「運命だと?」
アルノールド・サバイ・コンタノールはこの国の第2王子である。運命なんて言葉を使った女は初めてと言いたいところだが、実は彼女で2人目である。目の前にいる初対面でファーストネームを口にする失礼な女は、アルノールドにとって更に不快でしかない。「運命なんて言うやつはろくなもんじゃない」と心の中で呟くのだった。
エミ・サイラは攻略対象の出会いのイベントで最初のセリフを呪文の様に言ったのだが、アルノールドの反応が違った事に戸惑っていた。
「そうです。運命です」
その様子を木の影から見守るエリナとラル。
私は暫く考えた後「ああ〜」と思い出したように言った。
「運命ねぇ〜。そう言えばずいぶん前に、運命かしら?って言ったら本気にして怒られたわね」
と心の声が溢れてしまった。
「?!」
ラルは目を丸くしてこちらを見たので、ニコッと笑って誤魔化してみた。
ラルは「はぁ〜」と深いため息をつき、軽く私の肩を抱くと
「お前、天然なのか煽ってるのか、頼むからやめてくれ」
「そうねぇ〜。気をつけるわ」
と意地悪そうに笑った。
そして、私とラルは暫く事の成り行きを見守る事にした。
「俺の名前を呼ぶ事を許しはしていないが?それに運命とはくだらない事を。お前何を企んでいる?」
アルノールドは怪しいという顔でエミを見ると、エミは戸惑ったように顔を強張らせた。
「ごめんなさい。でも、出会いのイベントだから、キーワードが運命で‥‥」
ため息をつくアルノールドは、彼女の横をすり抜けると、
「訳の分からない事をいって、俺の気でも引きたいのか?」
「いえ‥‥」
エミは目を潤ませると両手で顔を覆った。その姿にアルノールドはギョッとして、
「なんで泣き出すんだよ」
「ごめんなさい」
と謝るばかり。
私は面白い事になっているアルノールドをイジりたくてウズウズが我慢できず、隠れていたところから姿を現し、ラルはその場から様子を伺っている。
「泣かしたわね」
「わぁ?!あっ!なんでお前居るんだよ」
とビクッと体を動かしたと同時に顔を赤くして慌て出した。
「アルノールド様」
ニタァ〜と私。
「入学初日に女生徒泣かすってなかなか愉快な展開になっているわね」
悔しそうに睨むアルノールドは
「エリナーミア!お前があの時「運命」なんて言うから俺はあれ以来信じていないんだぞ!」
原因はエリナーミアかと頭を抱えるラルは内心ヒヤヒヤしてエリナの様子を見ている。
「だってあなたおバカ過ぎなのよ」
「なんだと、俺を馬鹿呼ばわりして、不敬だ!」
「はいはい、不敬です、不敬です」
と私は三つ編みおさげの片方を指でクルクルと遊びながら、
「教えてあげたのよ、王子というのは甘い言葉に振り回されて、下手こくのは如何なものか?ってね」
「な!」
「あなた警戒心薄いのよ。気をつけなさい、親戚だから言えるのよ〜」
と、気がついたら説教じみていた。
エミは何かを確信した様に顔を上げ、狙いが外れた苛立ちか
「あなた、アルノールド様狙いなの?」
とエミは私を睨むと更に
「フラグを折ったのは、私の邪魔をしてヒロインの座を狙っているわけ?」
とトンチンカンな事を口走る。
何が何だかフラグとか邪魔だとかヒロインとか言い出して、何となくこの感じ、前世で子供が言っていた「乙女ゲーム」の話に出てきた様な気がした。もしそうなら、彼女も転生者?なんて思うのだけど、私も転生者なのだから他に居てもおかしくは無い。正直、乙女ゲームがどんな物か分からず死んでしまったから、やっとけば良かったなぁなんて今更遅いけれど。
「まずは、エミ・サイラさん」
私は一応公爵家の令嬢であり、それなりの教育を受けてきた。相手は仮でも聖女様だ。それなりに自己紹介をしなくては、我が家の恥になる。
片足を後ろに引き、もう片方の足を軽く曲げ背筋を伸ばしてお辞儀をする、カーテシー。日本では馴染みがない。確かテレビで特集を見た事があった。イギリスのエリザベス女王にダイアナが見せたカーテシーは素晴らしかったと。まさか自分がやるとは。
「ごきげんよう。私はエリナーミア・ボンハーデン、以後お見知りおきを」
とやってみたのだか、まんまと流される。
「地味なランドリュース・ボンハーデンの妹さんでしょ。私を馬鹿にしたいの?モブのくせに」
と、生意気な言い回しでエミは言う。私は多少イラッとするが、中身52歳自分をコントロールしてかまわず、
「うちの愚兄をご存知とは、さすが聖女候補様」と言うとアルノールドをチラッと見て「あんたもそれなりに対応しなさいよ」と目からビームを出してみる。
更に「アルノールド様?」(強めに言う)
アルノールドはバツが悪そうな顔で
「分かったよ」
と開き直る。
聖女とは王家と並ぶ尊い存在。エミが聖女になった場合、後々アルノールドが困る事になる。仮でも聖女だからだ。
「泣かせて悪かった。あなたが聖女候補様だと知らず、強い言い方をしてすまなかった」
と頭を下げた。
「いいえ、私の方こそごめんなさい」
エミはそう言うと、私の方をチラッとみて何かを考えてからまた口を開いた。
「あのぉエリナーミアさん、ランドリュース様を紹介してくれませんか?」
今度は猫撫で声を出して擦り寄ってくる。
まったく何を考えているのか知らないけど「頭沸いてるのか?」と思う私である。
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