テラーノベル
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翌日のことだった。
滉斗が、いつものように元貴の部屋を訪れると、部屋の中から、元貴の弾んだ笑い声が聞こえてくる。しかし、その声は、滉斗といる時には聞かない、もっと明るく、無邪気なものだった。
「いやあ、すごいなぁ!元貴…こんなに大きくなって……」
部屋の中から、もう一つの、若々しい声が聞こえてくる。
滉斗が恐る恐る襖を開けると、そこに座っていたのは、元貴と同じくらいの年齢だが、筋肉質で、ガタイのいい体格を持つ男だった。
男は元貴の肩をポンと叩き、元貴も、その男と楽しそうに笑い合っている。
「あっ、滉斗! ごめん、玲司が来ちゃってさ!」
元貴は、そう言って、嬉しそうに滉斗に駆け寄ってきた。
「この人は、僕の幼馴染の玲司。」
元貴が、男を紹介しようとする。しかし、玲司は、元貴の言葉を遮るように、立ち上がった。その男らしい顔に浮かんだ優しい笑みは、どこか威圧的な空気を纏っていた。
「初めまして。元貴の幼馴染で、元貴とは、子供の頃からずっと一緒なんだ」
玲司は、滉斗の顔をまるでライバルを値踏みするような目でじっと見つめ、そう言った。その声は穏やかだが、滉斗を挑発するような、冷たい響きが含まれていた。
「あ、僕は滉斗です。元貴さんの…」
滉斗が自己紹介をしようとすると、玲司は、フッと鼻で笑った。
「…ふーん。君、この組の人間には見えないけど、一体元貴のなんなんだ?」
玲司はそう言って、元貴の肩を再び抱き寄せた。その瞬間、元貴は一瞬だけ困ったような顔をしたが、すぐに玲司に身を任せるように、ぎこちなく笑った。
(なんだ、この話し方は…)
玲司の、どこか上から目線の鼻につく言い方に、滉斗の胸に、チクリとした痛みが走る。
それは、嫉妬の感情などではない。ただ目の前の男の態度に、純粋な苛立ちを覚えているだけだと、滉斗は自分に言い聞かせた。
「ああ、滉斗は僕の…友達だよ!」
元貴が、嬉しそうにそう言った。しかし、玲司はフッと鼻で笑うと、元貴の頭を軽く叩いた。
「元貴、またそんなこと言って。友達なんて、元貴にはいなかっただろ?」
「もう、玲司!」
元貴が、少しだけ不満そうに声を上げる。しかし、その声は、どこか嬉しそうにも聞こえた。
「若頭になるって決めてから、元貴は俺の前以外では、本音を言わなくなった。誰も信じない。寂しいって言葉も言わない。…それが若頭になるってことだって、二人で誓ったもんな」
玲司の言葉に、元貴は何も言わなかった。ただ、玲司の優しい笑顔をじっと見つめている。二人の間には、滉斗の知らない特別な時間が流れているようだった。
「…若頭としての責任を果たすって、二人で泣きながら誓った、あの日のこと、覚えてるか?」
玲司はそう言って、元貴の頭を優しく撫でた。元貴は、まるで子供のように玲司に身を預けている。
(なんだよ、それ…)
滉斗は、その光景に胸の奥がざわつくのを感じた。元貴が、自分にしか見せないと思っていた弱さを、この男も知っている。しかも、元貴が「若頭になる」と決意した最も大切な瞬間を、この男は共有しているのだ。
「…俺、ちょっと行くわ」
滉斗は、居たたまれなくなり、そう言って部屋を出た。元貴は、どこか心配そうな顔で滉斗を見つめたが、玲司はその様子を面白そうに眺めていた。
廊下に出ると、熱くなった顔に冷たい空気が心地よかった。滉斗は、廊下の突き当たりで立ち止まり、頭を抱える。
(なんなんだよ、あの男…元貴を昔からを知ってるからって、偉そうにしやがって…)
滉斗は、玲司の言葉が、元貴に向けられているようで、実は自分への当てつけだと感じていた。自分が見てきた元貴の弱さも、この男からすれば、たった一瞬の出来事にすぎないのか。
「…おい、」
背後から、冷たい声が聞こえる。滉斗が振り返ると、そこに立っていたのは、いつの間にか部屋を出てきた玲司だった。
「ずいぶんと怒ってるみたいだけど、俺に何か言いたいことでもあるのかい?」
玲司は、そう言って、冷たい笑みを浮かべている。
「…別に、ないですけど」
滉斗は、強がってそう答えた。しかし、玲司は、滉斗の心を全て見透かしているかのように、静かに笑った。
「元貴は、君みたいなこの世界を知らない子供といると、弱くなってしまう。若頭として、それではダメなんだ。だから、もう元貴に会いに来るのはやめてくれないか?」
玲司の言葉は、まるで氷のように冷たかった。滉斗は、その言葉に、胸の奥に、強い怒りがこみ上げてくるのを感じた。
「貴方に、俺と元貴の関係を勝手に決めつけられる筋合いはないです。」
滉斗は、そう叫んで、玲司を睨みつけた。
「俺は、元貴の弱さも、強さも知ってる。それに、俺は元貴を支えたいんだ!」
「…ふん。そうやって、元貴の弱さを引き出すのが、君の役目だというのかい?」
玲司は、嘲笑うように言った。
「元貴は、若頭だ。君の支えなんてなくても、一人で立つべきなんだ。君は、元貴の孤独を埋めるんじゃなく、利用しているだけだ。若頭の優しさに甘えて、ただ傍にいるだけだろう?」
玲司の言葉は、まるで鋭い刃のようだった。それは滉斗の心の奥に刺さり、激しい痛みを伴う。
「…っ、そんなんじゃ…」
滉斗は、言葉に詰まる。玲司の言葉が、図星だったからだ。
自分は、ただ元貴の孤独に寄り添うだけで、この男のように、元貴の人生を背負って生きる覚悟など、まだ持っていなかった。
「…元貴を本当に想うなら、彼から離れるべきだ」
玲司は、そう言って、滉斗の横を通り過ぎた。その背中は、あまりにも大きくて、そして、寂しそうだった。
コメント
3件
胸が痛いこの痛みに名前をとって感じです(?)
うぅ… 難しいなぁ… 玲司さんの気持ちも分かるけどwkiさんが寂しそうっていうか…辛そうなのが見ていて分かります… どうなっちゃうんだろ…
一緒に過ごしてきたからこそ、分かる痛みがあるからこそ、1人で立つものだって、なるんでしょうか、、もときさんとかわかいさんとか玲司さんの気持ちを考えると胸がきゅう、ってなります、、