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合衆国某所。人里から遠く離れた荒野には小さくないながらも合衆国軍の施設が存在していた。建物の大半はまだ建設中であり、周囲を簡素なフェンスで囲んだだけの場所ではあるが、厳重な警備体制が敷かれていた。
ここは三ヶ月前より密かに建設が開始された秘密基地であり、主に異星人関連の研究開発及び試験を極秘裏に行えるようにとの意図から急遽建設が決定した経緯がある。
人目を避けるため街から遠く離れた場所が選定され、万が一に備えて主要な道路からも離されている。まだ建設中ではあるが、衛星などからの探知を避けるため試験場は最終的にドーム状の建造物が完成する予定である。
まだまだ未完成ではあるが、そこには合衆国の誇る学者達が集まり日夜研究に従事していた。ティナが地球へ持ち込んだトランク、医療シートは大変貴重なものであり研究のため僅かな数が基地に保管され、大多数は異星人対策室のオフィスにて厳重に管理されている。
広いグラウンドに設置された高さ15メートルの壁。たくさんの突起物が設置されたそれは、スポーツのロッククライミングで使われるものである。
その壁の前に屈強な兵士が立つ。
「では、スタート!」
「うぉおおーーッッ!」
白衣の科学者達や軍人達が見守る中、兵士は猛然と壁をよじ登っていく。プロのアスリートに勝るとも劣らぬ勢いで登り切り。
「記録!6秒!」
「よっしゃあーーッッ!」
15メートルもの壁を僅か6秒足らずで登りきり、兵士は雄叫びを挙げて観察していた者達も歓声を挙げる。尚、世界記録は4秒台である。
興奮覚め止まぬ中、新たに一人の美しい女性が壁の前に立つ。いつもはストレートに流している美しい金の髪をポニーテールにして、抜群のプロポーションを誇る身体に黒いタンクトップと迷彩柄の長ズボン、ブーツを纏った出で立ち。
異星人対策室長ジョン=ケラーの妹、メリル=ケラーである。
彼女はゆっくりと息を吐き、壁の天辺を見上げる。高く聳え立つその頂きは、並大抵の者では登りきることも出来ないことを充分に表していた。
「では、ケラー女史。お願いします」
マイク放送にて学者が促すと、メリルはゆっくり屈伸して。
「ふっ!」
「……は?」
大地を文字通り踏み抜くようにして跳躍。15メートルもある壁を軽々と飛び越えてみせた。
先に登っていた兵士はもちろん、視察に来ていた軍高官達はあまりにも非現実的な光景に言葉を失い。
「やはり身体能力全体が大幅に強化されているな」
「かといって、バイタル面に変化はないのだろう?」
「ああ、筋肉質になったわけではない。外見的な変化はなく、女性的な柔らかさを維持したままだ」
「ケラー室長や朝霧氏は目に見えて肉体が変化したのに、彼女には外見的な変化は現れない。実に興味深いな」
「強いて言うなら、肌が瑞々しくなっています。まるで十代ですよ」
「個人差が現れるのはある程度予想していたが……しかし、データを見る限りケラー室長程のパワーではないか」
「頭髪も無事ですからね。同じ女性として、それだけは良かったと思えますよ」
老若男女の学者達が熱心にデータを取りながら議論を交わしていた。
この数日、ティナから栄養スティックを提供されて口にしたメリルは、自らの肉体に変化が起きたことを自覚。兄であるジョンに相談し、この施設で検査と調査を受けていた。ちなみにティナには所用で数日間護衛から外れると伝えられている。
一人の学者が軍人達に声をかけた。
「如何ですかな?将軍」
「いや、素晴らしい結果だ。これがただの栄養食の効果なのだな」
「ええ。成分を解析した結果、未知の物質も含まれていますが大半は既知の物質です」
「これを元に開発を進めれば、地球上から飢餓を消し去ることが出来ます。我々人類は、餓えに勝てるのです」
「強化作用については、おそらくこの未知の物質によるもの。それらを排除すれば安全な栄養食を作り出せるはずです」
皆の表情も明るい。有史以来常に人類を悩ませてきた飢餓を克服できる可能性が目の前にあるのだ。彼らにも自然と熱が入る。
だが、一人の軍高官だけは別のものを見ていた。
「予算を二倍にしよう。その代わり、強化因子についての研究を最優先にしてくれないかね?」
「将軍、それは……」
「彼女の身体能力を見れば一目瞭然。これをコントロールできれば、我が軍の兵士達は負け知らず。まさに最強の軍隊が産み出せるだろう。栄光ある合衆国の権威を更に高める結果に繋がる。違うかね?」
彼はジャスティススピリッツのメンバーであり、軍政に携わる人間。予算決定について強い影響力を持つ。名前はライオネット=スミス。
そんな彼の発言に学者は困惑する。
「しかしそれは……」
「栄養スティックだったか。それは例の異星人からのプレゼントなのだろう?ならばどう使おうが我々の自由ではないか。ケラー女史以外にも食べさせて、影響を調査してくれ」
「ですが将軍!」
「我々も慈善事業では無いのだ。投資には相応の旨味を返して貰わねばならん。それとも、資金援助を断ち切って構わないかね?」
「そっ、それは……」
「お断りします」
二人の話を遮ったのは、タオルで汗をぬぐいながら入室してきたメリルであった。
「この栄養スティックは、私がティナちゃ……ティナさんからプレゼントされたものです。当然、所有権は私にあります」
「無論承知しているよ。そしてここにサンプルを提供していることもね」
「ええ、人類のより良い発展のためにと提供しました。私は規格外の力を手に入れてしまいましたが、その因子を取り除けば私達も良質な栄養食を開発できると信じています」
「その因子を調べれば、我々は先へ進めると思わんかね?」
「思いません。少なくともこの力は人類の手に余ります。強化されたのが私や兄だけで本当に良かった」
実際には朝霧さんもなのだが、敢えて隠した。
「独り占めするつもりかね?」
「そんなつもりもありません。ですが、ティナさんは私達地球人類の未来を考えて提供してくれたのです。間違っても軍事利用などはさせません。彼女の想いを踏みにじるようなことは、絶対にさせません」
メリルの宣言に、スミスは薄く笑みを浮かべる。
「残念だよ、ケラー女史。協力的でない態度を取るならば、君のキャリアについても考えねばならなくなるが?」
「ああ、ご心配無く。昨日付けで私は軍と国防省を退職しました。今は異星人対策室の職員です。“あなた方”の影響が無い場所ですよ」
「ほほう……」
互いに近寄り、囁き合う。
「キャリアを捨てて、薄汚い宇宙人の小娘にそこまで義理立てするとはな。君は異常だよ」
「ティナさんは眩しいくらいに綺麗ですよ。むしろ薄汚いのはあなた方の方では?」
「……後悔するぞ」
「そのままお返ししますよ。あなた方も喧嘩を売る相手をちゃんと認識した方がいいですよ。いやもう手遅れね」
「……なに?」
そこでメリルは離れて学者達を見る。
「今日の試験は終わりよね?部屋で休ませて貰います。資金についてはご心配無く。異星人対策室が援助しますから。それでは」
部屋を退室するメリルをあわてて学者達が追いかけて。
「……小娘が」
ただ一人残されたスミスは忌々しげに呟くのだった。