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モノクロナツキ
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モノクロナツキ
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空くんとの関係も良好に続いていた、ある日のこと。
「ほな、ちょっともとちゃんとこ行ってくるわ。二人ともお酒は程々にして、はよ寝なあかんで」
「自分は朝まで飲み明かすつもりやろに、そんなんよう言うわ」
「俺は明日から連休やから、ええねん。……洸くんも明日仕事頑張ってな。おやすみ」
「……うん、おやすみ。いってらっしゃい」
夜ももう11時になろうかという頃、少しお洒落をして良い香水の匂いを纏った秀太が、自室から出てきて玄関へと向かう。
最近、休みの前日の夜にこうして出かけることが本当に多くなった。前までは、少しでも時間があると洸にベッタリな重度のブラコンやったのに。
パタン、と静かにドアが閉まったリビングで、ふぅ、と洸が深いため息をついた。
そう。こっちはこっちで、最近ちょっと様子がおかしいねんな。
最近は秀太より、なぜか俺の近くに居ることが増えた。それは兄貴としてはめちゃくちゃ喜ばしいことなんやけど……。
もしかしてなんやけど、秀太なりに、洸と野中さんが仲良いのに勘付いて、ブラコンを卒業しようと身を引いてるんやろか?
そんな健気な長男の姿を想像しつつ、俺は目の前で寂しそうに温かいミルクティーのカップを見つめる末っ子に声をかけた。
「……洸、最近元気ないな? 野中さんとうまくいってへんとか?」
「え? へへ、別に新さんとはそんな関係じゃないから。うまくいくも何もないで」
そんな風に軽くはぐらかされても、少し元気のない洸のことが心配でたまらんねん。
「……秀太より頼りないかもしれんけどさ。こっちのお兄ちゃんで良かったら、いつでも相談乗るで? まぁ、恋愛となったら俺自身の勝率は0に近いから、全然役に立たへんかもやけどな!」
自嘲気味に笑って、洸に顔を向ける。
昔に比べてずっと強く、大人になったとはいえ、洸も一人の人間やからな。少しでも長く生きてる俺が、助けられることだってあるやろう。
「んー……なんかさ。好きの境界線って曖昧やなぁって、ちょっと難しいこと考えてる」
「あー……境界線なぁ」
一丁前に考えるフリをしてはみるけど、俺にもなんとなく分かっているようで分かってへん。例えば、今の俺と空くんの関係性──友達としての『好き』なのか、それとも、俺に対して少し心を開いてくれた時に感じた恋にも似た胸のバクバクを伴う『好き』なのか。それがまさに、今の俺たちの境界線っていうことなんやろうか。
「……崩したらあかん関係を、一歩踏み出すのって、すごい勇気やと思うねん」
洸の視線が、どこか遠くを見るように揺れる。
「…… でも、もし、これが弦ならやっぱり突進していくんかな」
「そうやなぁ……でも、俺にもちゃんと理性はあるからな? 相手に迷惑かけるなって思ったら、そこはちゃんとブレーキかけれるで?」
熱くなりやすい筋肉脳やけど、大切な相手を傷つけてまで自分の気持ちを押し通すような真似は絶対にせえへん。それが俺なりのプライドや。
「……そうやんな。弦は、そういう人やった」
洸はどこかホッとしたような、でも少しだけ寂しそうな目を一瞬だけ見せて、すぐにいつもの表情に戻った。
「……でも、もし。……いや、辞めとこかな。これ以上の話したら弦の頭がパンクしてまうわ」
「おい、なんやそれ!」とツッコミを入れつつ、ふふっと誤魔化すように笑った洸を見て、自分の不甲斐なさにちょっと心が痛む。やっぱりこういうデリケートな話は秀太じゃないとあかんな。脳みそが筋肉でできてる俺じゃ、全然解決できそうにないわ。
でも、洸の性格からして、この歯切れの悪い反応は本当に珍しい。
普段なら、誰かに告白されても「好きじゃない相手に優しくする必要なんてない!」って、バッサリ言い切る冷徹な一面もある洸が、こんなに困っているやなんて。
「……洸はその人と、これからどうなりたいん?」
「ん。……今まで通りの関係がいいなって思ってる」
そうやんな、洸はこういうことにグジグジ悩むタイプじゃない。やっぱり意図せぬ相手に告白されたパターンか。
「そっか。じゃあ、相手に未練が残らんように、スッパリ振ってあげるのも優しさやな」
「ふふっ、そうやな。忘れてたわ。弦に言われて思い出した」
洸がいつもの、小悪魔みたいな可愛い笑顔を取り戻す。良かった、俺なんかのアドバイスでも役に立てて。
……って、待てよ?
洸が少し元気を無くしたのって、確か、こないだもとちゃんと会った後らへんじゃなかったっけ?
その辺りから、秀太もやたらともとちゃんの店に行く回数が増えたし、何より洸は「もとちゃんは秀太のことが好き」って思い込んでいたはずで……。
え!? その相手って、もとちゃんのこと……!?
頭の中でピースがバチバチと噛み合って、背筋に一気に冷や汗が流れた。
もとちゃん、秀太じゃなくて……洸のことが好きやったんか!!
これは気まずい。これから俺、もとちゃんと会う時どんな顔したらええねん! というか、秀太はもしかして、フラれて落ち込んでるもとちゃんのことを、慰めに行ってんのか!?
俺が脳内で特大のパニックを起こしていると、洸がいたずらっぽく目を細めて、俺の顔を覗き込んできた。
「弦は? 空くんとどう? もう映画に行く約束した?」
「え!? なんでピンポイントで映画!?」
「ふふっ、初デートのお決まりはやっぱり映画やろ」
あったかいミルクティーをすする洸。ほんまに、いつもの調子に戻ってくれてお兄ちゃんは一安心やけど、映画って。
「でも、ええなぁ。レイトショーに行くの、特別感があって。こないだ空くんと話した時、夜やから意外と外歩けたって言うてたんやけど、それ以降、また出られてへんみたいやねんな。空くんは、陽の光の他に何が怖いんやろう」
「……受験失敗したって言うてたから、人に会うのが恥ずかしいとか、友達に合わせる顔がない、とか……そういうのなんかな? ほら、新さん曰くモデル級のスタイルの人が、高校時代に人気ないわけがないやん?」
「確かにそうやなぁ。秀太も、空くんのこと『甘い顔』って言うてたしな」
可愛い顔してる洸も、昔からめちゃめちゃモテてきた。だからきっと空くんも、高校生の時までは洸みたいに周囲の人気者やったんやろな。そんな人が挫折して引きこもってプライドがズタズタになってまう気持ちは分からんでもない。
「あ、ほら。あの『カットモデル』、ほんまに空くんに頼んどいてよ! 最近、カットモデル募集してもドタキャンする人多くてさ」
「あー……でも、それはちょっとむずいかもやで? まだ部屋から出られるわけやないし……」
「じゃあ、空くんの部屋でする? 俺は練習させてくれるなら、場所はどこでもいい」
「まぁ、今度空くんに聞いてみるわ。空くん自身も、絶対このままじゃあかん思っとるからこそ、あの日外に出たんやろしな」
「あ、美容室のカットモデルは弦がきてよ」
「俺!? 無理無理、こんなずっとジャージ着てるような奴があんなオシャレスペースに行ったら不釣り合いすぎるやろ! 頼むならスタイリッシュな野中さんに頼んでよ」
俺が全力で拒否すると、洸はカップをテーブルに置き、少しだけ声音を落とした。
「……新さんは、まだ……早いかな」
「ん?」
洸が意味深に笑って、ミルクティーを飲み干した。
そのまま、可愛いあくびをして、「もうそろそろ寝るわ」と席を立つ。
俺の知らないところで、洸を取り巻く空気が一気に動き出している気がした。洸は自分のことを「強い」と思っている節があるから、いざという時は、やっぱり俺が盾になって守ってあげんと。
「……洸。何か困ったことがあったら、絶対に、一番に俺のこと頼るんやで?」
自室に向かう洸の背中に、真面目な声で語りかける。
洸は足を止め、振り返ると、ふっと柔らかく笑った。
「……わかってるよ。言うても、俺が知ってる中で一番強いんは弦やから。……それにもう、頼ってるしな」
そう言って、洸は俺のトレードマークであるポーズを真似るように、親指をグッと立てて「Good」のサインを俺に送ってきた。
空くんも大切。やけど、この可愛くて危うい弟も、俺の命に代えても守るべき大切な体の一部や。
「……洸、おやすみ」
「ん、弦、おやすみ」
可愛い弟に手を振り返し、リビングで一人になった俺は、スマホを取り出した。
そして、空くんにもそっと『おやすみ』とメッセージを送った。