ホテルの時計は、もう23時を少し過ぎていた。明日は地方ライブの本番。
メンバーそれぞれが早めに部屋へ引き上げて、支度を済ませているころ。
仁人はすでに風呂を上がり、ドライヤーで髪を乾かし終え、
寝巻きのTシャツのままベッドの端に腰を下ろしていた。
目の前のスマホには明日のセトリ
念入りに確認して、アラームをセット。
準備は完璧。あとは寝るだけ。
だけど、同室の勇斗はまだ風呂にも入っていない。
ベッドに横になったまま、ずっとスマホを見ている。
無言で、画面の明かりが顔を青白く照らしていた。
あいつまだみてんの?
仁人は溜息をついた。
昔なんて、遠征先のホテルで一緒になった時にはトランプで真夜中に盛り上がってみたり、グループの未来について語り合ってみたり、可愛げあったなー、なんて思っていた。
「……おい、勇斗。風呂入ってこい。明日早いから。」
軽く声をかけた。
間があって、勇斗のほうから小さく返ってきた。
「……おう」
その声が、妙にかすれて震えていた。
一瞬、仁人の手が止まる。
え?何?泣いてるの?
ベッドのシーツが擦れる音が静かな部屋に響く。
仁人はそっと立ち上がって、勇斗の背中をのぞきこんだ。
「……え、泣いてる?」
小声で尋ねる。
「……ないてないっ」
声が裏返った。
息を詰めたように答えるその声に、仁人の胸がぎゅっと締めつけられる。
泣いてんじゃん
仁人は何も言わず、ゆっくりと勇斗のそばにしゃがんだ。
「……はいはい。ちょっと、こっち来い」
無理に抱きしめても嫌かなと思い、腕を広げ、静かにハグを促す
一瞬、勇斗がためらった。
でもそのまま、ぐしゃっと泣きながら仁人の胸に飛び込んできた。
仁人のTシャツに、勇斗の涙が染みる。
嗚咽まじりの呼吸が近くで聞こえた
「……っ、あ、ほんと、ごめん」
「いい。謝んな」
仁人はそのまま、何も聞かずに背中を撫でた。
ただ時間がゆっくりと、でも確かに流れていく。
10分、20分……どれだけ経ったのか分からない。
勇斗の泣き声が少しずつ静かになってきたころ、
仁人はそっと彼の肩を軽く押して、向かい合わせに座った。
「……なんか話せそう?」
勇斗は鼻をすすりながら、目を伏せたまま小さくうなずく。
「……ぅん、あー、あの、SNS、見てた」
「うん」
「……アンチ、のコメント。ずっと」
仁人の眉がわずかに動いた。
「……もう、なんか、当たり前みたいになってて。
見るの、やめられないんだよなー。っ、でも、見るたび、心がしんどくて……」
勇斗の声は掠れていた。
「“下手くそ”とか、“やる気ない”とか、“演技も歌も中途半端”とか。……そういうの、違うってわかってるつもりだったのに、最近は、なんか……ほんとに俺、そうなんじゃないかって」
仁人は黙って聞いていた。
相槌も打たず、遮らず。
ただ、勇斗の言葉が自然に出るまで待った。
「……怖いんだよな。いつか、メンバーにもみるきーずにも嫌われるんじゃないかって」
仁人はそこで、ようやく静かに息を吐いた。
「……お前、そんなことで悩んでたの?」
勇斗が顔を上げる。
驚いたような、少し呆けたような表情。
「そんなことで、って……」
「だってさ、お前が本気でやってること、俺ら全員知ってんのに。知らねぇやつの言葉で折れるとか、なんか、らしくねぇなって」
「アンチなんて、どの世界にもいる。
でもお前を見て救われたやつもちゃんといるんだよ。そういう声が見えにくいだけで、悪い声が目立つだけなんだよ。」
勇斗は唇を噛んだ。
「……そういうの、わかってんだけどな」
「わかってんなら、それでいいじゃん」
仁人は軽く笑って、勇斗の肩を軽く小突いた。
「ほら、泣いた顔バレたら明日のメイクさんに怒られるぞ」
「……うるせぇ」
勇斗が笑いながら肩を拭った。
その笑顔が、ほんの少しだけ、戻った。
仁人は立ち上がりながら言った。
「ほら、風呂入ってこい。もう湯冷めすんぞ」
勇斗は少し俯いて、
でもさっきより確実に軽くなった声でつぶやいた。
「……ありがとな、リーダー。やっぱ頼りになるわ、お前」
一瞬、仁人の手が止まった。
何気ないその言葉が、彼の本心なのだろう。
「……なにそれ、今さら」
照れ隠しみたいに鼻で笑って、
仁人が肩をすくめたて笑った。
ふと勇斗がもう一度、近づいてきた。
一歩、二歩。
ためらうように間を詰めて、
そのまま仁人に体を預ける。
「……もうちょい、このまま」
低くてかすれた声。
泣いたあと特有の、柔らかい体温が伝わってくる。
仁人は思わず息を飲んだ。
「……お前なぁ」
文句を言いながらも、
結局その背中に腕をまわして、ちゃんと抱きしめ返す。
「……少しだけな」
勇斗は笑った。
その笑い声が、もう大丈夫だって言ってるみたいで。
「お前ガチでカウンセラーの才能あるわ、」
「うざいねー。こっちは真面目に話聞いてやったのに」
数秒後、仁人はポンポンと背中を軽く叩いて、
「 ……はい、おしまい。風呂入れ」
「はいはい」
勇斗が名残惜しそうに離れていく。
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リクエスト作品です!リクエストありがとうございました🙏☺️
コメント
2件

ありがとうございました🙇🏻♀️ しっかり話が伝わって感動してしまいました… 次回以降も楽しみにしてますね!
今回の話も凄く良かったです😊 次回も楽しみにしています。