「うぬう……そっちはどうだ?
ジャーバ伯爵」
短いパープルヘアーの、痩せすぎと言っても
過言ではない体型をした男が―――
自分の手をじっと見つめながら話す。
「吾輩も同じだ、デイザン伯爵。
魔力はあるが魔法がちっとも発動せん」
こちらは対照的な体形の―――
頭はモヒカンのような奇妙なヘアーデザインを
している男が、同じく自分の手を見つめていた。
「く……!
神に選ばれしはずの我々が、何ゆえ
このような場所で……」
「まあベッドもトイレも一通りあるし―――
生活出来るようにはなっておるな。
さすがにゴミどもも、この高貴な我々に対し、
そこまで無礼な真似は出来なかったようだ」
新設された牢獄で、彼らは自分の状況と扱いを
分析していた。
公都『ヤマト』の地下牢―――
シンの助言と提案を受けてリニューアルされた
犯罪者を収容する施設である。
(55話
はじめての しょくりょうかいつけ参照)
いかに治安が良いとはいえ、人間が住む場所。
当然、ルール違反を行う者は一定数いる。
中でも、殺人や誘拐などの重罪は―――
すぐ処刑されるか、王都へ移送されてから
処刑されるかの二択。
だがこの公都で一番多い犯罪は……
・働く場所を求めて
・子供の食べる分を求めて
それに関するトラブル、または身寄りの無い
子供自身による窃盗などであり―――
未成年は自動的に児童預かり所へ、
成人している軽犯罪者はこの地下牢へ
入れられる事になっていた。
ちなみに基本的にどの牢も同じであり、
身分や刑罰の重さで待遇が変わる事は無い。
また犯罪者に子供がいた場合は、ガッコウもしくは
児童預かり所での労働を斡旋され―――
子供と離れないで済むよう特例が設けられている。
「クックック……
貴様らが新入りか。
囚人番号、135番と136番!
それが本日からの貴様らの名前だ!!」
「か、歓迎しますよ」
そこにいたのは、看守ふうの制服を身に着けた
焦げ茶のようなロングのブランウヘアーを持つ
女性と―――
隣りやや後ろには、部下らしき同じブラウンの
ダブルレイヤーの髪型をした青年が立っていた。
彼らはユーミ・ザース姉弟で……
デイザンとジャーバ、両伯爵が捕まった事で、
『その面拝みにいこーぜ♪』と―――
姉が申し出たのだが、
それならばと、今後の待遇も説明しに行って
欲しい、同じ貴族だし伯爵家だから、平民が
行くよりは気後れしないだろうと『依頼』を
出されたのである。
姉の方はノリノリで、弟の方は緊張気味に
彼らの今後、牢内での扱いなどを続けて
説明する。
「言っておくがよぉ……
この公都『ヤマト』の牢獄から―――
今まで脱出出来たヤツぁ一人もいねーんだ。
妙な考えは起こすんじゃねーぞ?」
ニヤニヤと笑いながら話すユーミに、
さしもの両伯爵もたじろぐ。
魔法が使えない、発動しないという異常事態も
拍車をかけて―――
逆らうのは得策ではないと嫌でもわかるのだろう。
「えーとですね……
食事ですが朝昼晩―――
お金があるのなら外へ注文も出来ます」
「昼と晩の間にオヤツ、あと希望者には
夜食も出る!
夕食後に申し出るがいいっ!!」
そこでしばらく沈黙の時間が流れ……
「(なあ、ザース。
コレ本当に牢屋の扱いで合ってんのか?)」
「(何でも、シン殿の意見が取り入れられて
いるようだよ。
囚人の中には逆に不安になる人もいるって
話だったけど……)」
渡された紙に目を通しながら、ヒソヒソと
小声で話し合う目の前の男女よりも、
遥かに彼らは困惑していた。
改めて姉弟は両伯爵の方へと振り向いて、
「起床と消灯は担当の者の指示に従え!
風呂は2日に一回!
もし試験的に新しい美容品や道具が支給
されたら、使い心地の報告書を提出しろ!
これは義務だ!」
「深夜での騒音や歌を歌ったり―――
楽器の演奏は禁止です。
あと、気分が悪くなったり、病気になったら
医者を呼びますので申告してください」
何をどう答えたらいいかわからない顔をする
デイザン・ジャーバ両名に構わず、
ユーミとザースは説明を継続し、
「それから月イチで、囚人・看守対抗ゲーム大会が
開かれる!
リバーシかマージャン、スゴロク、しょうぎ、
『とらんぷ』による各ジャンル―――
どれか得意な物を練習しておけ!!」
「成績上位者には賞品が、なおインチキしたり
最下位だと罰ゲームが待っています。
えーと……が、頑張ってください」
一通り説明は終わったのか、姉弟は沈黙し……
さらに10秒ほど無言の時間が流れた後、
「何なんだよコレはああぁあああ!!」
「「我々が知るかあああぁああ!!」」
ユーミとデイザン・ジャーバの叫び声が
地下牢に響き渡り―――
ザースがそれを困った顔で見ていた。
「あ~……帰ったぜ。
何かどっと疲れが」
「僕も何ていうか……
別種の疲れといいますか。
アレ、本当に囚人の扱いでいいんですか?」
地下牢から、地上のギルド支部へと帰ってきた
姉弟は……
応接室で報告するなり、グロッキーな様子で
ソファに背を預けた。
「お前の提案だろ、シン。
何か言え」
白髪交じりの筋肉質のギルド長が、私の背中を
バン、と叩く。
「いやあ、その……
凶悪犯罪は別としても、やむを得ない事情で
犯罪に走った場合は―――
まだ更生させて生活させた方がいいかと」
凶悪犯はともかく、公都の噂を聞いて
やってきた人たちが―――
うまく仕事にありつけず、また収容しきれずに
犯罪に走ってしまった場合……
事情もわかるし、何分にも後味が悪い。
「それはわかりますが……」
「アレはどーなんだ?
魔狼とはいえ、母子を奴隷と毛皮にしろって
言ってきたんだぜ?」
それを聞いた私は頭をかいて、
何とかユーミ様をなだめる。
「いえまあ、一応は未遂でしたし……」
実のところ、微妙な身分と立場の人間なので、
今後彼らのような者が出て来ないようにいろいろと
画策しているのだが、この2人の前では言えず。
「ユーミ姉。
多分、シン殿にはシン殿の考えがあるんだと
思うよ。
父上やギリアス兄さま、マリサ姉、アリスの事を
解決してきた人なんだから―――
お任せしていいと思う」
返答に困っている私を見たザース様が、
助け船を出してくれる。
「まーな。
オヤジや兄貴をきっちり改心させて
くれたし、そこは信用してるよ」
そこで彼女のツッコミは止まり―――
私はそのチャンスに話を別方向へ反らす。
「そ、そういえば……
あの2人って貴族ですよね?
それなりに地位が高い―――
でも、お供の人とか家来とか見なかった気が」
すると、横でガシガシとジャンさんが頭をかいて、
「あー、それは俺も尋問して聞いたんだが、
『高貴なあなた方についていけるだけの
自信がありません』
『我々の魔力や身分では、とても―――』
そう言われて、単身で来たらしいぜ」
それを聞いて、私とドーン伯爵家の姉弟は
微妙な表情になる。
多分それを本気でとらえて、一人で
送り出されたんだろうなあ……
と思っていると、
「体よく断られているだけじゃねーか。
バッカじゃねーの?
ほんじゃあ―――
もしあのアホどもをどうにも出来なかった
時は……
是非呼んでくれよな!」
空気を読まない彼女が一刀両断し―――
元気良く膝を叩いて立ち上がろうとする姉の横で、
弟がおずおずと片手を上げ、
「あ、それと……
あの2人ですが、医者を呼んで欲しいそうです。
これと言って具合が悪いとは思えませんでした
けど―――」
「!」
そこで私が視線をギルド長に向けると、彼も
コクリと軽くうなずく。
「……じゃあ、パックさんに行ってもらいますか」
「そうだな」
『魔法が発動出来ない』―――
その状態なら、いずれ医者を呼ぶだろうと
推測していたのだが、意外と早かったようだ。
すでにパックさんにも情報は共有してある。
そこでユーミ・ザース姉弟が帰った後―――
すぐにパック夫妻の元へ連絡のため、一人の
ギルド職員が走って行った。
「呼吸正常、熱も無し……
体調的にはどこも悪くありませんよ」
呼ばれたパック夫妻はさっそくギルド支部近くに
併設された、収容施設へと向かい―――
デイザン・ジャーバ、2人の伯爵を診察し、
結論を述べる。
「そ、そんなはずはあるまい!
これだから平民のゴミどもは……!」
「こんな田舎に良医・名医がいないのは
仕方ないとしても、実際に異常を感じて
おるのだぞ!」
もちろん彼らは―――
『魔法が使えなくなった』と、正直に自分の
状態を話したわけではない。
魔力・魔法至上主義を唱え、その中でも
先鋭化した考えを持つ2人に取って……
それは死刑宣告に等しいものだからだ。
「ですが、病気でも無ければ魔力も普通に
循環しています」
「異常と言いますが……
その原因の心当たりすら無いというのは」
ロングのシルバーヘアーを持つ夫妻は、
困ったような表情を作る。
実際には、すでにシンの能力によって―――
彼らの魔法が『無効化』されている事は知って
いるのだが、素知らぬフリで診察を続ける。
「食欲はあるんですよね?」
「あ、ああ」
パックがデイザン伯爵に話を聞き、
「睡眠はどうでしょうか。
眠れないとかは?」
「まあ……それなりにはな」
シャンタルがジャーバ伯爵に質問する。
内心、2人の伯爵の興味は彼女へ向かって
いたのだが……
さすがに牢獄の中、これ以上立場を悪くする行為は
思いとどまっていた。
診察器具をカチャカチャと片付けるパックは、
作業をしながら貴族2名へと向き直り、
「それでは―――
軽く魔法を使ってみては頂けないでしょうか?」
その提案に、彼らはドキリと身を固くする。
「な、なぜ下賎の身の貴様らに―――
我々が魔法を見せてやらねばならん!」
「そうだ!!
思い上がるのもたいがいにせんか!!」
もはや言っている事は無茶苦茶なのだが……
何とか否定しようと、思いついた言葉から先に
口から出ていく。
「…………
やはり、使えないんですね?
魔法が―――」
目の前の医師の指摘に気圧されながらも、
気になる言葉を見逃さず、
「―――やはり、というのはどういう事だ?」
「この『症状』を見た事があるとでも?」
そこでパックは、妻であるシャンタルから
いかにも重要そうな書類のように、一枚の
紙を受け取る。
「公表されてはおりませんが……
以前、この公都の下見のため―――
任務で来た王都騎士団の方々が、一時的に
魔法が使えなくなった事がありました」
正確には、明らかに害意がありそうだったので
シンが『無効化』したのだが……
騎士団の中では『そういう事』になっている
事件である。
(72話 はじめての たいちじょうさーち
73話 はじめての とりなし参照)
「そんな事が……」
「いや待て。『一時的に』と言ったな?
という事は治ったのか!?」
希望的な言葉に目ざとくジャーバ伯爵が飛び付く。
「治った、という言葉が適当かどうかは
わかりませんが―――
騎士団は魔法を使えるようになりました。
つまり、元通りに……」
「だったら早くせんか!!」
「何をグズグズしておるんだ!!」
彼の説明に、今度は怒声を飛ばす。
治るとわかった途端にこれか、と夫妻は苦笑
しながら、
「その際、治したのは私という事になって
いますが―――
正確には違います。
彼らは、『神の怒り』を受けていたのです」
「「!?」」
顔を見合わせるデイザンとジャーバ、2人の
伯爵に説明を続ける。
「ご存知ないかも知れませんが―――
この公都には、神獣・フェンリルが滞在して
おりました。
妻・シャンタルと、もう一体のドラゴンとは
旧知の仲であり……
その伝手を頼ってこの都まで来たのです」
その言葉に、2人の伯爵は彼女の方を向く。
するとドラゴンである妻はニッコリと笑うと、
その魔力を解放させた。
「ぐお……!」
「こ、これは……!
まさかあの時も……」
同じドラゴンであるアルテリーゼのそれに
匹敵したのだろう。
ビリビリと建物全体が揺れ始める。
「もういいよ、シャンタル」
「はぁい、旦那様」
夫の指示に大人しく妻は従う。
少なくともこれで―――
彼らの中で一つの疑念は消えた。
人間の姿になれる魔狼がいる……
目の前の女性がドラゴンであれば、魔物が
人の姿になるというのは、本当の事なのだろうと。
「……それでですね。
ではどうして騎士団が神の―――
フェンリルの怒りを買ったのかと言いますと、
彼女の庇護下にあった者に手を出したのが
きっかけでした」
「…………」
先ほどとは打って変わって―――
2人の伯爵は、大人しく聞く姿勢を見せる。
さしもの最上位魔法の使い手とはいえ、
現状それは使えず―――
ドラゴン相手では、使えたところでどうにか出来る
範疇を超えていた。
「とは言っても、直接手を出したわけでは
ありません。
騎士団にしてみれば、単に任務の最中―――
道中で出会った魔狼ライダーを警戒したに
過ぎないのですが、
どうもそれが、敵対行為と見られたよう
なのです」
彼らはただ黙って聞いていた。
「フェンリル……
ルクレセント様は女性で、さらに魔狼たちは
彼女を神と崇めています。
フェンリルもまた、魔狼は当然として―――
公都に住まう者たち、特に子供を種族の区別なく
守護対象としております」
ゴクリ、とデイザン・ジャーバの両名が
唾液を飲み込む音がした。
「……わかりますか?
貴方たちは、その魔狼の母を殺す目的で―――
さらに生まれたばかりの子供を家畜にするから
寄越せと迫ったのです」
自分たちのした事を突き付けられ、それがどういう
意味になるか理解し始める。
「騎士団の時は、彼女の付き人になっていた
獣人族の少年の執り成しもあり―――
何とか誤解であったとわかって頂けましたが。
だからこそ、不思議なのですよ」
「な、何がだ?」
「フェンリルによって魔法が封じられた……
という事ではないのか?」
2人の疑問に、パック夫妻はずい、と
顔を近付けて、
「騎士団の場合は―――
ただ警戒しただけで、フェンリルの怒りを買い
魔法を封じられましたが……」
「殺す・家畜にすると公言したあなた方が……
その程度で済んでいる、という事が―――」
ダラダラと油汗を垂れ流し始める彼らに、
夫妻は続けて
「ちなみに、恐らくその魔法封じは……
フェンリルのルクレセント様本人でなければ
解けないと思われます。
騎士団の時もそうでしたし」
「なので、もしかしたら―――
自分の手で八つ裂きにするために、
生かしておいているのかも知れませんね」
2人の伯爵は今度はガタガタと震えだし、
すっかり顔色から血の気も引いて、
「ど、どど、どうすればいいのだ?」
「ここ、このままでは……!」
最上位魔法は封じられている。
それどころか魔法そのものが使えない―――
つまるところ、待っているのは完全な死である。
「……幸いと言いますか、ルクレセント様は今、
自分が世話になった獣人族の少年の国―――
チエゴ国へ行っております」
「ですので、帰ってくるまでの猶予はあると
いう事ですね。
遅ければ春くらいになるかも」
夫妻の説明で、時間はまだ残されている事を知り、
貴族位の2名は少し落ち着きを取り戻す。
それを見たパックが指を三本立てて、
「そこで考えられる方針は3つあります」
デイザン・ジャーバ両名は改めて彼に視線を
集中させる。
「一つ目は、本国であるウィンベル王国で
かくまってもらい、フェンリルと戦うよう
要請する事。
ですがこれはまあ……
現実味が薄いかと」
その言葉に彼らはパックをにらみつけるが、
「フェンリルと敵対した理由が理由です。
さらにお二人は、こう言っては何ですが―――
ナイアータ殿下がご成婚されたこの公都で、
しかもまだそれほど月日が経ってもいない中、
傍若無人に振る舞った。
それを王家がどう見るか……」
「うぐ……」
「むむ……」
彼らにしてみれば、当然の権利を行使したに
過ぎないのだが―――
あちこちでトラブルになっていたのは誰でも
知っている。
それを諫めに来た貴族まで追い返してきたのだ。
またその場所が、王族が結婚したばかりの公都。
印象が良いはずも無い。
さすがにその程度の自覚はあった。
「そして二つ目―――
どこか遠くへ逃げてしまう事です。
さすがに地の果てまで追いかけてくる事は
ないでしょう。
ただその場合、一生魔法が使えないままですが」
2人の伯爵の表情が一瞬で青ざめる。
生まれつき、強力な魔法と高貴な地位を持った
『神に選ばれた』人間。
それが彼らの誇りであり全てで―――
国外へ逃げれば貴族の地位も何も無くなる。
しかも魔法は使えなくなったまま……
それは生物学的には生きていても、当人たちに
してれみれば『死』を意味していた。
続けてパックは三つ目を提示する。
「最後に―――
フェンリル・ルクレセント様がこの公都に
戻ってくるまで……
彼女に罪滅ぼしと思えるくらいに、償いを
しておく事です」
きょとんとして顔を見合わせる2人を前に、
シャンタルも入ってきて、
「例えば―――
魔狼たちへ迷惑料として、お金その他での支援、
その表明……
また二度と彼らに被害が及ばないよう、
防止策まで講じる事が出来れば尚良いでしょう。
それ次第では、少しは彼女の怒りを
和らげる事が出来るかも知れません」
彼女の言葉を最後に沈黙が訪れ―――
1分も経った頃、デイザン伯爵が口を開いた。
「……ここから、王都へ手紙を出す事は
可能だろうか」
「とにかく、実家から―――
いくばくかの支援を用意させたい」
ジャーバ伯爵も続き……
それは第三の案を彼らが受け入れたという
事を意味し、
同時に急進派に大きな影響を与え、
さらに大きな変革を後押しする事になる―――
「あれ、ロッテンさん」
3日後―――
私は家族と一緒に昼食を取ろうと、
宿屋『クラン』へ向かっていたのだが、
そこで老夫婦とバッタリ会った。
「おお、これはシン殿」
「こんにちは、シン殿」
ロマンスグレーの老紳士と、灰色の長髪……
彼らは町へ来ていたロッテン夫妻で、
さらにもう三人、
「シンさん!」
「そちらもご家族でお出かけですか?」
ブラウンのショートヘアーの女性と、
同じくブラウンのロングヘアーをした
ラミア族の少女。
そしてグリーンの髪をした少年。
エイミさん母子とアーロン君だ。
彼らは一度、ラミア族の住処へ里帰りしたのだが、
本来、一泊二日でロッテン夫妻だけ公都へ
戻ってくる予定だったところ……
母エイミさんの夫であるニーフォウルさんが、
『冬の間は厳しいから、暖かくなるまで
祖父母と公都で過ごしてきたらどうだ?』
と、母エイミさんと娘エイミさんに提案。
そこで彼だけ住処に残して、公都に帰って
きたのだという。
当初、妻である母エイミさんは……
ラミア族の長である夫・ニーフォウルさんと
共に住処に残り、
娘だけ(&アーロン君も)、ロッテン夫妻と共に
公都に戻そうとしたのだが―――
今まで離れ離れになっていた家族なのだから、
冬の間くらい一緒にいてもいいだろう、と
ニーフォウルさんに説得され……
こうして一家で、今は公都でスローライフを
送っていた。
「ええまあ。
今日は特に冷えますから、天ぷらウドンでも
食べに行こうかと思いまして」
「うどんですか。
あれはとても美味しかったですわ。
小麦からあんな料理が出来るなんて……
長生きはするものですわね」
レティ夫人には一度、『ナベヤキうどん』を作って
ご馳走した事があり、それ以来すっかりその味に
ハマっているようだ。
(83話 はじめての さいはつ参照)
「そういえばそろそろお昼だな。
私たちも宿に戻って注文しようか。
アーロンは何が食べたい?」
「焼きそば!!
……あっ、あの―――」
ディアスさんに元気よく答えた後、ハッとなって
しどろもどろになる少年に、彼の『ご主人様』が
抱き着く。
「じゃーアタシもそれー!」
「あれは美味しいものねえ。
わたくしは焼きうどんにしようかしら」
そこにレティさんも入り―――
私と妻2人はそれを暖かい目で見守る。
「では私たちはここで……」
「あ、ではこれで失礼します」
ディアスさんとアーロン君が祖父と孫のように
同時にペコリと頭を下げ―――
「では私たちもこれで……」
「じゃ、行きましょー」
「これだけ寒ければ、暖かい料理というだけでも
絶品じゃろうて」
「ピュウ!」
そして2組の家族はそれぞれ――――
別々の目的地へと向かった。
「ん? ウォルドさんと言われますと」
「あの鑑定の人です。
ホラ、王都から来てもらった―――」
宿屋『クラン』に入ると、そこにはもう一組の
夫婦……パック夫妻がいた。
そこで一緒に昼食を取る事になって―――
雑談の中、その名前が出てきたので思わず
聞き返したのだが、
「あー、ココが気に入って残っているっていう
お爺ちゃんだよね」
「その人がどうかしたのかや?」
「ピュ?」
何気なく家族も疑問を口にすると、
シャンタルさんから
「ええ、あの後もいろいろと鑑定してもらい、
非常に助かっていたのですが……
ほら、アルテリーゼ。
わたくしや貴女が持ってきた財宝とか武具とか
あったでしょ?」
「おお、アレか。
もしかしてまだ鑑定が終わっておらぬのか?」
ドラゴン同士で会話が始まると、パックさんが、
「いえ、ほとんど終わっております。
そもそも、王都へ送る事の出来るものは
すでに輸送済みでしたし。
問題は分類不能といいますか、
こちらでもどういう物かわからず、後回しに
なっていたのが残ってまして」
「んー? と言うと?」
メルが聞き返すと、説明は続けられ―――
パッと見でわかる武具や宝石、アクセサリーの
類などは前もって王都行き、
用途不明の物や魔導具とかは念のため、
残しておいたのだという。
「え? それってもしかしたら危険な物も……」
「いえ、元々は人間が持ち込んだ物ですし、
残していったのはどれもこれも100年以上
経過した物だという事で―――」
私の疑問にパックさんが慌てて釈明し、
「アレか。
そもそも動くかどうかもわからんシロモノよな。
だから持ってこなければ良かったのに……」
「に、人間はそういう古い物を喜ぶ、という話も
聞いておりましたので―――
お土産に入れておいたのです」
なるほど。骨董品的な価値があると思ったのか。
「でも、それの何が問題なの?」
メルが質問すると、そこでパックさんが
顔を近づけて小声で、
「……どうしても鑑定不能、という物が一つ
あったのです。
ウォルドさんいわく―――
こんな事は初めてだと。
それで、お時間があれば……
出来ればシンさんに同行して頂きたいと」
そこで私は家族に視線を移す。
「いーんじゃない?」
「今日は『狩り』も済んでいるし、
我らも大丈夫じゃぞ」
(※『狩り』=巨大化させた魚類の水揚げ)
「ピュピュイ!」
こうして食後、一休みしてから……
パック夫妻の屋敷へお邪魔する事になった。
「おや、確か貴方は……」
西側の富裕層地区―――
パック夫妻の自宅兼病院兼研究施設へ到着すると、
あの鑑定魔法を使う老人が出迎えた。
「どうも、お久しぶりです」
卵に使う『浄化水』の生産の時にも立ち会って
いるので、初対面ではないが……
その時は仕事上の事で特に会話を交わす事なく
終わっていたのだった。
(82話 はじめての そーす参照)
「こちらは冒険者のシン殿―――
そしてその妻のメルさん、アルテリーゼさん。
3人ともシルバークラスです」
シャンタルさんの紹介と同時に、妻2人も
彼に頭を下げる。
ラッチは受付で女性の看護師・スタッフに預けて
おり、ひとまず応接室で詳しい話を伺う事にした。
「そうでしたか。
しかし困りましたのう……」
「?? どうかしましたか?」
ウォルドさんがすっかり髪のなくなった頭を
なでながら、弱ったように話す。
パックさんの質問に、彼は改めて頭を上げ、
「つい先ほどの事ですが、ちょうど鑑定魔法が
通ったのですよ。
全てではありませんが、アレは―――
恐らく封印が施されております」
「へ? 封印?」
「妙な話になってきたのう?」
妻2人も話の展開に、怪訝な表情を作る。
「それで、何が見えたんでしょうか」
「『封印』と『魔力吸収』……ですな。
恐らく何らかのトラップだと推測して
おります」
パックさんの質問に、ウォルドさんは淡々と答え、
「何が封印されているんですか?
それにトラップとは―――」
私の質問に、彼は両腕を組んで、
「う~ん……
ちょっと説明が悪かったですな。
単純に言いますと、開けると魔力を吸い取られる
トラップです」
「ああ、要は―――
箱を開けたら発動する、みたいな」
私の言葉に、室内の全員が緊張が解けたような
表情になる。
「まあ、それはそうなのじゃが……
恐らくこのトラップは二段構えです。
魔力を吸収し、その魔力を利用した何かが
発動するとにらんでおりますじゃ」
対照的に深刻そうな表情になるウォルドさん。
年齢的にも、鑑定してきた歴史は長いのだろう。
その中でもトップクラスにマズい物という事か。
「爆発くらいなら、我やシャンタルが処理すれば
どうにでもなるが」
「問題は爆発ではなく、毒や呪いが発動したら、
という事ですね」
ドラゴンであれば物理的な物はほぼ効かない。
何より、彼女たちが平気でも、他に被害が
及ぶような事態は避けなければ……
「となると、やっぱりぃ」
「シンさんにお任せするのが一番かと」
ただ一人、目を白黒させるウォルドさんを
除いて―――
ウンウンとうなずくパック夫妻と私の妻たち。
そしてその『魔導具』とやらを見せてもらう
事になった。
「……これですか」
私は魔力を感じられないのだが……
目の前にある、装飾が施された小箱。
これに『封印』と『魔力吸収』が仕掛けられて
いるらしい。
今私がその魔導具と一緒に入っている部屋は、
周囲に危険が及ばないよう、頑丈に物理と魔法で
防御が施された小部屋であり……
念のため、自分以外は部屋の外で待機して
もらっていた。
「もう一度確認しますが……
この箱を開けたら『魔力吸収』が行われ、
何かが起こる、という事ですよね?」
部屋の扉越しにウォルドさんに質問する。
「は、はい。
ただ何が起こるのかまではわかりません
のじゃ。
魔力を吸収されただけで終わるかも……」
どちらにしろ―――
動力は魔力に頼っているのだろう。
念のため、いろいろと無効化はしておくか。
「(魔力による爆発など
・・・・・
あり得ない。
魔力による毒など
・・・・・
あり得ない。
そして―――
魔力による呪いなど
・・・・・
あり得ない)」
条件を重ねて小声でつぶやき、私は箱にゆっくり
手をかけると、それを開ける。
「……?」
箱の中は―――
何も入っていなかった。
強いて言えば、よほど古い物だったのか、
埃か何かが舞い上がり、思わず咳き込む。
「シン!」
「大丈夫か!?」
慌てて扉を開けてメルとアルテリーゼが
入ってくるが、ただの咳だと告げ安心させる。
そして改めて全員で箱の中をのぞくが、やはり
そこには何もなく……
「どういう事じゃ?
鑑定では確かに―――いや、
『無害な魔導具の箱』になっておる」
ウォルドさんはそう言いながら首をひねる。
何かがあったのは確かなのだろう。
「まあまあ、無害になったのであればそれで」
「危険で無くなったのなら、それに越した事は
ありませんよ」
パック夫妻が『もうこの件は解決済み』と
彼を促し―――
また私は一応ここで診察を受けてから帰る事に
なった。
実際にこの『魔導具』の箱には『何か』が
『封印』されていたのだが……
それを今の私たちが知る由もなかった。
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