智子さんの言葉の意味が、咄嗟には理解できなかったオレ。なんでオレの事と、かぐやのアメリカ行きが関係あるんだ?
「知っての通り、アメリカはプロレスの本場だけあって団体数も多い。確かに向こうの団体にも入団規定はあるが、日本に比べると結構甘いからな。実力さえ有れば多少身長が足りてなくともリングに上がれるチャンスがある。とはいえ、プロレスの実績が何もない、ましてや日本人のお前じゃ、いくら実力が有ってもリング上がるのは難しいだろう――」
智子さんの言う通りだろう。正直オレだって海外でのデビューを考えなかったワケじゃない。しかし、なんのコネも無いオレには、多分日本でデビューするより難しいだろう。
「だから栗原は、向こうで実績を積みながらプロモーターとのコネクションを作り、そのコネでお前を呼ぶつもりだったんだよ」
「なっ……?」
一瞬、頭が真っ白になった。それでもオレは、なんとか絞り出すように声を出す。
「…………マジ……なんですか? その話は……」
「ああ、その事は佳華も知っている。わたしも佳華も、全女時代にアメリカ遠征をしているからな。向こうのプロモーターを紹介して欲しいと頼まれた時に聞いた話だ」
かぐや、お前……
まさか、かぐやがそんな事を考えていたなんて思いもしなかった。
「っと、そう言えばこの話、佐野には内緒にしてくれと言われていたんだった――という訳で、今のは聞かなかった事にして忘れろ」
「は、はあ……まあ、そういう事なら……」
曖昧な返事を返すオレ。しかし、忘れろと言われて忘れられるような話ではない。
かぐやがオレに知られたくないというのは分る。でも、なんでオレなんかの為にそこまでして……
「ただ、さっきも言ったが、わたしも佳華も、そして栗原も――お前はリングに立つべき人間だと思っている事は忘れるな」
「…………」
そう言ってもらえるのは確かに嬉しい。だけど今のオレには、女子プロのリングがオレの立つべきリングだとは、やはり思えない……
そんな事を考えていると、リングの方からドサドサドサッと、何かが崩れ落ちるような音が三つ。
そちらの方へ目を向けると、新人達がリングで大の字になり、肩で大きく息をしているのが見えた。
どうやらブリッジ千本が終わったようだ。
「オラッお前等っ! 社長が見に来てんだ、ダレてんじゃないよっ!」
智子さんは、佳華先輩達が居るリングサイドへと向かいながら声を張り上げた。
その声に上体を起こしてリングサイドに目を向ける新人達と、そんな彼女達に笑顔で手を振る佳華先輩。
「「「失礼しましたーっ!!」」」
新人達は慌てて立ち上がり、リング上に直立で整列をする。この辺は、さすが体育会系だ。
「とりあえず汗を拭いて、コッチに整列っ! 一分以内だっ!」
「「「はいっ!」」」
そしてジャスト一分後、俺達の前に並んで整列する新人達。
しかし、目だけは先頭に立つ佳華先輩ではなく、後ろに居るかぐや達を見て、ソワソワと落ち着かない感じで立っていた。
ただ、かぐやの隣にいるオレを見る時だけは『誰……?』という視線になっているけど――
まぁ、それも当然か……
こちら側に立っているのは全員知名度が高い人間ばかりで、オレは本来あちら側に立っているはずなのだから。
「おーしっ、チューモークッ! っても、後ろが気になって仕方ないみたいだから、ソッチから話すか――後ろの四人は、今日付けでウチに入団した、栗原かぐや、バイソン絵梨奈、木村詩織、そして佐野優月だ。みんな、よろしくやってくれ」
佳華先輩の紹介に、驚きと歓喜の声を上げる新人達。
まぁ、これも当然だろう。こんな貧乏団体に、これだけのビックネームが揃うとは夢にも思ってなかったろうし。
「まぁ、コイツ以外の紹介は必要ないよな?」
オレの首に腕を回して、自分の隣へ引っ張り出す佳華先輩。
「コイツはあたしの大学時代の後輩だ。歳はお前達より四つ上だが、デビュー前のヒヨッコでみんなの後輩という事になる。仲良くやってくれ」
「「「はいっ!」」」
ルーキー達から元気な返事が返ってくるのを確認して、佳華先輩は満足気に頷いた。
「じゃあ次はお前達の自己紹介だ。まずは美幸から」
「ウッスっ!」
佳華先輩に名前を呼ばれ、右端にいた大柄の娘が一歩前に出る。
「自分は|江畑美幸《えばたみゆき》ッス! 以前は柔道をしてたッス。ヒールレスラーになりたくて入団しました。パワーには結構自信があるッス! よろしくお願いしゃーッス!」
荒木さんほどじゃないけど、身長もそれなりで少々ぽっちゃり気味。赤いメッシュの入った明るい茶髪で、結構気合の入った感じの娘だ。
まぁ、それもそのハズ。実は元ヤンで、以前は|女暴走族《レディース》の特攻隊長をしていたとか。
ただ元ヤンだけあり、上下関係は体育会系より厳しい。自分より格上の佳華先輩や智子さんには絶対服従といった感じである。
「次、愛理沙」
「はい」
次に前へ出たのは真ん中にいた、モデル並みのプロポーションに綺麗なブロンドの巻き髪で、お嬢さま風の娘――とゆうか、ホントにお嬢さまらしい。
「わたしく、新鍋財閥の長女、|新鍋愛理沙《しんなべありさ》と申します。格闘技はずっとキックボクシングをしておりました。わたくしの打撃がプロレスでどれほど通用するか試したく、入団いたしましたの。先輩方、どうぞご指導よろしくお願い致しますわ」
丁寧な口調とはうらはらに、少し挑発的な目付き。練習自体は真面目に取り組んでいるようだけど、自信家でナルシーなお嬢さまだ。
てゆうか、そんな財閥のお嬢さまが、何でこんな貧乏団体に入ったんだろう?
「じゃあ最後、舞華」
「はい!」
最後に出て来たのは、まだ少し幼さの残るショートカットで明るく元気な印象の小柄な娘――と、言っても身長はオレより少し高いようけど。
「|山口舞華《やまぐちまいか》です。格闘技の経験はありませんけど、根性だけはあるつもりです! よろしくお願いします!」
深々と頭を下げる山口さん。
何でも母子家庭で五人姉弟の長女。そして下は全員弟だと言う話だ。
家では母親代わりにヤンチャ坊主達の面倒を見ていたというだけあり、見かけによらず根性は座っている。
『早く一人前のプロレスラーになって、お母さんに楽をさせてあげたい』と語る、今どき珍しい素直で親孝行な娘だ。
「よーし! これからここに居るみんなは、同じ釜の飯を食っていく仲間だ。仲良く、そしてリングでは激しくやってくれ!」
「「「はいっ!」」」
さほど大きくはない道場に、新人達の大きな声がこだまする。
「それじゃあ、さっそく本題に――入る前にと。新人達にちょっと聞いておきたい事がある」
腕組みをして真剣な表情を浮かべる佳華先輩に、新人達も背筋を伸す。
「まぁ、たいした事じゃないから、そう緊張せず率直に答えてくれ。まず、例えばの話だが、女子プロだからという理由だけで男子プロより格下に見るような男がいたら、みんなはどうする?」
ああ、その話をするのか……
「ぶっ殺す!」
「手袋を投げ付けてやりますわ」
「そんな人は許せないです!」
新人達からは、なかなかに頼もしい答えが返って来た。
ちなみに、この場合の『手袋を投げる』とは、決闘を申し込むって事なのだろう。
「じゃあ、ソイツに試合を申し込まれたら、受けるか?」
「当然ッス!」
「身の程を教えてさしあげますわ」
「はい!」
これも、みんな即答か……
「男子が相手でも、試合するのに抵抗はないのか?」
「関係ないッスよ! いや、むしろイケメンならウエルカムッス!」
「リングに上がれば、男子も女子も関係ありませんわ」
「男の子と取っ組み合いでケンカするのは、弟達で慣れてますから」
う、う~ん……そんなもんなのか?
「だ、そうだ。だから言ったろ? お前が気にしすぎだって」
「は、はぁ……」
オレの首に回した腕を引き寄せて、ヘッドロックを極めながら、からかうような笑顔を見せる佳華先輩。
ヤッパ、オレが気にしすぎなのか……? てか佳華先輩、オレ顔に胸のが当たって――
「いてっ!?」
突然、後ろに居たかぐやの爪先がオレのケツにメリ込んだ。
「いきなりナニすんだっ!?」
「べつに……」
頬を膨らませて、ソッポを向くかぐや。
べつに理由もなく、気軽に人のケツを蹴ってんじゃねぇーよっ!
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