒田さんが迎えに来たことも何回かあって……待って?やっぱりってなに?」
綾華が目を光らせる。
「あ、いや、特に理由はないけど、なんとなくそうなのかなって思ってただけで……」
たじろいでしまう俺の様子に、綾華はふうんと興味深そうに頷いた。
「まぁいいや。でもなんで急に黒田さん?」
「あぁ、それは、来月……といってももうすぐだけど、黒田さんが留学先からちょっとの期間帰ってくるらしくて。それで面識ある人たちで飲み会するだろうから混ぜてもらうことにしたんだ。藤澤さんも参加するだろうから何かきっかけになればとも思って」
「なるほど、元恋人との再会ね~。これはピンチと心配になったわけだ」
なんかちょっと楽しんでないかこいつ。
「二人が元恋人同士と決まったわけじゃないだろ、だいたい男同士なんだし単にめちゃくちゃ仲良かっただけかも」
「それも今度の飲み会の雰囲気とかで分かっちゃうんじゃない?」
なるほどねー、そういうことかー、と傍から見たら分かりにくいが、かなり楽しそうな様子の彼女は何か考える風に視線をめぐらす。よし、それなら、と姿勢を直してクリームソーダ用のスプーンを手に取る。
「決めた……私はあのメンバーならやる。1人でも揃わないならやらない」
かくして俺は、失敗すればドラムもキーボードも揃わないというミッションを抱えながら、夏休みに突入し、例の飲み会に参加することになったのである。
夏休みに入ってわりとすぐに開催されたそれは、思っていたよりも大規模なものではなかった。黒田さんに会いたいという人は多いようだが、本人があまり大勢の飲み会が好きではないらしい。それでもメンバーのほかに交流の多かった同期、先輩を中心に10人ほどが集まっているらしい。高野さんと待ち合わせて店に入った俺は、さっと店内に視線を走らせる。藤澤さんがまだ来ていないようだけど、メンバーなんだし来ないってことはないよな、たぶん。高野さんがおぉ、と声をあげる。
「ひっさしぶりだな~クロ、さらに痩せたんじゃない?」
「高野さん」
何人かに囲まれて談笑していた男が立ち上がる。以前みせてもらった動画では画質が悪く、顔だちまでははっきりと分からなかったが、想像していたよりも優しげで中性的な顔立ちの男だった。
「お久しぶりです、また今年も3年生なんですっけ?」
揶揄うような口調。柔らかな低い声は、思ったよりもよく通る。
「安心しろよ、お前が来年戻ってくる頃にはまた俺が先輩でお前が後輩だ」
クロは留学分もっかい3年生だもんな、と得意げに笑う高野さん。いいのかそれで。
「あ、それなんですけど」
と何か言いかけた黒田さんが俺の存在に気づく。その目線に気づいたのだろう。高野さんが
「あ、こいつが前に連れてっていいか連絡した1年生。学祭で……」
「大森元貴くん、だ。俺も話に聞いてお会いしてみたかったんだ、今日はありがとう」
自然に差し出される右手。その目に気を付けてみていなければ気づかないくらいわずかな冷たさが一瞬だけよぎって、俺はその手を取るのを躊躇してしまう。固まってしまった俺を怪訝そうに見る高野さんの様子に気づき、俺は慌てて
「いえ、こちらこそ、ありがとうございます。すみません、皆さんから話に聞いてて憧れてたから緊張しちゃって」
と手を取った。
「そんな、とんでもないよ」
と黒田さんは笑う。
「みっちー……道下から学祭の動画送ってもらって見たんだ。ほら、藤澤とも元々組んでたのは知ってると思うんだけどそれもあって教えてもらって。あのライブ本当にすごかった」
あれは、とつい言葉が口をついて出る。
「俺一人じゃ作れませんでした。ここにいる高野さんのベースもそうですし、山中さんのドラム、ギターは俺の幼馴染なんですけど彼の音も、それから……藤澤さんのキーボードも。どれか一つでも欠けていたら作れませんでした」
その瞳をじっと見返すと、黒田さんはさりげなく逸らす。
「それぞれの個性が生きてるいいパフォだった。……練習大変だったんじゃないですか?」
ぱっと高野さんに目線を移す彼。高野さんは苦笑してみせた。
「まぁね、結構ぎりぎりまで修正重ねたよな。元貴はこだわり強いし、でもそれがさらに曲をよくするって分かってたからみんな必死で。実は俺練習で上手く弾けなくて泣いた。若井も例のフレーズで苦戦して泣いてたよな。いちばん泣いてたのは涼ちゃんだけど」
はは、と黒田さんが笑う。
「涼架はすぐ泣くから……泣き虫なのは変わってないんですね」
少し顔を伏せて笑う際に何かが耳元で光を反射することに気づく。ピアスだ。俺ははっとして思わずそれを見つめる。
彼の右耳に光るピアスは、確かに藤澤さんのものと同じものだったのだ。
コメント
12件
んーーーーもう心臓バクバク
え!3人で話しちゃうのー( ´⃘⃚ д ´⃘⃚ )びっくりした𐤔𐤔𐤔 これからの展開がめっちゃ楽しみ!
はうっ!! 名前呼びだっ💦 続きが気になります✨ く、黒田さん…。