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吹き荒ぶ吹雪が、肌を裂くように冷たい。 セツカ=バルベールは息を荒げながら、幼い弟をしっかりと抱きかかえ、雪を踏みしめて走っていた。
背後から響くのは、タイヤを軋ませる車両の音と、夜を切り裂くサーチライトの白い光。
それは彼らを狙う警察の追跡車だ。闇を切り裂く光の矢が雪煙を貫き、セツカとヒヨリを容赦なく照らし出す。
「止まれ! 撃つぞ!」
鋭い声が吹雪にかき消されることなく響いた。
だが、セツカは構わず足を前に突き出す。止まればすべてが終わると知っていたからだ。
「……大丈夫だよね、お兄ちゃん?」
震える声が、腕の中から聞こえる。
「あぁ、大丈夫だ。もう少し行けば――必ず……」
セツカは荒い呼吸の合間に、無理にでも笑みを浮かべてみせた。
だが次の瞬間――銃声。
乾いた破裂音が夜を裂き、熱と痛みが左脚を貫いた。
「っ……!」
膝が崩れ、二人は雪の上を転がった。セツカは反射的にヒヨリを抱き込むように庇い、雪に叩きつけられながらもすぐに弟を離さなかった。
「お兄ちゃんっ!」
泣きそうな声が耳元で響く。
苦痛に顔を歪めながら、セツカは懐から小さな鞄を取り出す。中には紙幣が詰め込まれていた。
「……ヒヨリ、これを持って……あの貨物線に乗れ」
白い息を吐きながら、必死に声を絞り出す。
「いやだよ! 一緒に行こうよ!」
氷翡翠の瞳を潤ませ、ヒヨリは必死に首を振る。
セツカは血に濡れた手で弟の肩を強く掴んだ。
「生きろ、ヒヨリ……。お前だけは、絶対に……!」
その言葉とともに、背を押す力は決して優しいものではなかった。
警告の声とともに銃声が再び響き、銃弾がヒヨリの耳元を掠める。
風圧に小さな身体が怯え、だがその瞬間、足は勝手に動き出していた。
酷く足先が痛む。
それでもヒヨリは走った。
雪を蹴って走り抜ける先、貨物線の扉が開け放たれている。
ヒヨリは最後に振り返り、サーチライトに照らされた兄の姿を目に焼きつけた。
「お兄ちゃん……!」
その叫びを飲み込むように、ヒヨリは貨物車両へと飛び込む。
直後、無情にも扉は閉ざされ、やがて列車は動き出した。
車輪が鉄を擦る轟音と、抑えきれぬ子供の泣き声だけが、暗闇の車両の中に響き渡っていた。