テラーノベル
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私は喋れる範囲で、自分の置かれている状況を話した。
母が夫の海斗を轢き逃げ犯だと疑っている事と、私は流石にそれはないと思っている事も言い辛いながら打ち明けた。
海斗への気持ちは残ってないはずだが、初恋の人で夫である彼が犯人とは思いたくない。
「旦那さんが犯人である可能性はゼロではないかな。というか、何でそんな男と結婚しちゃったの? 教育実習生が学生に手を出すとか完全ヤバイ奴じゃん!」
「そ、そうだね。言われてみれば完全にタブーを犯してるね。まあ、それは私もだけど⋯⋯」
付き合い始めたのは海斗が教育実習を終わってからだが、海斗は教育実習中に幾度となくこっそり私にアピールしてきた。
そして、同年代の子より博識で大人な彼に私は惹かれてしまった。
「いや! 悪いのは百パーセント教育実習生側だからね。結局、旦那さんはそういうタブーを犯すのに躊躇がないわけよ。そりゃー。不倫するわ。背徳感に快感を覚えるんだから」
高校の時の私は恋をして周りが見えなくなっていたかもしれない。
もし、自分が逆の立場で教育実習生として母校を訪れても、生徒に手を出す事はしないだろう。
道徳的に間違っているし、一つ間違えば全てを失う。
海斗はパチンコも競馬も好きなギャンブラーなところがある。
「なんで、うちの父はそんな禁忌を犯した男と私が付き合うのを許したんだろう」
私の目から見て清廉潔白で教師の鏡だったような父。
教え子に手を出すなんて、父からしたらありえないことだ。
「そりゃ、可愛い娘が好きだっていうなら認めるしかないでしょ。聞く限り、良いお父さんだったみたいだし⋯⋯」
「でも、マリは私の父が恨まれてたかもって言ってたよね。私から見ると皆から尊敬されて慕われてたように見えるんだよね」
マリは少し考え込むような表情をした後、徐に口を開いた。
「仮に旦那さんがマリのお父さんを恨んでたとしたら、今の状況は復讐になってるよね。旦那さんが轢き逃げの犯人かはともかく、恩師の娘を邪険に扱っている訳だから」
海風が先程まで心地よかったのに、マリの言葉に急に肌寒く感じるようになってきた。
「父は剣道部の顧問もやってて、海斗とは三年時のクラスも部活も一緒だったんだ。海斗は父を人生の恩師だって言ってたんだけどな」
「大切な最後の大会でレギュラーに選んでもらえなかったとかない?」
「最後の大会では『先鋒』をやったって聞いてる」
話せば話すほど、教師という仕事が怖くなってくる。
部活のレギュラーに選ばなくて、恨まれるなんてたまったもんじゃない。
「高校三年時か⋯⋯旦那さんは実は指定校推薦狙ってて選んで貰えなかったとかない?」
「えっ? 指定校推薦? 海斗は地元の国立を卒業してるよ」
「旦那さん、本当は指定校推薦とれたら地元を出て、都会の私学に行っても良いとか親から言われてたのかもよ。でも、他の子が選ばれて恨んでるとか⋯⋯」
「海斗は地元大好きだと思うけど⋯⋯」
私はマリの推理に動揺していた。私は田舎は嫌いではないけれど、都会に出てきて世界が広い事を知った。色々な刺激があるし、可能性に溢れている気がする。
海斗は毎日パチンコ出勤して、家に帰れば親戚が大勢いて同じような話を繰り返す日々に幸せを感じていたのだろうか。
そこに、何か諦めのようなものを感じてしまうのは、私が田舎を出て広い世界を知ったからだ。
「高杉家って聞く限り、脇田家と似てるんだ。うちも毎日知り合いか何だか分からない自称親戚が、気がつけば玄関に入り込んでたり来客が一日百人以上いる日もあった。私はそんな家が嫌でしょうがなかったよ。口では地元大好きって言っても、逃げ出したかった」
「そうなの?」
マリはゆっくりと頷くと、小声で続ける。
「さっきの指定校推薦の話だけど、実は私が親から指定校推薦取れたら、高校卒業と同時に家を出て良いって言われてたの。だから、先生に媚び売ったりロビー活動頑張ったよ。多分、他の子に決まってたら先生を恨んだと思うよ」
「あれって純粋に評定で決まるんじゃないの?」
「同じ評定の子が並んだら、お気に入りにするでしょ」
マリの言葉に私は思わず顔を顰める。私は教師は平等に生徒を見るべきだと考えている。
「人間なんだから、平等に人を見るなんて無理だよ」
彼女が私の心を読んだように静かに囁く。
「でも、学生なのに媚を売るとか、ロビー活動とか良くないよ。健全じゃない」
「⋯⋯待って! 美香は人に媚を売ったりした事ないの? いや、ないよね。美香は媚を売るどころか、空気も読めてないからな⋯⋯」
「そうか、そう見えるのか。私なりには空気を読もうとしてるつもりなんだけどな」
落ち込んだ私の肩をマリが軽く叩き、微笑んでくる。
「美香のそういうところが、芹沢さんには魅力的に映ってるんだと思うよ。それは私も一緒かな。強かな立ち回りをする人間を沢山見てきたから、不器用でまっすぐな美香といるのが癒やされるんだろうね」
褒められているのか、褒められていないのか分からないが私は少し照れてしまった。
そんな私を諌めるように、マリが鼻を摘んで来る。
「でもね。生きる術として、媚びやロビー活動は覚えとけ! 高杉家でも嫁いびりや残飯処理の件を、そっと出入りする人間にリークしたり味方を増やす努力は必要だったと思うよ」
「確かに⋯⋯」
評判を気にする高杉家だから、悪い噂がたったら改善があったかもしれない。
それでも、海斗の浮気を見たら私は逃げ出していたと思う。
それ程に愛子と海斗の裏切りは私にとってショックだった。
「素直に人の話を聞けるところも美香の良いところだと思うよ。神崎君がバイト辞めたのも気にする事ないからね。振られたから辞めたって言うより、元々美香目当てであそこでバイトしてたと私は睨んでるから」
「えっ?」
「あそこの塾、残業代でないし初日で辞める人多いんだよ。気になる子でもいないとやっていけないでしょ」
マリの話が真実かは分からないが、少し気が楽になった。
「マリは、好きな人とかいないの?」
軽い気持ちで聞いたがマリの顔が暗くなる。
唇を力強く噛むと彼女は少し悩んだ後にゆっくり口を開いた。
「私はもう誰も好きになれないと思う。キャビンアテンダントになりたいのも、もっと沢山の世界を知って自分の悩みなんてちっぽけだと思いたいからなんだ」
私は自分の話を聞いて貰うばかりで、マリの事をあまり聞いて来なかった。
というより、彼女があまり自分の事を話したくなさそうに見えた。
今、彼女は自分の事を私に打ち明けようとしてくれている。
「そうなんだね」
マリの目が真剣で、言葉が続かない。この先を聞いて良いのかも分からない。
「ラウンジ嬢とかやってると、金持ちを捕まえたいとか勘違いされるんだけどね。男に何も期待してなくて、お金が欲しいだけからできるの。私は欲しい物も全部手に入れて、行きたい場所も全部行ってから死ぬんだ」
マリの決意表明のような言葉にゾクッとした。
いつから私は自分が世界一不幸だと悲劇のヒロインを気取っていたのだろう。
無知で未熟だから自分で自分を追い込んだところもあるのに滑稽だ。
眼前の人の気持ちに敏感な女の子が、どれだけ過酷な過去を持っているか私は知らなかった。
「マリ、あのさ、私もマリの力に⋯⋯」
私に親身になってくれる彼女の力になりたいと口を開いた時、一番聞きたくない女の声が聞こえて来た。
「あー! こんな所で何してるの? 美香じゃん! 久しぶり」
「愛子⋯⋯」
私が神奈川の大学を選んだのも、東京の大学に通っている彼女と会いたくないからだ。
先代のお通夜の時に地元に帰って海斗と不貞行為に及んでいた愛子。
どれだけ前から私を裏切っていたのかと考えるだけでゾッとする。
「私、さっきまで商社マンの彼とみなとみらいをデートしてたんだ。隣にいるのって脇田マリじゃない?」
マリが愛子が自分を認識した事に驚いて、ベンチから勢いよく立ち上がる。
口を開いて何か話そうとしたが、言葉になっていない。
愛子は昔から人の顔を覚えるのが得意だったのは確かだ。
観察眼が鋭く、それはテニスのプレイにも役に立っていた。
「目を整形して大きめのカラコン入れただけじゃダメだって。変わらずブスのまんまだよ」
愛子がマリに掛けた言葉に私は驚愕した。少なくとも愛子はこんな意地悪な事を人に言うような子ではなかった。
コメント
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うわー、今回重かったね…。美香とマリがちゃんと向き合って話せたのは良かったけど、マリの「もう誰も好きになれない」っていう言葉がすごく刺さったよ。自分を不幸だと思い込んでた美香が、マリの過去を知って「力になりたい」って思えたのは成長だなって。最後の愛子の登場、あの嫌な空気感がやばい。続き気になりすぎるよ…😔💔