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ロンメル神殿、聖像空洞にて。
元主人兼、弁護人としてオレは法廷に立っていた。
ハガネはよくやっている。
法務官やルキウスの両親の誘導に屈すことなく、オレが吹き込んだシナリオ通りに嘘をついてくれた。
オレが何をどうしようが、ハガネが自供すれば終わりだったので、本当に助かった。
自分の命運が他人に握られているなど、それも9歳の幼女に握られているなど、恐ろしくてかなわん。こんなことは二度と御免被りたい。
ちなみにオレがハガネに吹き込んだシナリオはこうだ。
ルキウス殺害は予定されていた死であり。
今回の殺人は奴隷部隊を陽動にした暗殺作戦。
ハガネはオレが秘密裏に送り込んだ暗殺者だった。
本作戦は規格外の連続殺人鬼に対応した苦渋の決断であり、彼女の英雄的行動がなければ今夜も死者が出ているはずだ。超法規的措置にて無罪を望むというわけである。
当然反発はあった。
「かねてからハガネ氏は夜中に街を徘徊し、小動物を虐待していたとの情報がありますが」
魔物の間違いではないか?
オレが手放した奴隷部隊が巡回をサボりやがるから、代わりにオレが代役を立てねばならなかったのだ! 街の平和を守って何が悪い!
聖堂騎士団を見ろ!
あいつらが何もしないから、最近では聖職者まで帯刀して街を歩いている。
住民たちが混沌ノ大鰐《カオスアリゲーター》の餌にならずに済んでいるのが誰のおかげか、考えてみろ!!
奴隷部隊については、皇帝に直訴して支配権を一時返却していただく!!
殺人鬼一人捕まえられず、何が奴隷部隊か!!
たるんだ性根を、一から鍛え直してやるからな!!
オレが傍聴人の奴隷に檄(げき)を飛ばすと、奴隷部隊の部隊長らしき男が震え上がった。
そもそも、お前らがちゃんと仕事をしていればこのようなことにはならなかったのだ!
お前なんてハガネの代わりに処刑されてしまえ!!
「つ、次の質問です」
「ハガネ氏はルキウスの殺人行為に加担していたとの目撃情報がありますが、これは」
お前は耳が遠いのか?
ハガネは暗殺者であってファイターではない。
確実に殺せるタイミングが来るまでは、たとえ良心を痛め、数多の血を見過ごしてでも、息を殺すのが暗殺者だ。ハガネはその責務をまっとうしたに過ぎない。
自害を強要できる第二奴隷魔法がある以上、ハガネが正面から戦うなど不可能だ!
オレの言葉に、温和そうな眼鏡の老法務官が額に汗を浮かべている。
「し、しかし。現在の法律では主人を殺した奴隷は死刑とあります。なぜなら、これは国家反逆罪に該当するからであり」
確かにそうだ。
だが、それについては法解釈が間違っている。
「な、何を言って」
老法務官が混乱する。
前提条件を知らされていないとはいえ、哀れなものだ。
本来であれば、老法務官の言うとおりハガネは死罪で確定だ。
そして、ハガネが主人殺しの罪人となれば、ハガネを売ったオレは悪徳奴隷商人として認識され、手元の奴隷が売れなくなる。
売れない奴隷も飯を食うから、オレの財産などあっという間に食い潰されるだろう。
苦労して悪事を重ねてきたのに、こんなところで終わってたまるか!
叫び出しそうな心をなだめながら、憤ったオレは罪人扱いで召喚されたハガネを見る。
裁判の時点で罪人扱い? 刑罰どころか、まだ犯人であるかも確定していないのに?
くだらないし、訳が分からない。
ふふ、怒りが限界を超えたのか。逆に落ち着いてきた。
熱弁を続けたオレは、ここで少しトーンを落とす。
すり替えの時間だ。
諸君、考えてもみろ。
そもそも奴隷は物だ。道具に過ぎない。
奴隷であるハガネも、結局はただの道具に過ぎない。
今回、オレは暗殺に奴隷を使ったが、何か問題があるのか?
お前らは犯人がナイフで子供を刺したら、ナイフを法廷に立たせるのか?
「え、それは。その」
こいつらは本来人間である奴隷を物として扱っているせいで、奴隷を物とすり替えてもすぐに違和感を指摘できない。
奴隷が人間であることを認めると、支配者階級である自分たちの立場が危うくなるため、無意識にブレーキをかけるのだ。
仮に気づいても強く指摘することはできないだろう。
保身。
これほどに人を縛る物は他にない。
臭い物には蓋をしろ。真実から目を逸らせ。
その隙を、オレが突いてやる。
「しかし、そうなるとアーカードさん。あなたが犯人ということになりますよ」
来た。
ははは! 来た、来た、来たぁ!!
かかったな! バカめ!!
「いや、そもそもオレに連続殺人鬼討伐を命じたのは皇帝陛下なのだが」
「それとも何か? ルキウス殺しの犯人は陛下だとでも言うつもりなのか? それはいくらなんでも不遜ではないか」
法廷がざわめく。
「こ、皇帝……陛下?」
「ど、どういうことだ?」
皇帝が秘密裏にオレに殺人鬼討伐を依頼したことは、誰の耳にも入っていなかったらしい。
そりゃあそうだ。
国家機密が簡単に漏洩してたまるものか。
さっきの言葉をそのまま返してやる。
「主人殺しの奴隷が死刑になる理由は、お前の言うとおり国家反逆罪に該当するからだ」
「すると、何だ。今回の件は皇帝自らが国家に反逆したというわけか? 意味が分からんな」
帝国において、皇帝とは国家そのものだ。
ご来場の皆さんの脳内には、皇帝が自分自身に反逆するというトンチキな絵が浮かんでいることだろう。
「裁判長、今日はお開きだ。続きをやりたかったら、皇帝陛下をお呼びするのだな。恐れ多くも殺人事件の容疑者として」
誰もが口を閉ざしている。
このまま裁判を続ければ、恐ろしいことになると気づいたのだ。
まともに考えるなら、ハガネは殺人罪。
オレと皇帝は殺人教唆や、煽動の罪に問われるはずだ。
だが、この帝国では皇帝に牙を剥いたものは皇帝侮辱罪という曖昧な罪を着せられ、処刑される。
皇帝を法廷に呼び立てるなど、自殺行為だ。
オレの発言がでまかせだと、言い出す者すらいなかった。
皇帝とオレの関係を知っていれば、誰もそんなことは言えないのだろう。
やはりコネは最高だ。
皇帝に奴隷を献上しておいて本当によかった。
こうして、オレは勝訴した。
というか裁判そのものがうやむやになった。
この裁判が行われたという事そのものが、危険だと判断されたらしい。
厄介の種になる議事録も破棄させた。
誰だって、無意味に死にたくはないのだろう。
反対する者は誰もいなかった。
「アーカード様」
ハガネが潤んだ瞳でオレを見つめる。
「よかったな、これでお前は無罪だ」
そう告げると、ハガネがオレを抱きしめてきた。
9歳にして初めての裁判だったのだ。恐ろしくないはずがない。
求刑が殺人罪な上に、実際に殺しまくっていて、証拠の剣と生首すらあるとか。
本来なら完全に詰みである。
オレだってクソ恐ろしかった。
こんな破滅と隣り合わせの裁判は二度としたくない。
泣きじゃくるハガネの頭を撫でてやる。
まだ、すべての問題が解決したわけではない。
ハガネが後になって、自分は暗殺者ではないと言い出すと非常に面倒なことになる。
自殺にみせかけて殺しておきたいところだが。
「うぐ、ぐす。アーカード様ぁぁ!! ありがどうございまずぅっ!!」
この分なら大丈夫だろう。
リスクは無視できないが、今のハガネなら十分に使い道がある。
ならば当然。
リスクを削りつつ、利益を得るに決まっている。
「ハガネ、よく聞いてくれ」
「とても残念だが。お前とはここで、お別れだ」