テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
第二十六章 温度のある手
翔太💙「おはようございます」
康二🧡「今日も元気やね」
これしか取り柄ないから――
前を向くしかなかった。
あの日からそうしてきたように。
ばちん、と頬を両手で張る。
鏡を見る。
――少し、遅れて笑う。
うん。
いつも通り。
ちゃんと笑えてる。
そう思った瞬間、ほんの少しだけ、違和感が残った。
ここに立つ意味だけは無くしちゃいけない。
康二🧡「寝れてへんの?目の下クマできてんで」
翔太💙「ははっ……今日からクマ飼うことにしました」
軽口。
いつも通り。
でも、声が少しだけ乾いていた。
あれから眠れるはずもなく、部屋に差し込む光で
朝の訪れを知った。
――「おかえり」
頭の奥で、まだ響いている。
トレイに並んだのは、温かいスープとヨーグルト。
とても白米なんて、喉を通りそうになかった。
スプーンを持つ手が、わずかに止まる。
ポケットに触れる。
――ない。
一瞬だけ、呼吸が浅くなる。
照💛「保たねえぞ」
翔太💙「ダイエットです」
康二🧡「ミニスカやもんなぁ〜気になるよな」
照💛「ちゃんと食ってジムに来い。俺がみてやる」
翔太💙「……はい」
返事はした。
でも、どこにも届いていない気がした。
食事を終え部屋の扉のドアノブに手を掛ける。
少しだけ震えている気がした。
昨日より重い扉を開ける。
ベッドの隅に座って、うさちゃんを握りしめた。
翔太💙「少しだけ……元気を分けてね」
シャツを脱いでナース服に着替える。
袖を通し、後ろのファスナーに手を掛ける。
コン、コン。
翔太💙「だ……だれ?」
蓮 🖤「俺だ……入るぞ?」
翔太💙「ダメです。少し待ってください。そちらへすぐ行きますから」
姿見の前に立つ自分。
大丈夫。
いつもの俺だ。
急いでファスナーを上げる。
布が引っ掛かって上手く上がらない。
何でいつも上手くいかないんだ。
蓮 🖤「貸せ……不器用だな」
翔太💙「入るなって言ったろ」
蓮 🖤「呼ばれた気がしたけど」
少し間。
蓮 🖤「違ったか?」
翔太💙「……っ冷たっ」
〝高カロリー 栄養補助食品〟
翔太💙「えっ」
蓮 🖤「顔色悪いぞ。食欲ないらしいじゃないか」
翔太💙「何で……」
蓮 🖤「忘れたか?うちにはゴシップ好きがいるからな……座れ」
バカ康二。
ほっといてよ――
俺の事なんか。
蓮 🖤「足」
いつの間に取ったのか、ストッキングを片手に楽しそうだ。
翔太💙「自分でできます。教わりました!」
蓮 🖤「ラウ子か?……あぁそう言うことか。お前が元気ないのは」
翔太💙「元気です」
蓮 🖤「無理してる」
翔太💙「してません!」
無理やり取り返したストッキング。
翔太💙「出てって」
蓮 🖤「泣いてるやつほっとけるほど冷たい人間じゃないんでね」
翔太💙「泣いてなんて……」
鏡を見ると、涙を流したナース服姿の男が立っていた。
――“ゆき”でもない。
こんな奴知らない。
翔太💙「出てけよ……もう入って来ないで。誰も俺の部屋に入って来ないでよ。ほっといて」
亮平💚「何事なの?外まで聞こえてる」
俺の顔を見るなり〝酷い顔してる〟そう言って優しく抱きしめた亮平。
それでも涙は止まらなくて、鏡に映る自分に嫌悪感を抱いた。
もうヤダ――
服を脱ごうと再びファスナーに手を掛けた。
亮平💚「大丈夫。似合ってるよ」
蓮 🖤「そこら辺のやつよりずっとな」
〝似合ってる〟
翔太💙「こっちが?あっちより?」
翔太💙「どれ?何が俺に向いてるって?俺の事何も知らないくせに……二人とも出ていけよ」
押し返すように、二人を玄関先に追い返す。
ドアを閉める音が、やけに大きく響いた。
ぬいぐるみを掴む。
そのまま、逃げるみたいに布団に潜り込んだ。
コン、コン。
さっきとは違う、軽いノック。
翔太💙「……」
返事をする気力もない。
ドアが、少しだけ開く。
ラウ男🤍「入るよ」
勝手に入ってくる。
でも、空気が違った。
静か。
騒がしくない。
ベッドの端に腰を下ろす。
少し距離を空けて。
ラウ男🤍「ひどい顔」
軽い声。
でも、笑っていない。
翔太💙「……ほっといて」
ラウ男🤍「うん」
即答。
ラウ男🤍「ほっとく」
少し間。
ラウ男🤍「でも、ここにはいる」
翔太💙「……」
ラウ男は、ぬいぐるみを見る。
ラウ男🤍「それ、ないと無理?」
翔太💙「……」
指先が少し強く握る。
ラウ男🤍「そっか」
それ以上聞かない。
少し間。
ラウ男🤍「ねぇ」
翔太💙「……」
ラウ男🤍「今さ」
ラウ男🤍「自分が、自分じゃない感じしてる?」
一瞬、呼吸が止まる。
ラウ男🤍「ズレてるっていうか」
ラウ男🤍「うまく噛み合ってない感じ」
翔太💙「……」
言い当てられる。
でも、名前は出てこない。
ラウ男は少しだけ笑った。
ラウ男🤍「大丈夫」
ラウ男🤍「そういう時あるよ」
軽く言う。
ラウ男🤍「戻そうとしなくていい」
少し間。
ラウ男🤍「余計ズレるから」
翔太💙「……」
ラウ男🤍「そのままでも、別に壊れない」
その言葉で、少しだけ、力が抜けた。
ラウ男🤍「とりあえずさ」
ラウ男🤍「今日、休もっか」
少し間。
翔太💙「……無理です」
即答だった。
ラウ男🤍「そっか」
それ以上、止めない。
翔太💙「行かなきゃ」
小さく呟く。
ラウ男🤍「……ちょっと貸して」
翔太💙「……?」
背中に回る気配。
一瞬だけ、体が強張る。
でも――何もされない。
ただ、引っかかっていたファスナーが、静かに、上がった。
シャッ、と小さな音。
それだけで、少しだけ現実に戻された気がした。
ラウ男🤍「はい」
それだけ。
触れたのかどうかも、分からないくらいの距離。
でも、さっきまで上がらなかったはずのそれは、ちゃんと閉じていた。
ラウ男🤍「無理してない?」
胸ポケットで揺れる雪うさぎ。
優しく撫でて深呼吸した。
翔太💙「ここにいる意味、なくなるから」
ラウ男🤍「……」
少しだけ、目が細くなる。
ラウ男🤍「真面目だね」
翔太💙「違います」
間。
翔太💙「これしかないんです」
空気が、少しだけ沈む。
ラウ男は立ち上がる。
ラウ男🤍「じゃあ」
白衣のポケットから何かを取り出す。
差し出す。
翔太💙「……これ」
ラウ男🤍「ブドウ糖」
軽い声。
ラウ男🤍「倒れる前に舐めな」
少し間。
ラウ男🤍「あと」
ラウ男🤍「限界来たら、勝手に抜けていいよ」
翔太💙「……」
ラウ男🤍「許可は出しとく」
それだけ言って、ドアに向かう。
ラウ男🤍「あー」
振り返らないまま。
ラウ男🤍「無理はしていいけど」
少し間。
ラウ男🤍「壊れるのはダメ」
ドアが閉まる。
静かに。
翔太💙「……」
手の中。小さな錠剤。
それを握る。
少しだけ、呼吸が戻る。
翔太💙「……行かなきゃ」
立ち上がる。
足は、少しだけ重かった。
ドアノブの冷たさが、あの日の体温を思い出させた。
両親を失った日。
触れた、愛する家族の、冷えた体。
重いはずの扉が、引かれるように開いた。
驚いたように、向こう側から引いた亮平は
にっこり優しく笑った。
腕をまくり怪訝そうな顔をしていた蓮は、壁にもたれたまま、俺の顔を見るなり表情が、少しだけ緩んだ。
それぞれに片手を差し出した二人。
亮平💚「ほら行くよ」
蓮 🖤「遅い――ほら手出せ行くぞ」
亮平・蓮「しょうた!」
泣きながら、二人の手を取った。
温かい。
ちゃんと、温かい。
――ああ
まだ、
完全には壊れてない。
そう思った。
コメント
2件

なんか、辛い過去があるの? ずっと苦しそうよね、、、、