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yul.u♩
35
kurara
4,671
涼ちゃん視点での、元貴くんの告白のあと姿を消したぐらいのとこからです。分かりにくくってすみません…🙇
ポセイドンの残響が皮膚を這い、アトランティスの怨嗟が、冷たい潮の匂いとともに輪郭を侵食していく。その渦のなかで、身体は小さく震えていた。
胸の奥の氷が、いまにも音を立てて砕けそうだった。けれど、砕けてしまえば、あのごうごうと渦巻く憎しみに呑まれてしまう。必死に、自分自身を押しとどめていた。
ここは、アトランティスの裏側。神の怒りに触れて沈んだ街の、人には決して見えない、紙一重の向こう側。かつて人間たちの尽きない欲望のせいで、海に沈められた同胞たちの、嘆く魂に包まれた場所。
半透明の無数の腕が、身体を絡めとる。それは愛する者を抱きしめる温かさのようでいて、同時に、二度とここから逃がさないという縛鎖のようでもあった。
でも今は、その息苦しさだけが心地よかった。こうしていれば、きっと忘れないでいられる。この魂たちが味わった、引き裂かれるような憎しみを。あの日、人間が何をしたかを。そしてポセイドンの末裔たる僕が、どんな血を引いているかを。
何より、ここに潜んでいれば――もう、元貴のまっすぐな目を見なくて済む。
「…リル」
遠く、深海の底から呼びかけるように、大きく、けれど酷く温かな波が立ち上り、リルの命の鼓動が伝わってきた。
古い友達。巨大な古代魚リルは、幼い頃からずっと傍にいてくれた。深海の暗闇に届くわずかな光を受け、薄く輝くその鱗は、まるで宝石をまとっているように神聖で、けれどどこか水に溶けてしまいそうなほど儚い。こちらを見つめる大きな瞳は、いつも穏やかで、そして果てしない悲しみを湛えていた。
「リル、……頼みがあるんだ。」
言葉が震え、唇がひび割れるように乾いていく。上手く声にならなくて、何度も何度も口を開けては、ただ泡だけを吐き出すように静かに閉じた。
けれど、体を包む魂の指先が、肌に冷たく触れた瞬間、心の中の何かが、静かに凍りついた。
「…元貴を、追い出して。このアトランティスから、すぐに…。」
声に出した瞬間、胸が内側から引き裂かれるように痛んだ。大切なリルに、こんな残酷な役割を押しつけたくはなかった。そして何より、自分の口から、そんな言葉を放ちたくなんてなかった。ついさっきだって、元貴に酷いことを言ったばかりなのに。
『……君の運命は、きっと僕じゃない』
そんなの僕が一番思ってない。だってこんな長い時を超えて、また巡り合ったんだよ。これが運命じゃなくてたまるか。
「…ごめん…ごめんね、元貴…」
…せっかく彼が、僕なんかを大切だと言ってくれたのに。その言葉が、心臓が跳ねるほど、堪らないほどに嬉しかったのに。嬉しければ嬉しいほど、消えてしまいたいほどに悲しかった。
だって僕らは、はじめから別れる運命なのだから。
きっと僕がアトランティスに生まれてきたその日から、こうなる運命だったんだ。だって僕とスクレは違うから。僕と元貴は違うから。身体中にめぐる血が、違うから。
何度、何も背負わず生まれてこれたらと思ったことだろう。
リルの遠ざかっていく気配と、元貴の果てない悲しみが波にのって伝わり、体中を刺すようだった。辛い、苦しい。もう、すべて消してしまいたい。でも、全部受け止めなきゃいけない。元貴の涙は僕が突き放した代償なんだから。
…もう、元貴は行ってしまっただろうか。今度は、あの言葉すら全部忘れて。
ああ、願うならばもう一度だけ抱きしめてあげたかった。もう一度だけ名前を呼んでほしかった。もう一度だけ、君の歌を聞きたかった。でも、もう、できないね。
音さえも水底に溶けて消えてしまうような、ひどく静謐で、孤独な夜だった。耳を澄ましても、聴こえるのは同胞たちの嘆きと、冷たい潮の満ち引きだけ。
大丈夫、何にも変わらない。元貴が来る前に戻っただけだよ。
そう言い聞かせながら、熱い涙が静かに頬を伝った、その時だった。
コツ、……コツ、と。その静寂を切り裂いて、硬い足音が神殿の床に響いた。海水に阻まれているはずなのに、その足音は驚くほどはっきりと、鼓膜を叩く。
まさか…。そんなわけない。こんなの都合のいい幻聴だ。だってリルに頼んだのに。ねえいつまで叶いもしない夢をみせるの?
心臓が嫌な音を立てて跳ねる。姿は見えない。けれど、その足音の主が誰であるか、本能が、皮膚が、すでに察知して震えていた。元貴だ。
薄く笑いながら、確信に満ちた足取りで、すぐ目の前まで歩みを進めてきていた。
「涼ちゃん…そこにいる?」
姿の見えない僕に向かって、元貴が語り掛けるようにつぶやいた。その声の優しさに、涙が出そうになる。
神殿の冷たい床に膝をつき、耳をふさいだ。視界の端で、アトランティスの中心たる大神殿の柱が、かすかに震えている。裏側の世界から、表側の景色が歪んだ水鏡のように透けて見えていた。
そして、目の前にいるのはやっぱり、あの日と少しも変わらない、君の姿だった。
「…なんで来たの…」
彼には聞こえない震えたつぶやきを、静かに落とした。
元貴がもう一度、つぶやいた。
「涼ちゃん…、 聞こえてるんでしょ…?」
やめて。お願いだから、もう何も言わないで。
元貴の声が、胸の奥に眠るいちばん柔らかい場所を容赦なく抉っていく。傷ついたろうに、またこうして僕のそばに来てしまった君が、心から痛ましかった。
「…ねえ、涼ちゃん。僕、…涼ちゃんがさっき言ったこと、全部一旦忘れちゃうね。今からいうこと、ほんとにほんとに全部思ってることだから。聞いててね。」
まるで、僕らの世界を分断する、薄くて厚い境界線が見えているかのように、元貴がゆっくりと手を添えた。
元貴の息を吸う音が、すぐ近くで聞こえる。
「涼架っ!」
びり、と深海が震えた。そのはずみで、涙がぽたり、と空を舞って落ちていった。
「好き、めっちゃ大好き!愛してる!
『君の運命は僕じゃない』なんて、そんな悲しい嘘つかないでっ! 頼むから、俺の目を見て、嫌いだって言ってみろよ!じゃなきゃ俺は絶対諦めないから!
過去がどうとか、一族がどうとか、そんなの知るか! 俺が愛してるのは、今目の前にいる涼架なんだよ!」
元貴の声は、震えていた。肩で息をする音が聞こえる。
視界がみるみる涙で遮られていく。耳をふさぐ指先にどれだけ力を込めても、真っ直ぐな愛が、鼓膜を、脳の芯を、生々しく突き刺して揺さぶり続けていた。
「たとえ、何百回、何千回、記憶を消されたって、僕は何度でもこの海に飛び込んで、その度にあなたに会いに行く、
だからっ置いていかないで、涼ちゃん…っ! お願いだから、俺を一人にしないで!どうしようもないくらい、愛してるんだよ!」
「っ……、う、あ……」
喉の奥から、押し殺した悲鳴が漏れた。
嬉しかった。心臓が跳ね上がり、全身の血が沸騰するほどに嬉しかった。でも、それと同じくらい、自分を包む冷たい腕から伝わる、私たちの間に横たわる運命の冷酷さが、消えてしまいたいほどに苦しかった。
目元から溢れた涙が、私の頬を、首筋を、生々しい熱さで濡らしていく。もう、耐えられなかった。神の呪いも、人間の罪も、王族の宿命も、君の叫びの前ではすべてなくなってしまったようだった。
「…ねえ、初めて僕にキスをしてくれた日、覚えてる…?まだ一緒にいたかったって言ってくれたよね。僕だってもっと涼ちゃんと一緒にいたい。あれが涼ちゃんの気持ちなんじゃないの…!じゃあずっと一緒にいようよ!もう十分すぎるくらいっ苦しんできたでしょ?もういいんだよ!自由になったっていいんだよ!」
「ねえ涼ちゃん!俺のこと好きだったんでしょ?もっと一緒にいたかったんでしょ?お願いだからっ、もう一度抱きしめさせてよ!」
気が付いた時には駆け出していた。身体をがんじがらめに縛りつけていた同胞たちの半透明の手を、狂ったように振り払う。引き裂かれるような痛みが走ったけれど、そんなものはもうどうでもよかった。境界線を突き破り、元貴の胸へと激しく飛び込んだ。
ドクン、と。懐かしい、あまりにも温かい彼の心拍が耳に響く。元貴の腕が、折れそうなほど強く体を抱きしめた。その生々しい人間の体温に触れた瞬間、自分がまだ生きていることを、君を愛していることを、皮膚のすべてで理解した。
抑えきれない涙で言葉も出なかった。ただ、この時間が幸せで堪らない。
「っ涼ちゃん、や、っと見つけた。」
「なんで…っ。どうやって、ここまで来たの…? 人間には、絶対に見えない場所のはずなのに…。」
抱きしめる元貴の身体も、酷く激しく震えている。元貴の目からも、大粒の涙が僕の首筋へとポロポロと零れ落ちていた。そして泣き顔のまま、堪らなく愛おしそうに、ふっと破顔して笑った。
「わかんない。…でも、なんか涼ちゃんに呼ばれてるような気がしたんだ。ここに来てって、ずっと涼ちゃんの音が、僕の頭の中で響いてたから。」
「そんなの…っ、ただの勘違いだよ…。」
「勘違いでもなんでもいい。ほら、ちゃんと会えたんだから。」
「…うん。ちゃんと、会えたね…。ありがとう、元貴。こんなとこまで探しに来てくれて…
でも、…僕は、戻らなくちゃ…父さんが、みんなが、待ってる。」
元貴の胸のなかでそう呟いた瞬間、私たちの足元から、引き裂かれた魂たちの無数の腕が再び怒涛のように這い上がってきた。アトランティスの裏側が、人間との融和を拒むように狂い鳴く。凄まじい怨嗟の力で絡めとり、元貴の腕から引き離して、再び昏い深海へ引きずり戻そうと締めつけてくる。
「涼ちゃん…っ! お願い、離さないで!絶対っ!」
元貴の腕が体をぎゅっと掴んでくれていた。思わず僕もその腕を握り返してしまう。冷たい手が足を引く。
ああ、ごめんね元貴。やっぱり僕、行かないと。
ふっと手の力を緩め、足を引く同胞たちの手に体を預けた。
コメント
6件
遅くなりました🙇やっぱりこういう場面は書きながら泣いちゃう😢 どうでしたでしょうか…是非是非コメントとハート欲しいなあ…👉👈(泣いて飛んで喜びます)
わあ……もう、これは泣きましたね。 涼ちゃんの“嬉しいけど消えたい”って感情の揺れ、ものすごくリアルで胸が締め付けられました。特に「君の運命は僕じゃない、なんて悲しい嘘」って元貴くんの叫びに、涼ちゃんが「っ…う、あ…」って声を漏らすところ、涙腺崩壊しました。 自分を縛る運命と、それでも届いてしまう愛の間で震える2人が、本当に愛おしいです。続き、どうなってしまうんだろう…早く知りたいです。