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宮本に指定された翌週日曜日の午後13時半、インプのタイヤを購入したことのある店の駐車場で、最初のうちはぼんやりしながら待っていた。

店の正面に停めた車の中、定刻の時間になっても現れない宮本を目を凝らして捜してみる。

今まで約束の時間前に現れたことがないから、店の中で待っているはずがないと踏んで、首や腰を動かしながら前後左右をくまなく捜した。


「もう面倒くさいから、どこにいるかアプリで聞いてやろ」


橋本は手っ取り早い方法を思いつき『今どこにいる?』とメッセージを送信すると、コンコンとウインドウを叩く音が聞こえてきた。


「は?」


物音に導かれるように横を向いたのだが――インプの脇に立っている宮本を見て、橋本は驚く以外のリアクションができなかった。見間違いかと思って両目を擦ってから、もう一度外にいる男の姿を確認してみる。


「こんにちは、です……」


自分に向かって話しかけられるくぐもった声は、聞き覚えのある宮本の声に間違いない。


(おいおい、どういうことだよ!? どうして雅輝はあんな恰好で、ここに来ているんだ。それについて訊ねる形で、会話を広げたらいい感じ?)


自問自答の後に数秒で答えを導き出し、エンジンを切って車から降り立った。


「よ、よう。今日はわざわざ済まないな」

「いえ……。遅れてすみません」


橋本としては自分よりも若い宮本と出かけるからと、いつもよりライトな服装をチョイスしていた。

グレーのタートルニットの上にデニムのジャケットを羽織り、下は黒のスキニーパンツというカジュアルな装いだった。それとは対照的な宮本の恰好について、質問をぶつけてみる。


「午前中に何か重要な用事を済ませる関係で、そんな恰好をしているのか?」


いつもは寝癖のある宮本の髪形は、前回逢ったときよりも短くなっているだけじゃなく、整髪剤によって綺麗に整えられていた。もっさりした感じがなくなっただけで顔立ちがシャープに映るからか、ちょっとだけ男前に見えなくもない。


「陽さんの大事なインプのタイヤを選ぶお手伝いをするのに、変な格好はできませんので」


ネイビーブルーのシングルスーツをぴしっと着こなし、同系色のネクタイを締めているだけじゃなく、えんじ色のポケットチーフがアクセントになっている決めまくったその姿に、橋本は軽いめまいを覚えた。


「そうか……。いろいろ手をかけさせちまって済まない」

「謝らないでください。陽さんを待たせてしまった、俺のほうが悪いのに。出がけに江藤ちんにファッションチェックをしてもらったら、延々とダメ出しされたせいで、約束の時間に遅れてしまって」


(ファッションチェックにダメ出しだと!? しかもここで登場する江藤ちんが謎すぎる!)


「……好きなヤツとデートをするならまだしも、俺とタイヤ専門店に行くだけなのに、その恰好はもったいないというか。まぁ雅輝がインプのことが大好きすぎた結果だというのは、理解するけどさ」


頭に浮かんだことを片端から口にしていると、宮本の顔が熟れたトマトのように真っ赤に染まった。あからさますぎるその様子から、図星を指したせいで赤面させたのかと思いついた橋本の耳に、弱々しい声が聞こえてきた。


「確かにインプは大好きですけど、それだけじゃないです」


それだけじゃない他の理由も気になったが、とりあえず一番引っかかっている部分について訊ねてみる。


「へぇ、ちなみにどこをダメ出しされたんだ?」

「持っているネクタイすべてが、今着ているスーツに合わないって言われました。兄弟そろって服のセンスが壊滅的だと、江藤ちんに大爆笑されて」


――ということは、もしかして……。


「そのネクタイを買うのに、遅れてきたのか?」


橋本は視線を下ろして、宮本の胸の中央を眺めた。青地の布に細い白のチェック柄が嫌味にならない程度に入っているネクタイは、ネイビーブルーのスーツだけじゃなく、着こなしている本人の雰囲気によく似合ってみえた。


「はい、急いで江藤ちんに選んでもらいました。中途半端な格好で、陽さんと逢いたくなかったですし」

「そんな決めまくっている雅輝に、俺からもダメ出ししてやろうか?」


たかが愛車のタイヤを買うだけのために頑張っている、宮本の顔色を窺いながら話しかけた橋本のしたり顔は、イジワルする気が駄々漏れしていた。


「やっぱり、ダメ出しするところがあるんですね……」


告げられた言葉に落ち込んだせいで、橋本から漂う様子が読み取れずに、宮本はしゅんと顔を俯かせた。


「せっかくカッコよく決めてるのに、背負ってる大きなリュックが残念すぎる。スーツに合うような、手提げみたいなカバンはなかったのか?」


落ち込んだ気持ちを持ち上げるように橋本は宮本の顎を掴んで、顔を無理やり上げた。


「これしかありませんでした。今度用意しておきます」


宮本はキョドったまま、上擦った声で返事をした。素直な様子を見て橋本は満足げにふむふむと頷き、そのまま耳元に唇を寄せる。


「きちんと決めまくったおまえの姿を見たら、年上の綺麗な彼女もイチコロかもしれないぞ」

「はあ……」

「友達の俺でも見慣れないスーツ姿に、ちょっと驚いたしさ。もし俺が雅輝の恋人だったなら、整ってるこの髪を乱しながら、スーツを脱がしてやりたいって思ったりしたかもな」


この手の話が苦手だと思える宮本にあえて振った橋本は、笑いをかみ殺しながら顎から手を放して、宮本の反応を窺った。


「…………」


(あれ? いつもなら間違いなくここで顔を赤くして『陽さん、いい加減にしてください』って言うところだろ)


目の前にいる宮本は形容のできない妙な表情のまま、だんまりを決め込む。


「あ、悪い悪い。俺なんかに押し倒されたくなかったよな」

「そうです。俺が押し倒しますから!」

「へっ!?」


予想もしていなかった返答をされたせいで、橋本は一瞬にして頭の中が真っ白になった。宮本に押し倒されるという、斜め上をいく行為すら想像できずに、ぽかんと口が開けっ放しになる。

自分を見つめる眼差しから、粘っこい何かが醸し出されている気がした。それに気圧されて後退りをしても、インプの車体が橋本の躰を押しとどめる。


「まずは陽さんが着てる、柔らかそうなニットの裾から手を突っ込んで、胸を揉みしだく」

「もっ揉みしだくような胸は俺にない!」


喚くように告げるなり、思わず宮本の右手を見てしまった。

ナチュラルに手を見てしまったせいで、絶壁を誇る胸を揉みしだかれる映像が脳内にまざまざと浮かんでしまい、それを打ち消すべく首を横に振る。


「だったら頭を突っ込み、舌先を使って乳首をぐりぐり責めます」

「いきなり、そこから責められてもな……。普通はキスしてから、流れでそこに行きついたほうが」

「ヤり慣れてる陽さんだからこそ、違う方法で責めて感じさせるんです。どこを責められるか予想できない分だけ、ゾクゾクしちゃうでしょ?」


微笑を口角に浮かべて告げられる内容に、橋本は慄きながら目を見張った。


「やっ、えっ? ゾクゾクするなんてありえ、ないだろ……」


そこにいるのは見慣れた友人の顔じゃなく、峠のコーナーを攻めるときの宮本の顔に、どこか似ている気がした。それとは対照的な今の自分――上擦って掠れている声はあからさまな狼狽を表していて、橋本の焦燥感を更に煽る。


「ニットで上手く隠れてるうなじを、指先でなぞれないのが残念だなぁ。だけど細身のパンツのお蔭で、小さいお尻が丸わかりすぎて突っ込みたい衝動に駆られ――」

「駆られるな! 想像するな、気持ち悪いっ!!」


告げられたセリフを機に、慌てふためきながら裾の長いニットを両手で引っ張り、お尻の部分を必死になって隠した。

インプの車体を背にしているので宮本からは絶対に見えないというのに、どうしても隠さずにはいられない。それくらいに目の前から得も言われぬプレッシャーを感じて、身の危険をひしひしと感じた。


「はあぁ……。先に悪ふざけを口にしたのは、陽さんからですよ。まったく」


呆れた声を出した途端に、宮本の顔がいつものふにゃっとしたものに変わる。

放たれていた妙な雰囲気が消えたことを肌で感じるなり、緊張が一気に解けて、橋本の躰の力がふっと抜け落ちた。思いっきりインプの車体に背中を預けて、安堵のため息をつく。


「陽さん、いいですか。もう俺をからかうのは、やめてくださいね」

「あ、ああ。済まなかった。というかおまえ、何なんだ」


いろんな顔を持つ宮本――不意に見せられる意外な一面に、橋本の鼓動はずっとバクバクしっぱなしだった。


「何なんだ、とは?」


いつもより覇気のない声で訊ねられた質問に、宮本は目を瞬かせながら小首を傾げる。


「さっきと今とじゃ雅輝の感じが全然違うせいで、会話の主導権をまんまと奪われちまった」

「そりゃあ、いつもやられっぱなしってわけにはいかないですから」


宮本は安心しきっている橋本の頬に手を伸ばし、指先を使ってなだらかなカーブをなぞるように撫でてみる。


「本気になった俺は厄介なヤツだって、覚えておいてくださいね」

「覚えた覚えた、もう嫌ってくらいに覚えた。マセガキにはちょっかいを出さねぇよ」


言いながら頬に触れている宮本の手を、ぱしんと叩き落した。


「そんな年下のマセガキに感じさせられて顔を赤くしてる陽さん、すっごく可愛いですよ」

「なっ!? 感じてねぇよ。それに前にも言ったが、俺は可愛いなんてガラじゃ」

「あんまりギャーギャー騒ぐのなら、俺の唇で陽さんの文句を止めちゃうことをするかもしれません」


叩かれた手をぷらぷら揺らしながら、顔の筋肉を緩めてへらへら笑いかける宮本は、いつも見ている感じだったが、告げられた言葉は危険極まりないないものだったので、橋本としては黙り込む以外の方法が思いつかなかった。


「……くそっ。さっさと中に入って、タイヤを選ぶぞ!」


妙な間の後に率先して歩き出し、店の中に入っていく橋本の両手は残念なことに、ニットの裾を掴んだままだった。変な格好で自分のお尻を隠す姿を見て、宮本はお腹を抱えながら大笑いして後に続く。


「いい加減にしろよ」と橋本に凄まれても、笑いが絶えることはなかった。


それまでの微妙な雰囲気をなくすような宮本の無邪気な笑顔のお蔭で、苛立っていた橋本の気持ちがいつしか諦めに変わり、やがて一緒に笑ってしまうものへと変化した。

宮本の隣に並んで笑い合うことも悪くないものだなと、橋本は居心地の良さを再確認してから、ふたりでタイヤ選びをはじめたのだった。

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