青みがかった緑色が特徴的なストーンピアス。傷は入っていないが間違いなく藤澤さんのものと同じだ。そのことに気づいたちょうどその時
「ごっめんなさい、遅れましたぁっ」
慌てた様子で走り込んできたのは藤澤さんだった。思わずぎくりとして声のほうに視線をやる。道下さんが呆れたように
「藤澤が最後やぞ」
と声をかける。
「あえー、皆さん本日はお集まりいただき……」
「いやお前が挨拶するんかいっ、ここはクロやろうが!」
ボケをかます藤澤さんに綺麗にツッコミを入れる道下さん。場に笑いが起こり、和んだ雰囲気になる。こちらをみた藤澤さんがぱっと表情を和らげた。
「わっ、久しぶり!クロ!」
その表情には翳りひとつない。そのままこちらへ近づいてきて、俺の姿にも気づき、あれっと声をあげる。
「大森君も来てたのね!」
「あ……前に動画見せてもらってから黒田さんともお話してみたいなーって」
「えー!そうだったんだ!ていうかクロ痩せたんじゃない?」
黒田さんも特に動揺した様子などもなく、苦笑してみせる。
「皆に言われるよ……向こうの食事が最初あんま合わなかったせいかな」
「え~!ドイツって何だろう、ソーセージとか?」
他にも有名なのあるよ、と笑いながら説明をしだす黒田さん。いたって普通で、自然な、久々に合う友人同士の会話。何の違和感もない。……藤澤さんがやたらにテンションが高いのを除けば。しかも楽しくて、というようなものではなく、何か無理をしているような、空元気とでもいえばいいのだろうか。本当にわずかな違いなので、俺のように注意してみていなければ分からないくらいではあるのだが。
「こら、そこ!久々に会ってテンション上がるんは分かるけどな!とりあえず席について乾杯させろ、藤澤のせいでお預け食らっとるんや!」
道下さんの掛け声で、藤澤さんが、わーごめん!と謝り各々が席に着く。今日の藤澤さんは髪を縛っていない。そのため右耳にあのピアスがついているかは見えないが、左側の髪だけ耳にかけているため、そこに俺のあげたピアスが光っているのがみえて、なぜか少しだけほっとする。
乾杯を済ませると、皆こぞって黒田さんの近況を聞きたがり、思い出話にも花が咲く。当たり前だが俺はアウェーなので、高野さんの横で目立たないように小さくなりながらコーラをちびちび飲みつつ、黒田さんと藤澤さんの表情をうかがっていた。心なしか、コーラも少し苦く感じる。
「向こうにもギター持ってってるんだろ?曲は書いてないのか?」
いや、と黒田さんは首を振る。
「まぁギターは一応持っては行ったんだけど、忙しくて……。できることなら向こうの研究室に残りたいからさ、やれることなんでもやろうって、それだけで今はいっぱいいっぱいなんだよね」
なんかすげぇなぁ、と誰かが感嘆の声を漏らした。
「でももったいないよなぁ、あんなにすごい曲かけるのに。また4人のライブ観たいけどな~」
「可能性としてはゼロではないかもってことで、一応俺たちは『活動休止』ってことにしてるんだ」
それも面白いな、と誰かが笑った。何が面白いものか、と俺は内心毒づく。そんな風に言ったら、ずっとそれに心のどこかで縛り付けられてしまうかもしれないのに。
「ギターボーカルは研究者、ベースは中学校の先生だっけ?キーボードは小学校の先生で、ドラムが牧場主か~」
「ちょっ!俺は実家継がんよ!牛なんてもう散々なんや!」
道下さんの悲痛そうな叫びに周りがどっと爆笑する。藤澤さんはいつもと変わらない調子でにこにこ笑っている。なんだろう、やけに周りの音が頭に響く。俺は何とか周りに合わせて笑いを浮かべてみるが、どうにもうまく笑えている気がしない。
「でもライブと言えば、今年もすごかったよなぁ」
急に視線がこちらに集まる。
「どうするんだぁ~?期待の新人、大森君」
隣に座っていた先輩が肩に腕を回してくる。結構酔っているらしく呂律が怪しい。
「え~、どうするって何がですか?」
引き攣ってしまいそうになる笑みを、コーラを飲んで何とかごまかす。
「お披露目ライブだよ!例年新入生バンドが出るけど、今年は特別に新入生が含まれてれば学年ミックスバンドもオーケーてことにしようかって言ってんだよちょうど。どうなんだ?こないだは仮バンドとか言ってたけど新入生で新しく組むのか?」
ずばっと切り込まれ、俺は思わず視線を彷徨わせる。逆側の隣に座っていた高野さんがここぞとばかりに俺に抱きついてきてアピールに走ってくれる。
「なんだ、お披露目ライブでミックスバンドが許されるなら、もうこのままでいいだろ元貴。俺を見捨てるなよ~ライブしたいよ~」
ナイスアシスト!と心の中でお礼を言いながら、藤澤さんのほうを見る。
「お、俺も、あのメンバーで出来たら嬉しいなって思ってます」
うわ、どもった。最悪。それでも俺は真っ直ぐに藤澤さんを見つめる。アルコールでほんのりと朱に染まった顔に明らかな動揺の色をのせる彼。何か言おうと口を開きかけたとき
「でも涼ちゃん、教育実習もあるしこれから忙しいんだろ」
口を挟んだのは黒田さんだった。
「えーでもとりあえず学祭と同じ曲ならそこまで練習詰めなくていいし、いけんだろ~」
酔った風に間延びした口調で高野さんが応戦する。
「そういうこというと向こう見ずに涼ちゃんは引き受けちゃうんで。ていうか高野さんだって来年4年になるなら就活始めなきゃでしょ。サークルに時間かけてる暇なくないですか」
「ちょっとクロ、先輩に向かってそんな言い方……!」
藤澤さんが慌てた様子で制止に入る。
「ていうかなんでクロが口挟んでくるわけ?涼ちゃんがどうしたいかだろ」
「それは……!」
何か言いかけた黒田さんは、そこで気がついたように口をつぐむ。
「すみません。ただ一緒に組んでた身としては涼ちゃんが頼まれたら断れないし無理する性質なの分かってるんで、心配になっただけです」
頭がぼうっとするせいで静観を決め込んでしまっていたが、慌てて俺も声を形にする。
「もちろん無理に、とは言いません。でも俺、あのライブめちゃくちゃ楽しかったんです。あのメンバーだから作れた場所だったって思ってる。……藤澤さんはどう思いますか」
祈るように、縋るように、彼を見つめる。藤澤さんと視線がぶつかり合う。周囲の視線も痛いほどに俺たちに注がれる。あぁ、なんでこんなところにテーブルがあるんだよ邪魔だな。今すぐにでも駆け寄って彼の手を取って、こんなとこ抜け出してしまってから彼の答えを独り占めしたい。
「僕は……」
藤澤さんが口を開く。思わず腰を浮かせたその時、急に視界がぐにゃりと歪む。あれ?と思う間もなく倒れそうになったところを誰かが支えてくれる。
「大森君!」
これは藤澤さんの声。
「元貴っ!」
これは高野さんだ。
「お前っ!俺のコークハイ飲んだな!」
高野さんの声が遠い。んな紛らわしいもん頼んでんなよ!と薄れゆく意識の中で八つ当たりだと分かりながらも彼を恨めしく思った。
コメント
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もっくん酒呑んだの! めっちゃバチバチで面白い展開だー( ˶>ᴗ<˶)
うわぁー!黒田さんともっくんがバチバチだ! もっくんお酒飲んじゃってどうなっちゃうんだろう、続きが楽しみすぎる
クロすわぁんも元貴すわぁんも涼ちゃんのことで必死になってんの可愛い