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「2人……ですか?」
「ああ、2人だ」
ギルド長・ジャンさんとの対戦から
1週間後―――
『王都にあるギルド本部からの来客』の事を、私は
いつもの支部長室で聞かされていた。
部屋にはいつものメンバーである、レイド君と
ミリアさんも交え、情報の共有と今後の方針・
対策を話し合い始める。
「でも、たった2人ですか……
レイド君がテストされた時も、そんな感じ
でしたか?」
レイド君はその声に反応し、少し視線を上げて
中空を見ながら、
「俺は腕試しってゆーか、『噂の風魔法とやらを
見せてみろ』みたいなモンだったので―――
ギルやルーチェも似たようなモンッス」
つまり、不特定多数の前で見せつければ良かった
だけなのか。
「……その2人は、私との対戦を?」
「ああ。他の4人は辞退したからな」
ジャンさんの返答に、ん? と疑問が生じる。
「えーと……
それは当初、合計6人で来たという事でしょうか」
ギルド長はコクリとうなずき、その後ろに立っていた
男女の女性の方が口を開く。
「はい、その通りです。当初は6人がシンさんの
『テスト』を希望してこちらへ来ました。
ただ、ギルド長と我々から、先日行われた
『訓練』の詳細をお伝えしたところ―――
その場で4人が辞退されまして」
「ああ、なるほど。
その4人は……ギルド長とそこそこやり合えた
事で、テストの必要は無いと判断してくれたん
ですね?」
すると、無言だったジャンさんが苦笑しながら、
「実際のところは―――
ジャイアント・ボーア殺し・ワイバーン殺しの
噂のあるお前さんを倒して、ハクを付けたい、
というのが本音だったようだな」
「噂じゃなく、本当に強そうだとわかった途端、
引いたって事ッス。
情けない限りッスよ」
レイド君が頭をボリボリとかきながら、
呆れと不満が混じった感想を述べる。
しかし、そうなると問題は―――
「それで引かなかった2人は……
それなりの実力者という事ですか」
ギルド長は大きくうなずき、
「おう、察しがいいな。
こっちはイチャモンというより、純粋な
腕試しが目的だろう。
まあ『テスト』の日取りはおそらく
2・3日後になる。
それまで、その2人の分析と対策をする
時間はあるって事だ」
彼はそう言うと、テーブルの上に置いてあった
2枚の書類を私に差し出した。
「クラウディオさんとオリガ・シュバイツェル……
このオリガさんというのは貴族ですか?」
今までこの町で接してきた人たちの中で、
姓名があったのはせいぜいドーン伯爵家だけで―――
否応でもその名前は目を引いた。
「そうだな。
確か子爵だったと思うが、冒険者の強さに身分は
関係無い、と言ってギルドに入った変わり者だ」
話を聞くに、なかなか気合いの入った
お嬢さんのようだ。
「その強さは、どんな感じでしょうか」
「ランクはどちらもシルバークラスだが……
オリガの方は火魔法と風魔法、そして反射という
特殊系の使い手だ。
『銀髪の魔女』という異名も持っている。
対してクラウディオは身体強化による剣―――
接近戦タイプと思えばいい。
こっちは『無限体力』という二つ名持ちだ」
という事は、飛び道具主体と近接主体の2タイプに
別れるのか……
傾向がある程度つかめるのは有り難いけど―――
悩む私を見て、励ますように若い男女が声を発する。
「まあ、ギルド長とあれだけ戦えるんだから、
余裕ッスよ!」
「どちらかというと問題はオリガさんの方ですね。
確か反射って……」
そういえば初めて聞く魔法だ。
名前からして何となくイメージは出来るけど。
それとなく視線をジャンさんに戻すと、
「ああ、反射っていうのは―――
文字通り魔法・魔力をそのまま弾き返すって事だ」
「身体強化に対してはどうなんですか?」
どうしても飛び道具をカウンターで返すような
イメージしか、自分には想像出来ない。
「ん? 普通に返されるぞ。
武器を介していようが、魔力に反応する性質
だからな。
俺も2人と訓練で対戦した事があるが―――
確かにオリガの方が厄介だった」
ギルド長にそう言わせるって事は、かなりの腕前の
ようだ。
「それって任意発動ですか?
それとも、自動的に発動する感じですか?」
「任意だと思う。
だが、スキを見て叩きこもうなんて無謀な真似は
止めるこった。
アイツはここぞとばかりに反射を使うぞ。
実力はゴールドクラスに匹敵する。
『銀髪の魔女』の異名はダテじゃない」
そして彼は私から視線を外し、後ろに立っている
男女に顔を向ける。
「レイドと同じく―――
いろいろと義務や縛りが付くのを嫌がって、
シルバーに留まっているだけだ」
名指しされたレイド君は、ミリアさんと同時に
それぞれ視線を別方向へと反らす。
「じゃあ、クラウディオさんもゴールドクラスの
実力が……」
するとジャンさんはこちらに向き直って首を
左右に振り、
「接近戦のみならかなりの手練れではあると思うが、
レイドのブーメランのような、からめ手や奥の手を
持っているわけではないからな。
『無限体力』と呼ばれるほどの、疲れ知らずの
持久力は認めるが……
例えばレイドが遠距離攻撃に徹すれば、
負けるような相手じゃねぇ。
ゴールドクラスになるには後一歩ってところだ」
「得意分野だけ出来ればいいわけでは無いと
いう事ですか……」
私は感心と驚き交じりに答え、ジャンさんは目を
つむって話を続ける。
「無論、ゴールドクラスとはそういうものだ。
万能とまではいわないが、ある程度弱点と
いうか、不得意な分野をカバーする事は
どうしても求められる。
緊急事態で呼ばれた後、これは出来ません、
あれは無理ですとは言えないしな」
彼の言葉に後ろの男女もウンウンとうなずき、
同意する。
「あと―――
近距離メインってのはどうしてもリスクが
高過ぎる。
レイドやギル・ルーチェコンビのように―――
遠距離戦メインであれば、まだあまり文句は
言われねえと思うが」
なるほど……
同じゴールドクラスでも、どちらが主体であるかは
大きく左右するわけだ。
確かに、同じ攻撃力100の武器で、剣と銃が
あったとして―――
どちらを選びますか? って言われたらそりゃあ……
「そういえば……
王都で俺やギル・ルーチェが受けたテストって、
実戦形式じゃなく的の破壊だけだったッス」
「へー」
「へえ」
王都へ行っていない、町での待機組は相槌を打つ。
「まあシンなら、誰であれ対応出来ると思うがな。
ただあまりあっさりと勝つなよ?
ギャラリーが納得する戦いを頼むぜ」
「見世物じゃ無いんですけどねえ……
いっそ訓練場に料理とか持ち込んで、商売でも
してみますか?」
ギルド長に、売り言葉に買い言葉という感じで
思わず言い返してしまったが―――
それを聞いたレイド君・ミリアさんは、
「それ、なかなかいいかも知れないッスね!」
「シンさんの作った、パンで挟む料理や
串料理なら……イケるかも?」
そしてその後は―――
試合対策ではなく、話が妙な方向へ転がったまま
相談が続けられた。
その日の夕方―――
宿屋『クラン』より若干高級そうな宿屋で、
一人の女性がベッドの上で寝転がっていた。
身長は170cmに少し届かない程度だろうか。
一見子供と見間違えるような幼い顔立ちに、
銀色のロングヘアーを備え、大人びた表情は
見た目とは不釣り合いに見える。
彼女は独り言のように、天井へ向かって
話しかけ―――
「ジャイアント・ボーア殺し……
『血斧の赤鬼』・グランツ討伐者……
ワイバーンの撃墜……
それが同一人物、ねえ。
ん~……」
広いベッドの上を横にグルグルと体を回転させながら
悩んでいると、扉がノックされた。
「クラウ?
カギは開いているわ、入ってきて」
声を確認すると扉が開かれ、一人の若者が
入ってきた。
年齢は20才を越えたくらいだろうか。
175cmほどの中肉中背―――
栗色の短髪に温和とも思える顔。
しかし、腕回りや要所の筋肉は細くとも一般人の
それではなく、戦いを生業としている事を否応にも
物語る。
「どうだったの?」
「ああ、すごかった。
王都では金貨数枚はするマヨネーズ料理が
銀貨2枚もあれば買えるし、肉や魚も
信じられないほど安くて……」
「いやそうじゃなくて」
彼女はベッドから起き上がり、男性の報告に
ツッコミを入れる。
「『シン』の事だろう?
いろいろと聞いて回ってみたが……
ジャイアント・ボーアを倒した時は、そいつの
事後報告だったらしい。
ワイバーンの時は、一緒にいた人間もどうやって
撃墜したのか、よくわからなかったそうだ。
唯一、グランツを捕獲した時は町の全員が見ていた
ようだが、力比べをやって勝ったと―――」
「その武器特化魔法なら、やってやれない事は
無いと思うけど……
ジャンドゥ支部長との『訓練』では、棒を使って
いたって聞いたわ」
クラウと呼ばれた男は備え付けのイスを
引っ張ってきて、ベッドに座る彼女の前に置き、
そこに座る。
「2つ以上の武器強化魔法を有しているって事は
無いのか? オリガ」
名前を呼ばれた女性は、その銀髪を左右に振って、
「斧と棒の2種類の強化魔法を持っているって事?
絶対に無いとは言い切れないけど、純粋に
身体強化が強いだけじゃないかしら」
「だとしたら―――
俺の場合、接近戦に付き合ってくれりゃ、
何とかなるかな?」
彼の言葉に、彼女はため息をついて、
「クラウ、あなたねえ……
仮にもワイバーンを撃墜した相手よ?
楽観的にもほどがあるわ」
「ま、当たって砕けろだ。
他の4人みてーに、シッポ巻いて逃げ出すよりゃ
マシだろ?」
オリガは苦笑すると立ち上がり、飲み物を取るために
テーブルへと向かう。
「そうそう。
その4人はもう帰ったの?」
「いや?
よほど居心地がいいのか、まだこの町に
滞在しているぜ。
メシは安いし美味いし、デケー風呂に王都でも
有名になった足踏み踊り……
水風呂みたいな物もあったし、何よりあの
トイレは反則だろ」
彼女は2人分の飲み物を用意すると、片方を
彼に差し出し、
「そんなあなたに新しい情報です」
「あんだよ」
クラウはそれを無造作にグイッと飲み込むと、
オリガが続きを語る。
「この町の料理、お風呂、新しいトイレも……
それ全部―――
『シン』っていう冒険者が作ったそうよ」
そこで彼は口に含んでいた水分を豪快に吹き出す。
「はあ? はあぁあああああ!?
じゃあギルド本部での話は本当って事か?」
「ええ、そう―――
私も最初は、何人かのバラバラの功績を
つなぎ合わせて、それが一人の伝説的な
人物像を生み出している、そう思って
いたんだけどね。
私なりに、町でそれとなく聞きこんで
情報収集してきたんだけど。
どうも事実っぽいのよ」
口元をぬぐいながら、クラウは姿勢を立て直し、
「いやいやいや。
おかしいだろ……
こんな事が出来るヤツが、何で王都に来ないんだ?
いくらでも引く手あまただろうが」
「ここの支部長が言ってたわよね。
『変人』だって。
素性を隠す理由が無いんだとしたら―――
確かにそうだとしか言いようがないわ」
そしてオリガはクラウの肩をぽん、と叩き、
「ん? 何だ?」
「夕食まだでしょ?
食べにいかない?
何でも宿屋『クラン』ってところが、その
『シン』と懇意にしててね。
新作料理とか出て来る場合はまずそこなんだって。
せっかく入手した情報は―――
有効活用しないと、ねぇ♪」
彼女の言葉に、彼はイスから立ち上がって、
「まぁそうだな。
せっかくここまで来たんだから」
「じゃ、あなたのオゴリって事で」
「何でだよ!
お前、貴族サマだろーが!」
「情報はタダじゃないのよ~♪
それに、『シン』とやらの性格とか評判とか
わかるかもしれないしぃ♪
ホラホラ、早く支度しなさい♪」
「ここお前の部屋だろ!!
俺が支度するものはねーよ!!」
彼は抗議し、彼女はそれを軽くあしらいながら―――
2人は目的の場所へと向かった。
「いらっしゃい。
あら、お2人は初めてだね?」
クラウディオとオリガを見て、宿の女将である
クレアージュさんが話しかける。
「ええ。噂になっている料理をぜひ食べたくて」
「ていうかもうここで、美味そうな匂いが……」
すでに満席に近い状態になっている食堂で、
2人は座れる場所を探す。
「ほらほら!
せっかくヨソから来てくれたお客さんなんだから、
どいてあげて!」
女将さんが常連客を急かすようにどかして、
何とかテーブル席を確保すると、新顔の男女を
そこへ座らせる。
「でも何にしようかしら。
私、天ぷらもマヨネーズ料理も―――
貝もエビも食べたんだけど」
「何つっても安いからなあ……
1日回れば、全種類制覇もそんなに
かからねーし」
メニュー表を見ながら、それでも何を頼むか
2人は顔を見合わせて悩む。
「じゃあ、新作料理でも食べてみるかい?
この町で初めての、今日出来立てのヤツ」
クレアージュの提案に、オリガとクラウディオは
同時に彼女へ顔を向けて、
「「お願いします!」」
2人の注文を受け取ると、女将は片方の眉を
下げて苦笑しつつ、
「まあ、今日はそれしか出してないんだけどね。
初めての料理が出来た時は、いつもこんな感じさ」
ん? と思いつつ男女は周囲を見渡すと―――
他の客が食べている料理を凝視する。
「……アレ? 食べてるの、天ぷら……じゃない?」
「よく見ると違うな。
天ぷらはもうちょっと色が薄いというか、
白っぽい感じがしたが……」
彼らが観察している間に、クレアージュはそのまま
奥の厨房へと消えた。
「ここに入った時、何かいい匂いしたのはコレか。
確かに天ぷらのそれとは違うな」
「これも『シン』とやらの新作料理なのかしら?
意外と家庭的な人なのかも知れないわね」
「いやいや……
素手でジャイアント・ボーアを殺したりする
人間だぞ?
下手したらここの支部長よりムキムキな……」
「身体強化が使えれば関係ないでしょ。
あなただって別に、それほど筋肉質ってわけじゃ」
2人が人物像について語り合っている頃、
厨房では―――
「じゃあ、こちらは私が持っていきます。
新顔さんのいるテーブルですね」
「すまないね。いくら混んでいるとはいえ、
手伝ってもらっちゃって」
クレアージュさんともう2人ほどの手伝いが忙しく
料理を作る中で、私は自ら運搬を申し出ていた。
「いえ、やっぱり料理は本職の人に
やってもらった方が美味しいですから……」
「そう言ってもらえると嬉しいねえ。
新顔さんの席は厨房を出てすぐ右の方だから」
具体的な場所を教えてもらうと、私は両手に
2人分のお皿を持ってそちらへ向かう。
お皿に乗っているのは―――
チキンカツと、魚・エビ・貝のフライ、
そしてコロッケだ。
鳥の飼育施設がほぼ倍化し、それに伴って卵の
生産も2倍になった事で、安定して卵をマヨネーズ
以外の料理に使えるようになった。
そこで、フライ・カツ系の料理を新しく導入。
ギルド支部から帰ってきてすぐ、クレアージュさんと
近所の臨時雇いの主婦と一緒に取り掛かった。
油の温度調節はわからないものの、揚げる分には
天ぷらの実績とノウハウがあるので問題なく―――
パン粉は固いパンを削って入手、水で溶いた小麦粉、
それから溶いた卵、パン粉の順でそれぞれ材料に
付け、この世界初のカツ・フライが完成した。
「さてと……
えーと、出てから右って言ってたっけ。
あ、アレかな?」
指定された場所を見ると、何やら言い争っている
若い男女が……
待たせ過ぎたかな? と思い慌てて客の間をぬって
急いでそちらへ向かった。
「お待たせしました。
熱いので気をつけてください」
テーブルの上に料理を置くと、それまでの喧騒は
ピタリと止まり、彼らの視線はそちらへ集まる。
「うわ……」
「何ですかこの美味しそうな物は!?
やはり天ぷらとは違うみたいですけど」
目を見張る男女の驚きように満足しつつ、
臨時のウェイターとして彼らと話す。
「あ、もう天ぷらは食べた事があるんですね?
あちらも油で揚げた物ですけど、こちらは
少々作り方が異なっておりまして。
こちらは鳥と魚を、こっちはエビと貝、
あと芋を潰して丸めたのを使っています」
「は、はあ……
天ぷらもそうですが、こんな料理は今まで
見た事がありません。
どうやって作っているのですか?」
私の説明に目を白黒させながらも、女性は調理方法に
興味があったのか、そこを質問してきた。
「バカ! 教えてくれるワケねーだろ!」
「えっと、天ぷらは具材に水で溶いた小麦をつけて
高温の油で揚げたものです。
こちらも油で揚げるのですが、具材に小麦と
卵を溶いたものをつけた後で、粉状にした
パンを付けてから揚げます」
あっさり答える私に、若い男性の方は放心状態、
女性の方も目を大きく見開いたままで、
「い、いいんですか?
作り方をバラしちゃっても」
「んー、別に秘密にしているわけでは
ありませんので……」
ポリポリと頬をかきながら答えると、男性の方も
我に返り、
「まあいくら作り方がわかっても、肉も魚も卵も、
材料を揃える方が大変か。
それより食おうぜ!
食ってから考えよう!」
「あなたったらいつも……って言いたい
ところだけど、この匂いは反則よね。
それじゃ頂くとしますか♪」
「どうぞ、ごゆっくり」
私は彼らに一礼すると、また手伝いをするために
厨房へと戻っていった。
―――30分後―――
「美味い……美味過ぎる……」
「ねえ、登録支部の変更手続きって
どうやったっけ?」
「話が飛び過ぎだ!
気持ちはわかるけどよ」
料理をすっかり平らげた2人は、その余韻に
浸りながら語り合う。
「……これだけでも王都で売れば、一財産築けそうな
ものだけど」
「ますますわかんねーなー。
何が目的なのか、どういう人物なのか……
もう『変人』でいいんじゃね?」
彼はコップに入った酒を一気にあおり、プハッと
息を吐く。
「でも、見えてきた物はあるわ」
投げやりな結論に至ったクラウディオとは対照的に、
オリガは冷静に話し始める。
「この料理―――
さっきの人が言った事が本当なら、すごく
手間がかかっているわ。
しかも卵という高級食材を惜しげもなく使う、
大胆さも持ち合わせている」
「そりゃ、他にも風呂だのトイレだのいろいろ
作っているから、バカじゃないのはわかるさ。
その上でジャイアント・ボーア殺しと
ワイバーン撃墜の実績がある。
まあ―――
対戦する相手としちゃ、一番やりたくない
相手というのは確かだな」
「それでご感想は?」
「何ていうか……
知れば知るほど興味が出てくる反面、
勝算が無くなってくるっつーか……
もやっとしてた事が、全て嫌な感じで
晴れたような」
苦笑する彼に対し、彼女はクスッと笑い、
席を立つ。
そして小声で、
「(これ以上の話は宿に帰ってからにしましょう)」
「(……そうだな。
ここは『シン』が懇意にしている宿だって
聞いたし―――
手先を潜ませているかも……
逆に俺たちが調べられちゃたまんねえ)」
そこで続けて彼も席を立ち、会計のために
店員を呼んだ。
「ありがとうございましたー。
またのお越しをお待ちしております」
支払いを済ませて外に出ると、すでに日は傾き、
夜の帳が下り始めていた。
「……あれだけ食って銀貨3枚かよ」
「しかも2人分で、お酒込みでだもんね。
店員さん、試食だからとか言ってたけど」
信じられない、という表情で2人とも顔を
見合わせ、泊まっている宿屋へと歩き出す。
だが、その足は彼女の言葉でいったん止まった。
「それにしても……
結構冷静に分析出来ているじゃないの。
見直したわ。
これなら、無様な負けっぷりをさらすような
事は無さそうね」
「そこは勝てるって言ってくれよ!」
その言葉に彼は反発し―――
彼女は涼し気な態度のまま続ける。
「褒めているのよ。
ワイバーン以上の戦闘能力を持つ―――
それでいて高い知性も併せ持つ獣。
私がこうまで勝てる、戦えるイメージが
浮かばない相手は初めてだわ」
「オリガにそこまで言わせるなんてな」
今度は彼が、感心と驚きが入り混じった視線を
彼女へ向ける。
「どこかの男爵がいろいろと『お願い』
してたけど……
相手が悪いとなぜ気付かないのかしら。
どちらにしろ、『臨時収入』の方は諦めた方が
良さそうね」
「はっ、よく言うぜ。
あんなもん、最初から受ける気も無かったクセに」
彼と彼女にしかわからない会話が交わされた後、
オリガの方はニッと笑って、
「それで、どうするの?
今から逃げても笑わないわよ?」
「可愛くねぇなあ、ホント。
……ん?」
そこへ、『クラン』で料理を運んできた男が
やってきた。
手には網と、その中には跳ね回る魚が入っている。
「おや……?
あ、お客さん。もうお帰りですか?」
「ええ。とても美味しい料理でしたわ」
「うわ、デケェ魚……!」
私は、持っていた網の魚にいったん目をやり、
「ああ、この町では魚を一時的に泳がせておく、
人工の川があるんですよ。
料理が思いのほか好評でしたので、それで
追加のためにそこまで取りに行ってたんです」
「はー、なるほど……
まさか川まで取りに行ったのかと」
「そんなわけないでしょ!」
私は苦笑すると、彼らにあいさつして別れ―――
2人の後ろ姿を見送った後、独り言のように
つぶやいた。
「そういえば、私を『テスト』する相手も
今この町にいるんでしたねえ。
その2人―――
どこで何をしているんでしょうか」
そして私は止めた足を再び進め、2人とは正反対の
方向へと急いだ。
「3日後、ですか」
宿屋での新料理の伝授と手伝いが終わった翌日……
私はギルド長に呼ばれて、支部長室で話を
聞いていた。
「おう、残った2人―――
クラウディオとオリガの事だがな。
その日程で構わんと。
お前さんもそれで大丈夫だよな?」
コクリとうなずきつつ、言葉に違和感を感じて
質問する。
「えーと?
『その日程で構わない』とお2人が言ったと……
その日というのは、彼らからの希望では
無かったんですか?」
「ああ、ここの冒険者ギルド支部の希望だな」
意味がわからずに首を傾げる私に、彼は続けて、
「以前、俺との『訓練』で―――
あれだけの住人が観戦に来ただろ?
そんでまあ、町長代理とか町のお偉いさんとか
巻き込んで話してみたんだ。
そうしたらお祭りのノリで、結構とんとん拍子に
事が進んじまってさ。
ミリアや、ギルド職員もかなり乗り気だったし」
何か一大イベントになってる!?
そう驚くと同時に、確かにここ、娯楽が少なそう
だしなあと納得している自分がいた。
「私は別にいいですけど……
その、対戦するクラウディオさんやオリガさんは?
彼らは納得しているんでしょうか?」
「押しかけてきたのはアイツラだし、文句は
言わせねぇよ。
それに、今回は町が一丸になって協力する
いい機会なんだ。
これを機に、冒険者ギルドと町のつながりを
強固なモンにしてぇ」
何だかんだ言って、トップとしてちゃんと考えて
いるんだなあ、と感心する。
「そういう事でしたら―――
私もお手伝い出来るところはしますよ」
半分社交辞令的な感じで口にしたのだが、
それを聞くとギルド長はニヤリと笑って、
「おう、シンならそう言ってくれると思ってたぜ。
で、さっそくなんだが―――
3日後、料理がいろいろと必要になると思う。
特に量がな。
ちょっと気合い入れて頼むわ♪」
「おうふぅ」
それから3日間―――
私は漁や狩猟、そして一夜干しの量産や
マヨネーズ作成に追われる事になった。
―――3日後当日。
『テスト』はなぜか『演武祭』と改められ、
会場となった冒険者ギルドはいつもとは異なる
活気に包まれていた。
扉を開けて中に入ると、受付もいつものメンバーとは
異なり、ミリアさんや職員さんではなく……
「ありゃ?
バン君に、リーリエさん?」
そこには、幼馴染3人組のうち2人の姿があった。
今は主に孤児院の警備と、パックさんの依頼を
兼ね、新たな食材探しのための遠征を手伝って
もらっている。
「えっと、何か今日はここの受付をやれって
言われまして―――」
「あ、カートなら裏方でいろいろと手伝っている
そうです。
私とバンは後で交代してもらえるそうなので、
後でちゃんとシンさんの応援に行きますね!」
なるほど……
バン君は中性的な顔立ちで髪も長い、地球でいう
ところのビジュアル系。
リーリエさんもその白銀の長髪は、異性ならずとも
目を引くだろう。
文句無しの美男美女というわけで……
しかも若い。
荒くれ者ばかりという冒険者ギルドのイメージを
覆すのに、これ以上うってつけの人材はいるまい。
私は彼らに一礼すると、さらに施設の奥へと
向かった。
その先は、軽食を作る厨房のようなところで―――
「あ、カート君はここでしたか」
先ほどの幼馴染3人組の残り1人がいたので、
あいさつする。
「シンさん!
今日は頑張ってください、後で応援に行きます!」
応援されるのは悪い気はしないけど、そもそも
戦闘行為が自分の希望ではない分、複雑な気分だ。
「ところで、何かご用ですか?」
「ああ、えーと……他の職員かミリアさんは」
と言いかけたところ、パタパタと眼鏡の女性が
駆けつけてきた。
「シンさん!
準備の方はどうなってますか?」
ミリアさんだ。
よほど忙しいのか、私の顔を見るやまず、
本題の質問をしてくる。
「準備は済んでいます。
すでに宿屋『クラン』から、鳥と魚が100ずつ、
いつでも調理して出せます」
答えを聞くと、心底ホッとした表情になり、
「そ、そうですか。
ありがとうございます。
あとチビちゃ……じゃなかった。
子供たちへのサービス品は」
「チキンカツサンドと白身魚のフライサンドを
各30ずつ手配してあります。
また他の宿屋や飲食店へも予備として、
いつでも供給出来るよう話は通してますから。
『クラン』にも、料理が足りなくなった時は、
コロッケや貝の串焼きで対応してくださいと言って
あります」
彼女はそれを聞くと、は~っ、と深く息を
吐いてから、
「よ、良かった……
何とかなりましたか……
じゃあアタシはこれでっ!
あ、カート君!
そこの樽は可能な限り倉庫へ移動させて
おいてね!」
そう言うと風のようにミリアさんはダッシュで
去っていった。
「まさかこんな騒ぎになるとは」
頭をポリポリとかいて、今さらながら一大イベントに
なっている事に驚きと緊張を覚える。
「孤児院のチビたちも応援に来たがって
いましたけど……」
「まあそれは、あまり幼い子供には見せられる
ものじゃないですから」
今回は子供連れの事も考えて―――
一応年齢制限を設けている。
10才以上から、という事で……
その代わり、未成年である14才までは無料で、
チキンカツサンドと白身フライサンドを提供する
事になった。
子供向けのイメージアップも考えての事だ。
「じゃあ私も、ギルド長へあいさつに行きますので」
「はい! 試合、頑張ってください!!」
そして私は二階の支部長室へと向かう。
一応、最後の意思確認と、それともう一つ―――
ようやく『対戦相手』との初顔合わせのためだ。
部屋に着き、ドアをノックすると、すぐに返事が
返ってきた。
「おう、シンか。入ってくれ。
2人も来ている」
「失礼します」
そしてお互いに『対戦相手』の顔を見ると―――
「あれ? あの時のお客さん?」
私の言葉に、若い男女も猫のようにして目を丸くして
驚き、
「え?」
「あの時の……店員さん?」
そこでしばらく、3人は動きを停止した。