テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
「西支店・咲が五番目に試験クリアやで!おめでとさんー」
「うわ、咲?!嘘、嘘……もう五番目……」
瓜香はアナウンスを聞いて焦り始めた。
否、南支店の奴が突破したと言う三番目アナウンスくらいから既に焦り始めていた。
四番目には同じ東支店の斎が突破していた。彼もまた東支店の中ではかなり強い部類に入っていたので納得ではある。
瓜香は東支店では中間くらいの強さだ。別に強くも弱くもない程度の。
そして、瓜香は今憧れの都市伝説と戦闘しているのだが……
如何せん、彼は強い。
名をスレンダーマンという怪異は、海外版都市伝説と言える「クリーピーパスタ」の一種で、おそらく最も有名な怪異である。
海外のネット掲示板で広がったそれは、二枚の写真と共に始まる。
「子供を襲う」「悪夢を見せる」「誘拐する」「ストーカー」……その噂は瞬く間に拡散された。
シルクハットを深く被り、スーツを着こなした紳士姿。
しかし、その背丈は異常に高く、手足は異常に長く、顔には目も鼻も口も耳も髪もない、のっぺらぼうだ。
感情すら読み取れない彼が繰り出す攻撃は主に長い手足を生かしたリーチのある素早い攻撃。
ハンマーの近距離で隙だらけな攻撃を得意とする瓜香には苦手分野だ。
距離を詰めても離されを繰り返し、さっきから長期戦にもつれ込んでいる。
だが、咲はもうクリアしたらしい。負けてなんかいられない。友達に、いやライバルに。
二人で店員になるんだから。
……という光属性の”表向きの”気持ちでなんとか誤魔化してはきたものの、やっぱり東支店なのに超異力のない咲に負けてしまったという事実が重くのしかかる。
それすなわち、瓜香は咲を下に見ていたということにつながる。
そうだ。正しい。瓜香は咲よりはまだ強いという謎の自信があった。
咲だぞ、あの咲。何にも考えてなさそうで馬鹿そうで騙されやすそうで品がない。
超異力すら持ってなくて、希望武器とかもまともに考えてない。
「モーニングスター?いいわね!」なんて馬鹿げた素っ頓狂な声を出せた自分が恥ずかしくて仕方ない。
それに騙されてあんな扱いづらい、身の程に合ってない武器を使っている咲はもっと恥ずべき馬鹿野郎だ。
多分頭が弱いんだろうな。瓜香よりも。誰かにおだてられたらすぐに首を縦に振る。瓜香は自身のことを頭の良い秀才だ、戦いのできる天才だとは一ミリも思っていないが、咲には勝ってるだろうと下を見て笑顔を作ってきた。
使えない武器を使って使えない存在と相成り、ふざけた口調で道化を演じていろ。
なのに。
咲はこの試験を瓜香より早く突破した。
一体どんな手を使ったんだ、賄賂?漁夫の利?あいつにそんな卑怯な真似を考えることに割ける脳みそは存在するのか?
おそらく存在しない。というか、存在されてはむしろ困る。そしたら瓜香は咲に勝てるポイントが無い。
いや、なかったのだろうか。瓜香が咲に勝てるポイントなど。
超異力をもらえて浮かれていただけであって、実際は瓜香の方が?
怪力を持ってハンマーを振り回す。それだけで強いと勘違いしていた。
そんなわけがないだろうに。力がある、だからハンマーの扱いが上手い、そんな単純な理論に踊らされていた。
実際瓜香はハンマーを振り回していたが、全くスレンダーマンには当たっていない。
瓜香には何の才能もないのか。もはやそう思えてくる。
咲は妖怪に詳しい。だから妖怪に強い。
瓜香は都市伝説に詳しい。だから都市伝説に強い?
そんなわけなかった。瓜香は確かに都市伝説マニアである。
クリーピーパスタ系列の新星であるスレンダーマンに関しても、記述のあるすべてのサイトを片っ端から覗くなどしてかなり知識を蓄えていた。
だからこそ知っているはずだった。スレンダーマンは強いと、そして瓜香では勝てないと。
憧れは時に人を盲目にする。
好条件から始まっていたのに。周りの人より進んでいたのに。置いて行かれるのか。
瓜香から距離をとっていたスレンダーマンは、その長身からは想像もつかないほど素早く攻撃を繰り出した。
対象は当然瓜香。この流れを何度も繰り返している。
瓜香はハンマーの重さで動けず、毎回攻撃を食らっている。
今回もどうせそうなんだろう。
瓜香は悲しい。それは、憧れの都市伝説と戦えたのにも関わらず、恐れているのは「スレンダーマンに勝てない」ことじゃなく「咲より下になる」ことだったから。
都市伝説に失礼じゃないか?嫉妬心の踏み台にされた都市伝説に。
ここまで瓜香は咲のことを褒めたたえていない。
素直に褒め称えられたら、友人の功績を祝えるような快活な性格だったら、瓜香はどんなに楽しく生きられただろうか。
もしかしたら、そういう快活な性格なのは咲なのかもしれない。
咲が馬鹿なのは事実だと思う。でも咲はいい方の馬鹿かもしれない。
こういう恨みとか嫉妬とかそういう憎しみの感情を知らない馬鹿で、単純にすごいことは褒めるができるいい子かもしれない。
瓜香は都市伝説との戦闘なんてそっちのけで自身の感情と戦っている。
勝てない。スレンダーマンにも咲にも。
瓜香はまた諦めるのか?
*
ホーム。二番線。16:25。快速。大庭行。全て覚えている。
周囲に人はいない。通勤通学に使うような時間帯の電車でもないし当たり前だ。
瓜香は毎回、部活のない日にこの電車を塾へ行くのに使っている。
そして、毎回ある男に会っていた。
その男も塾に通っているのか、それとも別の何かなのか、瓜香は知らない。少なくとも、瓜香と同じ塾・学校ではない。
瓜香は大して人見知りでもないが、特段話しかける意味もないし、乗っている電車が同じという程度のつながりで話しかけられても気まずくなるだけな気もして、話しかける様なことはしなかった。
それに、瓜香はその男に惹かれていた。
理由は説明できない。ただ、その男が纏っている雰囲気というか、表情というか、とにかく何かに強く惹かれていた。
瓜香はその男をよく知らない。歩いていても会わないし、高校も同じでもないので名前すらも。
いつもその男はホームにぽつんと置いてある長椅子に座って、スマホをぼーっと眺めている。
しかし、今日だけは違った。
……高さが。
瓜香の下に居た。
つまり、ホームだけどホームではない場所、線路上にその男はいた。
いつもと変わらない表情、いや、小さく泣いているのかそれとも冷汗なのか、フードで隠れた素顔から水滴が零れ落ちていた。
線路上に居て、かつ這い上がろうとする素振りも見せないなんて、この男がしようとしている事、絶とうとしている物は一目瞭然だった。
流石の瓜香も話しかける。
「ちょっ、まって、そこ危ないよ」
「……」
「何かあったの」
「……」
「わ、私でよければ話聞くから」
「……」
「その……そこから上がろ?」
「……」
「私は貴方の事全く知らないけど、力にはなれるはずだから、お願い」
「……」
「その……やっぱり、よくないわ。ね?だから、帰ろ?」
「帰る……」
「そう!そうよ、お家に帰りましょ!」
『ーー二番線に、快速・大庭行の電車が参りますーー』
「電車来ちゃうわ、はやく」
「帰る……」
『ーードアの前を広く開けてお待ちくださいーー』
「ちょ、」
瓜香は男の手を力任せに引っ張る。電車の迫りくる命を刈り取る音が聞こえる。
駅メロの陽気な雰囲気が余計にいらだたせる。
しかし、男は微動だにせず、そして
「その家に帰れないから死ぬんだよ、今から」
とかすれた声で言った。後半、少し笑っている。
その言葉を無視すれば救えそうだった。力が入っていなかったわけでもないし、少しはホーム側に近づいていた。
ここで気の利いた言葉でも言えたら、いや先程まで投げかけていた言葉でも言っていたら、さらに言えばもっと強引に引っ張っていたらと思う。
何が言いたいかと言うと、瓜香が男が発したその文章をなかったことにすれば、記憶の片隅にも置かなければ、何をしていても助けられた命だった。
しかし、瓜香はここで手を止める。
彼の言動はいたって普通だが、なぜか非常に人間離れしているように見えた。
触らぬ神に祟りなしということわざがあるが、それと全く同じ状態で、触れてはいけない何かに思えた。
そもそも自殺しかけている人を止めようとしている時点で触れてはいけない事情に触れているわけだが、その言葉を聞いたときに止まってしまった。
瓜香の家は普通だ。優しい両親と三人暮らし。帰れないなんてことは想像もつかない。
そこにすらも帰れないと言う彼を、帰れる瓜香が止めるなんておこがましいように思えた。
そして、瓜香は彼を救うことを諦めた。
男は左足から踏み込んで電車の前に躍り出る。
肉が潰される音は思いのほか馬鹿馬鹿しく軽い音だった。
*
「メンツ個性的すぎるだろ……」
回復の超異力を持っている店員に傷を治してもらい、動ける状態になった咲は放送室(資金不足)みたいな部屋に通された。
内装は放送室(資金不足)なわけだが、等間隔に八つパイプ椅子が並べられ、モニターが試験会場と繋がっているらしかった。
おそらく合格者は椅子に座れってことらしいが、全員律儀に椅子に座っているわけでもなく、仮想敵と戦ってる奴や、よくわからんゲームをしてるやつ、天井に縄を括って首を括ろうとしてるやつ、床に寝そべってるやつ……ってあれはメガネ……メガネ??
一瞬起こそうか躊躇したが、起こしたら悪態をついてきそうな雰囲気があるし、なぜか周りの奴は誰も起こそうとしていないのでやめておくことにした。ギリ踏みそうな位置に寝ている。限界社畜すぎるだろ。
そして、気がかりなことに瓜香の姿は見当たらない。おそらく咲の後にメガネが合格したのだろうから、残りは2枠。かなり危ないと思うが。
咲はモニターを見てみる。注目選手と書かれていて、定期的に画面を切り替えてまだ合格していないやつらを映している。
カメラは固定されているように見えて手振れしているので手持ちカメラかと思ったが、上空から映しているあたりドローンかもしれない。
咲はカメラが瓜香を映し出すのを待っていた。そして、その時はやってくる。
若干荒めの画質の中で、瓜香はハンマーを持って放心している。
目の前にはのっぺらぼうの背丈の長い怪異がいる。
咲は直感で都市伝説の類だと思った。見た目が西洋すぎるのもあるか。
となれば、瓜香は憧れの都市伝説と戦えているのだろうか。それはいいことだが、見る限り苦戦しているらしく、服は破けて泥まみれになっていて、美しかった金髪は見る影もなくぼさぼさに乱れている。
咲は悔しかった。友達が、ルームメイトが、一緒に行こうと誓ったライバルが、こんなにピンチに陥っているのに、助太刀に行けないなんて。……瓜香の心境を知らずに。
「瓜香ー!頑張れー!」
咲は気づくと声を出して応援していた。周囲の目とかはほぼない。みんなあたおかな奴しかいないからだ。
瓜香と出会ってからともに過ごした時間は短いはずだったが、高校でも大して友達と言える存在がいなかった(話しかけてもらえるだけで友達判定なのに、どうして咲に話しかける奴はいないんだ?)咲にとって、瓜香は初めての友達と言える。
瓜香はいつも優しいし色々知っているし女子力もあって憧れの存在だ。時々ハンマーや都市伝説で暴走するけど、それも逆に面白い。
咲は瓜香ともっと仲良くなりたい気持ちがある。ハーフらしいから海外の話も聞けたりするんだろうか。
瓜香はハンマーの豪快な戦い方が魅力的だし、一緒に練習してもっと強くなりたい。
咲はまだまだ未熟だ。やっと超異力を貰ったくらいだし、みんなに比べ遅れを取っている。だからこそ瓜香に並べるくらい強くなりたい。
モニター内の瓜香は足を庇うようにして走っている。別の怪異を倒しに行くらしい。間に合うだろうか。
そして画面は切り替わり、見知らぬ茶髪の女性を映した。
「いい所だったのにー!瓜香がー!」
「どうしたんだ?」
流石に叫び散らかしている咲を心配したのか無光が話しかけてきた。
「さっきまでこのモニターに瓜香が映ってたの。苦戦してたみたいで、大丈夫かな」
「あのハンマーのうるさい女か。実力者なのかと思ったが、そんななのか?」
「強いはずだよ、あの威力でドカーンすればどんな怪異もイチコロだって」
「だったらもうすでにここにいるはずだろ」
「うー……でも強いんだって」
「そうか。なら信じて待っていりゃあいいだろ」
「……そうだね。瓜香なら大丈夫っしょ」
*
嫌な記憶を思い出した瓜香は、最愛のあの人の為に合格するという目標を思い出し、再び動き出す。
先程からうっとおしいドローンが上空を飛んでいたことに瓜香は気づく。
もしかすると中継でも繋がっているんだろうか、だとすると今から瓜香がしようとしている行為は相応しくない。
ドローンが別の所へ行ったのを確認し、瓜香は戦闘音がする方へそそくさと移動する。
スレンダーマンはストーカー気質なところがあるが、今回はそれを利用する。
他の人に擦り付ける。
瓜香は戦闘から逃げて来た別の奴をロックオンする。
スレンダーマンに知性はないので、直線距離で対象者を追いかけてくる。
その直線に誰かを入れれば、スレンダーマンはそいつを執拗に追いかけるのではないだろうか。
あくまで憶測だ。しかし、これが外れていたら頭脳ですら咲に負けたことになる。もう負けられない。
本当はまっとうに都市伝説と戦いたかったが、それは不可能らしい。
もういい。勝てれば。
さぁ、鴨がやってきたぞ。
スレンダーマンは瓜香との直線状の距離に入ってきた鴨こと候補生に一目散に走りだす。
候補生は悲鳴を上げて逃げ出した。逃げた方向にスレンダーマンは向かっていく。作戦成功だ。
もう瓜香は何も感じない。咲に勝っている部分があるかどうかだけずっと気にしている。
心のどこかにわだかまりがある。しかし、まだ本番じゃない。
このままでは瓜香はただ怪異を他人に押し付けただけだ。ここから瓜香は合格する。
瓜香が戦闘音のそばに移動したのは理由がある。理由は単純、漁夫の利だ。
少し筋肉質な候補生が包丁を用いて怪異と戦っている。見た事もない、おそらく妖怪だろうか。
候補生は怪異を押し倒し、何発か包丁を突き刺す。
怪異はもう虫の息なのか、苦しそうに言語化できない悲鳴をあげている。
最後のあがきか、怪異は候補生を突き飛ばす。
今だ。
「おいお前何し……?!」
*
「東支店・瓜香ちゃんが七番目に選抜クリアー!いやぁ、すごいね、お疲れ様」
どうしてこうもまっとうに正々堂々と戦わない時に限ってうまくいってしまうんだろう。
瓜香は放心状態だ。何も頭にない。
本当にやってしまったのか。
瓜香は虫の息になった怪異にハンマーを振り下ろす。
そこまで大振りな動きじゃない。最低限持ち上げて下ろしただけ。
そして、間違いなく怪異の頭をつぶした。ぐちゃっという音と共に、怪異は頭から塵になった。
候補生の悪態をつく声が聞こえる。瓜香は何も返せずにいた。ただ、頭の中にどうにも言いようのない重い塊が募っていくような気がした。
しばらくして、旗を持った女性が「こっちでーす」と言いながら駆け寄ってきた。瓜香は救われたような気持ちになり、真っ先に走って行った。
「合格おめでとうございます、こちらに合格者限定の部屋がありますので案内します」
「どうも、感謝します」
「お怪我はありませんか?回復班がいますのでそちらに寄られても」
「あ、じゃあ寄ってから行きます」
「了解しました」
そして、瓜香が回復班へ向かっていく最中、
「八番目に北支店・修善が試験合格ーおめでとー」
「よって、この時点を以て選抜試験は終了や!お疲れさんやでー。不合格者は案内に行かせた富良野に着いて行きや。合格者はしばらく待機部屋でまっとき」
このアナウンスにより、試験は終了した。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!