テラーノベル
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「若井さん、帰りの時刻を忘れないようにお願いしますよ。ただでさえスケジュールが詰まってるんですから。」
「あ〜…、分かってるって。もう、何回も聞いたしそれ。ちゃんと時間通り帰るよ。」
あれから3年の月日が経った。俺は小さなあの町を出て、もっと大きな都市の方へと移った。涼ちゃんが居なくなった後、町は散々で、涼ちゃんの両親は姿を消し、彼自身も消息を経った。悲しむ俺を他所に、住民達は宴や何やと騒ぎ立てる始末だ。こんなクソみたいな連中しか居ない所になんて居たくない。そう思い、なんの宛も無しに都会へと出たが、どうやらこちらの方が自分に合っていたようだ。俺を必要としてくれるファッションのモデル事務所から声を掛けられ、晴れて今は沢山の仕事を貰えるモデルとして生活出来ている。
忙しなく予定に追われる日々だったが、とあるニュースを見て、この町の事を思い出した。どうやら新しく発案した観光ビジネスで沢山の儲けや観光客を得ているらしい。「美味しい海鮮に、豊かな自然!人魚のパワースポットも!」なんて在り来りな台詞を語っていたのをテレビで見た。正直、食べ物も自然も俺にはどうでもいい。唯一引っかかった、「人魚のパワースポット」という言葉。確か俺がいた頃にはそんなものは無かったはず。何故だか凄く記憶に残り、モヤモヤが晴れない。気付いた時にはマネージャーに話をつけ、飛行機と船で町へと向かっていた。
「まあまあ賑わってますね〜、でもなんで、こんな町なんかに用が?ただの観光だとしても、なんというかチョイスが……」
「田舎臭いって?」
「いいえ、私はそんなこと言ってないですよ?それを言ったのは若井さんですからね? 」
「はいはい、俺が言いました。ってか、本当に宿取れてる?全然それっぽい建物見えないけど。」
様々な店が立ち並ぶ大通りを進みながら、マネージャーの話に耳を傾ける。それなりに有名なモデルを一人で向かわせる訳には行かない、とマネージャーが着いてきたのはいいものの、少しばかり小言が多い。まあ、すっかり慣れてしまったけれど。
「えぇ、しっかりと取れてるはずですよ。……あ、!あの看板です。」
マネージャーが指をさした看板を見上げ、重いキャリーケースを引きながらそこへと足を進める。人の往来を遮るように「すみません、」と人混みを掻き分けていると、酷く懐かしい香りが鼻を通った。反射的に振り向き、感じる方へと目を向ける。だが、そこには変わらず大勢の人しか居なく、特に変わったものも見当たらない。生まれ育った故郷の香りを、身体は勝手に覚えているのだろうか。そんな予想を頭の傍らに、気を取り直して宿の戸を開ける。
「……こんにちは〜。」
しん、と静まり返っている空間に声を掛けると、程なくしてバタバタと忙しない足音が聞こえてきた。
「ああ!すみませんお待たせしました!宿泊のお客様で?」
2階から降りてきた年配の女性は、ボリュームのある茶髪の毛先がクルクルとカールしており、柔らかい印象を与えてくれる。何故か片手にはせんべいを持っており、生活感が漂う。
「予約していた若井です。多分2人分だと思うんですけど、そうだよね?」
「はい、この店で1番高い部屋を予約しているはずです。まさか部屋は取れていますよね?」
そうだよね?とマネージャーに視線を配ると、1歩前に出て店主と話を始めた。何だか少し高圧的な態度が気になったが、特に口を出すことなく事を見守る。
「!あ〜……若井様ですね!失礼しました。ここまでお疲れだったでしょう?すぐご案内しますね〜。」
「ありがとうございます。」
先を歩く店主の後に続き、長い廊下を進む。壁にはよく分からない絵画が沢山飾られており、どれも海や魚。自然豊かな森の風景など、この街らしさが詰まっている。まあこれも観光の戦略だろうな、なんて少しばかり棘のあることを思ってしまった。
「はい、お待たせしました。このお部屋です。それじゃ、ごゆっくりね〜」
「ちょ、ちょっと待ってください!鍵は!?」
「鍵……?そんなもんないよ?別に誰も入ってきやしないさ〜。ここの部屋は他の部屋より離れてるんだからね。」
部屋にたどり着くや否や去っていきそうな店主の背中をマネージャーが引き留め、困惑した声を零す。確かにルームキーなるものを渡されていない。だが、この会話の様子じゃ鍵は存在しなそうだ。
「はあ…、?この時代にプライバシーってものが守られていないんですか!?」
高笑いをしながら去っていってしまった店主の後ろ姿を目に、マネージャーが怒りを零す。そんな様子を適当に窘めながら、部屋へと荷物を運んだ。内装は思っていたよりも洋風で、特に汚れているような印象はない。
「というか、なんで若井さんはそんなに冷静なんですか?色々遅れすぎですよ、この町。」
「んー…まあ、何というか…予想通り?」
こんな小さな海の街が都会ほど発展しているとは思っていなかった。都会生まれ、都会育ちのマネージャーには少しばかり退屈だろう。「田舎生活、慣れよーね〜。」なんてからかいながら、ベッドに身体を預ける。ダブルベッドだったらどうしよう、なんて思っていたが、きちんと別々のベッドが用意されていた。マネージャーの意見なんて聞かずに、迷わず窓側のベッドを選んでしまったが、特に気にしているような素振りはないようだ。
「……パワースポット……ね、……」
「若井さぁん!!このまちぃ、めっちゃ良いじゃないれすか〜!もう、ほんっとさいこー!!」
「何お前…、酔ったらそういうタイプ?」
「ほら、若井さんもぉ!!飲んでくらさいよぉ!!!」
完全に出来上がっているマネージャーを無理やり手のひらで押し退け、椅子を立ち上がる。宿の方から晩御飯を頂いた所までは良かった。だが、何故こいつはこんなに酔っているんだろうか。
「あぁ〜、あ〜…お兄さん、酔いすぎよ?お水飲みなさい?」
「…へへ、っ…店主さんさぁ〜………めっちゃ髪かわちいねっ!!」
「すみません、ほんとにこいつがご迷惑おかけして……」
ああ、もう、本当にダルすぎる。余程日頃のストレスが溜まっていたのか、お酒が出されると最初から急ピッチで飲み始めた。最初こそは止めたが、「強いんで大丈夫です!」なんて満面の笑みとグッドポーズで言われてしまえばそれ以上は何も言えない。大人しく口を閉じたのが、馬鹿だった。2杯、3杯、と飲み進めるうちに、口数が増え、ベタベタと触れ合ってくるようになった。6杯に差し掛かった時には、目に映る人全員をナンパし始める始末だ。
「…どうしたんだ?」
突然場に響いた耳覚えの無い声。その場にいた全員の視線がその声の持ち主に向いた。
「ああ、貴方。帰ってきてたのね。泊まりに来たお客さんなんだけど、少し酔いすぎちゃってるみたいで……」
どうやら強面そうな顔の男性の正体は、店主さんの旦那さんのようだ。困ったように眉を下げる店主さんに、静かに頷き、ゆっくりとマネージャーに歩みを進めた。
「お客さん、少し酔い冷まそうか。」
「大丈夫れすって〜…お兄さんも一緒に飲みますぅ!?」
呑気にヘラヘラと笑うマネージャーの肩に触れた旦那さんが、抑揚を感じさせない声でそう発した。だが、酔っぱらい相手には何も感じさせないらしく、相も変わらず調子の良い台詞ばかり語っている。
「…………、」
「って、ちょっ!何処連れてくんですかぁ!?わ、若井さん!!若井さん!!!」
半ば引きずられるようにして、俺達の部屋へと連れていかれたマネージャーの姿を、哀れみを含んだ瞳で見送る。彼には部屋でしっかりと酔いを冷ましてもらおう。
「…何だか彼も大変そうだったわねぇ…、都会って言うのは忙しいのかしら?」
「まぁ…あいつの酒癖が悪かっただけかもしれないっすね。」
「あはは、そうかもしれないわね。さ、どう?気を取り直して貴方も1杯いかが?」
折角のお誘いだが、ここは丁重に断らせて頂こう。俺は生憎酒に強くない。あのマネージャーのように酔い潰れるのはごめんだ。
「いえ、遠慮しときます。…少し外、散歩して来てもいいですか?」
「ええ、大丈夫よ。戸は開けておくから何時でも帰ってきて。」
ニコリと優しく微笑んでくれた店主さんに笑みを返し、短く感謝を述べる。マネージャーが居ない今、単独行動が出来るチャンスだ。机に置いていた貴重品を身につけ、宿屋を後にしようとした時、突然後ろから引き止める声がした。
「あ、そうそう。貴方のそのネックレス。何処で手に入れたの?」
「ネックレス……、」
反射的に、首元からぶら下がるそれに触れる。これは涼ちゃんが居なくなった時置かれていたネックレスで、あの日から肩身離さず付けていた。あまりにも錆びているから違和感を感じたのだろうか。
「あー、…っと、…さっき、そこら辺の店で買ったんですよ。なんか年季入ってて良いな〜…みたいな?」
「あら、そうなの?ならその商人はとっても物好きなのね。そのネックレスの紋章、この街の人間しか知らないのよ。」
屈託のない笑みでカラカラと笑う店主に、苦笑いを返す。何故お前が持っているんだ、と疑われているようで、少しだけ居心地が悪い。「気に入ってるんですよ。」と適当に話に区切りを打ち、さっさと店を出る。 もうすっかり外は日が沈み、月灯りだけが俺の足元を導く。僅かに頬を撫でる潮風の冷たさが身に染み、少しだけ身震いをしてしまった。
俺がこの街に来て、確かめたいものは一つだけ。
「……あの、!”人魚のパワースポット”ってどこにあるか…知ってますか?」
偶然通りかかった人に勢いで声を掛けたはいいものの、あまり愛想がない人に当たってしまった。案内して貰ってる身分で言えたことではないが、もう少しくらい話を盛り上げてくれたって良くないか。
「結構あれっすね〜…街灯とかない、…感じ?」
「…………、」
もしかして俺の声が聞こえていない?幽霊だったりする?パワースポットじゃなくてこの街は怪談が流行ってたりする?なんて、無視された悲しみを和らげるように心の中で自問自答を繰り返す。
「……なんでこんな街に来たんだ。」
暫くそうして歩いていると、突然彼が口を開いた。あまりにも急な疑問に一瞬思考が止まったが、すぐに言葉を紡ぐ。
「観光とか凄いって聞いたんで。なんかこの、パワースポット?も良い感じらしいですよね。」
「…俺は他所の人間が嫌いだ。この街を何も知らない癖に。」
俺もこの街の人間ですけどね!と言い返したくなったが、必死に言葉を抑える。ここで無駄なことを言ってややこしくなったりなんてしたら面倒臭い。「多様性ですね〜」と、適当な返事を返したら、それ以上何も言わずに黙り込んでしまった。少し難癖のありそうな人間だったから、そちらの方が都合がいいかもしれない。
「っ、はぁ……はっ、……」
パワースポットとやらは、かなり街から遠いらしい。もう随分と歩いているのに、道の傾斜が酷くなっていく一方だ。息を切らす俺とは裏腹に、案内してくれている彼は何故か息が整っている。まるでこの道は崖のようで、足元も暗く何も見えない。一体いつまで続くんだ、と上を見上げた時、広がる景色に懐かしい記憶が一気に流れ込んできた。
「…………ここ、もしかして…」
コメント
3件
樒さん!! 更新ありがとうございます😭😭😭!! めっちゃ嬉しい〜💕 3年後なんですね…。 また町に戻って来た若井さんが、ちゃんと涼ちゃんの手がかりを掴めるのか…、 最後の場所はもしかして…。 登場する人がそれぞれクセがあって、ちょっとハラハラしながら読みました。 物語が進んで、この続きがめちゃくちゃ楽しみです。 お別れの仕方がなんとも切なかったので、涼ちゃんとまた再会出来ますように…🥹