「本当に……お戻りになられるのだろうな?」
恐らく、数百年は人の通る事が無かったであろう、
緑が浸食する森林、深山の中―――
ローブのような衣装を身にまとった複数の影が、
言葉を交わす。
「間違いありません。
主の復活は成されました。
数日前に感知したあの封印解除は―――
確かに我らが主のものです」
「三百年ぶりの再会であるか。
果たして今の世界を見たらどう思われるか」
明らかに人非ざる会話をする彼らの前で、
闇が何かを吸収するように拡大し、さらに
濃くなっていく。
やがて、それは人型の形となり―――
同時にローブをまとった複数の者たちが跪く。
「この地にご帰還され心よりお喜び申し上げます!
―――ご気分はいかがでしょうか、主よ」
「……悪くはない。
余が世界を去った後、情勢はどうなった?」
広い空間によく通る声が響く中、一人が前へ出て
片膝をつきながら報告する。
「一時の平和を得るに至りましたが―――
共通の敵を失った後は集合離散……
つまるところ、裏切りと足の引っ張り合いを
繰り返しておるようです」
「特に、あの大戦で最も主導権を握った、
人間の国々が顕著です。
『創世神正教』も残ってはおりますが、統一と
平和を願う教えはもはや形骸化され……
中には、人間以外の魔物や亜人は全て人間に
従うべし、と過激な考えに走る者も出てきて
おるとか」
それを聞いていた、ただ一人直立して彼らを
見下ろしている人物は、大きくため息をつき、
「……そうか。
何も変わらなかったというのか……
結局……」
この時、ローブを着た彼らは違和感を覚えていた。
待ち望んだ主の声。
それを聞き間違える事などあるはずもなく。
威厳のある―――
ただその声だけで全てを支配するかのような
それは、余りにも若く幼く感じられた。
そして一人が恐る恐る頭を上げると……
「―――!?
あ、主よ!
恐れながら魔力が……!
それにお姿も!!」
「……うむ?」
一斉に彼らが見上げたその先には、人間なら
まだ5才以下と思えるほどの、幼児の姿が
あった。
にぎにぎと、自分の手を開いたり閉じたりして
確かめるそれは―――
どこからどう見ても、ブカブカの服を着た
幼稚園児にしか見えず、
「どういう事だ、イスティールよ!
なぜ魔王様のお姿が幼いのだ!?
それに魔力もほとんど感じられないでは
ないか!!」
抗議の声が飛ぶが、主と呼ばれた者が片手を上げ、
「うろたえるな。
それでも魔王軍幹部か」
その言葉に、その場の者全員が一斉に頭を下げる。
「イスティールよ、そもそも―――
死んだはずの余がどうして生き返ったのか……
説明せよ」
声からして女性であろう、最初に異常を指摘した
彼女へ質問がいく。
「は、はい!
三百年前の戦で魔王様が、人間族の卑怯な
謀略により命を落とされた後……
私は他の幹部と協力し、魔王様の魂を現世に
留まらせる儀式を行いました」
「……愚かな事を。
それで?」
先を促す魔王に、震えながらも彼女は説明を
続けて、
「我々の力では、魂を留まらせるだけで
精一杯であり―――
そこで封印を施し、解除した相手の魔力を
奪って、魔王様の力を復活させる方法を
取ったのです」
「―――続けよ」
「で、ですが、それほどの力の持ち主となると
封印に関わる幹部を除いては、魔族にも
おらず……
ドラゴンが巣に貯め込んでいる財宝に
紛れ込ませたのです。
ドラゴンが封印を解けばそれで良し、
もしドラゴンを倒し、財宝を奪うほどの者が
封印を解けば、と……
一縷の望みをかけて―――」
そこまで聞いた魔王は一息ついて、
「同族を犠牲にしなかった事は褒めてやろう。
そして―――
この結果、というわけだな?」
「も、申し訳ございません!!」
彼女と一緒に、全員が額を床にこすりつける。
「余は怒ってなどおらぬ。
生き返る事自体、この世の理に反するものだ。
その代償がこの体。
全盛期の力を持っての復活などムシの良い話で
あろうよ。
礼を言うぞ、イスティール。
夢を見られただけでも望外の事だ」
「ゆ、夢……でございますか?」
一人が頭を上げて魔王の顔を見る。
漆黒に生える、真っ青な髪を水に流すように
震わせて、
「どこかの町で目覚めた夢だ。
そこは人間の住まう土地であったが―――
ドラゴンが、魔狼が、人と結ばれ……
ワイバーンが対等な立場で人間を乗せて
運んでいた。
ラミア族まで、まるで家族のように人間と
仲良く交わっておってな」
そこで跪いていた者たちは顔を互いに見合わせ、
「それは……何と言いますか」
「人間族がそこまで寛容であれば、我々とて
こうまで苦労は……」
そこでイスティールと呼ばれた女性が、
手で他の者たちを制し、
「お、恐れながら……
主が目覚めてから、ここに呼び戻すまで
数日が経過しております。
ですから主の見たそれは―――
事実の可能性が……!」
ざわざわと、広い空間に困惑が波のように
広がっていく。
「そうであったか。
余も、夢にしてはやけに現実味があると
思っていたのだが」
「魂だけの状態でしたので、触る事も
出来なかったと思われます。
ですが、見聞きした情報は本当のはずで
ございます!」
すると、キュウゥウ~……と、
魔王のお腹が空腹を告げ、
「魔力が無いこの体ではこのような物か」
「い、今すぐお食事の用意を!!」
慌てて四方へバタバタと足音が飛んでいき―――
魔族の『魔王復活』の儀は会食の場へと移された。
「う~ん……」
『魔導具』の小箱の封印が解かれ、
無効化された翌日―――
冒険者ギルドの支部長室で、私とその家族、
パック夫妻、そしていつものギルドメンバーで
集まり、情報を共有していた。
「ウォルドさんは、少なくとも二百年以上前の
物だと鑑定していたけど」
その箱を持ち上げてうなる白銀のロングヘア-の
女性に、同じような長髪を持つパックさんが、
説明も兼ねて指摘する。
封印が解けた後、さらに重ねて鑑定を繰り返した
ようなのだが―――
そこで作られた年代が発覚。
ただその年代が問題なのだという。
「でもわたくしが倉庫を作って、物を収集
し始めたのって、せいぜい150年くらい
前からなんですよ」
箱を手に持ち、あらゆる角度から見ようとする
彼女に、短髪黒髪の褐色の青年が片手を上げ、
「集めた時、すでに古かったんじゃないッスか?」
「そもそも、そういう物を集めていたんじゃ」
レイド君に続けて彼の妻である、丸眼鏡・
ライトグリーンのショートヘアの女性も同様に
分析する。
しかしそこで、黒髪ロングの―――
私の妻でありシャンタルさんとは同族の
アルテリーゼが、
「コイツは新し物好きでな。
本や何かの情報が記されている物ならともかく、
ただの古い物は集めんのよ」
「そうなんですよ。
いちいち覚えているわけではないんですが、
わたくしの収集物とはどこか違うような
気もしていて」
そこへもう一人の私の妻、黒髪セミロングの
メルも参加し、
「そういえば、『少なくとも』二百年以上前って
言ってたけど……
下手をすればもっと古い可能性も……?」
それまで黙って聞いていた部屋の主が、頭を
ガシガシとかきながら、
「二百年前ってだけでも―――
ウィンベル王国が建国されたかどうかって
時代だ。
それより前となると、もうおとぎ話の世界よ。
下手すりゃ魔王とか出てくるぜ」
「え!? 魔王……ですか?」
異世界とはいえ、人間同士の小競り合いを抜かせば
脅威は魔物くらいと思っていたところへ―――
定番のファンタジーなワードが飛び出し、思わず
聞き返す。
「おう、魔族の長だ。
かつて魔族と人間族が争い―――
『創世神様』が味方についた人間族が、
死闘の末に魔族を退けた……
そういう神話があってな」
「魔族もいるんですか……
でも、今まで見た事はありませんが」
そこでレイド君とミリアさんが、
「いや、そりゃそうッスよ」
「伝承や昔話の存在ですから―――」
と、そこでドラゴン2名が、
「おお、いたなそういえば」
「魔族の長ですが―――
しばらく姿を見ていませんね。
噂も聞きません」
現役で見聞きしていたのだろう。
懐かしそうに話すも、
「い、いや―――
ちょっと待て」
「まさか、本当に大戦があったのですか!?」
ジャンさんとパックさんが目を大きく見開いて
2人に詰め寄る。
「大戦、というほどのものでもなかった
気がするがのう」
「そもそも人間同士が戦争をしていたのですが……
いつの間にか魔族が参入し―――
人の国同士が協力し合い立ち向かった、としか
覚えておりません」
すると、人間組は顔を見合わせて、
「まあ昔の話だしねー」
「人間側の当事者なんて、もういないで
しょうし……
正確な話が伝わっていないのも無理は
ないでしょう」
メルとミリアさんが納得し合うように2人で
うなずく。
確かにこれは仕方ない。
地球ですら、2・300年前の資料なんて……
正確に残っているかどうか怪しいのだ。
ましてや、何のバイアスもかかっていない、
中立的な記録など―――
「どちらにしろ、数百年前の事なんて
確認のしようもないでしょうし……
害が無いのであればいったん保留で」
私の提案に、全員が同意するようにうなずき、
「せっかく揃ったんだし―――
他に話す事はあるか?」
ギルド長が改めて情報共有を促す。
「あ、そういえば……
魔狼についてなんですけど。
出産時の魔力過多による危険は、よくある
事なんでしょうか」
そこでパック夫妻が姿勢を直して、
「あの後、落ち着いた頃にリリィさんに
聞いたのですが……
やはり1/10くらいで死産はあった
そうです」
「ただ、それが魔力過多によるものかどうかは
わからないとの事。
野生での出産になりますから、それを考慮すれば
まだ死亡率は低いと思われます。
つまり今回は、かなりのレアケースかと……」
それを聞いた私は、ソファに深く腰掛ける。
「運がいいのか悪いのか……」
「ピュウ~」
頭を下げた私の髪を、元気付けるつもりなのか
ラッチが引っ張る。
ただじゃれているだけかも知れないが。
「そういえばそのリリィさんの事なんですけど、
知ってますか?」
ミリアさんの言葉に、全員が『?』となる。
「何かあったッスか?」
「妊娠している女性や、子供が出来た夫婦が
児童預かり所に訪ねに来ているのよ」
「何でまた?」
ジャンさんが首を傾げながら聞き返す。
「出産の時、子供が危なかったっていうのは
知れ渡っているので―――
安産祈願というか、あやかりたい、みたいな?」
「あー……」
「気持ちはわかるがのう」
同性であるドラゴン2名も同調する。
産婆はいるが、衛生概念が地球のそれには
遠く及ばず―――
成功例があればそれにすがりたいというのは
理解出来る。
「それに、何だかんだ言って魔狼の赤ちゃん、
すごく可愛いんですよねー」
「あーそれわかるわ。
一目見るだけでも行く価値あるもの」
そこで女性陣は子供の可愛さについて
盛り上がり、
男性陣の私、レイド君、ギルド長は女性陣とは
別に話し出す。
「そういえば新パパになった―――
ケイドさんはどうしてますか?」
彼とリリィさんの子供を助けた時、
土下座せんばかりに感謝され……
その後、顔を見る度にスライディング土下座を
しそうな勢いで来るので、なるべく顔を
会わせないようにしていたのだが。
確か昼間は奥さんと子供は児童預かり所、
夜だけ彼の部屋に戻るサイクルとは聞いていた。
「アイツもシルバークラスだからな。
しばらくは嫁と子供の面倒を見る事に専念して、
ギルドには来るなと通達してある」
シルバークラスになれば月金貨10枚だっけ。
それなら当面の生活は大丈夫か。
「まあそれは表向きの理由ッス。
本当のところは、ギルドに顔を出す度に
子供自慢をするのがウザくて―――
追い出したというのが実情ッス」
何してるんだケイドさん。
立派な親バカになって……
まあ、死にそうだった子供が助かったという
嬉しさもあるのかも知れないけど。
「それはしょーがないよ。
実際にあの三つ子ちゃん可愛いしー」
「さらに、あのリリィさんの子供……
ケイドさんも決して顔は悪い方じゃないし、
成長して人間の姿になれば、美男美女になるのは
確定ですもん」
メルとミリアさんがこちらの話を聞いていたのか、
入ってきて、
「オスが我が子を大事に思うのは良い事ぞ」
「そういえば、他の魔狼の子供たち……
人間の姿になってしまう問題は、
どうなっていますか?」
アルテリーゼとシャンタルさんも続く。
「無意識のうちに人間の姿になっちまうからなあ。
今のところは廊下や部屋に、すぐに体をおおう
布とか置いて対処しているって話だ」
「一応、魔狼から人間になるのはともかく、
人間から魔狼になるのは、ある程度制御
出来てきているっぽいッスけどね」
こうしていろいろと情報共有を重ね―――
時間は過ぎていった。
「こんさあと?」
「はい」
魔狼たちの話が落ち着いた後―――
良い機会だと思い、私は自分の案件を切り出した。
ウィンベル王家の結婚式の後……
その演奏をしたのはハーヴァ・ミラントさん率いる
楽団なのだが、実はこの公都にまだ滞在していた。
もちろん仕事があるので大半は王都に戻って
いるが、トップであるハーヴァさんと、
精鋭とも言える団員は残っている。
目的は―――
『新曲』のマスターのためである。
なぜそんな事になったのかというと、きちんと
理由があり、
結婚式にドラ〇エのOP曲を使ったのだが、
『王家と同じでは恐れ多い』との要望が、
各貴族、顧客から相次ぎ―――
ハーヴァさんから、他に曲は無いかと
懇願されたのである。
それでまた私が口でメロディを伝え、
耳コピでマスターしてもらっていたのだが、
ゲームだけでなくアニメやクラッシックも混ぜて
伝えたところ、いつの間にか20曲くらいに
増えて―――
その新曲は『ガッコウ』の体育館部分の施設を
使って、練習していたのである。
「へー、そんなに増えたッスか」
「シンさんの世界の新曲ですか。
それは是非聞きたいですね」
レイド夫妻が興味津々で食いつく。
「20曲もかー。
でもシン、アレ神経削るって言って
なかったっけ?」
「ウン。めっちゃ削った」
メルの質問に、アラフォーの自分がメロディを
口ずさんで教えていた日々を思い出し、
魂を空へと飛ばす。
「それで20曲もか。
お人好しにもほどがあるぞ」
「ピュイ!」
家族からもツッコミをくらうが、私も何も
無料奉仕でやっていたわけではない。
「子供たちに、楽器を教えるのと引き換えに
してもらいましたからね。
つまり今回やるのは、そのお披露目も
兼ねての事で」
「児童預かり所のチビたちが何人か、
冬休みなのに『ガッコウ』に行っているって
話はあったけどよ」
「そんな事してたッスか」
ジャンさんとレイド君が状況を確認する。
別に隠していたわけではないのだが……
大っぴらにするには問題があった。
「でもどうして、その事をこちらに
言わなかったんですか?
内緒にするような事でも無いと思うのですが」
ミリアさんが当然の疑問を口にする。
「もともと、孤児院組とそうでない子供たちの
間で―――
知識格差みたいなものがありましたからね。
冬休みの間にその差が出来てしまう……
そうとらえられるのは避けたかったのと、
もし『コンサート』で音楽に対する興味が
高まれば、他の子供たちにも音楽の授業を
広げる事が出来ます」
フムフム、とうなずくギルド組に私は続けて、
「それに、保護者の方にも理解が得られやすく
なるかと思いまして」
今『ガッコウ』で教えられている、あらゆる
調理・料理方なら生きていく上で役立つし、
今なら王都で重用される可能性もあるが―――
音楽は完全に娯楽でありエンターテインメント。
貴族お抱えや上流階級専門の楽団ならともかく、
『地に足のついた』仕事とは言い難い。
それなら学ぶ必要はない―――
そう言い出す親が出てきてもおかしくはないのだ。
「そうですね。
料理はこの公都ですでに広まっているから、
問題はありませんが」
「まず実践してみせねば―――
納得しない者もいるでしょう」
パック夫妻も問題点に気付いたようで、
後押しするように説明してくれる。
「まあ、冬はこもりがちになるし―――
気晴らしがあるのはいい事だ。
こういうイベントはみんな喜ぶだろ。
しかしよ、よく楽団も承諾してくれたな?
自分らの商売敵、競争相手になるかも
知れんのに」
ギルド長の問いに、私は頬をかいて
「実は半分ほど、楽団の要望も入っています。
今後、結婚式や催しの数が激増するのは
目に見えてますからね。
この公都でうまくいけば―――
王都の児童預かり所でも、音楽教育を
取り入れたいと考えています」
「あー、人手不足かあ。
そりゃそうよね」
「需要に供給が追い付いておらぬからのう」
「ピュピュ!」
私の言葉に家族も続き―――
コンサートの日程をある程度詰めてから、
話し合いは解散となった。
「見当たらぬのう」
「なかなかいないものだねー」
「冬だしなあ……」
数日後―――
珍しく私はメルと共にアルテリーゼに乗って、
『狩り』のための探索をしていた。
魚類は、公都にある倍化施設も手伝って
確保出来ているものの……
いかんせん、肉類の動物性たんぱく質が
足りていない。
魔物鳥『プルラン』の生息地は拡大したものの、
例の結婚式でごっそり使ってしまったため―――
禁猟期間を設けて、様子見に。
野鳥も越冬期間に入ったのか、飼育箱から
移動しようとせず……
要は獲ったらお終いの状態になっており、
その捕獲も禁じた。
「ボーアは見かけたけど……」
「あー、でも」
「子連れはさすがにのう」
獲物は見かけたが、『子連れは見逃す』……
それが狩りの暗黙の了解となっていた。
資源保護の観点もあるが、要はアルテリーゼに
そういう事をさせたくないし、彼女もまた
したくない、という感情が理由である。
「ン?
ねーアルちゃん、アレ何?」
「何かおるのか?」
不意にメルが下を見る。
それにつられて視線を落とすと、地上で何か
うごめく物があった。
一方は白い翼を持った鳥のような、もう一方は
四足歩行の獣。
ただそのサイズはというと……
「あれは―――
ホワイト・バイソンだね」
「もう一方はフクロウか何かかのう」
どうやら、ホワイト・バイソンとやらにフクロウが
捕まっているようだ。
パイソンの体高は5メートルほどあり―――
そこから逆算すると、フクロウの方は体長
3メートルほどだろうか。
弱肉強食はこの世界でも動物の掟。
食事の邪魔をしては悪いな、と妻たちにこの場から
離れるよう指示しようとしたその時……
『それ』が目に入った。
バイソンにくわえられたフクロウ、その上空を、
二羽の小さな白いフクロウが旋回している。
「親子かなー」
「で、あろうな」
そして2人して私にチラと視線を送る。
本来、こういう場に介入するのは偽善も
いいところだが……
見てしまった以上は仕方がない。
「やろう。肉の確保のため―――」
『食料の調達』―――
この大義名分を持って、私たちは
バイソンへ急降下した。
「ブモォッ!?」
突然のドラゴンの急襲に驚いたのか、バイソンは
フクロウを口から離して後方へ飛ぶ。
同時にアルテリーゼは人間の姿となり―――
メルと一緒にその白フクロウの手当を始めた。
「メルっち、まずは水魔法で傷を
洗い流してくれい」
「りょー」
そして私はというと―――
ホワイト・バイソンとやらに対峙する。
距離にして10メートルは離れただろうが……
その巨体は遠目でも確認出来た。
牛……
別段、角が3本あるとか手足が6本あるとか
そういう事はなく、デザイン的には普通の牛だ。
その大きさをのぞけば、だが。
同時に、くわえていたフクロウの大きさも―――
かなりのものだと理解する。
「前のギガンティック・ムースより……
こちらの方が肉量は多そうですね」
ヘラジカと牛の違いと言ってしまえば
それまでだが、冬という季節もあってか
脂肪がかなりありそうだ。
一方で食材と見られたホワイト・バイソンは―――
片方の前足で地面を蹴り、突進の準備動作に入る。
ドラゴンの姿が突然消えた事、相手は全て自分の
体格より小さい事……
それがこの場から逃げない事を選択させていた。
冷静に見れば、アルテリーゼからドラゴンの魔力を
感じられるはずだが―――
興奮状態で目視出来る情報しか、文字通り
目に入っていないのだろう。
「メル、アルテリーゼ。
助かりそうか?」
私は振り返ってフクロウの様子を聞く。
「死ぬ事はなかろうが……」
「あとは『浄化水』で傷口を洗ってみるね」
見た感じ、出血はそれほどなさそうだ。
この寒さで血の流れが少ないだけかも知れないが。
二羽のフクロウも上空を旋回して離れずにいたが、
敵意が無いのはわかったのか、攻撃を仕掛けてくる
様子は見られない。
「―――!」
私の背後で、地を駆ける足音が始まった。
無防備な背後を見せる、またはよそ見をした瞬間に
仕掛けるのは、野生の中ではセオリーだ。
恐らく私が妻たちに振り返った瞬間を、絶好の
チャンスととらえたのだろう。
それは一瞬で距離を詰めてきて―――
「肉食だろうが草食だろうが……
四足歩行で、その体重・そのサイズの足で
立っていられる……
ましてや走る事の出来る動物など、
・・・・・・
あり得ません」
私が小声でつぶやくと同時に……
ホワイト・バイソンは前のめりになった。
正確には前足が折れたのだろう。
そのまま一回転し―――
轟音と共に、目の前にその巨体を仰向けにして
さらす事になった。
「アルテリーゼ、とどめをお願い出来るかな」
「任せよ」
私の言葉に彼女はドラゴンの姿に戻ると、
その牙をバイソンの首へと突き立てた。
メルの方を見ると、あの二羽のフクロウも
地上へと降り立ち……
親であろう、ケガをしたそちらを心配そうに
見つめている。
「メルもこっちへ」
「はーい」
彼女が私の方へ来る、イコール傷を負った
白フクロウから離れると、二羽のフクロウが
そちらへ寄ってきた。
「そうだ、アルテリーゼ。
少し肉をかじって切り離してくれないか?」
「良いぞ」
ブチッ、という引き千切る音が聞こえ、私は
その肉を受け取る。
それをそのまま―――
白フクロウの親子へと投げた。
「あれ?」
「おりょ?」
白フクロウたちは、投げられた肉を見ていたが、
それをただ不思議そうにながめる。
「フクロウって肉食のはずだけど……
こちらの世界では違うのかな」
「スノー・オウルか、ヒュージ・オウルか―――
どっちにしろ、大きさから普通のフクロウじゃ
無いと思うんだけどね」
助けたという事はわかっているはずだし、
今さら警戒する事も考えにくいが……
すると、子供の方であろう一羽がその肉を拾い、
跳ねるようにしてくちばしで持ってくると、
「ん?」
「え?」
私たちの前でその肉を置いて―――
またピョンピョンと跳ねるように、元の位置へと
戻っていった。
「肉食じゃないのかなあ……」
「それなら、少し置いていってあげるとか、
やる必要は無さそう」
するとドラゴンになったままのアルテリーゼが、
「シンー、ここで血抜きは無理そうじゃぞ。
寒過ぎて凍ってしまうわ。
このまま持ち帰ろうと思うが、どうじゃ?」
「大丈夫か?」
あのギガンティック・ムースよりも重そうだが……
「まあ何とかなるじゃろ。
はよう乗ってくれ」
こうして、私とメルはアルテリーゼの背中に乗り、
彼女にホワイト・バイソンを運んでもらい―――
その場を後にした。
シン一家が飛んで行ってから10分……
巨大な白フクロウと、その子供と思われる
合計三羽はその場で待機し続け―――
やがて彼らの前に、吹雪のような白い結晶が
集まり始め……
それが一人の少女の姿を形作る。
白、というより透明に近い髪。
年齢は12・3才くらいだろうか。
およそ、季節にそぐわない露出をした衣装に
身を包んだ彼女は、白フクロウの親子を前に
口を開いた。
「ゴメンね。
はぐれてしまったみたいで―――
ケガをしたの? すぐに治してあげる」
驚くでも、原因を聞くでもなく……
彼女は手をかざす。
すると、白い煙のようなものに白フクロウの傷は
包まれ―――
それが霧消すると、すっかり完治したように
綺麗になっていた。
「……ふぅん。
助けてくれた人がいたの?
あっちの方角へ飛んで行った……
そう……
あの子に聞いたところの近くかしら。
行ってみましょう。
あなたたちは、側で控えていてね」
独り言のように彼女はつぶやくと―――
白フクロウ三羽は白い光に包まれ……
彼女と一緒に宙に浮いたかと思うと、そのまま
上空へ飛び立った。
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