テラーノベル
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夏休み前。
一学期の終業式を終えた、その日の午後――。王立魔法学院の正門前には、生徒たちを迎えに来た各家の馬車が、ずらりと列を作っていた。
校門の脇で、ウィステリア伯爵家の迎えを待っていると――。
「お気をつけて、お姉さま。……本当は、一秒たりとも離れたくないですっ」
柔らかな手が、私の手をぎゅっと包み込んだ。フローラが、今にも泣き出しそうな瞳で見つめている。
「私も寂しいわ。フローラも元気でね」
(もう、泣き顔すら可愛い……!)
(推しにここまで想ってもらえるなんて、幸せすぎるわ!)
フローラは何度もこちらを振り返りながら、エミリア子爵家の馬車へ乗り込んでいった。
「やあ、バイオレッタ」
入れ替わるように現れたのはレオン。
「僕は王都へ戻るから、ここでお別れだね」
ごく自然に、私の手を取る。
「何かあったら、すぐ君のところへ駆けつけるよ」
そして当然のように――。指先へ、ちゅっ。
「ちょ、レオン!」
「あはは。また休み明けに」
悪びれる様子もなく笑い、黄金の装飾が施された王室馬車へ乗り込んでいく。
(まったく……!)
(隙あらばナチュラルにスキンシップをねじ込んでくるんだから!)
その時。背後から、とんでもなく重い気配を感じた。
「…………」
「……な、何よ?」
振り返る。アレクがいた。何も言わず、ただじっと私を見下ろしている。
「アレク?」
「……気をつけろ」
「……え? それだけ?」
「ああ」
そう言いながら、じっと私を見つめている。いつもの威圧感はどこへやら。なんだか、妙に寂しそうだ。
(……何よ、その顔)
(そんな顔されたら、後ろ髪引かれるじゃないの……!)
「あなたもね!」
「……?」
「訓練で怪我とかしないようにしなさいよ!」
「…………ああ」
ほんのわずかに。アレクの表情が緩んだ気がした。ちょうどその時、ウィステリア伯爵家の紋章が入った馬車が到着する。
「じゃ、じゃあね!」
妙に恥ずかしくなって、私は逃げるように馬車へ乗り込んだ。
***
馬車が学院を離れ、窓の外の景色が流れていく。手首には、レオンからもらった魔獣収納具(ケージ)。ルピは今頃、中ですやすや眠っているはずだ。
「…………」
正直、実家へ帰るのは気が重い。
ウィステリア伯爵家。病に伏し、今ではほとんど意識の戻らない父。私を疎む継母・ベラドンナ。その連れ子である義弟。おまけに、毒乳母のミレーヌ。
(まあ、一か月だけよ)
(離れに籠もって、本でも読みながら平和にやり過ごせばいいわ)
花月夜れん
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世羅 鈴🎨🎤
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ひより
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#主人公最強
伊織
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そう思っていた――その時。
「……お嬢様」
「?」
御者の声に、眉を寄せる。
(……この声)
(いつもの御者じゃない?)
「今日、いつもの御者はどうしたの?」
「きゅ、急な体調不良でして……」
「そう」
妙に歯切れが悪い。しばらくすると――。
「この先は工事中のため、迂回いたします」
「工事?」
そんな話、学院から配られた帰省路の通行情報にはなかった。
(いつもと違う御者に、聞いていない迂回路……)
(何かがおかしい)
そして――。
「……何、この匂い?」
甘ったるい香りが、馬車の中へ漂い始める。
「酔い止めの香草でございます」
「…………」
直後。強烈な眠気が襲った。反射的にハンカチで口元を覆い、窓へ手を伸ばす。
ガチャッ。
「……開かない?」
ガチャガチャッ!びくともしない。
(まずい……仕組まれた罠だわ……!)
けれど、もう遅かった。指先から力が抜けていく。視界が霞み――。そのまま。私の意識は、深い闇へ沈んでいった。
***
一方、その頃。王都へ続く街道では、一台の王室専用馬車が走っていた。
「…………」
車内には、なんとも険悪な空気が漂っている。本来なら別々に帰るはずだった、アレク、フローラ、レオン。なぜか三人そろって、同じ馬車に乗っていた。
原因は、ここ数日の長雨である。最初にアレクの馬車がぬかるみにはまり、脱輪。
そこを通りかかったフローラが、「まあ。お気の毒ですね、公爵さま」と窓から微笑んだ――その数分後。
今度はフローラの馬車まで、見事に泥へ沈んだ。結果。悪路にも強い王室特注の馬車を持つレオンが、二人まとめて回収する羽目になったのである。
「まったく。二人そろって脱輪なんて、仲良しだよね~」
「どこがですか!?」
「黙れ」
「ほらね」
レオンが肩をすくめた――その時。
「……っ」
アレクの表情が変わった。
「アレク?」
左手首を押さえる。手袋を外すと、金色の紋様が、淡く明滅していた。
「……警告だ」
「警告?」
アレクの顔から、すっと血の気が引いた。
「バイオレッタに、危険が迫っている」
「お姉さまに!?」
フローラが勢いよく身を乗り出した。
「どうして分かるの?」
レオンの問いに、アレクは一瞬だけ黙る。
「……俺は、ルピと《守護契約》を結んだ。バイオレッタに重大な危険が迫れば、契約紋が反応する」
「…………は?」
フローラの表情が固まった。
「今、なんと?」
「守護契約だ」
「お姉さまの使い魔に、勝手に何してるんですか!?」
フローラの背後で、植物の蔓がゆらりと蠢く。
「今すぐ、その契約ごとあなたを切り離して差し上げましょうか!?」
「好きにしろ」
アレクは微動だにしない。
「だが――今はバイオレッタを助けるのが先だ」
「…………っ」
その一言で、フローラが黙った。レオンも真剣な顔になる。
「……それ、禁忌魔法だって分かってやったんだよね?」
「ああ」
「本当に君は……」
レオンが額を押さえた。
「言いたいことは山ほどあるけど、それは後だ」
「居場所は分かるの?」
レオンが尋ねる。
「正確な場所までは分からない。だが、俺とルピの魔力は繋がっている。大まかな方角と距離なら辿れる」
アレクが目を閉じる。
「……ここから南西。距離からして、ウィステリア領の近くだ」
「南西……」
レオンが窓の外へ目を向ける。
「ウィステリアへ向かう正規街道とは、少しずれてるね」
「……つまり?」
「道を外れた事情があるか――連れ去られた可能性が高い」
「お姉さまが……誘拐……?」
フローラの瞳が据わった。足元から、ぞわりと蔓が伸びる。
「馬車を止めて!」
レオンの声に、馬車がすぐ停車した。制服の内ポケットから、黄金色のスクロールを取り出す。
「それは?」
「王族専用の緊急転移スクロール。王室に登録された地点へ一気に飛べる」
「なら、すぐにお姉さまのところへ!」
「場所が特定できてない以上、それは無理だよ」
レオンがスクロールを広げる。
「でも、ウィステリア伯爵家の領主邸なら登録されてる。まずはそこまで距離を詰める」
「だが、バイオレッタはそこにはいない」
「分かってる」
レオンがアレクを見る。
「近づけば、今よりルピの魔力を辿りやすくなるでしょ?」
「……ああ」
「なら決まりだ」
黄金の光が、三人を包み込む。
「どうかご無事で……お姉さま……!」
次の瞬間。三人の姿は、光とともに消えた。
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