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二、犯人捜し
卒倒した隣人は、他の人が運び出してくれた。
そして、イザは絶望に呑まれながらも、こんな事が出来る相手を想像していた。
魔王の配下、その生き残りが、復讐のためにやったのだろう。
最初はそう思った。
もしくは、田舎村出身の平民のくせに、魔導士となって魔王を倒し、叙爵したのが気に入らない貴族達。
だが、人であれば数人は必要な力技だ。
ならばやはり、魔王の配下……。
だが、名の通ったやつらは全て倒してきたはずだった。
ただ、魔族の力ともなれば、一人でも可能といえば可能だ。
「……戦った形跡がないのって……おかしいわよね?」
魔族が来たなら、フラガは戦うか、戦力差を読み取って逃げるはずだ。
そのはずなのに、部屋は何も乱れていない。
この小さなクローゼットの中だけが、血のりで汚れている。
それも、少しだけ。
生きたまま折りたたんで、最小の出血で済むように。
「魔族じゃない。そもそも、私の彼が住む場所を、どうして魔族が知っているというの」
人に溶け込むような真似を嫌う。
魔族は知性も高く、魔力も強い。
力でねじ伏せるのが彼らのやり方で、こそこそと人に紛れたりしない。
そもそもがその姿に、一目で魔族と分かってしまう。
角と、耳の形。
それぞれが独特の角を持ち、耳は総じて長くエルフのようでもある。
容姿は人に似るが、どれも気高い雰囲気を纏う。
下級の魔族でさえ、それなりの美貌を持つ。
領地文明を広げるのが、先に魔族であったら……人など、何かの家畜にされていただろう。
百年前から、突如として現れた魔族。
深い森や山奥にひっそりと暮らしていた彼らを、領地を広げた時につついてしまった。
まさか、遥か昔から高度な魔法を駆使し、人間と平行して存在していたなどと誰も気付かなかった。
「あいつら魔族は、こんな卑怯な手を使わない」
これは、身知った人間の犯行に違いない。
フラガが何も警戒せずに、家にあげる人間が、犯人だ。
でなければ……フラガが死ぬはずがない。
魔族ほどの力を持たない限り、彼が殺されるわけがない。
怒りと悲しみと、その極限の絶望の中でも……。
イザは、冷静さを失わなかった。
彼を弔うには、犯人を見つけなくては墓前で何も言えない。
「絶対に……見つけ出して八つ裂きにしてやる」
そう誓いながら、無残な姿のフラガを、可能な限り元の姿に、人の形へと整えていた。
重い彼の体を、ベッドまで担いだ。
魔力を操作して、そこらの男よりも力を出せる。
……そんな事に、魔力を使う羽目になるとは思いもしなかっただろう。
丁重に、丁寧に、手足を伸ばし、体を伸ばした。
おそらくは、最初に首をねじり折ったのだろう。
きっと、後ろから。
でなければ、爪かどこかに、抵抗した際に犯人の皮膚や肉片が、付いていたはずだから。
でも、彼の体はどこも汚れてはいなかった。
無抵抗のまま殺されたのだ。
まさか、という人物が犯人だと、イザは考えていた。
――とことん卑怯なやつだ。
フラガの体は伸ばしても、そこら中を折られたせいで、いびつにしか戻せなかった。
「フラガ……。愛してる。どんな姿になっても、愛してる。待たせて、ごめんなさい。魔導士なんかして、ごめんなさい。普通の娘だったなら……こんなことにならなかったのに」
――ごめんなさい。
何度も、何十回も、数えきれないくらいにイザは謝った。
愛する人を、まさかこんな風に失うなんて想像もしていなかった。
何年も待たせていたのに。
ようやく、一緒になれると思っただろうに。
同じ気持ちだった。
それが叶うところまで来たというのに。
その直前で、奪われてしまった。
「私のせいで……。私のせいだ……」
悲しみが深すぎて、今は涙さえ流れない。
感情にも時があるとすれば、そこだけが止まってしまったかのように。
**
フラガの遺体をベッドに寝かせて、しばらく眺めていた時だった。
ドアをノックする音と、聞き慣れた声が聞こえた。
「イザ。最後に会いに来た。居るなら開けてくれないか」
勇者の声だ。
勇者リーツォ。
彼は女好きで、旅の先々で女を抱いていた。
ほとんどが商売女だったから、イザは何も言わなかったが。
うわさでは、町娘を無理矢理強姦したという話も聞く。
だが確認のしようがなく、被害者も誰か分からなかった。
黒だろうグレーを隣に置いて歩く旅は、イザにとって最悪なものだった。
何よりも、リーツォはイザに恋人が居ると知りながら、何度も関係を迫っていた。
性犯罪者が勇者を名乗り、自分にも関係を迫るという状況だから、常に殺人用の魔法を即時発動できるようにしていた。
「リーツォ……」
こいつが犯人ではないだろうか。
リーツォも、自己強化の魔法くらいは使える。
フラガをこんな風に殺せる人間のひとりだ。
「今は誰とも口をききたくないの」
「どうしたんだ。俺達の仲じゃないか」
最後に口説きに来たというなら、正気とは思えない。
フラガと一緒に住んでいる事は、誰もが知っているというのに。