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ヴァルディアを出て三日。
アストラは南へ向かっていた。
石畳はやがて土の道へ変わり、
さらに荒れた草原へと続く。
空は高く、それでいて静かだった。
だが風は重い。
戦の気配が、国境に滲んでいる。
遠くに見える白い城。
神聖王国ルミナール。
尖塔がいくつも空へ伸び、
巨大な大聖堂が中央にそびえている。
祈りの国。
神を最も信じる国。
アストラが城門へ近づくと、
鐘が鳴った。
高く、澄んだ音。
民衆がざわめく。
「レガトゥス様だ……!」
白い衣の神官たちが列を作り、 跪く。
その奥から現れたのは、
純白のドレスをまとった美しい女性。
長い金髪。
透き通るような肌。
そして額に蒼い神印。
彼女の名は、エリザベート三世。
彼女は微笑んだ。
「お待ちしておりました」
その声は優しく、穏やかだ。
だがその瞳は、強く光っている。
選ばれたい。
その願いが、はっきりと見える。
アストラは彼女を観測する。
視界が揺れる。
無数の未来が重なる。
炎。
祈り。
狂気。
そして蒼い光に飲まれる城。
一瞬、胸が重くなる。
「私は神を愛しています」
エリザベートは静かに言う。
「神は私を選びます」
断言だった。
疑いがない。
アストラは問う。
「神は、答えましたか」
わずかな沈黙。
ほんの一瞬だけ、彼女の指先が震える。
「……神は常に沈黙の中にあります」
神官たちが一斉に祈りの言葉を唱え始める。
空気が変わり、 蒼い神印が強く光る。
信仰が力を増幅させる。
アストラは感じる。
これは危うい、と。
信仰は人を強くする。
だが、同時に盲目にする。
「私を選びますか?」
エリザベートは問いかける。
その声には、わずかな焦りが混じる。
アストラは首を横に振る。
「いや、まだ」
その一言で、祈りが止まった。
空気が凍る。
エリザベートの微笑みが、わずかに歪む。
「なぜでしょう」
「世界が、崩れる」
ざわめき。
神官のひとりが叫ぶ。
「神は世界を守る!」
アストラは静かに言う。
「守っているのなら、なぜ戦が近いのだ」
答えはない。
代わりに、鐘が再び鳴る。
低く、重い音。
そのときだった。
城門の外で怒号が上がる。
「侵入者だ!」
兵士たちが駆ける。
アストラも視線を向ける。
城門前で、一人の男が拘束されていた。
鎧は傷だらけ。
片目に眼帯。
年老いた将軍。
「カシウス将軍……!」
兵の一人が驚く。
彼はルミナールの軍を率いていた男だ。
エリザベートが冷ややかに言う。
「あなたは戦争を避けよと進言しましたね」
カシウスは笑った。
乾いた、疲れた笑い。
「神がいるなら、子供は戦場に立たぬ」
静まり返る。
エリザベートの瞳が鋭くなる。
「神を侮辱する気ですか」
「いいや、違う」
カシウスはアストラを見る。
まっすぐに。
「神がいるなら、あの子に聞けばいい」
全員の視線がアストラへ向く。
沈黙。
カシウスは続ける。
「お前は本当に神の使いなのか?」
単刀直入な問い。
恐れがない。
信仰もない。
ただ事実を求める目。
アストラは答えられない。
神を見たことはない。
声を聞いたこともない。
役目は理解している。
だが、神そのものは――
「……知らない」
小さな声、 しかし確かだった。
ざわめきが広がる。
エリザベートの顔色が変わる。
「その言葉は撤回してくださいませ」
アストラは動かない。
カシウスは笑った。
「やはりな」
そのとき、遠くの空が揺れた。
雷ではない。
光でもない。
空気が歪む。
アストラの胸の刻印が熱を帯びる。
視界が一瞬、夢と重なる。
崩壊の光景。
この城が燃える未来。
神印の暴走。
――まだ、早い。
アストラは直感する。
この国は、限界に近い。
信仰が膨張しすぎている。
「戦は、じきに始まる。」
アストラは静かに言う。
「止めなければ」
エリザベートは答える。
「神が導きます」
カシウスは吐き捨てる。
「神などいない」
三つの思想が、正面からぶつかる。
アストラは感じる。
これはただの王選びではない。
世界そのものの在り方の衝突。
遠くで再び鐘が鳴る。
今度は警鐘だ。
国境付近で、小競り合いが起きたという報が届く。
戦は、もう目前。
アストラは空を見上げる。
星は、昼でもそこにある。
見えないだけだ。
自分の夢にあった、あの星も。
止めに来た。
そのはずだ。
だが方法はまだ分からない。
王を選べばいいのか。
選ばなければいいのか。
旅は続く。
だが時間は、確実に削られている。
カシウスが静かに言った。
「小僧。答えを探すなら、戦場を見ろ」
アストラは彼を見る。
「なぜ」
「戦場が一番、神がいない場所だからだ」
不気味にカシウスは笑った。
その言葉は、胸に残る。 強く。
世界はまだ崩れていない。
だが、確実に軋んでいる。
アストラは歩き出す。
次の国へ。
次の王へ。
空の奥で、何かが静かに揺れた。
それはまだ、誰も気づいていない。
だが確実に、
世界は終わりへ向かっている。