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そしてわたしは皇帝直属の奴隷部隊に派遣された。
裁判がうやむやになっても、人の恨みが消えるわけではない。
連続殺人鬼だったとはいえ、息子を殺された両親が、いつわたしを殺そうとするかわからないのだ。
確かに危険だ。
家族に殺人鬼が出ても、あの一家がアルタイル一帯の土地の所有者で莫大な資産を持っていることに変わりは無い。
金で暗殺者でも雇われれば、危険なのはわたしだけではない。
アーカードは言わなかったが、他の奴隷達やアーカード自身も危ういはずだ。
だから、帝国直属の武力集団。
国家権力である奴隷部隊に匿われることになった。
アルタイル一家に対するカウンターとしてはこれ以上の物はない。
わたしの身を案じての采配だと思うと、胸が張り裂けそうになる。
部隊の奴隷たちがわたしをいじめるかもしれないからと、アーカードはいくつかの保険をかけてくれた。
その一つが、これがもう笑ってしまうのだけど。偉そうに話す練習だ。
鏡の前で何度も練習した。
自信ありげに話すだけでも、かなりの物事を解決できるらしい。
もしかすると、アーカードも鏡の前で練習しているのかもしれない。
後の二つも、わたしには過ぎたものだったけれど。
すべて受け取った。
無償の愛という言葉がある。
それは見返りを求めず、どこまでも続く、無限の愛なのだそうだ。
そんなものはあり得ない。
人は損得で物事を考え、役に立たなければ、たとえ家族であっても切り捨てる。
わたしを売った、家族のように。
だからこの世に無償の愛はない。
アーカードだって、わたしが言う事をきかなくなれば処分するしかないだろう。
正しい判断だと思う。
どんな聖人にも限度というものがあるのだ。
そうだ、だから無償の愛はない。
でも、無償のように見える愛ならば。
見せかけだけの愛ならば、存在する。
だから、アーカードはわたしに無償の愛を見せてくれた。
そう見えるように、わたしを遠ざけてくれた。
それでも、愛されたという事実さえあれば。
血濡れの剣と生首を手に、救いを求めたわたしを、温かく迎えてくれた。あの日さえあれば。
あの虚像を永遠にして。
わたしは何度だって立ってみせる。
殺せ殺せと囁き続ける心の闇も、いつまでだって抑えてみせる。
ありがとう、アーカード。
わたしを愛してくれて。
ありがとう、アーカード。
わたしを騙してくれて。
「さて、行くか」
深夜3時。
アーカードにもらった二つ目の保険、魔法剣を携えて部屋を出る。
「ハ、ハガネ様!! おはようございます!!」
「お、おはようございます!! ハガネ様!!」
いつも通り、わたしの奴隷兵が敬礼した。
とっても気分がいい。
アーカードの計らいで、奴隷部隊に匿われる際に役職をいただいたのだ。
奴隷頭という新しい役職だ。
「よろしい、それでは出撃(で)るぞ」
「合い言葉を言え。殺人鬼に会ったら、お前らはどうする?」
アーカードと練習した偉そうな声を出すと、奴隷兵達が怯えて叫ぶ。
「ぶ、ぶっ殺します!!」
「ぶっ殺します!!」
「……いいだろう」
今でこそマシになったけれど、初めのうちはひどいものだった。
9歳のわたしでも夜な夜な魔物を狩っていたというのに、この奴隷兵達には戦闘経験がほとんどない。それどころか地獄を見たことすらないのだ。
わたしの着任と同時に舐めた口を訊いたバカがいたので魔法剣で手足を落とし、首を飛ばしたら、たったそれだけで皆、震え上がってしまった。
奴隷兵たちとしてはそこそこ印象的だったのか、血の着任式なんて仰々しい名で呼ばれている。
彼らは……なんと言ったらいいのだろう。
とても怖がりなのだ。そして心が弱い。
ゲロを食わせただけで泣き出すなんて、意味がわからない。
「わたしは毎日食わされてたんだけどなぁ」
わたしのぼやきに、後ろを歩く奴隷兵たちの背筋が伸びた。
そういえばこいつら、兵でありながら背後の気配すら感じ取れないらしい。
そんなことでは暗闇で魔物を狩れないではないか。
こいつらが帝都を警備せず、安全な領地で酒を飲み、女を侍(はべ)らせ、安穏と暮らしていたと思うと虫唾が走る。
そのせいで、どれだけの命が奪われたと思っているのだ。
大量殺人鬼になったルキウスだって、初期段階で対応できていれば人を殺さずに済んだかもしれない。
ふと見ると、奴隷兵の一人がわたしを覗き込んでいた。
「あ、あの。どうか、だ、第二奴隷魔法だけは……」
「何か言ったか?」
「ひ、ひいい!」
わたしには奴隷兵の所有権の一部が複製譲渡されている。
譲渡内容は第二奴隷魔法まで。
つまり、第一の拷問呪文で激痛を与えることも、第二の強制呪文で自害させることもできるのだ。
アーカードには半分までなら減らしていいと言われている。
これが三つ目の保険だった。
もっとも、あまり奴隷魔法は使いたくはない。
やるなら自分の手でやりたい。
その方が楽しいし。
自分が何をしているかをちゃんと理解できる気がするからだ。
なんとなく思うのだけれど、あの奴隷魔法は危険だ。
力が無くても、強い力を行使できてしまうというのは、危険なのだ。
だから、アーカードは第四以上を秘匿しているのだろう。
わたしは奴隷達を引き連れて、夜の帝都を見張る。
ちょっと市中に首なし騎士《デュラハン》が出たくらいで、特にこれといった異常はなさそうだった。よかった、帝都は今日も平和だ。
アーカードはわたしを守る為に手を回してくれたようだけど。
守られるだけのお姫様なんてまっぴら。
アーカードがそうしてくれたように、わたしも最善を尽くしてみせる。
兵舎を出ると、月がのぼっていた。
いずれ、この夜も明けるだろう。
わたしは少しだけ、あの殺人の夜に思いを馳せてから、奴隷兵どもに怒号を浴びせた。