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【お願い】
こちらはirxsのnmmn作品(青桃)となります
この言葉に見覚えのない方はブラウザバックをお願い致します
ご本人様方とは一切関係ありません
小児科医青×天才外科医桃
のお話です
今回はワードパレットでリクエストいただいた3つの言葉(タイトルになってます)を本文中に使用してのお話になります
青視点→桃視点
山積みの仕事を片付けていると、気づけばもう時計の短針は日付を越える頃だった。
振り仰いで壁にかかったそれを確認してから、吐息を漏らして立ち上がる。
目の前の端末のカルテを閉じ、ぐっと大きく伸びをした。
帰る前に、最後に気になる病室だけそっと見に行こう。
宿直の医師がいるから俺が見回る絶対の必要があるわけではないけれど、それでも自分の担当で様子が気になる子がいる。
何事もなく眠れているならそれはそれでいい。
確認してから帰路に着いたとして…家に着くのは1時を過ぎるだろうか。
明日の朝はまた8時出勤で、何時間眠れるのかと逆算しかけてやめた。
考えただけで欠伸が漏れそうだ。
真夜中の病棟ほど、不気味な場所はないと思う。
当たり前だが消灯時間なんてものはとっくに過ぎていて、控えめな照明の中廊下を音も立てずに歩く。
目当ての部屋の前にたどり着いて、ベッドを覆うように隠すカーテンをそっと横に引いた。
「……」
案の定、ベッドの上には布団にくるまった小さな影。
小刻みに震えているのはきっと泣いているんだろう。
一瞬目を伏せてから、俺はその布団にそっと手をかけた。
「かずくん」
小さく呼びかける。
すると俺が来たことにようやく気付いたのか、びくりと布団が跳ねた。
それから恐る恐る顔を出し、暗闇の中でも俺の方を見ようと懸命に目を凝らしているのが分かる。
その顔は、涙でぐちょぐちょに濡れていた。
嗚咽の声を必死で押し殺していたんだろう。
ひくひくとしゃくり上げるような息遣いで、俺の顔を目に留めてまたその表情が崩れた。
「せんせ…ぇ」
わぁん、と子どもらしい声が上がる。
こちらに手を伸ばしてくるそれを受け止めて、その小さな体をぎゅっと抱きしめた。
…無理もない。
昼間どんなにやんちゃでほとけをからかったりしているこの子でも、まだ10歳前の小学校中学年なんだ。
夜になったら、昼間の周囲の賑やかさや親の存在が恋しくなるに決まってる。
ベッドの足元に散らばった紙の数々は、かずくんが大事にしているゲームのレアカード。
何とか寂しさを紛らわせようとした結果だろう。
遊びで自分の感情をごまかそうとしたけれど、うまくいかなかったに違いない。
ナースコールをして寂しさを訴えるなんてことも、人に泣いて縋るなんてことも自分に許せなかったんだろう。
こんな、小さな子が。
「強いなぁ、かずくんは」
ぐいっとその体を抱き上げる。
手近の椅子に座り、自分の膝の上に乗せるようにしてその体をまたぎゅっと抱きしめた。
白衣に顔を埋めるようにしていたかずくんは、しゃくり上げながら俺の袖を掴み返す。
その小さな頭を何度も何度も撫でているうちに、泣き疲れたのか涙で頬を濡らしたままゆっくりと眠りに落ちていった。
そのかわいらしい寝顔を見ているうちに、こちらまで眠気に誘われる。
ここのところ休みらしい休みも取れずに働いていたせいか、疲労は言い表せないくらい蓄積している。
幼く軽い体を抱きしめたまま、俺もゆっくりと目を閉じた。
ハッと我に返って目が覚めたのは、30分くらい経ってからだった。
「やばい」と思って飛び起きそうになったけれど、腕に抱いている存在を思い出して踏みとどまる。
腕の中のかずくんは相変わらず規則的な寝息を立てていて、安心しきったように眠ったままだった。
俺の体ごと、彼に毛布が掛けられているのに気づく。
眠っている間に誰かが来たらしい。恐らく病棟の夜勤看護師だろう。
その毛布を外して音を立てないようにそっと椅子から立ち上がると、かずくんの体を静かにベッドに横たえた。
起こさないように気を付けながら、布団をかけてゆるりとその頭を撫でる。
一瞬だけ幸せそうに笑った気がしたのは気のせいだろうか。
それを見て小さく安堵の息を漏らし、俺は忍ぶようにその部屋を後にした。
今から帰って、風呂に入って寝て…あぁその前に投げっぱなしだった洗濯物も片付けなきゃいけない。
アイロンもかけないと、明日着るワイシャツがなかった気がする。
…寝れるのは何時になるだろう。
とりあえず終電なんてもうないから、タクシーを呼ぶところから始めなくては。
そんなことを考えている間も、中途半端に眠ったせいか体はより重くなった気がする。
眠気はより深まり、今すぐにでも目を閉じてしまいたい。
それでも何とか一旦医局へ戻ろうと廊下を歩いていると、角を曲がろうとしたところで向こうからやってきた影にぶつかりそうになった。
「うわ…っ、てあれ、まろ?」
目が覚めるようなピンク色が視界に広がる。
思わず目を見開いた俺の顔を、さして身長も変わらないはずのないこの瞳が窺うようにこちらを見上げた。
「え、お前今日もう帰ってる時間じゃなかったっけ? 宿直じゃないよな?」
「…残業。あとちょっと様子の気になる子を見に行っとって…」
ないこは確か今日は宿直だ。
夜の間院内待機をし、急患が来たときに対応する。
それで確かそのまま明日の朝は通常勤務だったはず。こいつも相当な重労働だ。
「ないこ今日車で来た? 電車もうないから、乗って帰っていい?」
「いいけど…まろ、そんなふらふらで運転したら危なくない?」
言いながらないこは、白衣のポケットから何かを取り出した。
促されるままに手を出すと、チャリと音を立てたそれが乗せられる。車のキーではなかった。
「俺今日個室だから、ちょっと寝て行けば? 今のまろが車で帰ったら事故りそう」
当直室のある方を顎でしゃくるないこの言葉に、小さく頷く。
欠伸を噛み殺しながら「…ん」と素直に応じた。
「…ありがとう」
「どーいたしまして。俺ちょっとナースステーションに用事あるから、後で戻るわ」
そう言って廊下の向こうへ歩いていく後ろ姿を見送ってから、俺も当直室のある方へと向かった。
鍵のかかっていない個室の当直室に戻ると、まろは白衣だけを脱ぎ捨ててもうベッドの上に横になっていた。
貸した鍵は机の上に放り出し、眼鏡すらかけたままで。
相当疲れていたんだろう。
確かちょっと前にまろの口から「かずくん」の話を聞いたことがある。
夜になったら泣いて眠れていないみたいだなんて気にしていたから、その様子を見に行っていたんだろうな。
中庭でほとけにボールをぶつけてきゃっきゃと笑っていたあの子どもでも、さすがに夜中の病院ともなると心寂しくなるに違いない。
それでもその寂しさを誰かに見せるなんて自分に許せないんだろう。
隠れて泣いているなんて、まろじゃなくても心配になるに決まってる。
後ろ手に鍵を閉め、そのままベッドの方に近寄った。
俺はまだ眠いわけでもないし、仮眠をとらなきゃいけないほどの疲れも感じていない。
ぎりぎりまで寝かせてやろうなんて思ってその寝顔を覗きこんだけれど、次の瞬間ぐいと手首を引かれた。
「うわっ」
思わずベッドに倒れ込む。
そのままぎゅっと抱きしめられけれど、まろは起きているわけじゃなかった。
ただ夢現の中こちらの気配だけを感じ取って、手を伸ばしてきただけだ。
「…ったく」
一人用の狭いベッドの上、向かい合って抱き合う形でまろは俺の首に顔を埋めるようとする。
曲がってしまわないようにと、かけたままの眼鏡をそっと外してやった。
まろは、いつもこうだ。
疲れているときや精神的にしんどいとき…決してそれを口にはしない。
弱音を吐くこともそれを俺に見せるのも嫌なのか、甘えることを自分に許さない。
代わりにただこうやって、エネルギーを充電するかのように俺を抱きしめるだけ。
これじゃお前も、健気に振る舞うかずくんと一緒じゃん。
自分の弱さを見せずに他人に心配をかけまいとして…。
そう知っているからこそ、それでもいいよ、なんて思う。
まろが自分を許さなくていい。
代わりに俺が、お前が決して言葉にはしないその脆さとか甘えとか、そういうものを全部黙って受け止めるから。
「おやすみ、まろ」
小さく囁いて、俺はその背中に腕を回してぎゅっと力をこめて返した。
夜が明ける前になって、目を覚ましたまろは家に帰っていった。
後数時間もしたらまた出勤して来なくてはいけない。
それでも少しは仮眠を取れたせいか、さっきまでの危なっかしいふらふらはもう残っていなかった。
もうすぐ朝になるという頃に、最後に一度病棟を回ろうと思い部屋を出る。
そうして入院患者の部屋の方へ向かおうとした先で、あちら側からやって来た若い看護師2人とすれ違った。
「本当にかわいかったの! 思わず写真撮っちゃった」
「えー見せて! めっちゃレアだね」
「かずくんと兄弟か親子みたいでかわいかったー!」
言いながらそのうちの1人がスマホを取り出している。
不意に聞こえてきた、その覚えのある名前。
それだけで彼女たちの会話の内容が瞬時に理解できてしまう。
脳内でパズルのピースがはまっていくみたいに全てが組み合わさるのを実感した瞬間には、振り向いて「ねぇ」とすれ違ったばかりのその子たちに声をかけていた。
「その写真って、何?」
聞かなくても分かっているけれど。
あえて尋ねると、「あ、ないこ先生…」とその小児科の看護師たちは目を見開いてこちらを見つめ返した。
「もしかしていふ先生とかずくんの写真?」
「…あ、そうなんです…夜中に2人で眠っちゃってて…かわいいなーって…」
言い逃れできないことを悟った彼女は、正直に白状して顔を引きつらせている。
…自分がしたことが褒められることじゃないっていうのは分かってるんだろう。
「消しときな? 隠し撮りなんて後で何か問題になったら困るでしょ」
「…です、よねー」
あはは、と取り繕うように乾いた声で笑うその若い看護師は、隣の同僚に見せようとしていた写真をその場で削除した。
それを見守ってから俺は踵を返す。
「やば…っ、怒られちゃった」なんて言いながら反対方向に歩き出した彼女たちの後ろ姿が、やがて完全に見えなくなった。
「……あ、しまった」
白衣のポケットに手を突っ込みながら、舌打ちまじりに小さく呟く。
「俺に送らせてから削除させればよかった、あの写真」
半分冗談、半分本気の言葉をひとりごちて、俺は病棟の重い扉を押し開いた。