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「…………ここ、もしかして…」
見上げた視線の先に広がるのは、とても思い出深い、あの大樹だった。僅かに聞こえる波の音に、静かな虫の声。思わず足を止める俺の様子に、先を進む彼も歩みを止めた。
「お前は……この街に伝わる人魚の話を聞いたことがあるか?」
いつの間にかフードを深く被っていた彼の瞳が、真っ直ぐと此方を見つめていた。生まれた時からこの街で暮らしてきたが、人魚の話というものは聞いたことがない。素直に首を横に振ると、また歩みを進めた彼がゆっくりと語り出す。
「どのくらい昔のことだったか。この街に人魚の家族が越してきた。姿形は人間にとてもよく似ていて、完全に生活に溶け込んでいた。その事実を知っているのはのは上の立場の奴だけ。もちろん住民にバレたりなんかしたら、めんどくさい事になってしまう。だから、上の人間はその存在を必死に隠した。」
「、…その人魚は今もこの街に?」
人魚というのは不老不死だと聞いたことがある。存在が隠されていたと言うのなら、俺が街にいた時にも暮らしていたかもしれない、と思い疑問を投げかけてみる。だが、彼は何も言わずにゆっくりと首を横に振った。
「……人魚達は追い出された。噂によれば、海に帰ったなんて言う話もあるが、俺はよく知らない。街に居させるメリットよりも、住民にバレるリスクの方が大きかったようだ。だが、人魚達が居なくなったあと、街には人魚の悪い噂だけが残った。何もしてないって言うのに、全くふざけた話だ。」
そう語る彼の右手が、強く拳を作っていた。まるで自分事のように怒り、悲しんでいる。彼にとっての人魚は、何なんだろう。
「……ここがそのパワースポットだ。」
大樹のすぐ下に着くと、彼が足を止めた。懐かしく蘇る光景に、あの時のように樹皮に触れてそっと目を閉じる。変わらず温かく、この木の中には沢山の記憶が詰まっている気がした。
「……なあ。お前は………この街の人間か?」
突然投げかけられた核心をつくような質問に思わず思考が止まる。別に隠す必要なんてないのに、何故か言うのはとても気が引けた。そんな俺の様子に気が付いたのか、彼が木の側に座り、腰を下ろす。
「別にお前のことなんてこれっぽっちも興味なんてねえよ。ただ、その…、お前が付けてるネックレスが気になったんだ。」
「この街の人間しか知らない、って奴ですか?」
「まあ、…そんな所だな。そのネックレスに使われてる紋章はさっきの話と関係がある。だからお前に話をしたんだ。」
一体この紋章にはなんの意味があるのだろうか。ただ涼ちゃんが落としていったもので……。そこまで考え、ハッとした。紋章の事を知れれば涼ちゃんの今が分かるかもしれない。そう思い、大樹に背を預けて海を見つめる彼に向き合う。
「あの、!!この紋章って何なんですか!!!」
あまりにも勢い良く言い過ぎたのか、フードから覗く瞳が僅かに見開かれた。だが、すぐに表情を戻し、また海に視線を戻す。
「それは………人魚の一族に伝わる紋章だ。人魚は皆代々その紋章が入った装飾品を見つけていたらしい。今や、その紋章を象ったファンション品で観光が栄えているがな。俺はそれもすこぶる気に入らない。はあ、……本当に変わってしまったよこの街は。 」
「それって、…」
このネックレスは涼ちゃんが落として行ったもの。俺が幼い頃には、観光なんて発展していないし類似品が出回っているはずなんかない。つまり、涼ちゃんは……
「人魚の、一族?」
まさか、そんなことがあるはずない。俺はずっと、小さい頃から涼ちゃんと過ごしてきて…。ただの人間にしか見えなかった。俺と同じ、人間のはずなんだ。
「そうだ、1つ話し忘れてた。こんな長々とした話もう興味なんてないかもしれないが、…」
男がそう発したところで、勢いよく肩を掴む。
「、教えてください…!!全部、知ってること!!」
身体が揺れた衝撃で、男のフードがぱさりと脱げ落ちた。男の顔を月明かりが照らし、表情が鮮明に読み取れる。驚き、目を見開く彼の瞳は怖いくらい青く澄んでいて、必死な俺の顔を鏡のように映している。
「…その目の色…、」
今までのこの男の話振りは、まるでこの街で生まれ育った人間のような話し方だった。けれど、この街に青い瞳の人間なんているはずがない。少なくとも、俺の居た時には。皆黒か茶色で、青い瞳なんていたらすぐに印象に残るはずだ。
「、!……俺の話が聞きたいんだろう。もう時期夜が深くなる。黙って聞け。 」
酷く動揺した様子の彼は、俺の手を振り払い、またフードを深く被り直した。俺の中の疑問は深く募るばかりだが、語気の強くなった彼に圧倒され、大人しく口を閉じる。
「…この街には人魚が居なくなったと言ったが、それは少し間違いだ。数年前、この街に人魚が越してきた。それは今も居る。」
「今も…、!?じゃあ、人魚は…」
反射的に口を挟んだ俺に、彼の手のひらが向けられた。言葉なく静止させる動作に、「すみません、」と小さく呟いた。
「俺は見たんだ、この目でしっかりと。」
そう言い放った彼は、ゆっくりと立ち上がり、遥か遠い海の先を指差す。釣られて海に目を向けた時、一際響く波の音がした。波が崖にぶつかる音と言うよりかは、何か水滴が跳ねたような、そんな音だった。
「確かお前は、人魚のパワースポットを探してると言ったな。この場所は、その人魚のお陰で成り立っている、…と俺は思う。確証なんてないが、たまにここで人魚の影を見るんだ。きっとそいつが皆に加護をもたらしてくれている。」
穏やかに波打つ水面を見つめ、彼の言葉に思い耽る。会ったばかりのこの男の話を鵜呑みにするのもおかしいが、何故だか凄く信頼したくなった。大樹に背を預け、大きく背伸びをする。分からない、分からないけれど、話に出てきた人魚にとても気が惹かれる。何かを強く感じるんだ。
「……ただ、最近はその人魚の姿を全くと言っていいほど見かけない。記憶が確かなら、ここの町長がこの近くを訪れて以来、見なくなったような気がする。関係があるかは分からないがな。俺はこの町の町長がすこぶる嫌いだし、正直何か企んでいるようにしか見えない。」
「町長……、」
「まあ、俺が話せるのはこんくらいだ。もう夜道は暗い、気を付けて帰れよ。」
“町長”という単語に考え込む俺を他所に、さっさと立ち上がり帰ろうとする男に目を向ける。
「じゃあ、パワースポットでも楽しんでくれ。効果があるかは知らないがな。」
そう男が発した時、俺の背にある海から大きく水の弾ける音が響いた。反射的に振り向くと、そこには、月にも昇りそうな程高く飛び上がるイルカの姿があった。あまりにも一瞬の出来事だったが、空中に舞う水滴がキラキラと月明かりを反射し、そこにあった存在を主張する。綺麗な光景に目を見開き、すぐさま男に振り向く。だが、そこには 人の気配はなかった。
コメント
2件
更新ありがとうございます😭 このお話大好きなんです!!!涼ちゃんの本当はなんなんだろう、とても考えさせられる作品で、胸が苦しくなります、、、、 儚くて、でも美しい彼らの関係がどうか良い方向にいきますように。 次のお話も楽しみにしています💕
続きありがとうございます😭😭😭 どんどんお話が進んできて、ますます楽しみです💕 涼ちゃんの行方、本当の姿、町の事… 何か大きなものの中で、会えたくなった2人の気持ちの事を考えると、胸がきゅ、となります…。 また次のお話が読める時を楽しみにしています✨✨✨