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朝7時。
微かに風が揺れるなか、水色の髪がふわりと弧を描いた。
鏡の前で、彼女は無言で身支度を整える。
黒のネクタイが、薄紫のシャツの首元をぎゅっと締め上げる。
灰色のスカートには膝まで細かなチェックが入り、ウエストにはベルトが巻かれていた。
その上に羽織る白いパーカーが、全体の雰囲気に柔らかさを足していた。
右手がスマホを取った瞬間、着信音が響く。
画面に映るのは、登録された名――「無陀野 無人」。
ためらいなく通話ボタンを押すと、すぐにあの低く冷静な声が耳に届いた。
「無陀野無人だ。今日、少しゲストティーチャーとして羅刹学園に来てくれないか。」
短い言葉に、彼女は特に感情も挟まず、ひとことだけ答える。
「了解。」
それ以上何も言わず、電話は切れた。
日常のようで、非日常。
これが“普通”なのだ。
カチャ、と玄関でビットローファーを履く音が響く。
特に急ぎもせず、だが確かな足取りで、彼女は扉を開けた。
今日もまた、少しだけ誰かと関わる日が始まる――
そんな予感を抱えながら。
羅刹学園・一年生の教室。
朝のチャイムにはまだ早い時間だというのに、生徒たちはいつも通りにぎやかだった。
「なぁ、皇后崎、今日の訓練って何やると思う?」
四季がスマホをいじりながら気軽に話しかける。
「うるさい。話しかけんな。」
碇がうんざりしたように頭をかく。
「土下座の準備は万端……」
帆稀はなぜか机の下で正座していた。
「いや、今は必要ねぇからな!?何の準備だよ!」
四季が即ツッコミを入れる。
そんな風に、それぞれがいつも通りのやり取りをしていると
ギィ……
教室の扉が開き、足音が一つだけ響いた。
黒いスーツに、血を模したような赤い傘を携えた男が、静かに教室へ入ってくる。
無陀野無人。
羅刹学園の教官であり、生徒たちが“ムダ先”と呼ぶ存在。
生徒たちは一瞬で空気を引き締めた。
「おはようございます、無陀野先生……」
従児がメガネを直しながら声をかけると、無人は短く頷いただけだった。
彼は教壇の前に立つと、いつものように感情のない声で告げた。
「今日は、ゲストティーチャーを呼んでいる。」
ざわっ――と、生徒たちの間に小さな動揺が走る。
「誰だよ、そんな物好き……」
四季が小声で言う。
無人は話を続ける。
「今から、全員で学園近くの森に入れ。」
静まり返る教室。
まるで何かを“試される”ような予感が、空気の底でじわりと膨らんでいく――。
生徒たちは、無陀野無人の指示通り、学園近くの森の中に集まっていた。
誰もが不思議そうに、ざわめきを落ち着けながらも、辺りを見回す。
「誰が来んだよ、こんな朝っぱらから……」
碇が木の根に腰を下ろして、不満げにぼやいた。
「こんなところで待たされたら僕もう寒気がして死んじゃうかも。」
とロクロが呟く。
そのとき――
足音が一つ、森に響いた。
サクッ、サクッ。
小枝を踏みしめる軽やかで、だが芯のある足取り。
一人の女性が、木立の奥から姿を現した。
白いフードを深く被っていて、顔はほとんど見えない。
その下に見えるのは、口元だけ。
薄く笑っているようにも、無表情にも見える。
彼女はまっすぐに無陀野無人の前まで歩み寄り、足を止めた。
誰一人声を出さない。
森の空気が、少しだけ緊張に包まれた。
「……3ヶ月ぶりだね。無陀野先生だけで十分教えられるんじゃなかったっけ?」
口元から発せられた声は、どこか子供のような軽さを含んでいた。
けれど、それに込められた“底”の深さに、何人かの生徒は無意識に身を強張らせる。
無陀野は、いつもの冷静な声で返す。
「いつもはな。でも、今回の新入生は違うんだ。だから――お前にお願いした。」
「ふぅん……」
彼女は小さく息を吐き、肩をすくめる。
「まぁ、大体予想はついてたけどね。」
そして、顔を上げた。
「今回はよろしく、無人。」
そう言って、白いフードに手をかける。
ふわり――
風に乗るように、彼女の白いフードが外れた。
現れたのは、水色の髪を肩上で揺らす少女。
童顔で、表情はどこか柔らかい。
だがその瞬間――
彼女の頭に、一本の下向きに螺旋を描いた角が現れた。
下向きにゆるやかに巻かれたその角は、他のどの鬼とも違う、静かで異質な存在感を放っている。
誰もが、息を呑んだ。
「……角、出した……」
帆稀が小さな声でつぶやいた。
風が吹いた。
水色の髪と、灰色のスカートがなびく中――
その鬼の少女は、森の中で確かな“始まり”を告げていた。
森の静けさの中で、華菜はゆっくりと無陀野無人の隣に立った。
ふと、彼女が口を開く。
「永島華菜といいます。羅刹学園のゲストティーチャーとして、今日からよろしく。」
その声は、予想外に明るくて親しみやすい。
高めで透き通った声が、森の冷たい空気をほんの少しだけ和らげるようだった。
生徒たちの中には、思わず視線を落とす者もいた。
四季は華菜の顔をまじまじと見つめた。
「……あれ? こいつ、俺とそんなに変わらなく見えるんだけど。」
他の生徒も、ちらちらと彼女を観察している。
ロクロが眉をひそめ、声を小さくもらす。
「……若いな……」
しかし、華菜はそんなことには気づかず、軽く頭を振って続けた。
「私の仕事は、みんなが“戦う”意味を理解し、無駄なく力を伸ばすこと。だから変に期待しないでね。冷静に、効率的に行くよ。」
その言葉に、碇は少しだけ顔をしかめたが、すぐに興味深そうに視線を合わせた。
屏風ヶ浦 帆稀は小声で、呟く。
「なんか、ちょっとカッコいい……」
無陀野無人はそんな様子を見ながら、いつもの冷静な声で一言。
「時間がない。すぐに本題に入る。」
一同は自然と気を引き締めて、森の奥へと視線を向けた。
「今日の訓練は、“永島による鬼ごっこ”だ。」
無陀野無人が冷静に言い放つ。
その言葉に、生徒たちは一瞬きょとんとした表情を浮かべた。
「ルールは単純。永島に捕まえられたら即終了。今回の参加者は――」
無人の視線が順番に生徒たちを捉える。
「一ノ瀬四季、遊摺部従児、屏風ヶ浦帆稀、皇后崎迅、矢颪碇の5名。
お前たちは“逃げる側”だ。永島は“追う側”。
彼女の能力を実戦で理解するため、彼女は血蝕解放を使用する。
お前たちも自由に動いていいが、“反撃”は不可。戦闘訓練ではない。これは逃走訓練だ。」
「……えぇ、逃げろってこと?」
碇がうんざりしたように呟き、
「それ、やべぇじゃん……!」と四季が声を上げる。
帆稀はおろおろと不安そうにし、
迅は腕を組んだまま、静かに「くだらん」と呟いた。
従児は「ふむ……まあ、これはこれで」とすでに後ろを気にしている。
華菜はガラスペンを指で回しながら、微笑んだ。
「さぁ、時間稼ぎでも、隠れてやり過ごすでも、何でもOK。
“鬼”が捕まえにいくから、覚悟してね?」
その言葉に、空気がピンと張り詰める。
無陀野は静かに言った。
「……では、10秒カウントしてやる。それまでに散れ。カウントが終わったら“鬼”が動く。」
「マジかよ……っ!」
四季が叫ぶや否や、生徒たちは一斉に森の奥へと駆け出した。
帆稀は足元をもつれさせながら、従児と一緒に逃げ出す。
迅は冷静に木々の影を選びながら進み、碇はブーツを使って斜面を一気に駆け上がる。
四季は早速物陰に身を潜めて、次の動きを探っていた。
「10……9……8……」
無陀野の静かなカウントが、森に響く。
その横で、華菜はフードを下ろし、ふっとガラスペンを構える。
「1……0。」
無人の声が止まった瞬間――
華菜の目が鋭く細められる。
「じゃ、行こっか。狩りの時間。」
空中に素早く描かれた線――現れるのは、爆走するうさぎ。
その足元に刻まれる足跡は、ひとつひとつが危険な火種。
森の中、静寂と爆音が交差する。
「はっ、はっ……マジでやべぇって……!」
森を駆けながら、四季は額の汗を拭う暇もない。
背後を振り返る勇気はなく、足だけを信じて走り続けた。
(なんなんだよあの人……見た目ふつーなのに……!)
(いや、ふつーどころか同い年くらいかと思ったけど……あれで!?)
膝を軽くつきそうになりながらも、すぐに体勢を立て直す。
手のひらには、いつでも構えられるように血で作った銃が握られている。
(反撃は禁止……!クソッ、撃てねぇのに構えてんじゃねぇよ俺……!)
「……チッ。遊びに付き合う気はない。」
迅は森の中をジグザグに移動しながら、周囲の地形を冷静に観察していた。
木々の密度、足場の硬さ、逃げ道の選択――
(能力の性質からして、足跡を使った“罠”。視覚的な追跡もするタイプ。だったら、視界を遮れる地形を使うしかない。)
息を整えながら、迅は倒木の影に身を滑り込ませる。
眼の奥が鋭く光る。
(相手の情報を引き出すのが目的なら……隠れるのも、有効だ。)
「ハァ!?鬼ごっこって、ふざけんなァ!!」
走りながら大声を上げた碇は、すでに脚力を強化するブーツを装備していた。
森の中を跳ねるように移動し、枝を掴んで木の上へ飛び移る。
「てかなんでオレが選ばれてんだよッ!!無駄にスタイルいいくせにあの人~~~!」
(しかも血のうさぎ?走り回って爆発?もうそれ化け物じゃねーか!)
(異性との付き合いは20超えてからって決めてるのに……なんか精神削られてる気すんだが!?)
ガサッという音にビクつき、慌てて体を小さくする。
「こっち来んなよマジでぇぇ……!」
「ご、ごめんなさいぃぃ……!」
思わず謝りながら全力で走っていた帆稀。
足場が悪く、何度も転びそうになりながらも、彼女は草むらに隠れようとしていた。
「うぅ、こんなの、むり、むりです……!」
(あの先生、たしかに話し方は優しかったけど……さっきの爆発うさぎ、可愛くなかったですぅ……!)
小さくしゃがみ込み、草むらの影に潜りながら祈るように呟いた。
「……せめて……草むらさんが、私を守って……くれますように……」
「ふむ……戦う意志のない人間が、戦う者にどう挑むか。実に興味深い。」
眼鏡をくいっと押し上げ、従児は草木の間を静かに進んでいた。
血蝕解放は使わず、ただ周囲の空気を読むように気配を探っている。
「血は使わない。だって、逃げるのが目的なのに自分の位置をわざわざ晒す必要はないからね。」
(華菜さん……見た目に反して、あの集中力と実戦センスは本物。あれで“余裕がある戦い方”って言うんだから……最悪だよまったく。でも……………最高。)
ちょっと口元が緩む。
「あんな人に甘えて「あーん」なんてしてもらえたら幸せだなぁ……」
「捕まりたくはないけど、追いかけられるのも悪くない……!」
森を駆ける。
ざっ、と音を立てて枝葉をかき分けた矢颪 碇(やおろし・いかり)は、ふと違和感に足を止めた。
さっきまで隣にいて自分を追っていたはずの“うさぎ”が、いない。
「……え?」
不穏な沈黙。
その直後――
「やっほー」 永島 華菜が現れた。
フードに、血のように赤い1mのガラスペンを担ぎながら。
「あれ? なんで止まったの?」
(追いつかれたっ!?)
碇の指先が震える。
華菜は背中の刀を抜き、担いでいたガラスペンを消した。
「ホントに、殺りにきてるって……!」
碇が逃げようとして走り出した瞬間―― 「うん、そうだよ?」 と、華菜が笑った。
その笑みは、まるで 「今日のお昼、サンドイッチにしたんだ」 と言うような、なんでもない調子だった。
華菜は、刀を何度も振るった。
鋭い軌道が何度も碇を襲う――が、碇は走りながらもそれをすべて避けてみせた。
(やば……っ、近い……!)
必死に距離を取ろうとする碇。その動きを見て、華菜の小悪魔のような表情がふっと消える。
代わりに浮かべたのは、無邪気な、あまりに可愛らしい笑顔だった。
「合格」
その声と同時に、何かが華菜の手から伸びた。
「え――?」
瞬きする間に、碇の身体はロープのようなものに絡め取られていた。
身動きが取れず、バランスを崩し、そのまま倒れる。
「終了、っと」
華菜は口元に指を当て、楽しげにウインクした。
碇は、地面に縛られたまま呆然としていた。
息が乱れ、思考も追いつかない。
そんな彼に、華菜は屈んで優しく微笑む。
「大丈夫。君は10点中6点の合格だから」
声のトーンはあくまで軽く、そして淡々と――
「君は終了」
そう告げた瞬間、背後の木々の影からローラースケートの足音が近づいてきた。
「……無駄話はやめとけ」
姿を現したのは、黒い傘とローラースケートを履いた男――無陀野だった。
その無機質な声と共に、彼は無言で碇を担ぎ上げる。
「お、おい……! どういうことだよ!? 俺、まだ終わってねーよ!ふざけんなっ!」
碇の声には怒りと混乱が混じっていたが、無陀野は振り返りもせずに一言だけ返す。
「永島が言ってた、そのまんまだ」
その顔には、感情の色は一切なかった。
華菜は、無言で去っていく無陀野と碇の背中を、ぼんやりと見送っていた。
その背中が完全に森の影に消えたとき、ぽつりとつぶやく。
「……さてと」
腰の後ろに手を当て、背筋を伸ばす。
「時間、あんまりないし――何人ずつかで終了させていくか」
まるで昼休み明けの掃除当番を指名するような気楽さで言ったその声に、森の空気が少しだけ緊張をはらんだ。
*
次に華菜が出会ったのは――帆稀だった。
彼女はすでに気配を察知していたのか、華菜の姿を見るなり走り出していた。
だが、華菜の動きも速い。刀を振るう音が空を裂く。
「嫌です嫌です!ここで死にたくないです〜!」
帆稀は華菜の斬撃をことごとく避けていく。
碇よりも、よっぽど機敏だった。
「やるね〜」
軽く息を吐きながら、華菜は血触解放を使わずに攻めを続ける。
だが――
「きゃっ!」
不意に足を取られ、帆稀は前のめりに転んだ。
その一瞬の隙を、華菜は見逃さない。
ぱし、と音を立ててロープが帆稀の体に巻きついた。
気づけば、身動きが取れなくなっていた。
「……あれ? もう終わり?」
帆稀が悔しそうに呟くと、華菜は刀を仕舞いながらにっこり笑った。
「うん、でも合格。10点中7点ね」
帆稀の顔に、わずかに安堵の色が浮かんだ。
次に華菜の前に現れたのは――一ノ瀬 四季だった。
「うわっ、見つかった!!」
あからさまに慌てた声を上げ、四季は森の中を駆け出す。
「おーい、待てってば〜!」
華菜が軽く走りながら刀を振ると、四季は近くの木に飛び上がり、幹を蹴って体勢を変えた。
刀を受け流し、また別の木へ――。
まるで猿のように木を渡りながら、四季は笑顔で振り返る。
「うはっ、俺いけてんじゃね? 天才かも!」
「いいね、気に入った」
華菜は刀を軽く下げ、楽しげに言った。
「マジ!? やっぱオレ、イケてんじゃん!」
四季はテンションが上がりきっていた。もはや完全にバカ丸出しだったが――
「明るいね〜、そういうの、好きだよ」
華菜は笑って、ロープを投げた。
四季が気づいたときには、もう手足がしっかり縛られていた。
「え? うそ、ちょ、終了!? まじ!?」
華菜が「はい、10点中……6点! 合格!」と言おうとした、その瞬間――
「待てよ、捕まらなきゃいいんだろ!?」
四季は意味不明な理論を脳内で発動。ゴソゴソとロープを抜け出し、再び逃げ出した。
「うわ、マジで抜けた……」
華菜が素で驚く。
だが、その直後。
「無駄だ」
森の影から無陀野が現れ、何の迷いもなく再びロープで四季を捕縛。
「うげっ!?」
そのまま、無言で引きずっていく。
「いやいやいや! オレ合格だよね!? 合格って言ってたよね!?」
四季の声が森に反響したが――
「これじゃあ、10点中4,5点でギリギリの合格だな。」
無陀野はそう言うだけで、一切表情を変えなかった。
次に現れたのは、迅と従児の二人組だった。
「さっさと終わらせようぜ」
迅は冷ややかな視線を周囲に投げつけながら、無駄に厳つい雰囲気を漂わせていた。
一方、従児は草むらや木の影に器用に身を隠しながら、上手く逃げ回る。
「……これなら合格か?」
と思いきや、10点中8点の高得点で終了。
縛られるとき、従児は心の中でニヤリとした。
(こんな綺麗なお姉さんに縛られるなんて、幸せかもな…)
そのスケベ脳は周囲にはバレることなく、彼女の手際よい縛りに身を任せていた。
だが、迅は違った。
「俺は他の奴らとは違う、ふざけんなよ。」
彼は冷たい目を光らせ、自分の血触解放「丸鋸」を発現させた。
チェーンソーのような回転する鋸刃が空気を切り裂き、華菜に向かって襲いかかる。
チェーンソーのような血触解放「丸鋸」を発現させたのは、明らかにルール違反だった。
その瞬間、華菜の表情が凍りつき、無言で刀の振る速度を上げた。
「……こんなやつ、単純に反撃できる」
冷徹な目が迅を捉えた。
迅は後ろを振り向き、一瞬走り出そうとした――その瞬間。
「……!」
自分の足元に、赤く滲んだうさぎの足跡がいくつもついていることに気づいた。
それは、華菜の血触解放《描筆生水》によって描かれた“爆弾”の印。
「チッ……!」
迅は引き返そうとしたが、もう――遅い。
「バイバイ。」
華菜は冷たく言い、指を鳴らした。
ドン――ッ!!
爆音と共に地面が爆ぜ、迅の体が吹き飛ばされる。
叫びも上げられず、彼はそのまま気を失った。
煙が晴れるころには、迅は地面に倒れていた。
やがて無陀野が現れ、無言で迅を肩に担ぎ上げる。
「……終わりだ。」
そう呟いて、迅を連行していった。
華菜はそれを見送りながら、ガラスペンを指でくるりと回し、小さく息を吐いた。
「さて、次は――」
追いかける生徒は、もう――誰もいなかった。
森に広がっていた緊張感が、風と共にゆるやかに消えていく。
「ふぅ。これで全員、終了っと。」
華菜は軽く首を回しながら、満足そうに笑った。
そこに、無陀野が現れた。担いでいた迅の身体を地面に置くと、全員を見渡す。
「鬼ごっこ、これにて終了だ。」
華菜も頷く。
「みんな、よく頑張ったね~。予想よりも全然動けてて、ちょっと楽しかったよ?」
華菜の声に、縛られたままの従児がニヤけ、帆稀は顔がぱっと明るくなった。碇はまだ納得していない様子で唸っていたが、他の皆はなんだかんだ達成感をにじませていた。
「迅くんは……減点ね。10点中、2点。他のみんなは逃げようとしただけ、まだマシ。」
華菜はそう言ってさらりと済ませ、あえて追及しなかった。
無陀野も無言でうなずくと、皆の縛めを順に解いていく。
鬼ごっこは終わった。
そしてそれは、この班にとっての**最初の“選別”**でもあった。
つづく