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フェルと色々あった。その、具体的には恥ずかしいから言わないけどビックリするくらい疲れたとだけ言っておくね。疲れを取るために温泉へ来たのに、更に疲れるなんて本末転倒も良いところだ。
取り敢えず諸々の後始末やらを済ませた私達は、ようやく湯船に浸かる。元日本人としては石造りの浴槽でも問題ないんだけど、あれ地味に怪我する可能性があるからなぁ。前世の小さい頃、出っ張りで膝を擦りむいたのは良い思い出だ。
その辺りを配慮したのか、浴槽は檜で作られた木製のものだ。長方形だね。
「「はぁぁ~~……」」
フェルと二人で温泉に浸かり、息を漏らす。バイカル湖の温泉も良かったけど、やっぱり日本の温泉がしっくりくる。
辺りはいつの間にか夜になってて、邪魔にならない程度の灯りと風情があるお庭、そして遠くに見える東京の夜景。しかも今夜は新月みたいで月明かりがないから満天の星空を思う存分満喫できる素敵仕様だ。あっ。
「オリオン座だ」
「オリオン座?」
「そうだよ、地球には星座と言って、星を線で繋いで何かに見立てる文化があるんだ」
「星を線で繋ぐ……」
アードには星座と言う文化はない。遥か昔には存在した可能性もあるけど、少なくともセレスティナ女王陛下の治世になってからは記録に無いかな。
千年前には宇宙進出を果たして宇宙開発を進めて、そして数百年前にセンチネルに遭遇。百年の戦争の末に敗退、あとはずっと引きこもってる。
夜空を見上げることすら不吉扱いで、夜に仕事はない。皆が家で過ごすことを義務付けられている。
っと、違う違う。
「アリア」
『こちらがオリオン座と呼ばれる星座及び恒星群となります』
アリアが分かりやすく投影してくれた。前世で一番好きな星座だったし、冬になると夜空を見上げてオリオン座を探すのが日課だったかな。
……毎日深夜まで働いていたからだけどさ。ハハッ。
「星々を繋いで……素敵な文化ですね」
「でしょう?地球にはまだまだ私達が知らない文化がたくさんあるし、これから楽しみだね」
「はい、私も楽しみです」
ちなみに体格差から私は当たり前のようにフェルの前に座って後ろから抱きしめられている。ぬいぐるみか何かかな?
いやまあ、フェルが落ち着くみたいだから良いけどさ。背中とかに柔らかい感触がする私としては落ち着かない。
フェルと温泉を満喫して上がり、さて着替えようかと考えて手を止める。
「ティナ?」
「せっかく用意して貰ったんだし、これを着ようよ」
手に取ったのは淡い青色をした浴衣だ。背中の部分が大きく開かれていて、翼や羽根がある私達のために仕立ててくれたのが分かる。生地には余り詳しくないけど、肌触りもよくて良いものが使われているのが分かる。流石はおもてなしの国だね。お返しも奮発してしまいたくなるから不思議だ。
「これは……民族衣装でしょうか?」
「まあ、日本の伝統衣装ではあるかな。着てみようよ」
「着方が分かりませんよ?」
「私が分かるから任せて」
流石に着物の着付けなんかは分からないけど、浴衣は簡単だ。袖を通して、帯でしっかり結ぶだけ。サイズもぴったりで、いつの間に測ったのかちょっと気になったけどさ。
フェルは羽根が二対だけど、どちらも背中に付け根があるから助かる。傷付けないように注意しながら袖を通して……前を閉じて……おっきくてちょっと苦戦したけど何とかなった。私?ささっと済ませたよ。
「どうですか?」
「似合ってるよ、フェル」
背も高くてスタイルも良いから、滅茶苦茶似合ってる。
「ありがとうございます。ティナも可愛いですよ」
「ありがと」
鏡で見ると、優しくてしっかり者のお姉さんに連れられた妹にしか見えないんだよなぁ。フェルは何を着ても綺麗に見えるけど、私の場合は可愛さが先行する。
いや不満はないけどさ……聞いた限りだと私の方が歳上なのに……解せない。
《《《何で当たり前のように浴衣を着れているの???》》》
アドバイスするために部屋の外で待機していた女性スタッフ一同の心の声である。
フェルと一緒にお部屋に戻ったら、女将の瑠美さんと何人かの女中さんが料理を用意していた。
もちろん前もって伝えてくれたから驚かないよ。
「お帰りなさいませ。温泉は満喫できましたでしょうか?」
「はい、とても気持ちが良かったです。外にあるお風呂にビックリしましたが、解放感があって素敵でした」
瑠美さんの質問にフェルが答えてくれた。私だと感想が雑になっちゃうからねぇ。
「それは何よりでございました。当館自慢の大浴場もございますので、ご用向きならばいつでも」
「ありがとうございます。またフェルと一緒に入ろうと思いますから、その時はお願いしますね」
部屋付きの温泉だって良かったんだ。大浴場はもっと凄いに違いない。
おっと、その前に夕食を頂こう。見れば見事な和食御膳が用意されている。
「夫よりお二方の趣向は頂戴してございます。お口に合えば良いのですが……」
「ありがとうございます、女将さん。フェル、食べよっか」
「はい」
私達に合わせてくれたのか、椅子とテーブルが新しく用意されていた。座椅子でも良かったけど、慣れていないフェルには西洋式の方が馴染み深いよね。アードも食べ方は西洋式だし。
「この棒はどうやって使うのですか?」
「ああ、これ?これはお箸だよ。合衆国には無かったけど、こうやって使うんだよ」
フェルが用意されていたお箸に興味を持ったから使って見せることにした。お刺身を摘まんで醤油に付けて……。
「んーっ……美味しい……」
「なっ、生で食べるんですか!?」
「あー、フェルはお刺身も初めてだよね?慣れない食器を使わなくても、ナイフとフォークを使えば楽に食べられるよ?」
「いえっ!使い方を教えてください。そして私も食べてみます!」
「あはは、仕方無いなぁ。ちょっと見せてみて」
私はフェルの席に近寄ってお箸の使い方を教えてあげることにした。フェルは賢いし手先も器用だからすぐにマスターしてくれた。まあ、お刺身は苦手みたいだけど仕方無いね。
《《《何で当たり前のようにお箸が使えてお刺身を食べられるの?醤油を付けて食べてるし》》》
二人の様子を見守っていた瑠美含めたスタッフ一同の心の声である。