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「飛行船を使って空で特別授業を行おうと思うんです!」
早朝の講堂、教官の気分の高い声が響きわたる。周りも自分も眠たく頭が回らない、だから理解が追い付かなかった。
「えっ、飛行船?」
ようやく状況を飲み込めた俺、今確かに教官は空で授業したいといった。一体どういう風の吹き回しだ?
「来年には皆さんも派遣され実際に騎士として動くことになります、内容によっては海にでたり空からの移動になったりと様々な乗り物に乗るように嫌でもなります。そこで!今のうちに慣れるために飛行船に乗せて慣れさせようと昨日考えたのです!」
いや考えたの昨日なのかよ。
飛行船は自分にとって懐かしいものだった。昔父親が仕事のために他の国へ向かうことが多かった、だから移動時によく船や飛行船に乗せてもらった記憶が残っている。
小さい医者ではあったがお金はそこそこ稼げていたので家には飛行船がある、それに父と乗って景色を共にみるのが楽しかったのを今でも覚えている。
「空かぁ……オスカーは乗ったことある?飛行船」
「ねぇな、アラドはどうだ?」
「俺?小さい頃に何回か乗ったよ」
時間は飛んで夕食時、早速明日から飛行船に乗り空の旅だ。
正直俺は楽しみだ、父親が死んでからは全くすることのなかった久しぶりのフライトだからな。
でも乗り物慣れなら船の方がいいのではないかと俺は思っている、昔、飛行船程ではないが船にも何回か乗った。感想をいうと、あれは到底乗れるものではない。
潮風が体について全体がベタベタになる、風呂の時間以外はべたつきが消えない。
しかも船が揺れて気分が悪くなる、俗に言う船酔いというものである。
あれは普通の乗り物酔いではない、酔い止めを飲んでも酔うのだ。あれは三半規管が弱いからなるらしいが何度慣れようと頑張っても俺は慣れることはできなかった。
「マジで?あれって酔うのか?」
「いや人によるよ、船よりは酔わないし大丈夫だと思うよ」
「えっ、船も乗ったことあるの?アラドって意外に経験豊富だね」
「前日にできる対策ってあんのか?」
「意外にってなんだよ……前日にできる対策?腹を空かせすぎず満腹にしない、そして酔い止めを飲むこと、乗ってからだと遅いからな」
自室にて明日の準備をする二人、俺は慣れっこだから大したものは必要ないがやはり初めての人たちはいろいろと準備が必要なのだろう。
「俺は先に風呂に入るぞ~」
「えっ、もう入るの?最近早くない?」
「寝不足も酔いの原因だぜ?お前らも早く寝たほうがいいぞ」
実は早く風呂に入るのは別の理由もある。
「よぉ誘ってくれると思わなかったぜ」
ミンク教官にも同じこと言われた気がするが。今日はウォーロック教官と風呂に入る約束をしていたのだ。彼の肉体は美しい、赤い毛皮と鍛え上げられた筋肉、ここまで体が大きければさぞかしアソコも大きいのだろうな……。
「なに下の方向いてんだ?スケベな奴め」
向けている視線に気づいたのか教官はニヤついた顔でこちらをじろじろと見始めた。
「……気のせいですよ」
「別にみせてやってもいいんだぜっ?俺のは自慢できるくらいには大きいからな!」
「もうこの話やめません?」
恥ずかしくなってきたので無理やり中断させた。あと自慢するものじゃない!
「明日から飛行船に乗りますけど、教官はどう思います?」
「ん?あぁ、あれは俺の提案だっ!」
マジか、てっきりミンク教官の独断で決めたものかと想像していたんだけど。
「そうなんだ……なんでそんなことを?」
「昔な、飛行船に乗りながら旅してたんだよ、久しぶりに乗りてぇなぁと思ったから、慣れるを理由にミンクと話したら許可が出たんだよ」
「そうなんですか!?俺も昔よく乗ってたんですよ!」
「…………そうなのか!じゃぁ、お前も空の男ってことだな!」
「なんですか空の男って!まぁ境遇の存在がいるのは嬉しいですけど」
「当日がもっと楽しみになったぜ、今日は早く寝ちまいな」
「はーい!」
少し話が盛り上がりそうであったが楽しい話は明日までお預けだ、俺も明日が楽しみになってきた、今日はもう明日のために寝るとするか。
「お~!絶景だなぁ!」
学院が小さく見えるほど上空に上がっていく飛行船、遠く感じていた青空がこんなにも近い。雲一つなく澄み切った青空、今日は絶世の空の旅日和だ。
城、森、海などの全てが空から見える。地上からみるときとはまた違った感性が心を魅了させる。
「気分はどうだ?アラド」
空からの絶景に完全に魅了されずっと外にでていた、それに気づいたウォーロック教官が隣にやってくる。
「最高です!俺ちょっと外にいすぎですかね……」
「いや他の奴らが外にでなさすぎなだけだろ、こんな程度で酔っちまうなんてな」
今外にいるのは俺と教官、さっきまではオスカーとセトもいたのだがちょっと気持ち悪くなってきたと言って部屋に戻ってしまったのだ。
「そういえば特別授業って何するんですか」
「ん~飛行船などの地上以外の戦闘に慣れてもらおうとも考えているんだが、せっかく空に来てんだからここでしかできないことにしたいよなぁ……」
「操縦訓練とか?」
「お前は死にたいのか?」
他にも飛行船での人命救助とかパラシュート降下とかまともな考えはこれくらいしか思いつかなかった。時間の限り、二人で楽しく話すことができた。
「悪い!この後ミンクと打ち合わせがあるんだ、風呂のときにでも喋ろうぜ!」
「えぇ~わかりました、約束ですよ?」
さて、俺もそろそろ室内に戻ろうか、オスカーとセトが心配だ。
館内は体調が悪そうに座っている人でたくさんだった。都会民の方が乗り物に乗ったことがあるだろ……。俺と教官以外の人は、ほぼ全員ぶっ倒れているみんな飛行船に乗ったことがないのか?
奥の方で気分が悪そうなセトを発見した。
「オスカー、セト、大丈夫か?」
「俺はだいぶ慣れてきたぜ……」
「うぅ……酔い止め飲んだのに……」
彼の近くの床には本が置かれている。多分だが気持ち悪さが治らないのはこれが原因だろう。
「おいセト、小説読んでたのか」
「う、うん、気が紛れると思って」
「それ見事に逆効果だぞ、本による目からの情報と体の揺れを感じ取る三半規管などからの情報が一致せず脳が混乱してもっと酔うだけだ」
オスカーとセトは問題なさそうである、さて、では次……。
「ニル……お前めっちゃ顔色悪いぞ、大丈夫か?」
次に見たのは死にかけているニル王子。隣にはカヌルスもいる、彼もニルほどではないが酔っているように見える。二人とも座っていてもキツそうな顔をしている。
「気遣いなど、不要だ……こんな酔いすぐに直してみせる」
「やっぱ酔い止めを飲んだ方がいいですよ……」
「はっ?お前酔い止め飲まなかったのかよ!?」
「く、薬など使わんくても慣れてみせ……うっ……」
リバース寸前のニル。第三王子なのに意外な弱いところがある。
「お前は全く酔ってなさそうだな」
「俺は何度か乗ったことあるからな、慣れだよ、カヌルスは酔い止め飲んだのか?」
「あぁ、だいぶマシになったぜ、けどよ、耳がなんか詰まってるんだよ」
「…………俺もだ」
「ニルは酔い止めを飲め!それも慣れの一歩だぞ。耳が詰まってるように感じるのは外側と内側の気圧が変わったせいで耳管の機能が低下してんだよ、あくびしたり唾を飲んだりすると治るぞ」
薬を飲むことに抵抗しているニル。
「ど、毒など盛られてないな?」
「なわけねぇだろ!リバースする前に飲め!」
貴族だから毒とか普通に盛られてたりするのかな?それにしても乗り物酔いで弱体化する第三王子、面白すぎるだろ。
しばらくこの部屋にいて気づいたのだがカイルがいない、どこに行ったのだろうか?外かな。
子供のころ、星をみるのが好きだった。父の出張が長期に渡り飛行船での一泊なんてことはよくあった。
そのたびに父の目を忍んでできる限りの高いところで星を見る、その時だけ、父に言われたことを忘れていられた。
「お前とこの景色をみたかったんだぜ」
冬の夜空は空気が乾燥して澄んでいる、風でチリが飛ぶため透明感のある美しい空だ。
静かな空の下、ウォーロック教官と二人で会話をする。
「また一部の生徒を優遇してません?」
「いいんだよ、空の男同士の仲だろ?」
でたよ、空の男という謎名詞。
「懐かしいな……」
悲しみのあるような顔をする教官、この人にも何か空に関する苦い思い出があるのだろうか。
「昔、父の目を忍んで星を見るのが背徳感があってすきでしたね」
「…………お前の家、飛行船持ってたのか?」
「ビジネス用の小さいやつですよ、こんなに大きいのに乗るのは初めてです」
「へぇ……」
ただ黙って星空と街頭に照らされた地上の街を見る、誰にも見られないであろうマストの上で。
空は全てを知っている、この世界に生きる者たちを平等にみている。けど、悲惨な運命でさえ空は見ることしかできないのだ。
飛行船での特別授業二日目。
セトとオスカーの二人はだいぶ慣れてきたようであり昨日より外に出れている。
上空のため断熱膨張により温度が地上付近よりも下がる、そのため朝はとても寒い。
「もう少しでテストですね、実技の方は飛行船の上で行うようですよ?」
旅客機程の大きさではないため学院にいるときのような授業は行わない、酔いで体調が悪いものだっているだろうし。実技のテストも普段のテストとは違う特殊なものになるはずだ。
テスト勉強しないと。頭ではわかっているさ、何度もいう、体が動いてくれないのだ。一人では限界がある、答えをみたって理解できないときは誰かに頼らなくてはならないのだがセトとオスカーはわからないというしニルなどに聞くのは癪にさわるし。カイルは筆記は得意じゃないし。
せめて誰か教えてくれる人がいたらなぁ…………。
「あっアラド、なにつったてんの」
「うわっ、美少、じゃなくてカイル、と隣にいるのは誰だ?」
「今、美少女っていいかけた?まぁいいや、この人はハルスト。貴族だよ」
隣にいるのは太ってはないが丸い体をしている熊の獣人。見た目は温厚そうだ。
「アラド殿ですね、よろしくです」
なに!?礼儀正しいだと!?
「おう、よろしく、敬語じゃなくてもいいからな」
「お言葉は嬉しいですけど、これが慣れてるので」
丁寧な対応の仕方に今までの貴族のイメージが壊されるところだった。いやもとの貴族というものは礼儀作法がなっており傲慢な態度はとらないというのが世間一般のイメージなのだからこれが正しいのである。
「今から勉強するけど、アラドも来る?ハルストは頭がいいんだ」
「マジで!?助かる!頼むぜ、ハルスト!」
「ご期待に添えるよう頑張りますね」
自室に籠り三人で勉強をする、わからないところのほとんどはハルストが丁寧にわかりやすく教えてくれ順調に勉強をすることができていた。
どうしても勉強に集中できない理由がひとつ、ハルストのムチっとした尻だ、熊獣人であるからか体格が縦よりかは横に発達している。だからと太っているわけでも筋肉がついてるわけでもない。
恐らく、筋肉と脂肪がうまく合わさった極上の尻になって……これ以上は本当に変態になってしまうため考えるのはやめておこう。
「疲れてないですか?焼き菓子を作ってきたんですけど」
「あっ、じゃぁ紅茶入れてくるよ」
「飛行船の上で物資限られてんのによくできるなぁ」
『材料さえあれば魔法でどうにかなりますよ』
二人同時にそう返してきた。便利だなぁ魔法、俺はまだ発生練習の段階だってのに……。
ハルストは料理もできるらしい、ご飯としての料理、菓子としての料理、どちらもできる。
カイルは紅茶を作れるらしい、自分でブレンドさせた紅茶を飲んでいるのだとか。
貴族というものは何かしらすごいところがあるんだな……。
「ハルストはいい嫁さんになれそうだよな」
「な、何言ってるんですか!?」
「切実に思うんだけど、料理ができて面倒見がいい性格してるから、ハルストはマジでいい嫁さんの例」
「す、素直に喜べないですよ……」
迷惑しているように聞こえるが彼の顔を見ると赤面している。喜んでいるのは事実なのか。
「アラド、ハルスト、好み聞かなかったけどいいかな」
香りのよい紅茶を持ってきたカイル。花やハーブのようないい匂いがする。
「お気にせず、僕はあまり紅茶に詳しくないので」
「俺も気にしてないぜ!しいていうならこの前飲んだやつが好きだったなぁ」
「今回は渋みを増やしたからこの前のとはだいぶ違うかも」
ハルストが持ってきた焼き菓子は平民でも王道なマドレーヌだ。
バターと卵の風味を活かした、しっとりとした触感が口の中でとろけていく。
味も豊富でプレーンからレモンやチョコレート、抹茶など飽きることがない。口の中が乾いてきたら紅茶を飲む、フレッシュな味わいで口の中を潤わせる。
「カイル、甘い物好きだったりする?」
おいしそうにマドレーヌを頬張るカイル、幸せそうな顔をして一つ、一つ、と味わっている。
「いや、そういうわけじゃないけど。ハルストが作るお菓子がそこらの高級ブランドより味がいいから、手が進むだけ」
「カイル殿は昔、よく家に来ましたよね」
「えっ、二人って学院に入学する以前から接点あったの?」
「同じ貴族である以上、種族と住む地域が違えど関わることがあるんだよ、追放を受けてからはよく通ってた」
「あの頃のカイル殿は荒れてました」
「あっ!その話はしちゃダメって!」
「えっ気になる!」
まるで女子会だ。しかも飛行船という茶会をするには圧倒的に不適切極まりない場所。
お菓子と茶があり、その狭間に会話がある。
こんな遊んでてよいのかって?勉強はすぐに再開させるし、特別授業といえあくまでも慣れが目的の旅なのでしっかりとした授業はない。
何もない、というわけではなくもちろん多少の授業はある。実技は飛行船上でのテストとなるため地面での戦闘ではないときの戦い方を教えられる。
「初対面の時はビックリしましたよ、女の子が一人称俺で喋ってる!?って」
「それがきっかけで顔を隠すようになったんだったなぁ」
懐かしんでるだけに見えるが女の子というワードで耳が垂れ下がったのを俺は見逃してなかったぞ。
「また外したんですね」
「学院の人にはもうバレたようなもんだったし、誰かさんのせいで」
「あ、はは、申し訳ないなぁ」
「面白かったこともあったよ、ニルが僕のこと女だと思って少し戸惑ってた、男ですっていったら紛らわしい奴だ!っていつもの傲慢な態度に戻ったよ」
「女性にはあいつも優しかったりするのかな」
「そういえばニル王子みませんね、カイル殿知ってます?」
「いや?全く見てないね、アラドは知ってる?」
「昨日みたら酔いでぶっ倒れてた」
あのガンダーラ帝国第三王子が?乗り物酔いしてんの?とカイルは大爆笑していた。
忘れていたが、少し心配になってきた。後で確認しに行くとしよう。
楽しいひと時というのは一瞬であり、たくさんあった菓子はなくなり紅茶も飲み干した。
ハルストが片付けをしてくれ、俺とカイルは勉強を再開する、窓から吹く冷たい風が勉強により痛くなった頭をリフレッシュさせる。
隣をみると、さっきの笑みはどこへやら。集中した目つきで手を動かしているカイルがいる。
あまりじっくり見たことがないが横顔でみても女の子だと勘違いしてしまいそうな程綺麗な顔つきだ。
「あの、集中できないんだけど」
「あっ、悪い。綺麗な顔してんなって」
「ハムスターじゃなければ、もう少し男にみられてたんじゃないかと思うようになった」
「いや獣人関係なく顔自体が美形でかわいいから無意味……」
「うるさい!ぶっ殺……しちゃうよ?」
おうおう、いきなり口が悪くなるんじゃない。
昔の性格を抑えてた理性が怒りの感情で壊れたのか、明らかに、ぶっ殺すぞ!と貴族という身分ではありえない口調を使おうとしたカイル。ハルストの言う通り、こんな美少女……ではなく美少年がぶっ殺すぞ!なんて言ってきたら驚くに決まっているだろうな。
「今戻りました」
ハルストがドアを開けて入ってきた。
「片付けまで任せちゃって悪いね、俺……僕らの勉強も任せてるのに」
「あれ、まだキレてる?」
「声は男ですし、別に俺でもいいんじゃいですか?」
完全に怒りが抜けきってないカイルは一人称が俺になっていた、声が男とはいえギリギリ女性よりの声だ。そのためやはり一人称が俺だと違和感がでてるように感じる。
「ハルストが俺は似合わないって言ったから僕にしてるんだけど」
「俺にぶっ殺されたくなければ菓子をよこせっ!」
「や、やめて!?そのセリフ一種の黒歴史だからっ!」
過去にハルストにお菓子を貰う時に毎回このセリフをいっていたらしい。ハルスト曰く断ってもそれ以上脅されることはなかったし美味しく食べていたのだとか。
「懐かしいですね、渡したら暇だからを理由に一緒に食べましたね」
「……うるせぇ!……あっ」
完全に吹っ切れたカイル、口調が悪くなってしまった。でも理性もあるからかその言葉の悪さを出したくなく謝ってもしばらく黙ってしまった。
時間を忘れ勉強をしていた、範囲がそこそこあるため一日やってもやりたりない。しかしハルストが丁寧に説明してくれ一人でやるよりかは円滑にすることができた。気づけば辺りは暗くなり夜が来ている、夜の一歩手前の藍色のような空は美しい。
「そろそろ終わりにしませんか、やりすぎも体に毒ですよ」
横に座って俺らの勉強姿を観察していたハルストが言った。
「そうだね、お風呂に入りたいし」
「おっ、機嫌なおった」
「お風呂にはこないでよね、変態狼」
めずらしく煽り返してきた。今だけは認めたくない、彼のニヤッとした顔をみると興奮してしまう自分がいることに。
「誰がどうみたら変態狼なんだ!紳士狼な間違いだろ!」
「知ってるよ?勉強中の君の視線がどこにあったか」
視線を向けられてた存在に聞こえないように耳元で囁いてくる。至近距離だからか髪からふわっとした柔らかい香りが鼻につく。その香りは到底男性が出せるような匂いではない、男性を誘わせる女性の香りだ。
「じゃ、入ってくる~」
ニヤっとした表情から純粋な笑顔に戻り、そう言ってカイルは部屋を去った。
「最近は違いますけど昔は長湯だったんですよ」
「噛むほど味がでる、ってこいつのためにある言葉なのでは?」
「僕は少し外に出ようと思いますけどアラド殿は何か用事がありますか?」
「あ~、用事あったわ。ということで、ここでお別れだな」
「ですね、ではっ」
ハルストと別れ俺は頭の片隅に置いていたニルの確認をしに行く。昨日は酔い止めを飲ませそのまま去ってしまったが、効力はあったのか。
通路を歩いていた、部屋がたくさんあるためニルを探すのも一苦労だ。
その時のことだった。
ガシャンっ!と何かが割れる音がした、その音は近くで鳴ったためか大きいく響いた。
俺はなにか嫌な感覚がした。何故か足取りを速くしなきゃいけないのではと、俺はニルの部屋に走る。しかし足が思うように動いてくれない、なぜなら床が傾き始めていたから。
ここで気づいた、飛行船が撃たれたことに。
けれどパラシュートがないし室内の奥の方にいるため外から飛び降りるのも難しい。
次第に焦げた木の臭いがする。
(あの部屋からだ……!)
動かしにくい体を傾きに合わせて動かす、ドアを開けようとしてもうまく開かない。
緊急事態のため仕方なくドアを壊すことにした。ドアを壊し部屋の向こうにある悲惨な光景が見えた。
部屋は荒らされている。窓ガラスが割れ辺りが火の海だ、そして、倒れているニルがいた。
動けそうになく体が傾いている方向に少しずつ動いている。しかし火の海の餌食にならないように体を倒れながらも丸めたり段差や柱を手で掴んでいる。
「ニル!?」
「……狙われた……」
声は弱々しく今にも消えてしまいそうだ。とりあえず、ニルを介護し部屋をでようと試みる。
しかし火の進行は速く部屋は完全に火で覆われてしまう。
床を壊して外に出てもパラシュートがないため自殺行為をするだけだ、かといって強行突破しようとしても、俺はできてもニルが危ない。
(ふざけるな、俺の人生、ここで終わるのかよ……!)
逃げ出せず、何もできず、ただ死を待つことしかできなかった。炎で腐敗した木が脆くなり壊れ穴があく、自分たちの真下にも穴があき俺とニルは地面へと自由落下していく。
痛い、火傷と高い所からの衝撃で体に激痛が走る。運が悪かったのか町であったらよかったものの、森の中へと落ちてしまった。
もう体は思うように動いてくれない、ニルの衝撃を庇うために下敷きになったため尚更苦しい。
彼の脈を確認するともう動いていない、自分も、すぐにこうなってしまうのか。
時間が経つにつれ激痛が消えていく、いや、感じる気力も、もうこの体には残ってないということか。それと共に意識と視界も消えていく、もうダメだ、そう悟り俺は目を閉じた……。
風を感じる。冷たく、肌に鋭く触れてくる冬の風。
少しずつ意識が戻る中、明かりと筆の音が聞こえる。辺りは寒いはずなのに背中から温もりを感じる。
(飛行船が襲撃されて、それで……)
俺、死んだはずだよな?先ほどまでの出来事を鮮明には覚えていない、けれど何があったかはある程度覚えている。
じゃあここは死後の世界?
ゆっくりと目を開ける、そして自分がうつ伏せ状態であることに気づく。
「あっ、起きました?」
聞こえる方向に振り向く。声の主はハルストであった、そしてここは飛行船の中であるということにも気づいた。
飛行船は墜落したはずじゃ……?
「随分うなされていましたけど、大丈夫ですか?」
「えっ、俺寝てた?」
隣で座り勉強していたハルスト。カイルはいないようだった。
「食べたあと勉強を再開しましたけど、ドンっ!ってなってビックリしたと思ったらアラド殿が寝ていましたよ、カイル殿は風呂に行ってますよ」
背中にはハルストの上着がかかっていた、温もりを感じた理由はこれだったのか。
夢オチだった。しかしなんとリアルな夢であったのだろうか?
歩く感覚や落下時の風をきるような感覚、痛みもハッキリしていた夢であった。
外をみれば夢の中でみた美しい藍色の空だ。いや、それよりまだ早い時間か。それより、俺にはまだ嫌な予感が頭のどこかにあった、モヤっとしたような何か付いている感覚が。
「ハルスト、ちょっと外に出ない?」
「僕もそうしようと思っていたところです、ぜひお供します」
デジャヴだ、夢の中でもハルストは外の空気を吸いにいっていた。あの夢は、もしかしたら…………。
昼間より気温が下がり、冷たい風が肌を伝う。街灯のようなものは少ないため薄暗い、足元には注意だ。
柵にもたれるように腕を置き外を眺める、空からは世界全体の様子がよく見える。
「風が気持ちいいですね」
隣で星空に目を向けていたハルストが声をかけてきた。
「だなっ、ちょっと寒いけど……」
「上着いります?」
「ハルストが寒くなっちゃうじゃん」
「僕はこれくらいなら気にしないので大丈夫ですよ」
「……いいこと思いついた」
「な、何してるんですか……」
「これでお互い暖まれるじゃん?」
前にもたれているため腕と体の間に隙間がある、俺はそこに入った。後ろからハルストの温もりを感じる、逆にハルストは前から俺の温もりを感じているはずだ。
まるでハグされるカップルのような体勢だ。最初こそ恥ずかしがっていたハルストだったが腕を柵に乗せるのではなく俺の腰周りに腕を置き優しく包むように。
「暖かい、ですね」
「恥ずかしがってたくせに、大胆なことするじゃん?」
ハルストに抱かれながら地上を眺める、すると気になる光景が目に映った。
(なんだあれ、こっちを狙ってる…………?)
遥か上空にいるため地上付近のようすはあまりわからない。
だから、何者なのか、何をしているのかを断定するのは難しい。けれど明らかに銃口にみえるなにかがこちらに向いて、今にも発砲されそうだ。
「アラド殿?」
「…………!何?」
「ずっと下の方を向いていましたけど、どうかしました?」
もし、もしもだ。夢で見たようなことが今から起きようとしているのなら、行かなくてはならない。
元々ニルを確認しにいく目的もあったため好都合だ、考えすぎなだけの可能性だってある。
本当に、考えすぎなだけであってくれ……。
「アラド殿……?」
「俺、ちょっと用事思い出したんだ、ごめんな」
「気にしなくていいですよ、僕はもう少し外を眺めてようと思います」
「本当はもっと俺に抱き着いていたかったりして……」
「そ、そんなわけないですよ!恥ずかしいこと言わないでください!」
「ふ~ん?まぁ、そういうことにしておいてやるよ、じゃあな!」
赤面するハルストを可愛いと心で感じながら俺はニルのいる場所へと気持ち早歩きで向かった。
夢の中通りなら、この通路の奥の方にニルの部屋があったはずだ。知らない通路だったはずなのに、夢の中と一緒な形をしているためかスムーズに歩けている。
今考えてみればおかしかった、俺の自室の反対側は来たことがないはずなのに俺はわかっているかのように自室近くのドアは開けず反対側の方向へ一直線に歩いていた。
そんな事を考えているうちにお目当ての部屋についた、このドアを開ければニルがいる……?
さすがに田舎民でも礼儀というものはしっかり持っている、いきなり入るわけにもいかないためノックをする。
「ニル~?いるか?」
「……………………」
返事がない、恐らく屍のようだ。
と遊びたいが実際にそうであったら困る、寝てるまたは酔いで返事できないほど弱っているのどちらかであってほしい。いやそうであってくれ。
「開けちまうぞ~?」
念のために警告する、勝手に開けてニルに「勝手に入るな!」なんて言われても言い返せるように。
返事は全くなく数秒経っても何もない。ってことは入ってもいいってことだよな。
何もないことを祈りつつ、ゆっくりとドアを開ける。ドアの向こう側の光景は何の変哲もなく、ニルがベットに横たわっていた。
ほっ、っと胸をなでおろす。ベットに横たわっているニルをみて一時的にだが心が落ち着いた、顔をみると気を悪そうにしているがぐっすりと寝ている。
貴族だから生きる世界が違うのだろうと印象をつけていたが、寝顔をみていると自分ら平民と同じだなと思ってしまう。
「……何者!」
「うおっ!?」
先ほどまで寝ていたニル、その隣に座って起きるのを待っていたのだが。気づけば自分が寝転がり、ニルが上にいる体勢へと変わっていた。
「な、なぜお前がここにいる!?」
それよりも掴んでる手を離してほしいものだが、相手も貴族という身分、睡眠時にいきなり人がいたら刺客が来たと間違えてしまうのも無理はない。
「昨日酔ってたから心配したんだよ、ていうかお前ついさっきまで寝てたよな?」
「寝ていても人の気配は察知できる、しかしお前だとは思わなかった、最悪な目覚めだ」
「とりあえず、その、この状態やめませんか……」
他者からみたら俺がニルにベットで押し倒されているように見えるはずだ、しかも腕を掴まれ身動きのとれない状況である。
「な、何を興奮しているんだ!淫らな奴め!」
こいつの照れって一番わかりやすいんだよな、顔がすぐ赤くなるし……。
そんなことはどうでもよく、体調が好調か酔いには慣れてきたかを聞くことにする。結果は全く慣れていなさそうだ、現に先程まで寝ていたのだから。
「ここまで乗り物に弱い奴初めてみたわ」
「黙れ!こんなものすぐに慣れてみせる!」
すぐに慣れるといって早一日、いや二日が経とうとしている、しかし一向に慣れる気配がない。
慣れが遅い体質なのか、単に三半規管が弱すぎるのか。にしても飛行船でここまで体調を悪くするものだろうか、もし飛行船ではなく船だったなら理解できる、船の場合は常時揺れが強いようなものだったから俺もキツイと感じていた。
「酔い止めは飲んでるのか?」
「…………飲んだ」
「はい飲んでないな、飲め!」
「の、飲まん!そのような錠剤を使わんでも慣れてみせる!」
「強がるな!自覚しろ!お前は乗り物酔いが激しいんだよ!」
意地でも酔い止めを飲もうとしないニルは抵抗をしてくる、不利な体勢でも力の差があり近づくことができない。なぜここまでして、こいつは人に頼ろうとしない、なぜこいつは人を信用しない……?
時間も忘れてじゃれ合う……頭の片隅に置いていたことも忘れて。
数時間前、とある地点Aにて。
「第三王子、ニル・シュバルツ・セピアの位置は特定できたか」
一人の声が響きわたる。
「GPSはここら辺のはずなのですが……」
機械を使い探るものが数名、新調された武器の点検を行うものが数名。
「地上だけではないだろう、事実動き続けている、恐らくあの飛行船だろう」
隊長の指示により武器の調整を行う、距離の調整は難しい。
「できる限り第三王子のいる部屋に打つのだ、小さな高威力のわりに爆風が小さいからな」
今回使用する武器、試作品№009は最新兵器の小型版である。暗殺計画のために作られたものであり、試作品№008の威力を上げ爆風を下げたほぼ上位互換となる。
「第三王子と思われる姿を、双眼鏡で発見しました!」
その報告に隊長は笑みを浮かべる。周りの兵は照準を変え弾を撃つ準備をする。
「よし、あそこを狙え、一発だけだ。それとエンジン部位も壊せ、ばれないようにな」
あそこにはカイル王子だっている、だから皆この作戦に完全な賛同をしなかった。しかし第三王子を殺せる絶好のチャンスだと隊長は、止める気がない。
「隊長、本当にやるのですか……?」
「リノよ今更何を言う?」
「だって、あれを落とすということは下手したらカイル様も……」
「王より許可は得ている、大丈夫だ、カイル様は爆破をもろに受けない彼は強いし生きれるさ」
兵に優しい隊長は作戦の変更は行わないものの心に寄り添い落ち着かせてくれる、だからこの人は隊長になったのだろう。
反論もなく兵士たちは準備をする、いやこの会話をしているうちに完成してしまった。
この爆弾はボタン式であり入ってしまえばあとは手動で簡単に起爆できる、だから大した準備は必要ない。
「よし、では、発射!」
合図と共に勢いよく空へと爆弾が放たれる。
友を、いまから殺すのか……私は。
夢の中と同じ音がした。
ガラスが割れたのだ、しかし夢の中のような大きいガシャン!という音ではない。周りには聞こえない、パリンという小さなものだ。
それと同時に、地面が斜めに曲がっていく。エンジンが壊されたのだ、しかし音はなかった、爆発音も機械が壊れるような音もない。
「なっ、襲撃されたというのか!?」
一体何で壊された、爆風も爆音も聞こえなかった。爆弾ではない何かに撃たれたというのか……?
だが思考を巡らせるような暇はない、飛行船が落ち始めたということは……今からこの部屋は燃える…………!
「……伏せろ!」
部屋に入ってきた謎の黒い物体。入ってきたと思えばその瞬間膨大な光を放ち始めた、それにいち早く気づいたニルは俺の頭を無理やり床に叩きつけてくる。
何もなかった、爆風も、爆音も。あるのは光だけ、その光を受ける度に体中の細胞が拒絶反応を起こす。
(……何が起きて……?)
自分の体が、灰に変わっていく感覚がある。体全体の皮、骨、筋肉が剥がれていくような。
気づけば辺りは白ではなく赤になっていた、爆発が起きて火花が木に移ったわけでもないのに。炎が広がりこの部屋を燃やしていく、夢の中でみた光景と全く同じだ。
(逃げださ、ないと……)
灰にされた部分はひどい火傷だった、痛い。その傷にたいして周りにある炎たちが追い打ちをし痛みを強めてくる。
それだけなら、体は動かせるはずだ。しかし何故だろうか動いてくれない、違う頭が、脳が考えられなくなっている。腕も足もびくともしない。
脳が命令を与えてくれないんだ、でもなぜ思考を巡らすことができるんだ?
ウイルスのように頭に何かの異物が混入されている、あるいは何か特定の組織、器官を壊された……?
「大丈夫、か?」
「体が、動かない……」
「放射線を浴びすぎたか……」
「放射線……?それってX線みたいな……?」
「X線、が何かわからんが、お前はさっきの放射性物質による脳の麻痺をしているのだろう」
X線、父が死ぬ前に言っていた最新の医療技術になる……予定だったもの。論文として出す前に父は死んでしまった、その時父も放射線が何たら、と研究ノートに書いてあった。
「とりあえず、この部屋からでるぞ」
「でも、俺……動けない……」
「わかっている、この俺が貴様を助けるのは癪だが少し借りができたからな、特別だ」
「借り……?」
「貴様が俺の部屋に来ていなければ俺はあのまま寝ていただろう、そうしていたらもろにあの攻撃を受けていたからな」
「おい待て、それ遠回しに俺を盾にしたってことだよな?」
「ふん、光栄だろう?貴族の盾になれて」
よく見るとニルも激しい火傷が体中にあった、俺を盾にしても光は隙間さえあれば入ってくる。あの光は少し当たるだけでも致命傷なのかもしれない。
ニルは動けない俺を腕で担ぐ、鍛えられた上腕二頭筋に触れると硬い、硬いのにムニっとした柔らかい感触もある。脳が麻痺していてもこんなことを考えられる頭が健在していることに少し安堵する。
(ニル……担ぎ方……)
お姫様状態に担ぎ上げられているこの状態はすごく恥ずかしい、ニルは全く気にしていないよう、気づいていないといった方が正しいか。こいつも脳をやられてるのでは?
「パラシュート、確かあっち……」
「そうか、お前はパラシュートで降下し逃げるといい……」
「はっ?お前はどうすんだよ」
「狙われているのは俺だ、パラシュートで降下しようと撃たれる可能性がある。とっさに魔法障壁で守れるかも空中でそれができるかわからない、だったらこの飛行船が墜落するのを待ち相手に死んだと勘違いさせた方が生存率は高い」
確かにそうだ、恐らく俺らが目的ではない。そうでなければあんな少量の爆弾のようなものでこの飛行船を墜落させようとはしない。
相手は飛行船から脱出しようとするのも想定にいれているに決まっている、だったら死んだと思わせ逃げた方が生存できるのかもしれない。けれど……。
「ふざけんな!墜落した場所がどこかもわからないし落ちる場所が海の可能性もあるんだぞ!」
「……そうしたら助けが来るまで死を待つだけだ」
死を覚悟したその作戦に俺は納得できない、生きるためにやった行動が結果的に死を招くようなことをなぜ平然とできる?命を捨てるような生存ルートは生存ルートじゃない、それはただ死へのルートを長引かせただけだ。
「ダメだ!そんなことしても死を待つようなもんだろ!」
「他に方法があるか?相手は人間だ、魔法では防ぎきれない兵器を開発しているかもしれないとあの男も言っていた、だったら俺は遭難して助けを待つ方が生きられるだろう」
必ず生きれるルートは、もうないかもしれない。パラシュートの降下だって相手の武器がどんなものかわからない、飛行船との墜落を共にしても落ちた場所がどうなるかなどわからない。だったら……。
「だったら……俺も行く」
「何をいっている!?」
「一人より二人の方が生存率は高いだろ?」
「お前がいても邪魔だ……」
「そうやっていつも一人でやれるアピールすんなよ!なんで頼らない!命が狙われる身だから?だったら何も信用しないのかよ!」
「違う、貴族である以上警戒を怠ってはいけない――」
「はっ?ふざけるな……信じろよ!俺を!事実一人で出来てないところばっかじゃねぇか!」
「なっ……侮辱したな!?田舎民ごときが貴族の考えなんてわからんだろうな!」
「田舎だろうが貴族だろうが今のお前は人として失礼なんだよ!他人の気遣いや信頼を素直に受け入れない、独善的な考えを捨てることができてない時点で身分以前にお前は下級国民と同等だよ!」
飛行船が墜落しているというのに、そんなこと気にせず喧嘩する。でも、こうでもしないとこいつは永遠に変わらない。しかし俺が最後に言ったことにニルは黙ってしまった、さすがに言い過ぎたかなと焦りがあったが。
怒りに任せた身体というものは不思議なことに痛みなどの感覚を遮断していた、言い切った瞬間に帰ってきた痛みに目がくらむ、元々喋るのでさえきつかった体だ、こうなるのも無理はない。
ニルも俺を掴む力が弱まっている、俺を盾に防げたとはいえ高威力な物だったのだからある程度防げても意味がないだろう。
「ぐぅ……!」
唸り声をあげるニル、体力がないのはお互い様だ。
ついには立つことすら難しくなる、高度がまだあり自由落下と自由回転を行う飛行船に身を委ねることしかできない。
オスカーやセト、カイルたちは逃げれているのか……。
朦朧とする意識にたいし飛行船は容赦がない。俺とニルを構わず自由に落下をしていく。
教官も助けにはこない、いや行きたいのだろう。理解しているのだ、ここでニルを脱出させるのは危険だと。
「お前は……なぜこうも俺に構う……」
辛そうな声質で喋りかけてくる、もう話すのもきついだろうに。
「そりゃぁ…………だから」
「……ダメだ聞こえん、寝ていいか?」
「俺もそうしたい、死ぬなよ」
確かに関係のない俺がニルに関わるのもおかしいのかもしれない。けど、同じ学院の生徒なのだ、だから関係がないとはいえないだろう。
俺もニルも喋らない、ただ自由落下が終わるのを待つだけ。
意識は着実に暗闇に誘われていく。幸い移動した部屋は起きるまでに火が移ることはないくらいに安全だ。大丈夫、必ず、二人で帰ってみせる。