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だが、それも束の間だった。
「本番、5秒前でーす!」
スタッフのカウントダウンの声で、はっと我に返る。
気がつくと、ナギと呼ばれた青年は、もう蓮を見ていなかった。
営業スマイルとも思える、人懐っこい笑顔でインタビューに答える姿は、先日会った彼とはまるで別人のようだ。
――やはり、ただの勘違いだったのか?
内心、首を傾げる。
他人の空似にしては似すぎている気もするが……。
(やっぱり、あの時、名前くらいは聞いておくべきだったな)
そうすれば、もう少し確信を持てたかもしれないのに。
と、そこまで考えて、ふと気づく。
――なぜ、こんなにも彼に拘っているんだ?
自分にとって彼は、ただの行きずりの男。
一夜限りの関係。それだけのはずだ。
特別な存在でもない。なのに――
このモヤモヤとした感情は、何だ?
「なんだ、彼のことが気になるのか?」
まるで心を読まれたかのようなタイミングで凛に声をかけられ、思わずギクリと肩が震えた。
けれど、兄に動揺を悟られるのが癪で、必死に平静を装う。
「そんなんじゃない」
それだけを返して、視線を再び舞台へと戻した。
――すると。
いつの間にか司会者との会話を終えていたナギが、こちらに向かって真っ直ぐ歩いてくるではないか。
(えっ……!? な、なんだ?)
どうしていいかわからず固まっていると、ナギは自分と凛の目の前でピタリと立ち止まった。
間近で見る彼は、遠目で見るよりもずっと整った顔立ちをしていた。
芸能人にありがちな“作られた美しさ”ではない。
自然体のままで醸し出される、中性的な魅力。
その瞳に見つめられているだけで、なぜか心臓が高鳴る。
思わず息を呑み、見惚れていると――
ふっと、柔らかく微笑まれた。
そして――
すっと差し出された手は、自分ではなく、凛へと向けられていて――。
「初めまして。御堂凛さんですよね? 俺、ずっと凛さんのアクションに憧れてたんです」
「――え?……」
一瞬で、頭が真っ白になった。
自分のことを認識していない? やっぱり――赤の他人だったのか?
兄のすぐ隣にいるのに、まるでそこに存在していないかのような扱いを受けて、蓮はショックを隠し切れない。
そんな戸惑いをよそに、ナギは屈託のない笑顔を凛に向けている。
やっぱり、目の前にいるこの人は別人なのだろうか?
もしかして双子か何か……?
でなければ、自分を無視する意味がわからない。
そんな蓮の混乱など知る由もなく、ナギは相変わらず凛だけを見て、夢見心地といった表情で語り続ける。
「小さい頃から、ずっと好きだったんです。引退してしまって、もう随分経つから……。まさかこんなところでお会いできるなんて、思ってもみませんでした」
「そ、そうか……」
口下手な兄が困ったように頬を掻いた。
照れている時によく見せるその仕草に気づいて、蓮の中でもやもやとした気持ちが広がっていく。
「今日はどうしてここに? もしかして……」
「俺は元々スタッフとしてここに居るだけだ。今日は弟に現場を見せたくて連れてきただけで」
「……弟?」
そこでようやく、ナギと真正面から目が合った。
その蠱惑的な瞳に、吸い込まれそうな錯覚を覚えて、慌てて視線を逸らす。
「……へぇ、弟さんなんですか。凛さんもイケメンですけど、弟さんはタイプの違うイケメンですね」
マジマジと、上から下まで舐めるように見られる。
なんとなく居心地が悪くなって一歩後ずさると、それを阻むかのように――腕をぐいっと引かれた。
「ふふ、そんなに警戒しないでくださいよ。別に、こんなところで襲ったりしないってば」
「!?」
耳元に唇を寄せながら、含みのある声音で囁かれ、蓮はぎょっと目を見開く。
「――初めまして。小鳥遊 ナギです。よろしくね」
にっこりと人懐っこい笑顔で手を差し出され、蓮はおずおずとそれを受け取る。
ギュッ――と、思いのほか力強く握られ、思わず顔をしかめたその瞬間。
「――俺とのこと、もしバラしたら許さないよ?」
今までの猫なで声が嘘のような、低く鋭い声で耳元に囁かれた。
ハッとして顔を上げると――
人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべるナギの顔が、すぐ目の前にあった。
だが、その表情はほんの一瞬だった。
すぐに元の、爽やかな好青年の仮面を被ると、ナギはパッと手を離し、「またね」と軽く手を振って――呼びに来たスタッフと共に持ち場へと戻っていった。
あまりの変わり身の早さに唖然とし、ハッと我に返る。
……なんなんだ、アイツは!?
顔は同じでも、あの時のエロ可愛い青年とはまるで別人じゃないか。
それに、自分を“居ないもの”のように扱ったあの態度――それが何より腹立たしい。
さっきの言葉からしても、あれは――絶対に“わざと”だ。
自分には見向きもしないくせに、兄にはあんな愛想よく話しかけやがって……。
(あのクソビッチ……! 何が“許さない”だ! あんなにいやらしく誘ってきたくせに……!!)
悔しいやら、ムカつくやら、腹立たしいやらで、蓮は無意識のうちに拳を握りしめていた。
「……兄さん」
「なんだ?」
「今回のアクターの仕事――受けるよ」
その言葉に、兄は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐにフッと口角を上げ、意地の悪い笑みを浮かべた。
「――あの子に惚れたか?」
「はっ!? 馬鹿言わないでくれ。あんなガキ、タイプじゃない」
冗談じゃない。誰があんな腹黒男に好意を抱くもんか。
好きになんて――絶対にならない。断じて、ない。
今はそんなことより、あの男に一泡吹かせてやりたい。
あの余裕の笑みを――ズタズタに崩してやりたい。
そのためには――。
謎の闘志を燃やしながら、蓮は壇上にいるナギの姿をギリ、と睨みつけた。