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「呼び出してスマンな。
緊急事態ってワケじゃないんだが」
「ああ、それはミリアさんから聞いてますので……」
ギルド長から急な呼び出しがあり、私は常連となった
支部長室で、ジャンさんと対峙していた。
またソファの後ろでは、レイド君とミリアさんが
待機している。
ドラゴンのアルテリーゼさんが来てから1週間後、
私はいつもの日常に戻り、漁・猟・料理に精を出す
日々を送っていた。
特に魚については、週に200匹ほどを町へ供給して
いたのだが、水魔法の飼育による巨大化に成功後、
今では町に売る分は1/5ほどに減少した。
数的には1/5だが、体長は約3倍、しかも3Dで
倍化しているため、体重比で言うと6~10倍程度に
なっている。
つまり食べる分自体は増加しているのだ。
値段は据え置きなので儲けはかなり減ったが、元々
町でのビジネスは利益度外視だったし―――
伯爵様に納める30匹分は減らしてはいないものの、
魚はそもそも利益が薄かったので問題は無い。
カーマンさんは40cm超になった一夜干しに驚いて
いたけど。
問題は、町の外へ出て漁をする機会が失われ、
手伝いをしてくれていた人たちの仕事が無くなる
恐れがあった事だが……
そこは新たな食材探索に切り替えて遠征するように
したので、失業率の増加は回避出来た。
「おお、そういえば例の詰め所―――
ミリアが喜んでいたな。
おかげで作業がすごく減ったって」
「ホントですよぉ~。
最初に依頼がふるい分けられるのって、とっても
助かります!」
そう、ここ数日で大きな変化があったのは―――
最初に作った鳥の飼育施設だろうか。
南側の農業地区に、新たに大きな施設を建設
したため、冒険者ギルド近くに残った旧来の
それの用途・再利用について、ジャンさんと
一緒に頭を悩ませていたのだが……
『雇用を増やして欲しい』と言われていた事も
あって、そこを交番のような詰め所にする事を
提案してみたのである。
鳥100羽を飼育するスペース&排水設備も整って
いるので、居住出来るように改築するのに、手間は
かからなかった。
こういう提案を思い付いたのは―――
この世界に来た初日の、ジャイアント・ボーアの事を
思い出したからだ。
あの時は軍と冒険者の混合編成で動く、という事
だったのだが……
よほどの緊急事態と見られない限り、ああまで即座に
動く事は無いらしい。
この町にもロンさんやマイルさんのように、
常駐している領主様の兵はいるものの、
軍イコール行政である以上、そう簡単に
動く事は出来ないらしく、
何か要請がある&事が起きた場合―――
・領主様(軍か兵)に頼む→基本無料。
だけどフットワークは恐ろしく重い。
お願いを聞いてくれるかどうかも不明。
・冒険者ギルドに頼む→有料。
状況次第では即座に対応してくれる。
という二極化になっていた。
そこでまず、どちらに頼むかを検討するための
『よろず相談所』として―――
また、依頼していいものかどうかの相談にも
乗るために、詰め所を設ける事にしたのである。
「依頼するのは勝手ッスけど……
ウチがやる事じゃねぇだろって依頼も、
チラホラあったッスからねえ」
不満を隠そうともせずにレイド君がグチを言い、
隣りのミリアさんもそれに続く。
「それにホラ、冒険者ギルドの中に入るのって、
普通の人だと結構難易度が……」
そういえば私も最初は、ガラの悪い酔っ払いの
冒険者にいきなり絡まれたりしたっけなあ。
確かに一般人に取ってはハードルが高いだろう。
そこで相談しやすいよう、『詰め所』の受付は
女性か若い冒険者にやってもらい、強面の人は
連絡役として―――
メンバー交代制で文字通り『詰めて』もらっている。
「いずれはお前さんの言う通り、領主サマの私兵も
派遣してもらうつもりだが……
今はまだ、ファム様・クロート様の婚約の件で
忙しいだろう。
頃合いを見て俺から言っておく」
「お願いします。
―――で、私をここへ呼んだ用件というのは……」
私の問いに、ギルド長は少し腰を浮かせて座り直し、
「王都にあるギルド本部から人が来る。
レイドの『お試し』をした連中が、シンにも
興味というか疑惑を抱いていてな……
テストをしたい、という事らしい」
ああ、確か王都で―――
レイド君が次期ギルド長に指名された事で、
試験のような事をされたって……
あからさまに面倒そうな顔をする私に、
立ったままの若い男女が慰めるように口を開く。
「まーまー、シンさんの実力なら一発ッスよ!」
「そうですよ!
ガツンとやっちゃってください!」
なぜか乗り気な2人とは対照的に、私とジャンさんは
裏事情を知っているので複雑な表情になる。
「んん~……
あんまり目立ちたくないんですけどねぇ」
「断る事も出来るっちゃ出来るが―――
そうすると余計、疑いが強まるかも知れん。
まあミリアの言う通り、一回目でガツンと
やっておいた方がいい」
ジャンさんの後ろでウンウン、と息ピッタリに
レイド君とミリアさんがうなずく。
「そういえば、どうしてお2人はこの場に?」
「レイドは次期ギルド長として、こういう話は
一応知っておいた方がいいと思ってな。
ミリアはギルド職員として、シンの意向確認後
いろいろと手続きをする必要がある。
訓練場の申請とか」
なるほど。となると話はこれまでだけど……
「おう、2人とも。
話は終わったから、もう退室して構わんぞ。
シンはこの後、増設したプールや浴場の拡張に
ついて話があるから残ってくれ」
やっぱり、これからの対応をギルド長と
話し合わないとならないよなあ……
と、彼の表面上の申し出を聞いてホッとする。
「へーい、そんじゃあまた……いだだだだ!?」
そう片手を振って出ようとするレイド君の頬を、
ミリアさんが片手で思いっきりつかむ。
「はい、でしょう?」
「い、いいじゃん別に……
今ここにはオッサンとシンさんしか」
彼の答えに、彼女の方はニッコリと笑いながら、
「レ・イ・ド・さん?
いい加減、次期ギルド長として公私は分けて
頂かないと困りますよ?」
「わ、わかりまひた……!」
そのまま、レイド君の頬をつかんだ手を放さず、
ミリアさんは一緒に部屋を出ていった。
「……はぁ。
隠居出来る日はまだまだ遠そうだ」
「はは……」
とはいえ、いい感じに肩の力が抜け―――
2人で本題へと入る。
「それで、来る人数は決まっているんですか?」
「悪いがわからん。
こういうのは正式な昇格試験じゃねーし。
言ってみれば、個人的に納得出来ないヤツが
勝手にイチャモン付けているだけだからな」
ぶっちゃけるなあ、とも思うが……
まあ実情はそんなものだろう。
「お前さんの『能力』なら、誰が来ても負ける心配は
ねーけどよ。
別の心配をしなけりゃならねえ」
「そうなんですよねえ……」
別に戦おうが倒そうがそれは構わない。
この世界の前提を否定出来るのだから、たいていの
相手なら戦う以前の問題だろう。
問題は―――
・自分が魔法を一切使えない事。
・任意で自分の常識外の事を無効化出来る事。
この2点を、どうにかしてバレないように
しなければならない。
「つじつま合わせや誤魔化しは、可能な限り
してやれるが……
それだって、今まではこの町や身内限定だった。
情報が欲しいな。
とにかく、相手が来たらいち早くお前さんにも
知らせるよ」
「お、お願いします」
深々と頭を下げ―――
そして上げたところで、ずい、とジャンさんが
顔を突き出してくる。
「それはそうと、シン。
お前さん戦えるのか?
さすがにいきなり無効化は誤魔化し切れんぞ。
やっぱりそこそこ戦ってからじゃないと」
もっともな疑問と心配だ。
異世界に来てからこっち、戦闘らしい戦闘なんて
した事は無いからな……
「えっと……
出来れば、訓練とかさせてもらえます?」
「! ……いいぜ。
俺も、魔法の無い世界での戦い方に興味はある」
こうして、ひとまずギルド長に稽古をつけて
もらう事になった。
なったのだが―――
「ゴールドクラスのギルド長と―――
ジャイアント・ボーア殺しか……
どっちが勝つと思う?」
「そりゃギルド長だろ?
いくら何でも」
「いやわかんねーぞ。
レイド、そしてギルやルーチェをあれだけ
強くしたヤツだし」
訓練場に入ると、なぜかギャラリーで満席に
なっていた。
100人くらいはいるだろうか。
「いや、何でこんなに人が……」
周囲を見渡して呆れていると、後ろから知った声が
聞こえてきた。
「そりゃあ、何たってシンさんですもん♪
ジャイアント・ボーア殺しにして―――
『血斧の赤鬼』グランツ討伐、そして
ワイバーンを撃墜した冒険者……
誰だって気になりますよ♪」
「それはそうかも知れませんけど……
何か喜んでません?」
解せないのはこのミリアさんの態度だ。
何でこんなに嬉しそうなんだろう?
首を傾げていると、今度は別方向から
レイド君が声をかけてきた。
「まあ、冒険者ギルドのイメージもかなり改善
されたッスからね。
こんなふうに、町の一般の人も興味を持って
来てくれたんで―――
それでミリアさんも喜んでいるんでしょう」
確かに、ところどころにギルドメンバーじゃない
見知った人の顔もチラホラと見える。
お世話になった職人さんや、足踏み踊りの
メンバーとして、子供を孤児院に預けている
親御さんもいるな。
そこへ―――
私の『対戦相手』が、のそりと姿を現す。
「別に一般人の出入りを制限していたわけじゃ
ねえけどよ。
元より、近寄り難いイメージに変わりは
無かったからな。
それが、観戦とはいえこうして人が
ギルドに来てくれたんだ―――
ずっと運営に関わってきた者に取っちゃ、
感慨深いぜ」
そういえば、最初に聞いていたギルドの
イメージって―――
『要はまっとうな仕事に就けなかった連中の
行き着く先』
だったっけ……
今は町の外へ出る仕事を除いては、浴場や建設で
ギルドメンバーとの混成も珍しくは無い。
実際に顔を突き合わせて一緒に仕事をすれば、
実情も知れるだろうし、何より収入源があれば……
あえて騒ぎや衝突を起こして仕事を失うような真似は
しないだろう。
「で、シンよ。
何を使うんだ?」
訓練場の片隅に置いてある、各種武器を指差しながら
ジャンさんは『得物』の選定を促す。
私はそこまで歩いて行くと―――
1メートル半程度の棒を手に取った。
振り返ると、ギルド長はすでに中央へ位置取り、
片手には木製の模造刀が握られている。
そこへ私が歩み寄ると、ギャラリーは一斉に
歓声を上げ始めた。
「ちょっと!
ただの訓練ですからね!?
果たし合いとかじゃないんですよ!」
私が両手を振って抗議するようにギャラリーに
叫ぶも、すぐに大歓声にかき消される。
「ムダムダ。
めったにない娯楽を見せると思って諦めろ。
それじゃ……そろそろいくぜ。
ジャイアント・ボーア殺し……!!」
ジャンさんが構えると、それまで沸いていた歓声が
一気に静まり、それを合図にするかのように自分も
また構える。
「ほぉ、やはり少しは―――
『やっている』ようだな」
棒術、などという本格的な事はした事が無いが、
基礎はそれなりに父親から『手ほどき』を
受けている。
それだけで素人ではない、と見抜かれたのか。
とはいえ、基礎は武道や格闘技のそれではない。
いわゆる『戦い方』の基本を、興味があったから
教えてもらったに過ぎない。
まず腰を少し落とし、体を斜めにする。
こうする事で前面からの攻撃に対し、当たる表面積を
小さくする。
次に、自分の前に縦線と横線で作られた十字を置く。
もちろんそういう想定で、だが。
そして右上・右下・左上・左下の4つに区切られた
空間を意識する。
「お手並み拝見―――といくかね」
言うが早いか、ジャンさんの木刀が迫ってきた。
自分から見て左上からの軌道……
それを、区切られた『左上』の空間内で、棒の先端を
外側へ回すようにして弾く。
『突く』ではなく、『振る』でもなく―――
コンパクトに円を描くようにして回す。
まっすぐに対抗するのではなく、回転させる。
そして続けざまに来た6、7発を、自分の意識した
空間に入って来たところを弾き返す。
彼も手加減はしているだろうが、何とか弾き返し
続け、お互いにいったん距離を取る。
「面白ぇな。
こんな奇妙な感覚は初めてだ。
力を受け止めるでもなく、押し返すでもなく……
別方向へ流すのか」
ジャンさんは、手にしている模造刀の剣先を
見ながら、冷静に分析する。
さすがに鋭い。
この打ち合いだけで、そこまで理解したのか。
元々、魔法・魔力が前提のこの世界―――
それぞれの能力の個人差があり過ぎる。
身体強化だってそうだ。
そもそも、技術や工夫は勝算、もしくは実力を
ある程度ひっくり返せる想定があって、初めて
考えるもの。
つまり、手を伸ばせば届くほどの実力差である
場合だけだ。
もし私がこの世界に生まれた住人で、そこそこの
身体強化を使えたとしたら―――
肉弾戦・格闘戦でジャンさんに挑もうと
思うだろうか?
いつか勝てると思うだろうか?
そうでなくても、彼は武器強化という魔法も
兼ね備えているのだ。
同じ土俵で戦って、小手先の技で何とかしようとは
考えすらしないだろう。
だから―――誰も考えない。
なのでレイド君とギルド長を手合わせさせた時は、
遠距離攻撃を徹底させたわけで……
「さてと、お前さんからは攻撃はしないのか?」
模造刀を肩に乗せるようにして、片手を上げて
挑発するように誘ってくる。
私は、棒を横にして背中に隠すように振りかぶり、
「……んっ!?」
彼の足元を払うようにスイングする。
ジャンプした後の何も無い空間を通り抜け、
「うおっ!」
その流れのまま、今度は斜めに振り下ろす。
足を狙った後の袈裟斬り―――
薙刀の技だ。
この世界には無いものだが―――それだけではない。
グランツとやり合った時や、ジャンさんとレイド君の
戦いを見て思った事だが……
単発での攻撃が多い。
全く無いわけではないが、格闘ゲームで
いうところの『コンボ』、『連撃』に
恐らく慣れていないのだろう。
だが、それ以上に彼は、『やりにくさ』を感じて
いるはずだ。
「ハハッ、ハハハッ!
人生とは驚きと発見の連続だな……!
こんな『戦い方』があったとは……」
彼は大きく後方にジャンプした後、歓喜の
笑い声を上げ、空白の時間が出来る。
「うぉう!?
ギルド長が逃げただと!?」
「シンが何かやったか!?」
「わからねぇ!
まだ魔法は何も使ってないように見えるが」
戦闘が止まった間に、ギャラリーが口々に自分の
思った事を語る。
もちろん、私には魔法は使えない。
地球だろうが、異世界だろうが―――
ただそれでもわかる事はある。
ジャンさんはゴールドクラス、地球でいうところの
達人級になっているはず。
それほどまでになると―――
『視線』で攻撃を読める。
次にどこを攻撃するのか。腕か。足か。
それとも頭か。
相手の視線の先を見て予測し動くのだ。
意識してか、それとも無意識にかはわからないが、
その域に達していると私は踏んだ。
だから私は、ジャンさんの『目』を見つめたまま
攻撃したのだ。
視線が一定のまま、別のところを攻撃される―――
闘争本能が高い人物は、睨まれたら睨み返す。
目を離さない。視線を反らさない。
そこに付け込むスキがあった。
しかし―――
達人級が見るべきところはもう一つある。
それは……
「あちゃー……
やっぱりそうなりますよねえ」
彼は無言のまま視線を外し、下に落とした。
それは私の足元……
そう。足の動きからでも相手の行動は予測出来る。
ていうか、だんだんジャンさんも本気になりつつ
あるような……
これ訓練ですよね? よね?
私がチラチラと彼の顔を伺うと、ニヤリと笑って
返してくる。
ああこれアレですね。
『まだ何かあるか、もっと見せてみろ』、と―――
やれやれ、と私が構え直すと、ジャンさんもまた
模造刀の切っ先を向けてきて……
同時に、舞台となった訓練場が沸き上がる。
「じゃあ、いきますか」
私は剣道のように棒を正面に構え、そして上段に
振り上げ、そのまま突進する。
隠す意図も何もなく、このまま振り下ろすという事を
宣言するような攻撃・動き。
さすがにジャンさんも目を丸くして一瞬驚いた
ようだが、すぐに冷静さを取り戻して、武器を
下に構える。
振り下ろす攻撃に対するカウンターのためだろう。
「てやあああっ!!」
「ふぅんっ!!」
次の瞬間―――
私の持っていた棒は、はるか上空を回転しながら
舞っていた。
誰もが、勝負あったと思っただろう。
しかし当の相手、ジャンさんは目を大きく見開いて
驚愕を隠せないでいた。
それもそのはず―――
私が振り下ろした棒は、手応えが無かったはず
だからだ。
そして私はそのまま彼のフトコロに入り込み、
彼の右腕をつかむ。
「捕った!!」
私が父から教わった、戦闘の基本……
『武器は外へ回せ、体は内へ回せ』
それまでの棒を使った戦いは、常に外側へ回す事に
専念してきた。
それは、危険を遠ざけるために他ならない。
そして『体は内へ回せ』というのは―――
人間の体の構造上に理由がある。
魔法だろうが異世界だろうが、同じ両手両足、
五体で構成されている人間である以上……
関節は逆に曲がるわけではないし、腕や足も
長く伸びるわけでもない。
これはやってみるとわかるが、腕をまっすぐにした
状態で外側か内側へ回した場合、外側へ回した方は
実は結構耐えられる。
逆に、内側へ回すとすぐに体をねじられ、自由を
奪えるのだ。
後は腕をねじって動きを止めるだけ……
と思った私の視界は、急に青空で埋められ―――
そして意識が飛んだ。
「……お?」
まず、見覚えのある天井を目が認識して、次いで
背中が柔らかな感触を伝えてくる。
そして、上半身を起こすと―――
「おう。起きたか、シン」
応接用のソファではなく、ジャンさんが専用の
机に座ったまま声をかけてきた。
どうやら、支部長室のソファの上に寝かされて
いたようだ。
足を床に付けようとしたところ、背中に痛みが走る。
「あまり無理すんな。
何とか受け止めたが―――
ちょっと力が入り過ぎちまってよ」
言っている意味がまだ飲み込めずに背中をさすって
いると、扉が開いて、
「ギルド長、シンさんの具合は……あ!」
「あ! シンさん!
良かった、気付いたんですね!?」
レイド君とミリアさんが私を確認すると、早足で
こちらへ向かい、そしてキッとした顔つきになって
今度はギルド長の方へ視線を向ける。
「ギルド長! いくら何でもやり過ぎッス!!」
「そうですよ!
あくまでも訓練って話だったでしょう!?」
すまんすまん、と苦笑しながらジャンさんは
立ち上がり、
「そうは言うが―――
俺だって必死だったんだぞ?
つい本気になった事は謝るが、手加減出来なくした
シンだって悪いんだぜ」
言い訳のように歩きながら話し続け、そして彼は
テーブルを挟んで私の前に座る。
「それでも、万が一があったらどうするつもり
だったッスか!」
「その通りです!
シンさんにもしもの事があったら……!」
尚も抗議する2人に、さすがに私も口を挟む。
「いやいや、こうして大丈夫だったんですから」
まあまあ、と両手を振って彼らをなだめつつも、
こうまで心配される存在になったと実感出来るのは
正直嬉しい。
すると彼らは続けて、
「シンさんに何かあったら……
この町の肉や魚や貝はどうなるッスか!?」
「それだけじゃありません!
多分もっと美味しい新作料理を作ってくれるかも
知れないのに!」
前言撤回。
私の感動を返せ。
「とまあ、半分は冗談として―――
とにかく無事で良かったッス」
残り半分は本気なのかいっ!
「あと、こう言っては何ですが、お二人とも……
若くは無いのですからもう少し自重してください」
「「うっ」」
彼女の言葉に、アラフォーとアラフィフの男2人、
深々と頭を下げる。
そして、改めて仕切り直して、何が起きたのか
話を聞く。
「それであのう、最後の方……
何があったんでしょう?」
正直、そこを全く覚えていないのだ。
ギルド長の右腕をつかんだところまでは記憶に
あるのだが―――
「何か、シンさんの棒が空高く弾き返されて、
でもその後に『捕った!!』って声が聞こえた後、
ギルド長を取り押さえたように見えたッス」
「え? そうなの?
アタシには、棒が弾き飛ばされた後、シンさんも
投げ飛ばされたように見えたけど……」
レイド君とミリアさんの見解は、それぞれ異なった
ものになる。
この辺りはまあ、戦闘員と非戦闘員の違いだろう。
実際、時間にしてみれば2・3秒の出来事だし、
さらに空中高く飛ばされた棒に、視線が集中するのは
無理も無い。
「ただ、取り押さえたと思った次の瞬間―――
ギルド長がすぐ元の体勢に戻ったかと思うと、
シンさんが空高く放り投げられていました」
レイド君の説明で、ようやく自分の身に起きた事を
理解する。
力づくで……多分、身体強化を使ったんだろうけど、
それで返された後にブン投げられた、と。
「それで、その後慌ててギルド長が落下地点まで
急いで―――
シンさんを受け止めたッス」
「それまではいい戦いだったんですけどね……」
慰めるように話す彼女に、私は首を傾げ、
「う~ん、でも……
ただの模造刀と棒での戦いでしたし、地味じゃ
ありませんでしたか?」
その質問に対する答えは、レイド君とミリアさん
2人がブンブンと首を左右に振って否定する。
「オッサンとあれだけやり合えるだけでも
奇跡ッス!!」
「訓練とはいえ―――
特に接近戦では、ギルド長を本気にさせた人なんて
今まで見た事ないです」
接近戦に限っては、無類の強さを誇るのだろう。
だからギャラリーがあれだけ沸いていたのか。
「でも……もっと激しく打ち合っていた事も
あったと思うッスけど。
最初は様子見でもしてたんスか?」
その時は多分、ギルド長も身体強化を抑えていて
くれただろうから……
とも言えず黙っていると、当人が口を開く。
「激しく打ち合うのは―――
実力に開きがある場合はそりゃそうなる。
同じ程度の実力であれば、大きく弾かれる事も
返される事もねぇ」
おおー、と、2人の尊敬を込めた視線が私に
釘付けになる。
誤魔化してくれるのは有難いけど、少々
気恥ずかしい。
「でも最後、思いっきり空高く放り投げられて
いたッスけど」
「あれで決着が付いたようなものですが、
どうして最後の方だけ……」
あー……
あそこだけ身体強化全開で使っただろうし……
やっぱりそこは2人も疑問に思うよねえ。
チラチラとギルド長の顔を下から見ていると、
彼は自信満々の表情で―――
「ありゃ、俺の『切り札』だ。
一瞬だけだが、身体強化をさらに倍化する事が
出来る。
最後に使ったのは何年前だったかな……」
すると今度は、2人が目を丸くしながら尊敬を込めた
視線を、ジャンさんへ向ける。
「ええぇえええっ!?
まだそんなの持ってたッスか!?」
「さ、さすがゴールドクラス……!」
私もその話に合わせるように、あえてわたわたと
たずねる。
「い、いいんですか?
ここでそんな事を言ってしまっても」
「心配すんな。
誰が『切り札』はこれだけだと言った?」
その彼の答えに、レイド君とミリアさんの目は―――
尊敬を通り越して憧れに昇華していた。
「ま、そういうこったから大丈夫だ。
レイド、ミリア。
お前らはシンの無事を他の連中にも伝えてこい。
まだまだ、美味い料理を食わせてもらえるってな」
それを聞いた2人は苦笑すると―――
一礼して支部長室を後にした。
そして、初老の男2人きりになった事を確認すると、
「は~……
ったく、お前さんと一緒にいると、ウソが段々
上手くなっていくように感じるぜ」
「訓練で本気を出すそっちが悪いんじゃ……」
「いやまあ、そうなんだけどよ。
あの時は本気で驚いたからな?
……ありゃ何なんだ?
振りかぶってからの、あの動き―――」
別方向へのベクトルの受け流しや、連撃は戦闘の中で
すぐに飲み込んだが、あの攻撃の『組み立て』は
理解の範囲外らしい。
まあ、小細工があまり意味を成さないこの世界、
ましてや地球でも『まとも』な人間なら学ばない
であろう事を―――
その真意に気付く方が無理か。
「……最初から、ギルド長の腕をつかむ事だけが
目的だったんですよ、アレ」
「ん?
どういう事だ?」
テーブルの上に上半身を覆いかぶせるようにして、
ジャンさんは身を乗り出してくる。
「棒を大きく振りかぶったまま突進したのは、
棒をわざと弾き返されるためです。
私のあの時の狙いは、ジャンさんに近付く事、
そして腕をつかむ事であって―――
棒は手放す事を前提に、あの攻撃を
仕掛けたんです」
すると彼は、ソファに背中をぶつけるように
戻った後、大きくため息をついて、
「妙な感じはしたんだよ。
最初は棒を失って破れかぶれになったと思って
いたんだが―――
それにしちゃ動揺しているような様子もなく、
迷いも全く感じなかったからな。
しかし、よくあんなのを考え付くよなあ。
お前さんの世界じゃどんな争いをしてるんだか」
確かに、元陸自の父親からそこそこ手ほどきを
受けた自分は、一般人よりは軍人寄りだろうけど……
別に銃器の扱いや殺人前提の技術を学んだわけでは
ないし……
「魔法が無い世界だからこそ―――
方法や手段をあれこれ考えるものなんでしょう」
私の答えにふぅ、と一息つくと、
彼は次の質問に移る。
「あと、手をつかまれた後だな。
腕がねじられると同時に体も回転した。
あれも―――
シンの世界の技術か?」
「関節技、と呼ばれるものですね。
人間の体の構造を利用して、動けなく
するものです。
まあ、身体強化で外されるとは思ってましたが……
まさか空に投げ飛ばされるとは」
「そりゃ悪かったって言ってるだろ。
俺もあん時ゃ本気で焦ったんだよ。
……って待て。
それも返される前提でやってたって事か?」
その言葉に、私はきょとんとして答える。
「いやそりゃそうですよ。
どう手加減されたって、ゴールドクラス相手に
何か効くとは思えませんから。
全ては―――
こうすれば少しは驚くかな? くらいのもので」
「なるほど。
じゃあそれは成功しているぜ。
お前さんとの訓練で、10年分くらいは
驚かされたからな」
そこでようやくお互いに苦笑したかと思うと、
大声で笑い合った。
「でも、またジャンさんにはつじつま合わせを
強いてしまって……
『切り札』とか言ってましたけど、今後ずっと
あのウソをつき続けないとならない事に―――
申し訳ありません」
ペコリと頭を下げると、彼はアゴに手を当てて、
「ん? 身体強化の倍化の事か?
ありゃ実際にある俺の『切り札』だぞ。
他にいくつか奥の手があるのも本当だ」
「ええっ!?」
驚いた私の表情を見た見たジャンさんは、
勝ち誇ったかのような顔で―――
「ハッハッハ!
その顔が見たかった。
驚かされてばかりじゃ癪だからな。
しかし関節技、か……
それもギルドメンバーの底上げに使えそうだな。
ブーメラン部隊を作った時のように、何か
理由付けるから鍛えてやってくれ」
そこで、今後の本部から来るギルドメンバーへの
対応含め、私とギルド長はしばらく話し合った。